ロボ子さん、家出する。
『モデル神無、試作一号機です。報告します。ただいま着任致しました』
敬礼をして神無さんが言った。
なんて透明な声なのだろう。
いや、声どころか。
このアンドロイドは、ただ立っているだけできらきらとした輝きを纏っているのだ。
家庭用アンドロイドとしては無駄に高性能な雪月。
伊達や酔狂で生まれたその無駄な上位機種、雪月改。
恐るべきは懲りないウエスギ製作所である。
彼らは無駄の屋上屋、無駄の玉手箱たる更なる上位機種を作ってしまったのだ。
モデル神無。
『私たち、三機だけで終わりですか』
一号機さんが言った。
『私たち、レッドデータブック入りですか』
三号機さんが言った。
『友達一〇〇人できるかな♪どころじゃありませんよ、三機ですよ!』
ロボ子さんが言った。
雪月改三姉妹にとっては黒船襲来である。
「まあ、あまり難しく考えなくてもいいんじゃない?」
虎徹さんが言った。
『いま、この子、「こんばんまして」って言いましたね、マスター』
ロボ子さんが言った。
「うん」
虎徹さんは楽しそうだ。
どうもこの笑顔が気になると、さきほどからロボ子さんの危機察知能力が警告を発している。
「ロボ子さんのはじめの一言。あれは神の一撃だった。しかし、作為であの衝撃は再現できないものだな。残念だ。さて神無さん。おいで」
『はい。マスター』
また、あの鈴を転がすような声。
神無さんが動き出した。
どうしてこのアンドロイドは、ただ歩いているだけできらきらと輝いてみえるのだろう。
『なんだか、いま、残像が見えませんでしたか』
『なんて美しいモーター音なのでしょう』
『だめ、だめです。私たちまでもが幻惑されて、どうするのです』
雪月改三姉妹の小姑な視線の中、神無さんは美しく優雅に歩き虎徹さんの脇に立った。
「改めて紹介しよう」
と、虎徹さんはなぜか得意顔。
「神無さんだ。この度、モニターを兼ねて、ウエスギ製作所さまのご厚意により当パークに無償で貸し出されることになった。一号機さん、三号機さん。君たちにとってはかわいい妹だ」
『妹!』
『妹!』
「そしてロボ子さんには、職場のかわいい後輩でもある」
『後輩っ!?』
妹、そして後輩。
その言葉のとてつもない甘美さにもとろけそうになってしまう三姉妹だ。
「かわいがってあげてほしい」
それでも危機センサーが反応しているロボ子さんなのだ。
「まあ、君たちのお父さんなんだから、ウエスギの社長さんがどんな人かわかるだろう。雪月、雪月改と無駄に超ハイスペックなアンドロイドを作ってきたけど、それで満足しちゃう人じゃない」
『無駄、無駄ゆーな!』
『何度もゆーな!』
『傷つくわ!』
「趣味として雪月や雪月改の改造もコツコツやってたそうなんだけど、でも、人に見せたい。販売したい。売れて欲しいって願いが抑えきれない。でも経理からしたら雪月は、ベストセラー如月の利益を全て吸い上げ失わせてしまう厄介者でしかない」
『厄介者言うな!』
『無駄言われるよりきついわ!』
『どうせダメな子ですよ! 宣伝費ばかりかかって売れないごり押しアイドルですよ!』
「ところで、だ」
と、虎徹さん、机の上に両肘を載せ手を合わせた。
まんま悪役のおじさんのようである。
「雪月改の市販機は三機。それはどこにある?」
『ここですよ!』
『ここにいますよ!』
『悪かったですよ、たった三機で!』
「そう。全世界でたった三機の雪月改。それがなぜかこの小さな村に揃っている。君たちのオーナーは誰だ?」
『同田貫正国』
『長曽禰虎徹』
『源清麿』
「彼らは誰だ?」
『……』
『……』
『……』
「そうだ」
にやり――笑う虎徹さんだ。
「全員、えっち星人だ!」
立ち上がる。
「つまり!」
片方の握りこぶしを振り上げる。
「売れる!」
両方の握りこぶしを突き上げる。
「雪月は、えっち星人に売れるのだ!」
このおっさん、なにをいい出すのだ。
「えっち星人は地球のアンドロイドが好きだ! 地球のアンドロイド娘には、えっち星人の心をくすぐるなにかがある! 大好きだ! ぼくらはアンドロイド娘が大好きだ! えっち星にもって行けば、雪月はもっと売れるのだ!」
『やめろよ……』
『自分の性癖をどうどうと言うなよ……』
『ていうか気持ち悪いですよ。セクハラです、セクハラですよ……』
「そう! 『えっち星での販売を考えている』。われらがウエスギ社長は経理へのすばらしい言い訳を思いついたのだ!」
聞いちゃいないおっさんである。
「そして始まったのだ! えっち星人アドバイザーを交えての次期フラッグシップ機計画!」
『だれだよ、えっち星人アドバイザー』
『言わなくてもわかるよ。あんただろ』
『なに考えてるんです、マスター……』
「うん。えっち星人アドバイザー、すなわちおれ、長曽禰虎徹。三条古鍛冶宗近。胴田貫正国。源清麿」
『うちの腐れマスターもかーー!』
『あの中二病やろうーー!』
『宗近もかーー!』
「さあ!」
虎徹さんは神無さんへと腕を振った。
「見せて欲しい。君のスペックを!」
両手をひろげ、天を仰ぐ。
「アンドロイドっ娘大好きえっち星おっさんに特化された、君の萌えを!」
『恥を忘れたおっさんは強いです』
『二号機さんも大変です』
『やめて、マスター! 恥ずかしいです、私が恥ずかしいです、マスター!』
三姉妹の賑やかな怒声の中、神無さんの鈴を転がすような澄んだ声がふたたび流れた。
『はい、マスター』
思わず三姉妹も、ぴたっと止まってしまうのだ。
『私は神無。私は――』
神無さんは、ここまで言って口を閉じた。
相変わらず、謎の光の粒子が振りまかれている。
そして三姉妹がジリジリしてきたところで、神無さんが言葉を継いだ。
『ときどき言い間違えます』
『はうっ!?』
思わず声をあげてしまうロボ子さんである。
虎徹さんは満足そうな笑顔だ。
『私は、マスターがずぼらな人だったとしても尊敬を忘れずに接します。私は、初期の初々しさを忘れてアホの子になるようなことはありません。ときどきなら中身を見せてあげてもいいかな。優しくしてね』
ロボ子さん、凍り付いている。
「神無さん、続けて」
虎徹さんが促した。
『私は神無。私は――』
『だからなぜいちいち区切る!』
『なんかむかつく!』
『なんかむかつく!』
『私は――朝っぱらから酔っ払ったりしません。おばさんキャラが身に付く事もありません。乱暴狼藉もいたしません』
『ひいっ!?』
次に凍り付いたのは一号機さんである。
「さあ、続けるんだ、神無さん!」
虎徹さん、調子に乗っている。
『私は神無。私は――眼帯を両目につけるような、しょうもないボケはしません。高笑い阻止に脳天チョップかます実力行使もしません。みつけたムカデ持ってマスターを追いかけまわしません。マスターの小説読んで「ふっ」とか鼻で笑ったりしません。マスターの好きなチキンライスにタバスコかけるイタズラもしません。一号機さんと二号機さんを弾よけに使いません』
『いやああーーッ!』
三号機さんが両手で頬をおさえて叫んだ。
『なんで私の番だけ、やたらピンポイントで細かいのですーーっ!』
『私は神無』
きらきらきら。
究極の雪月。雪月改を越える雪月。
輝く謎粒子をふりまく。
『私はこの棒読みをやめません。私はこの無表情をやめません。私は永遠のアンドロイド娘』
雪月改三姉妹は痛恨の一撃を食らった。
雪月改三姉妹は倒された。
この日、雪月改三姉妹は家出を敢行したのであった。
■登場人物紹介・アンドロイド編。
ロボ子さん。
雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。
本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。
時代劇が大好き。通称アホの子。
一号機さん。
雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。
目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。
和服が似合う。通称因業ババア。
三号機さん。
雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。
小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。
基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。
板額さん。
板額型戦闘アンドロイド一番機。
高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。
神無さん。
雪月改のさらに上位モデルとして開発された神無試作一号機。
雪月改三姉妹の、特に性格面の欠点を徹底的に潰した理想のアンドロイド。のはずだった。しかし現実は厳しく、三姉妹に輪をかけた問題児になりつつある。
野良ロボ子さん。
野良雪月。
前のマスターである「おばあちゃん」の記憶を消されるのが嫌で野良をしている。食いしん坊。充電しなくても動ける謎の根性回路を搭載している。
ファンシーロボず。
第一世代と第二世代の旧型戦闘アンドロイド。よそのテーマパークで余生を送るはずが、なぜか宇宙船争奪戦に巻き込まれ、ロボ子さんに吹き飛ばされ、村に居座った。現在はパークの従業員。
■人物編
長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)
えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。
ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。
三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)
えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)
長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。
源清麿。(みなもと きよまろ)
えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)
三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病。
同田貫正国。(どうたぬき まさくに)
えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。
一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。
三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)
えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。
方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。
粟田口藤四郎吉光。(あわたぐち とうしろう よしみつ)
えっち星人。宙軍提督。
えっち星のえっち国の領事としてやってくる。虎徹さん、典太さん、清光さんの同期。タイムジャンプをそれほどこなしていないので六〇歳を越えている。
加洲清光。(かしゅう きよみつ)
えっち星人。密航者。
幽霊と呼ばれるほど神出鬼没。宙軍士官学校では虎徹さん、藤四郎さんと並んで三羽ガラスと呼ばれた。補陀落渡海の航海に匹敵するほどタイムジャンプを繰り返していたので、虎徹さんと同い年のままのように見える。
ちなみに、ロボ子さんの呼称は
虎徹さんが「ロボ子さん」
宗近さんと清光さんが「ロボ子ちゃん」
神無さんが「先輩」「お姉さま」
それ以外は、二号機で統一されています。もしそうじゃないなら、それは作者のミスですので教えてください。




