同田貫一家の純情。負けるな、三人組!
【このネジは返すしかない】
【ちょっと待ってよ 鳴神くん】
【そうだな そうしよう】
【歌仙くんまで なに言い出すんだよ】
メモ帳のページをめくる。
【ずるい ぼくだけネジと 一緒に眠れないの】
めくる。
【だったら昨日返せばよかったじゃないか 自分は昨日ネジ持っていって ずるいよ 鳴神くん】
三人組、今日はメモ帳を使った筆談である。
【歌仙だけに 抱かせてたまるか】
【じゃあ ぼくは!】
【まあ 落ち着けよ そのネジにとって 一番最初の男がおれなのは 変わらないのだから】
【ぶんなぐるぞ このやろう】
【じゃあ ぼくは!】
【ずるい ぼくだけネジと 一緒に眠れないの】
一度破り捨てたページでアピールする千両くんだ。
【今ここで 抱けばいいじゃん】
【なんでみんなの前で ぼくの性癖 見せなきゃいけないんだよ】
【ところで歌仙 おまえだけなんで スケッチブックなんだ】
【ふだらくとかい美術部に入った】
【そんなものあるのーー!?】
【聞】
【け】
【よ】
【お】
【ま】
【え】
【ら】
【!!!!!!!】
【さっきから めずらしく 千両が自己主張しているな】
【欲望は どんな男にも あるものだ】
【さて このネジ 姐さんに返しにいくか】
【そうだな 筆談も疲れたしな】
【殺】
【す】
【ぞ】
【て】
【め】
【え】
【ら】
【!!!!!!!】
「この度は、私どものためにお集まりいただき、恐縮でございますっ!」
鳴神くんが深々と頭を下げた。
歌仙くんと千両くんも続いた。
「ございますっ!」
「ございますっ!」
ここは宇宙駆逐艦補陀落渡海の士官室。
ひとり掛けソファーにふんぞり返り、むすっと不機嫌そうなのは虎徹さんだ。他に宗近さんに清麿さん。三人組の教育士官が揃っている。
「いや、おまえらのために集まったわけじゃねーけどよ」
虎徹さんが言った。
「なあ、宗近。おまえ、用があるなら『見習』が『上官』を『士官室』に呼びつけてもいいって教育したのか? なあ、清麿、そうなのか?」
三人組は震え上がってしまう。
「失礼の段は、どうかお許しを!」
鳴神くんは額を床にこすりつけた。
「この村で、姐さんの地獄耳から逃れられるのはここしかないと聞きます。どうか、どうか、お許しを!」
「お許しを!」
「お許しを!」
歌仙くんと千両くんも額をこすりつけた。
「そんで、どうしたいの」
小指で耳をほじりながら虎徹さんが言った。
「おまえたちのネジ騒動、一号機さんがもう知っているかどうか確かめたいの?」
「ご……」
鳴神くんの全身から嫌な汗が噴き出してしまう。
「ご存じでしたか……」
「同田貫のおっさんや一号機さんの機嫌を取れっていうの。ネジを返したときに叱られないように。まあ、同田貫のおっさんは一号機さんを溺愛してるからなー」
生きた心地がしない。
三人組はもう崩れ落ちそうだ。
「情けないよ、おれはよー。見習とはいえ、補陀落渡海のクルーがたかが一本のネジで右往左往するなんてよー」
「失礼ですがっ、艦長っ!」
ずいっと、鳴神くんが膝をにじった。
「あのネジは、たかが一本のネジなどではありませんっ!」
「姐さんの、おれたちの姐さんのネジなんです!」
歌仙くんも言った。
「ぼくだけ、あのネジを抱いて寝てないんです!」
千両くんは空気を読まない。
どうも緊張とパニックの中では、人の認知は狭められるらしい。
虎徹さんの隣に何かあるのはわかっていた。
さすがにそれくらいは鳴神くんにもわかっていた。
ただ、それが実体としてなかなか結像しなかったのだ。やがてそれが、なぜかメイド服を着たロボ子さんだとわかると、鳴神くんのパニックは頂点に達した。
「わーーーーーーーーーっ!?」
他のふたりも同様の経緯をたどったようだ。
「ぎゃあああ、二号機さんーー!?」
「なんでここに二号機さんがいるのーー!?」
『はぁい』
ロボ子さんがにっこり笑った。
『私はマスターの秘書アンドロイドですから、どこにもついて参りますようっ』
「なんでうちのロボ子さん見てそんなに驚いてるんだよ」
虎徹さんが言った。
いやだって、アンドロイドのネジであんなことしたとかいう話をしていたわけで。
しかも同じ雪月改でして。
泣きたい。
「まあ、どうせお見通しだよ」
虎徹さんが言った。
「一号機さんはおれたちが宇宙人なのもとうに知ってた子だぜ。あの人に秘密なんてもてないって思え。だからさ、うだうだ悩んでないで、さっさとネジを返して謝っちまえ。同田貫のおっさんだって、そんなことでおまえらを叱れる立場じゃないさ」
「はい……」
鳴神くんは頭を下げた。
「ありがとうございました、艦長」
「ありがとうございました」
歌仙くんも頭を下げた。
「ぼくはまだ、そのネジ抱いて寝てないんです! 姐さんの裸の夢を見てないんです! おっぱい見たいです! リアルなのが!」
千両くんは、やっぱり空気を読んでいない。
その千両くんに差し出された手がある。
ロボ子さんだ。
その手にのせられているのは、一本のネジだ。
『どうぞ、千両くん』
そしてロボ子さんは輝く天使の笑顔だ。
『私のネジですよ。あなたのものですよ』
「……」
千両くんはぼんやりとロボ子さんを見上げている。
「おい、千両。うちのロボ子さんのえっちな夢を見たら懲罰房だぞ」
虎徹さんが言った。
「無理ですよ」
どうしても千両くんは空気を読まない。
「ぼく、二号機さんに欲情できませんから」
ふんッ!
ロボ子さんの頭突きが千両くんに叩きこまれた。
『よく聞こえませんでしたねえ。千両くん、今、なんていいましたかあ?』
こえええーー!
二号機さん、こええーー!
雪月改、ここまで邪悪な顔できるのーー!
鳴神くんと歌仙くんは手を取り合っておびえている。
「ぼくッ、二号機さんに欲情なんかできませんッッ!」
そして、かたくなまでに千両くんは空気を読まない。
ふんッ!
二発目の、そして渾身の頭突きが千両くんに叩きこまれたのだった。
「千両のせいで、なにがなんだかわけがわからないまま、士官室会議が終わってしまった……」
「いや、姐さんにばれてるってのはもうわかりきったことなんだからさ」
「艦長の言うとおりだよな。返しにいこう。額を床にこすりつけて謝ろう」
「そうだな」
「だーかーらー!」
千両くんはまだ騒いでいる。
額にはでっかいたんこぶ。
「ぼくだって姐さんの裸の夢が見たいんだ!」
宿舎のテーブルの上にはあのネジだ。
「もうあきらめろ。ていうか大声出すな。どうせ夢だ。だいたいアンドロイドの裸なんてマネキンのようなものなんだからさ」
「おれの夢では柔らかかったぞ」
「まあ、おれの夢の時にも、ぽんきゅっぼんっだったけどさ」
そんな余計なことをいうから千両くんがぐずるのですよ。
「ちょっと待て。ネジが二本ないか?」
「!」
テーブルの上のネジが増殖している。
まったく同じものが二本。
「千両! おまえ、二号機さんのネジを混ぜたな!」
【いや待て!】
ここでいきなり筆談に移行するのが、この三人組の訓練されたこすっからさである。
【二号機さんのネジを 姐さんに返せばいいんじゃないか そして姐さんのネジは 永遠に おれたちのもの!】
【さすがは歌仙 最低なことを 平気で思いつく!】
【でも どっちが姐さんのネジか わかるの?】
【任せておけ、おれたちは ひと晩 このネジとともにしたんだ そうだろ歌仙!】
【そうだ おれとおまえならできる 鳴神!】
鳴神くんと歌仙くん、テーブルに突っ伏してネジの匂いをかぎ始めた。
【すごい光景だなあ・・・】
千両君がメモ用紙に呟いたとき、いきなり宿舎の扉が開放された。
逆光の中に立っているのは風呂敷包みを背負ったロボ子さんだ。
『市民! 欲情は市民の義務です!』
言うと、ロボ子さんは呆然としている三人組に風呂敷包みいっぱいのネジを振りまいたのだった。
『結局のところ、このネジ、補陀落渡海さんの工作室にあったものなんですよねえ』
ついさっき三人組が持ってきたネジを掌に転がしている一号機さんである。
「そうなのか、代貸」
返事がない。
「そうなのか、副隊長」
「そうです。あいつら暇そうでしたから」
人間無骨さんが言った。
「悪趣味だぞ」
「ま、あいつらもひと晩の夢を楽しめて良かったんじゃないですか。それで隊長、ご希望の高校見つかりましたよ。それにこの村も人が増えて、高校生にもスクールバスを運行してくれることになったそうです、春から」
「そうか、それは良かった。これでやっと、軍がアイツらに約束した高校に通わせてやれるわけだ。希望するなら大学に行かせてやってもいい」
「隊長はお人好しですな」
『ほんとうに』
まあ、これに関しては後の話。
その夜、三人組は『うらー!』と無数に突撃してくるロボ子さんのチビキャラ軍に悩まされる夢を仲良く見たのだった。
■登場人物紹介・アンドロイド編。
ロボ子さん。
雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。
本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。
時代劇が大好き。通称アホの子。
一号機さん。
雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。
目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。
和服が似合う。通称因業ババア。
三号機さん。
雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。
小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。
基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。
板額さん。
板額型戦闘アンドロイド一番機。
高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。
■人物編
長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)
えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。
ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。
三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)
えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)
長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。
源清麿。(みなもと きよまろ)
えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)
三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病。
同田貫正国。(どうたぬき まさくに)
えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。
一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。
ちなみに、ロボ子さんの呼称は
虎徹さんが「ロボ子さん」
宗近さんが「ロボ子ちゃん」
それ以外は「二号機さん」で統一されています。もしそうじゃないなら、それは作者のミスですので教えてください。




