ロボ子さん、拒絶する。
「ほんとうのスターターはロボ子さんじゃなく、猫だった」
二太さんが言った。
「ロボ子さんは中間的なアンプリファイアー」
一太さんが言った。
「そう考えると、今回の奇妙さは説明がつくことが多い」
「たとえば飛ばされる先に傾向が見られないこと」
「いくらロボ子さんといろいろ試しても、歪みへの影響が小さかったこと」
「板額さんはわかる。元の飼い主だ。じゃあ、夜の海や東京天文台はどうなんだ?」
「たまたまだが、ロボ子さんがえっち星に飛ばされたときに猫は板額さんの夢を見ていたとぼくは言った。猫は、夜の海や東京天文台の夢も見たんじゃないか」
「子猫だぞ?」
「遠い記憶さ」
「ああ――DNAに記録された先祖の記憶か。海で暮らした猫、天文台で暮らした猫があの猫の先祖にいたのかも」
「ロボ子さんは夜の海の時に数時間の時間旅行をしたと言っていたが、ほんとうは数年、数十年を旅していたのかもしれない」
「いずれにしても」
二太さんが言った。
「ああ」
一太さんが言った。
「とにかく今回の事はスペシャルだ」
「ああ」
議論に一段落つき空気が和らいだところで、コーヒーを手に二太さんが言った。
「それにしても良く降るな」
「なに?」
二太さんはキーを叩き、モニタに外の光景を映しだした。
「雪だよ」
「ほんとうだ。たいへんだろうな、外は」
「なあ一太」と、二太さんがウインクした。
「東京天文台はともかく、夜の海は未来の記憶かもしれないぜ」
「……」
「将来、はんぺんはあの黒猫と出会い、二匹で海を走るんだ。楽しくて楽しくて、未来のはんぺんが今のはんぺんにそれを伝えてきたんだ」
「二太、君はロマンチストだ」
一太さんが言った。
「そうだよ。千年つきあって、今さらか?」
ふふっと、ふたりは笑いあった。
今日もロボ子さんは大きな風呂敷包みを背中に担ぎ、スーパーまで往復して帰ってきた。まるで行商人だ。
しかも雪にまみれているので、なにかの妖怪に見えなくもない。
すれ違う車の運転手さんはギョッとしているかもしれない。
『マスターにも宗近さんにも、はんぺんさんにも不自由はさせないんです』
しかし、ロボ子さんも困っている。
一番近いスーパーは品不足を起こし始めている。
そういえば、三号機さんの家でもセダンは出せなくなりそうだという。いっそ、みんなで一号機さんちの軍用トラックでの買い出しに便乗させて貰おうか。
こんな大雪は近年なかった。
この頃はそんなニュースばかりだ。
国道で車が動けなくなった。
あの町が孤立した。
この町が孤立した。
そして。
「この村が孤立しそうだ」
そんな言葉が、ついに虎徹さんの口から出た。
大雪と言っても波がある。
それなのに、この中旬から居座る「最強の寒波」が降らせている大雪には間断がない。一日中、そして毎日、雪が降っている。除雪が追いつかない。
「国道が通行不能になりそうだ。村と自衛隊で緊急物資を運ぶ計画が立てられている」
虎徹さんが言った。
「ヘリでパークの中央広場に運んで、各家庭に配る。食料と灯油だ」
そういえば長曽禰家には囲炉裏があるとはいえ、もちろん石油ストーブも使ってる。灯油がそろそろ危ないかもしれない。
『艦長殿! お迎えに上がりましたッ!』
『したッ!』
玄関から胴間声が響いてきた。
『ファンシーロボずさんの声ですか?』
「ご苦労ッ!」
虎徹さん、大声でファンシーロボずに応え、「ロボ子さん、おれはこれからパークに行く」
『この大雪じゃ危険です。私も行きます』
「だからファンシーロボずに来てもらったんだよ。パークも緊急事態に備える。そいうわけで、おれはしばらくあっちに常駐する。宗近もだ。ロボ子さんにはこの家を頼みたい」
『この家を?』
「一段落ついて帰ってきたら雪で家が潰れてたとか、そんなの嫌だろう? おれと宗近が戻る場所を確保しておいてほしい。君を信頼している」
『……ずるいです』
「もちろん、はんぺんも連れて行けないからおいていく。いいね、ロボ子さん」
『……』
虎徹さんはニュースを確認している振りをして、ロボ子さんの返事を待っている。
「雪で停電が起きている処がいくつかあるようだ」
虎徹さんが言った。
「補陀落渡海の原子炉を稼働させれば、この村の電力くらい軽くまかなえる。しかし国連や日本政府との協定で、補陀落渡海の原子炉は再起動させないことになっている。今の補陀落渡海は外部電力で動いているんだ」
「それでも、どこかで決断しないといけない」と、虎徹さんは言った。
「電力会社の人たちが必死で送電線の保全をしてくれているが、この大雪ではどうなるかわからない。補陀落渡海の原子炉を起動させたって、すぐに発電できるわけでもない。だからおれが行くんだ。艦長としての決断と責任を負うためにね」
ロボ子さんは瞑目し、居住まいを正し、虎徹さんに頭を下げた。
『いってらっしゃいませ、マスター』
「ありがとう、ロボ子さん」
虎徹さんがにっこりと笑った。
ロボ子さんの頭をわしゃわしゃと撫で、ファンシーロボずと出でいった。
残されたロボ子さん、家のまわりをぐるりと調べ、とりあえず手当が必要なところはないのを確認し、はんぺんを膝に抱いて囲炉裏端に座った。
『ずるいです』
虎徹さんにわしゃわしゃされた頭の感覚が残っている。
『あんなこといわれて、だだこねるわけにはいかないじゃないですか。中年男のずるいところです。中島みゆきさん歌っちゃいます』
そう言いながら歌い出したのがマイケル・ジャクソンなのがよくわからない。
無駄に『スムーズ・クリミナル』の傾きを再現している頃、トンビコートに身を包んだ一太さんと二太さんがやってきた。ふたりとも雪で真っ白だ。
「器用だな、ロボ子さん」
二太さんらしいほうが言ったが、ロボ子さん、機嫌が悪いので反応してあげない。
「大雪の中、遭難しそうになりながらやって来たぼくらに、熱いお茶も出してくれないのかい。だいたい、なんでこんなに寒いの。囲炉裏だけじゃないか。ストーブくらいつけておくれよ」
『非常事態ですよ。そんな余裕ないんですよ。それにふたりとも私と同じアンドロイドなんだから、可動温度内ならたいした問題じゃないでしょう』
「それまでお見通しだったのか!」
二太さんが言った。
「ロボ子さんは見た目や雰囲気とは違って鋭いから困る」
一太さんが言った。
『なんの用ですか。だいたい大雪が嫌なら、私の知覚だけバーチャルルームに呼び出せばいいじゃないですか』
「これはまずいな、今日のロボ子さんには険がある」
「それでは済まない理由があるから来たんだ。ロボ子さん、その猫をぼくらに預からせてくれないか」
その言葉を聞いたロボ子さんの激しい反応は、一太さんと二太さんを驚かせたのだった。
『どうしてっ!』
ロボ子さんは雪月の歴代機なかでも、特別ふんわりとした雰囲気をもつアンドロイドだ。それ故にアホの子と呼ばれたりもする。
そのロボ子さんが激情を隠さずに声を張り上げた。
『なんでっ!』
「な、なんだ。いったいどうしたんだ、ロボ子さん」
一太さんは動揺している。
「君から猫を奪おうっていうんじゃない。ほんの少しのあいだ預かって調べてみたいだけなんだ」
『いやですっ!』
ロボ子さんははんぺんをぎゅうっと抱きしめた。
『春まではいいじゃない! 春までは私の子じゃない! それなのに、どうして、もう私から取り上げるっていうの!』
「もし本当に、歪みに干渉しているのは実際にはその猫の意識で、君がそれを増幅させているのなら、君と猫を一緒にさせておくのは危険なんだ。ロボ子さん」
『春なんか来ない!』
『板額さんなんか来ない!』
『見てよ! 雪だよ! 冬だよ!』
『ずっと冬が続くんだよ……! 春なんか来ないんだよ……!』
雪月と雪月改に泣く機能はない。
でもそう思っているのはオーナーと本人だけで、ウエスギの社長さんはこっそりその機能をつけていたのかもしれない。今、ロボ子さんは、透き通った涙をぼろぼろと落としている。
「ロボ子さん、君は――」
一太さんが言った。
「一太、ロボ子さんの六つの不可能なこと――だ……!」
二太さんが言った。
この一連の事件。
この一連の現象。
そこにもうひとつのピースが隠されていたことに、一太さんと二太さんはやっと気づいた。
「一太、ぼくらはあのとき、ロボ子さんの六つの不可能なことを全部聞いておくべきだったんだ……!」
ほんとうは一番目なのに、ロボ子さんはきっと最後の六番目にそれを挙げたことだろう。
はんぺんと、このまま一緒にいたい。
ずっと、ずっと、一緒にいたい。
■登場人物紹介・アンドロイド編。
ロボ子さん。
雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。
本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。
時代劇が大好き。通称アホの子。
一号機さん。
雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。
目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。
和服が似合う。通称因業ババア。
三号機さん。
雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。
小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。
基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。
板額さん。
板額型戦闘アンドロイド一番機。
高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。
ファンシーロボず。
第一世代と第二世代の旧型戦闘アンドロイド。よそのテーマパークで余生を送るはずが、なぜか宇宙船争奪戦に巻き込まれ、ロボ子さんに吹き飛ばされ、村に居座った。現在はパークの従業員。
■人物編
長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)
えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。
ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。
三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)
えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)
長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。
源清麿。(みなもと きよまろ)
えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)
三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病。
同田貫正国。(どうたぬき まさくに)
えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。
一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。
三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)
えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。
方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。
ちなみに、ロボ子さんの呼称は
虎徹さんが「ロボ子さん」
宗近さんが「ロボ子ちゃん」
それ以外は「二号機さん」で統一されています。もしそうじゃないなら、それは作者のミスですので教えてください。




