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ロボ子さんといっしょ!  作者: 長曽禰ロボ子
1月はあこがれの国編。
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黒猫さん、やって来る。

挿絵(By みてみん)

さらに想像してみるのだった。ぐんぐんと走る二匹の猫。遠く、どこまでも。

「また雪がすごくなってきた」

 パークの社屋に待機している船務長さんから連絡が入った。

 宇宙駆逐艦補陀落渡海(ふだらくとかい)

 ひとりだけの艦橋で虎徹(こてつ)さんは艦長席に座っている。

「虎徹さん。準備は整っている」

 機関室からも宗近(むねちか)さんの声が届いた。

「まだだ」

 虎徹さんが言った。

「村長さんと政府の話し合いが続いている。補陀落渡海の原子炉再起動が疑念と軋轢を起こすことになってはならない」

 それでも決断の時は近づいている。


 この子がてのひらに乗るくらいの頃から育てたのは私だよ!

 外から戻ると、玄関で私を迎えてくれるんだよ!

 私が座ると、どこからともなくやってきて膝の上に乗ってくるんだよ!

 春なんかこない!

 板額(はんがく)さんなんかこない!

 ずっと冬だよ!

 ずっと雪だよ!

 ずっと、ずっと、はんぺんは私といっしょにいるんだよ!


 はんぺんを抱きしめたまま、ロボ子さんはカメのように丸まった。

『いやだよおお……はんぺん……いやだよおお……』

 子供のように泣いている。

 アンドロイド雪月改(ゆきづき・かい)が、声をあげて泣いている。


 一太(いちた)さんと二太(にた)さんは顔を見合わせた。

 そうだったんだ。

 えっち星や夜の海、東京天文台。ロボ子さんを飛ばしていたのは、たしかに猫の意識だったのかもしれない。だけど、ロボ子さんはただのアンプリファイアーじゃなかった。

 やはりロボ子さんも歪みに干渉していたんだ。

 不可能なことも、夢を実現させることも影響を与えなかったわけだ。


 ロボ子さんは意識は、ただ、はんぺんとの別れの予感に揺さぶられていたのだから。


 もしかしたら逆に。

 そう、ロボ子さんのこの激しい意識が、猫の意識を巻き込むことになってしまっただけのかもしれない。

 三六光年を飛び越え、一〇〇年を飛び越え、そして――気象を操り。

 一太さんは、ゾッとしてしまった。

 雪月改二号機、長曽禰(ながそね)ロボ子。

 いったいどれだけのことが彼女にできてしまうのか。


「ロボ子さん」

 二太さんが、カメになっているロボ子さんに声をかけた。

「いいんだよ。ここには今、ぼくらしかいない。君と、ぼくと、一太だけしかいない。そしてはんぺんしかいない。気の済むまで泣けばいい。ぼくらがずっと一緒にいてあげる」

 「うわ」と一太さんは思ったが、二太さんに睨まれて言葉にすることはできなかった。

 それに、確かにこういうことは二太さんにかなわない。

『ごめんなさい……』

『ごめんなさい……』

 ロボ子さんは何度も何度も繰り替えした。


 ごめんなさい。

 私、自分のことしか考えない、みにくい子でした。

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。


『あ』

 一号機さんが空を見上げた。

『雪が』

 三号機さんも空を見上げた。


 雪が止んだ。


 大雪は筋状の雲がもたらすので降ったり止んだりするものだ。それなのかもしれない。それでも、今は止んだ。

 さすがにほっとした顔で清麿(きよまろ)さんも空を見上げている。

「まあ、ワンパターンはよくないな。たまには止まないとな」

 三号機さんがくすくすと笑っている。

 同田貫(どうだぬき)の親分さんも空を見上げている。

 電話を手にした村長さんも空を見上げている。


 日本中で、人々が雪が止んだ空を見上げている。


 みなさん、ごめんなさい。

 大雪で困った人たち、ごめんなさい。

 マスター、宗近さん、ごめんなさい。

 一号機さん、三号機さん、ごめんなさい。

 雪かきしてくれた自衛隊の皆さん、ごめんなさい。

 電線の保全にがんばってくださった電力会社の皆さん、ごめんなさい。


 板額さん、来ないでなんて思って、ごめんなさい。

 はんぺんさん、板額さんに会いたいだろうにこんなこと考えちゃってごめんなさい。


「そうか」

 船務長さんからの連絡に虎徹さんが応えた。

「宗近。雪が止んだ」

 機関室を呼び出し、虎徹さんが言った。

「天気予報でも大雪は峠を越したと言っているらしい」

 そして。

「原子炉再起動はまだ中止ではない。だが補陀落渡海は通常業務に戻す。ご苦労だった」

 ほうっと、虎徹さんは艦長席に深くもたれた。


 ごめんなさい……。


「きっと、ちょっとした思いつきだったんだ」

 囲炉裏を火箸でつつきながら一太さんが言った。

 ロボ子さんは眠っている。

 泣き疲れたかのように眠っている。

 そんなロボ子さんに寄り添って、はんぺんも眠っている。

「大雪で雪に閉ざされて、その閉塞感のなかで『こんな毎日じゃ、春が来る気がしない』とか思った。そんなほんの思いつきが、本当に気象を動かしてしまったんだ。だけど、どうしたって春は来る。春が来なかったとしても、板額さんが帰ってきて猫を引き取る三月は必ず来る。そうしたら、ロボ子さんはどうしたろう。もしかしたら、その時、彼女は時間さえ閉じ込めてしまったかもしれない」

 向かい側に座る二太さんがニヤニヤ笑っている。

「なんだ、二太?」

「今朝、君はぼくをロマンチストだと言った」

「ああ、確かにな」

 一太さんは苦笑した。

「確かに、ぼくらしくないロマンチックな発想だ。でも、実際にここまでの力を見せつけられたんだ。ぼくらはその可能性も考えずにはいられないだろう? そんな事態になる前に気付けたのが僥倖ってことさ」

「だめだなあ」

 二太さんが言った。

「君には、もうひとつロマンチストの素養が足りない」

「そうだよ。千年つきあって、今さらか?」

 二太さんの口まねをした一太さんに、二太さんは指を振ってみせた。

「もう閉じ込められていたとしたら、ぼくらにそれを確かめる術はない。この会話はもう一〇〇一回目の会話かもしれないんだぜ」

 一太さん、ぽかんと口を開け、そして大声で笑い始めた。

 二太さんは澄ました顔で、勝手に淹れてきたコーヒーをすすっている。


 日本列島を絶望に追い込んだ大雪は、突然去った。

 ニュースでは理由を問われた専門家が返答に困っている。

 村でも雪は数日で融け始め、いつものほどほどの冬が戻ってきた。

「11次元の歪みは収束に向かっている」

「もう、どこかに飛ばされることもないだろう」

 数日ぶりに招かれた夏祭りの夢の中で、一太さんと二太さんが言った。

 ロボ子さんはさみしく微笑んだ。

『もう、馬鹿でわがままなアンドロイドに利用されて、世の中しっちゃかめっちゃかになることもないわけです』

「あの歪みはぼくらのミスでできたものだ。改めてお詫びしたい」

 夢から覚めると、着ていた浴衣が身体にかけられていた。

 もうあのふたりに会えないのかな。

 ロボ子さんは思った。


 東京天文台に飛ばされた理由はなんとなくわかった。

 宗近さんの部屋を掃除していたとき、65センチ屈折望遠鏡の写真が本棚からはみ出していたのを見つけたのだ。ロボ子さんはたった今知ったのだから、やはりはんぺんが宗近さんの部屋に紛れ込んだときに見つけて印象に残り、飛ばされてしまったのだろう。

 でもやはり、一太さんや二太さんの言うとおり、はんぺんは東京天文台で飼われていた猫の子孫だというのがロマンチックだろうか。

 一〇〇年も飛ばされたのだし。

 土星を見せてくれたちょっとハンサムなお兄さんも、はんぺんに眼を細めていたのだし。

 夜の海は――。

 これも二太さんの言う未来の記憶というのがいちばんかな。

 ぐんぐんと走る二匹の猫。

 遠く。どこまでも。ぐんぐん。


 雪解けも進み、日も長くなったある日。

 はんぺんがさかんに威嚇の声をあげている。

 それなのに少し腰が引けている。

 のぞいてみたら、はんぺんの食器に張り付いてドライフードを食べているまっくろくろすけのようなものがいた。

 黒猫だ。

 ほんの子猫だ。

 つぶらな目がロボ子さんを見たが、すぐに食事に戻った。

 全身の力が抜けたかのように、ロボ子さんはその場に座り込んでしまった。

『こんなのだめです。できすぎです。一太さんですか、二太さんですか』

 ぼくらだって、ほんものの生命を都合良く準備することなんかできない。

 そんな声が聞こえてきた気がした。

『どうやって家の中に入ったんです。どうやって雪道をやって来たんです。お母さん猫はどうしましたか。もしかしたらマスターですか、宗近さんですか。でもいいです。そんなのいいです』

 ロボ子さん、ひとつ、ふたつ涙を落として。

『いらっしゃい。よかったら、一緒に暮らしましょう』


 その黒猫は、つみれと名づけられた。


■登場人物紹介・アンドロイド編。

ロボ子さん。

雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。

本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。

時代劇が大好き。通称アホの子。


一号機さん。

雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。

目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。

和服が似合う。通称因業ババア。


三号機さん。

雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。

小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。

基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。


板額さん。

板額型戦闘アンドロイド一番機。

高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。


ファンシーロボず。

第一世代と第二世代の旧型戦闘アンドロイド。よそのテーマパークで余生を送るはずが、なぜか宇宙船争奪戦に巻き込まれ、ロボ子さんに吹き飛ばされ、村に居座った。現在はパークの従業員。


■人物編

長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)

えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。

ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。


三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)

えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)

長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。


源清麿。(みなもと きよまろ)

えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)

三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病。


同田貫正国。(どうたぬき まさくに)

えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。

一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。


三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)

えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。

方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。



ちなみに、ロボ子さんの呼称は

虎徹さんが「ロボ子さん」

宗近さんが「ロボ子ちゃん」

それ以外は「二号機さん」で統一されています。もしそうじゃないなら、それは作者のミスですので教えてください。


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雪月改三姉妹。
左から一号機さん、二号機さん(ロボ子さん)、三号機さん。
雪月改三姉妹。
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