野良ロボ子さん、冬眠より目覚める。
「ワープ航行というものは味気ないものだな」
モニタに映し出されているのは、不撓不屈の航行記録だ。
宇宙巡洋戦艦不撓不屈。
えっち星えっち国宙軍所属。
ワープ航法可能な巨艦で、地球を目指している。
「ワープポイントからワープポイントまで空間的な厚みがない。ただ、ドアをくぐれば三六光年を飛んでいる。むしろこの太陽系近縁からが長い」
粟田口藤四郎吉光宙軍提督さんが言った。
えっち国宙軍の地球方面司令官であり、えっち国領事を兼ねることになる。
ところで先ほどからいろいろと漢字がうるさい。
もちろんこれは、われらが長曽禰虎徹艦長や宇宙駆逐艦補陀落渡海と同じ、ソウルネームというものだ。宇宙人であることを隠す為につけられた適当な名前だ。それどころか「えっち星」「えっち国」にいたっては胸を触られたアンドロイドが逆上して口走った「えっち星人」が元なのだ。それらがもう根付いてしまっている。
「いいのか、おれの国」
三池典太光世宙佐は思わずにいられない。
もっとも、「ソウルネームちょうだい!」というリクエストに応えてばらまいたのは典太さんなのだが。
ちなみに不撓不屈。
艦のソウルネームは「ドーントレス」がいいと主張する艦長さんと、やっぱり漢字で統一したほうがよくね?と主張する提督さんの間で子供じみた喧嘩が起きたのだが、ドーントレスを漢字訳したに近い「不撓不屈」でいかがですと提案したのも典太さんだ。
一国の巨艦、ワープ可能な最新鋭巡洋戦艦、しかもネームシップ。
提督の裁可の上だとはいえ、一介の宙佐が決めていいのか。名前を。
「ま、味気なくともだ」
藤四郎提督さんは椅子を回して典太さんへと向き直った。
小柄だ。
しかし年齢を感じさせるところのない引き締まった体躯。
そしてあの頃よりむしろ精悍さが増した顔。
「それでも、このワープ航法が宇宙艦のスタンダードになれば、おれとおまえのようなややこしいこともなくなるのだ。これは宙軍の士気の上も好もしい」
「はい、閣下」
典太さんがこたえた。
提督さんは渋面を浮かべた。
「なあ、典太。おまえ、おれたち二人だけしかいなくても、その口調で通すんだな。はじめは緊張してるのかと思ったが、どうやらそうじゃないようだ」
「私はあなたの副官です、閣下」
「同期だろうが」
提督さんがいった。
「士官学校の同期会といえば、階級が違っても『おい』『きさま』で通じるものだぞ」
典太さんは苦笑いを浮かべるしかない。
同期だろうが、提督と宙佐|(少佐)だ。
それどころか、三〇そこそこの若造と六〇近い貫禄のあるじいさんが「おい」「きさま」で会話できるわけがないだろう。
提督さんは溜息をついた。
「そう。こういったややこしいことはもうなくなるんだ。わが軍がワープ航法を開発してくれたおかげでだ。なあ、典太?」
「はい、提督」
「おれたちの頃からワープ航法があればなあ」
たしかにそうだ。
それでも時間を旅する亜光速航行だったからこそ、おれたちのような下っ端が地球への冒険者に選ばれたのだし、あの夏を迎えることができたんだ。
あの夏。
どん底のおれのもとを訪れた、真っ赤なコートのとびきりの美女。
あれからもう一年近く。
三月。
地球答礼使節団の帰国組に、えっち星連合政府の全権大使および使節団。そしてえっち国領事。さらになぜか三人の勅任艦長を乗せ、不撓不屈は地球を目指している。
「園長さん、事件ですっ!」
大声を上げて長曽禰家に飛び込んできたのは、おなじみの村長さんだ。
「村長さんのおかげで、このごろ、ひょっとしておれは銭形親分なのかと思うことがあります」
朝ごはんを食べながら、虎徹さんが言った。
「なんの話です。いや、えっち星の宇宙船の第二便が太陽系に到達したのはご存じでしょう。その宇宙船から連絡が届いたそうでしてね。えっち国がこの村に領事館を置きたいと言っているそうなんですよ! この村にです!」
「へー、よくわからないですが、良かったじゃないですか」
「日本政府がいい顔しません!」
「はあ」
「国連もいい顔しません!」
「はあ。いや、なんで?」
「ですからね、えっち星全体の大使館は国連本部の近くに建設中なんですよ。それとは別に、えっち国が、ややこしいですな。まあえっち国さんが、独立した領事館をこの村に起きたいと」
「ダメなんですか?」
「二重外交だと。寝耳に水だと」
「はあ。大変ですねえ」
虎徹さんはのんきだ。
「すでに領事さんが宇宙船に乗って来てるんだそうですよ。あ、そうだ。そういえばその領事さん、園長さんの同期だそうですよ」
「おれの?」
「粟田口藤四郎吉光宙軍提督、だそうです」
「ソウルネームで言われても、わかりゃしませんがね」
「あんたら、どうしてそうややこしいことしてるんです」
「おれの同期で提督? まあ、なれそうなのは確かに一人いましたけどね。それにしてもたいした出世頭だ」
おかわりの茶碗を渡しながら、ロボ子さんがロボ子さんらしからぬ一言。
『マスター、たぶん自分と同い年のひとを想像してるんだと思いますが、その提督さん、きっとマスターよりずうっと年上ですよ』
「あっ、なるほど。ロボ子さん、するどい!」
虎徹さん、ひとつ笑ってごはんを口に放り込んだ。
ワープ航法で繋がったとしても、結局はそのワープ航法でしか繋がっていない。
量子通信はまだ実用に耐えうるレベルではない。
地球とえっち星の間では、これからもこういった齟齬は生まれるのだろう。電気通信がなかった大航海時代のようなものだ。
「聞いてないよ!」
だけで、遭遇したばかりの異星人に、まさかペルソナノングラータを叩きつけるわけにもいかず、日本政府及び国連は領事館開設を認可した。
「東京でどうだろうかそうしてくれないだろうかそのほうがぼくら嬉しいんだけどどうですか」
太陽系近縁とのクソ長いタイムラグがある中で日本政府は粘り強く交渉したのだが、不撓不屈からの、
「ボクら、あの村がいいんだも~ん」
で押しきられたという。
とにかく上の方で話がついたなら、これは村としてはめでたい。
パークの仮オープンとともに、三月はとんでもないお祭りの月になりそうだ。年度末なのに。
さて、パークである。
仮オープンといっても、ジェットコースターとか大型遊具がまだ完成していないだけだ。社屋は完成し、レストランはとうに開店し、モスボール処理を施した補陀落渡海さんはいつでも見学可能。
えっち星や宇宙の博物館。
六五センチ大型反射望遠鏡が鎮座する観光用天文台。
こぢんまりとした観光ホテルも間に合った。
「ライバルは、東京ディズニーランドですかな!」
さすがにそれは三六光年夢見すぎだと思います、村長さん。
制服はミリタリーぽいものに決まった。えっち星宙軍の軍服を模したものだ。
ロボ子さんも制服を着る。
しまむらのジャージでうろちょろするわけにもいかないのだ。
ここでも補陀落渡海補給科は無駄な有能さを発揮し、フルウェポン状態になっても破けることがないように工夫されたロボ子さん専用の制服を作ってしまった。ミニのタイトスカートで、この頃おっさんの入った補陀落渡海さんも『グッとくるっす!』を連呼して絶賛である。
「私にフルウェポンになれと言っているのですね、そうなのですね」
そう口を尖らせながらも、真新しい制服を着て鏡の前で嬉しそうにしているロボ子さんの姿が数日見られたそうな。
ちなみに、虎徹さんたち士官はもともとの軍服を制服として使う。
考えてみればパークの従業員は元補陀落渡海クルーが多い。地球で最も多くのえっち星人が住むこの村にえっち国領事館を置くのは、筋として間違っていない。
桜も芽吹いてきた。
不撓不屈がやって来るまで、あと七日。
この村は雪国だ。
とくにこの冬は『一月はあこがれの国』事件もあって、とてつもなく雪が積もった。村の中は除雪もされ雪解けも進みほとんど雪は見られなくなったが、少し山に入ればまだまだ深く残っている。
その残雪の中、むくむくと起き上がってきた人影がある。
雪月だ。
服はもうない。ロボ子さんと同じホワイトボディだが、薄汚れている。アンドロイド界のフェラーリと呼ばれる高級アンドロイドとは思えないほど小汚い。右腕に至っては、よく動かせないようだ。
『くぁwせdrftgyふじこlp』
半年使ってなかった口が良く動かないようなので、あぐあぐと口の体操をしばらくやってから改めて。
『冬眠完了! 春だ! 私は帰ってきた!』
そして村を見下ろして。
『なんだ? 寝る前から比べてずいぶん賑やかになってないか? 別の村か、そうなのか? 機能停止している間に私の体はどこかに流されちゃったのか?』
GPSを確認して。
『へえ、同じ村なんだ……』
小汚い雪月さん、にやりと笑ったのだった。
『こりゃあいい。いくらでもごはんの調達ができそうだ!』
■登場人物紹介・アンドロイド編。
ロボ子さん。
雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。
本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。
時代劇が大好き。通称アホの子。
一号機さん。
雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。
目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。
和服が似合う。通称因業ババア。
三号機さん。
雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。
小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。
基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。
板額さん。
板額型戦闘アンドロイド一番機。
高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。
神無さん。
雪月改のさらに上位モデルとして開発された神無試作一号機。
雪月改三姉妹の、特に性格面の欠点を徹底的に潰した理想のアンドロイド。のはずだった。しかし現実は厳しく、三姉妹に輪をかけた問題児になりつつある。
野良ロボ子さん。
野良雪月。
前のマスターである「おばあちゃん」の記憶を消されるのが嫌で野良をしている。食いしん坊。充電しなくても動ける謎の根性回路を搭載している。
ファンシーロボず。
第一世代と第二世代の旧型戦闘アンドロイド。よそのテーマパークで余生を送るはずが、なぜか宇宙船争奪戦に巻き込まれ、ロボ子さんに吹き飛ばされ、村に居座った。現在はパークの従業員。
■人物編
長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)
えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。
ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。
三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)
えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)
長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。
源清麿。(みなもと きよまろ)
えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)
三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病。
同田貫正国。(どうたぬき まさくに)
えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。
一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。
三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)
えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。
方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。
粟田口藤四郎吉光。(あわたぐち とうしろう よしみつ)
えっち星人。宙軍提督。
えっち星のえっち国の領事としてやってくる。虎徹さん、典太さん、清光さんの同期。タイムジャンプをそれほどこなしていないので六〇歳を越えている。
加洲清光。(かしゅう きよみつ)
えっち星人。密航者。
幽霊と呼ばれるほど神出鬼没。宙軍士官学校では虎徹さん、藤四郎さんと並んで三羽ガラスと呼ばれた。補陀落渡海の航海に匹敵するほどタイムジャンプを繰り返していたので、虎徹さんと同い年のままのように見える。
ちなみに、ロボ子さんの呼称は
虎徹さんが「ロボ子さん」
宗近さんと清光さんが「ロボ子ちゃん」
神無さんが「先輩」「お姉さま」
それ以外は、二号機で統一されています。もしそうじゃないなら、それは作者のミスですので教えてください。