ロボ子さん、泣く。
結論から言うと、ロボ子さんの小さな頭はやっぱりオーバーフローした。
その場にぶっ倒れてしまったのだ。
宇宙人二人はロボ子さんを家まで運ぼうと考えたが、あまりの重さに断念するしかなかった(最もしょぼい構成であっても、中身すかすかであってもモデル雪月改は重いのだ)。結局ロボ子さんは、宇宙人二人が雑魚寝する同じ士官室で目を覚ますことになった。
夢を見たのかい、ロボ子さん。
宇宙船に宇宙人?
ははは、ロボ子さんは想像力が豊かだなあ。
「てな展開を考えたんだがなあ」
生あくびをして頭をかきながら虎徹さんが言った。
『無理ですよ。私の記憶は人間ほど曖昧じゃないんですから』
「そうだねえ」
『現実なのですね』
「現実なんだよねえ」
自分の体がちゃんと動くのを確認しながら立ち上がり、ロボ子さんは自称宇宙人二人に声をかけた。
『みなさんおなかすいたでしょう。家で朝ごはんを食べましょう』
外はいい天気だ。
今日も暑い日になりそうだ。
三人で肩を並べて家へと歩く中、虎徹さんがつぶやいた。
「ごめんな、ロボ子さん」
『なんの謝罪でしょうか』
「君、普通の地球人の家で、普通のアンドロイドとして普通に過ごしたかったんだろう。ワクワクしたかったてのはそういうことだよな。まさか、宇宙人と宇宙船が出てくる奇想天外なワクワクじゃないよな。ほんと、ごめんよ」
『私も謝罪させてください。昨日、私、お二人をガトリングガンで吹き飛ばしかけました。マスターが構成から外しておいてくれなければ、本当にそうしてました』
虎徹さんがぶぶっと笑い、宗近さんも苦笑いを浮かべた。
「ロボ子さんを怒らせると怖い」
『申し訳ございません』
「ひとつだけわかってくれ」
虎徹さんが言った。
「おれたちは確かに宇宙人だ。よその星から来た。だけどSFムービーの宇宙人のように侵略に来たわけじゃない」
『はい』
「そしてもうひとつ」
と、これは宗近さん。
「ぼくらはもう帰れないんだ」
『えっ。どういうことです』
「あの船、補陀落渡海はもう飛べないんだ。宇宙船としてはもうすぐ飛べるようになる。ぼくが必ずそうする。でも、補陀落渡海はもう恒星間を飛べない。ぼくらは、もう故郷の星に帰ることはできないんだ」
炊きたてごはんにナスと茗荷の味噌汁。
小鉢で添えられたのは、家庭菜園付属の鶏小屋の今朝産みたての卵だ。
朝食を済ませ、宇宙人二人は自分たちのことを話し始めた。それはこんな風に始まった。
「地球は昔から憧れの星だったんだ」
君のいうえっち星にも地球からの電波が届き、高度な文明が存在しているのがわかっていたんだ。
おれたちの星のSFで、地球という存在は定番だった。
だけど、こちらからさまざまに信号を送っても、地球からの返事は返ってこない。地球は、振り向いてくれない高嶺の花のような星だった。恒星間航行技術が確立されたとき、地球は当然のように冒険先の最有力候補となった。
だけど地球は遠すぎた。
補陀落渡海とおれたちは、三三光年の距離を四五年かけて地球にやって来たんだ。
『えっ、お二人ともそうは見えませんね』
「艦内時間では二年と少ししか経っていないからね」
『ああ、ウラシマ効果。補陀落渡海さんは亜光速で飛べるのですね』
「正解。そしてそれがつまり、恒星間航行技術」
結局のところ片道四五年。
往復で一〇〇年近く。
そんなところに攻め入っても、植民地を作っても、穏当に交易しようにもなんのメリットもない。予算の関係上、確かにおれたちは軍人だし補陀落渡海も軍艦だが、ただの冒険者としておれたちは来たんだ。
憧れの星にね。
何度もぽしゃったが、なんとか予算も付いた。一〇〇年の時の放浪者になることを厭わないおれたちのような馬鹿も揃った。わが国の首相とえっち星連合政府事務局長の二通の親書を地球の代表に渡し、地球の動植物のサンプルを分けてもらい、それで引き返すだけの冒険旅行のはずだったんだ。
だけど、太陽系近縁に到達してからの数ヶ月に及ぶ減速シークエンスの中で、事故が起きてしまった。
亜光速エンジンを超高速の相対速度でなにかが貫いたんだ。
補陀落渡海全体を吹き飛ばす前に、おれたちは亜光速エンジンブロックを切り離すしかなかった。通常エンジンで地球まではたどり着いたが、おれたちの旅はここで終わったんだ。
『あれ、でも宇宙人が来たとか、親書を渡されたとか、聞いたことがないです』
ロボ子さんが言った。
『もちろん、私が生まれる前のことでしょうけど、でも、データベースにもそんなニュースが見つかりません』
「渡してないもん」
虎徹さんが言った。
「だいたい、補陀落渡海だって隠してるの見たじゃない」
宗近さんが言った。
『どうして、隠れるように住んでいるんです? 宇宙人だと公表すればいいじゃないですか』
そう決められていたんだ。
往復一〇〇年の最果てなんだ。想定される様々な状況で、おれたちがとらなければならない行動があらかじめ定められていた。これはそれに従った行動だ。
地球の混乱を招くな。
補陀落渡海を地球人に渡すな。えっち星内においても最高機密の塊である最新鋭宇宙艦補陀落渡海を地球人に渡すな。
地球人にとって、えっち星人というおれたちはいなかった。――
幸い、どうしてか地球人とおれたちはそっくりだった。どうせ帰れないんだ。このまま地球人として生きるのも悪くない。憧れの星の人間になり、土になる。そんなSFもうちの国にあったよ。こうしてロボ子さんという素敵な美人さんと知り合うこともできた。
ねえ、と、虎徹さんは聞いた。
ねえ、どうしてロボ子さんが泣くんだい?
『私、泣いてません。雪月改にそんな機能ありません。でも、泣きたいです。マスターや宗近さんがかわいそうです。補陀落渡海さんがかわいそうです。なんでこんな事になるんですか。泣けませんけど、泣きたいです。すごく泣きたいです』
「泣いているよ、ロボ子ちゃんは」
宗近さんが言った。
「ロボ子ちゃんの体は幾つもの部品でできている。その部品のひとつひとつが、ロボ子ちゃんを構成する数千数万の部品のすべてが、大声を上げて泣いている。ぼくらのために泣いてくれている。ぼくにはそれが聞こえている」
「気障だね、宗近は」
虎徹さんが言った。
『宗近さん、女の子にもてたでしょう』
ロボ子さんが言った。
「そうでもない」
宗近さんは頭をかいた。
地球には、二〇〇人と少しのかわいそうなえっち星人が住んでいる。
それからロボ子さんの日課に、鎮守さまへのお参りが付け加えられた。
朝、家庭菜園の世話をして鎮守さまの祠へ。
『おはようございます、鎮守さま』
二礼二拍手一礼。
パン、パン。
『おはようございます、補陀落渡海さん。おはようございます、えっち星のみなさん。今日もみなさんが幸せでありますように。今日もわくわくできますように』
真っ青な空。
ロボ子さんはにっこり笑う。
■登場人物紹介
ロボ子さん。
雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。
本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。
時代劇が大好き。通称アホの子。
長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)
えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。
ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。
三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)
えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)
長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。
ちなみに、ロボ子さんの呼称は
虎徹さんが「ロボ子さん」
宗近さんが「ロボ子ちゃん」
それ以外は「二号機さん」で統一されています。もしそうじゃないなら、それは作者のミスですので教えてください。