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ロボ子さんといっしょ!  作者: 長曽禰ロボ子
1月はあこがれの国編。
43/161

ロボ子さん、朝食前に六つの不可能なことを思いつく。

挿絵(By みてみん)

 今度の「この冬、最強の寒気団」も長居するようだ。

 雪に閉ざされる毎日がふたたびやってきた。


 昼間から雨戸を閉めた部屋はやはり気が滅入る。

 灯りをつけていても、やりきれない。

 ただ、おっさんふたりは、陽気になるわけじゃないけれど、たいして気にしてないようにも見える。

「だって、慣れた」

 と、虎徹(こてつ)さん。

「そもそもぼくら、宇宙船乗りだもん。二年ちょっと、補陀落渡海(ふだらくとかい)の中だけで生活していたんだもん」

 と、宗近(むねちか)さん。

『そして、三号機さんのマスターさんみたいになるのですか、みなさん』

「あれは特別だし……」

「そういう人なだけだし……」

 昨日の夜も前の夜も、大雪のなか、清麿(きよまろ)さんの高笑いが聞こえてきていたのだった。


 慣れたといえば、ロボ子さんも不思議体験に慣れはじめている。

 むしろ、今度はどこに飛ばされるのだろうとワクワクしている部分もある。

『スーパーに飛ばされませんかね。清算がすんだら家に戻るんです。便利です』

「どこでもドアじゃないんだから」

 一太(いちた)さんが言った

 虎徹さんと宗近さんが出勤した隙を狙って、今日は玄関からやってきた一太さんと二太(にた)さんだ。ポリシーなのか、こんなに寒いのに今日もシャツに半ズボン姿だ。

「今日も飛ばされたみたいだね」

 一太さんは少し大人っぽい。

 生真面目で言葉もやや堅め。

「どこかの天文台に」

 二太さんは少し子供っぽい。

 やんちゃで軽いところがある。

『はい。目を覚ましたら部屋にドアがありました。そろそろ慣れてきたので、はんぺんさんを抱いてドアを開けてみました』

「アンドロイドなのに眠るんだ」

 だから、これはたぶん二太さんだ。

『えへへ。はんぺんさんを抱いていると、柔らかくて暖かくて、なんだかよく眠れちゃうんです』

「それで、天文台?」

 そして、話の続きを促したのが一太さんだ。

『はい、それで、ドアの向こうは天文台で、ちょっとレトロなお兄さんがいて、親切にしてくれました。はんぺんさんと土星を見せてもらいました。望遠鏡を見ているうちに宇宙を飛んでいるような感覚になって、あっと思ったらベッドに戻っていました』

「あれは三鷹のカールツァイス六五センチ屈折望遠鏡。大正一五年に作られたものだ。今はもう動かない。それなのに君は覗くことができた」

『つまり?』

「ロボ子さんは空間だけじゃなく、時間も越えている」

『ああ、それはわかってます。最初の海の時も夕方だったのに、海では夜の一時を過ぎていました。戻ったときは七時前でした』

「それはそれで驚きだが」

 一太さんが言った。

「今朝のはそのレベルじゃない。おそらく君は一〇〇年近い時間を行き来したんだ。慣れてきていると君は言ったが、もう少し慎重になったほうがいい」

『……』

 ロボ子さん、ぎゅっとはんぺんを抱きしめてしまった。

「ぼくらの科学水準でも時間に可逆性はないと考えられている。時間旅行なんて絵空事なんだ。それに君は一度、三六光年を飛び越えたらしい」

 二太さんが言った。

「君の体験は、ぼくらにとってもスペシャル以上のスペシャルなんだ」

『修正できるのですか?』

「わからない」

 一太さんが言った。

「もともと、なぜこの現象が起きるのか、ぼくらも検証可能に理解できているわけじゃない。だから、経験的な対症療法で対応して終息させるしかないんだ。その上で、ロボ子さんの体験はぼくらの経験にはないものだ。さらに、傾向がつかめない」

『傾向、ですか?』

「君が飛ばされる場所の傾向さ」

 と、二太さん。

 夜の海、板額(はんがく)さんの部屋、天文台。

 確かに、傾向がない。

「この現象には『意識』が絡んでいるとぼくらは推論している」

「人間の感情、強い『意識』が『歪み』と干渉してしまうんだ」

「『意識』も量子論で説明できるという考え方もある。特別とっぴな考えというわけじゃない」

「それにぼくらは、経験からそう推論しているんだ」

「ま、ざっくばらんに言えば、ロボ子さんの『意識』がこの現象のスターターであり、11次元の『歪み』がアンプリファイアーなんだ」

「ぼくらにできることは、その流れを落ち着かせ、『歪み』への干渉を最小にして、『歪み』が自然に再構築されるのを待つ」

『それって、歪みのほうはほったらかしってことじゃないですか』

 ロボ子さん、鋭い突っ込み。

 一太さんと二太さん、西洋人のように肩をすくめた。

「能動的に歪みを修整できるなら、はじめから黙ってやってる」

「それができないから、ロボ子さんのところに来てるんじゃないか」

『なんかむかつく、この双子』

「双子じゃないよっ!」

「そういう設定かもしれないけどっ!」

 「おや」と一太さんが立ち上がった。

「君のマスターが帰ってきたようだ。早いんだな」

『打ち合わせだけですから、お昼を食べて帰ってきたんでしょう』

「二太、帰るぞ。またね、ロボ子さん」

「はいよ、一太。じゃあね、ロボ子さん」

 ふたりはトンビコートを羽織ると裏戸のほうから出て行った。

 コートを着るくらいなら、シャツに半ズボンもどうにかすればいいのに。

 背中に虎徹さんの「ただいまー」という声を聞きながら裏戸のカギを閉め、ロボ子さんが呟いたのは、

『11次元が歪んでいるってわりに、あのふたりものんびりしてます』

 なのだった。


「慌ててもしょうがない」

「人生はなるようになるものさ」

「ぼくらの劇場への再訪、歓迎いたします」

 ロボ子さんはまた、あの幻燈のような夏祭りの中にいる。

『そりゃ、ふたりはそうでしょうけど』

 そう頬を膨らませながらも、かわいい浴衣をまた着ることができたのはうれしい。

 今日は、祭の近くの駐車場にテントをはって公演しているサーカスを見物する趣向のようだ。

 例によって人々の顔は見えない。

 ピエロの顔すら見えない。

 まるでパントマイムのような、静かなサーカスだ。

「不可能なことを考えるという手がある」

 となりの席に座る一太さんが言った。

「それで意識の流れが歪みから外れ、歪みも消えたことがあったのさ」

 ロボ子さんを挟んで反対側に座る二太さんが言った。

『ああ、五人の公達(きんだち)さんたちにさせたようなことですね』

 何気なく答えたロボ子さんの言葉に、一太さんと二太さんはギョッとしたようだ。

「その通り」

「なぜそれを知っているの、ロボ子さん」

『あれ、なんででしょう。今、急に思いついたんです』

 一太さんと二太さんはためいきをついた。

「どうもロボ子さんとはやりにくい」

「はじめて会ったって気もあまりしないし」

『それで――不可能なことを考えればいいのですか?』

「そう、実現不可能なことを考えるんだ」

「慣れると朝食前に六つ思いつくようになる」

『私は白の女王じゃありません。だいたい、思いつけば、たいていのことはいつかかなうんです』

「ポジティブだなあ」

「ポジティブだなあ」

「でも、なにかあるでしょう、ロボ子さん?」

『……』

 その時、サーカスの幻影が歪んだ。

 ドットも露わにフリーズしてしまった。

「おい、二太」

「ああ、わかってる。ちょっと修正してくる。ちえっ、なにがあったんだろう」

 二太さんは席を立ち、慌ててテントを出て行った。

「で、なにかない、不可能なこと」

『うーん』

 ロボ子さんは考え込んだ。


『一号機さんはーーッ! ババァくさいアンドロイドーーッ!』

 ロボ子さんのその声は同田貫(どうだぬき)一家の門前で発せられ、村中に響き渡った。

『こんなの言えませんよ、不可能ですよ! 一号機さんは強いんですよ! 一号機さんの前でぜったい言っちゃいけませんよ!』

「たった今、言ったじゃないか!」

「思いっきり叫んだじゃないか!」

「あんた、こんなことするために、わざわざぼくらを連れてきたのか!」

『それどころじゃありません、見て!』

 同田貫一家は廃校を利用している。

 その昇降口から一号機さんが飛び出してきた。愛刀の栗原(くりはら)筑前守(ちくぜんのかみ)信秀(のぶひで)を抜いて。

『逃げるんです! 捕まったら斬り刻まれます!』

「あんたな! 不可能なことを考えろと言ったんだ、ぼくらは!」

『これが、不可能だと思うことの筆頭に来ました!』

「実行すんじゃねえよ!」

 ロボ子さんたちは雪道を必死に走った。

 その三人の前に立ちふさがるように、空から何か重量のあるものが降ってきた。


 不敵に笑う一号機さんなのであった。


※慣れると朝食前に六つ(不可能なことを)思いつくようになる。

Why, sometimes I've believed as many as six impossible things before breakfast.

そう、朝ごはん前に、ありえないことを六つも信じたことだってあります。

(角川文庫『鏡の国のアリス』河合祥一郎訳 P99)


「『不思議の国のアリス』の有名な台詞」として紹介されていることが多いが、実際には『鏡の国のアリス』での、白の女王の台詞。正直なところ、アリスを読んでいてもわけがわからない台詞ではあるので、しょっちゅうこの台詞を引用するアガサ・クリスティーのミステリでは、よけいに意味不明の訳になっていたりする。


■登場人物紹介・アンドロイド編。

ロボ子さん。

雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。

本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。

時代劇が大好き。通称アホの子。


一号機さん。

雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。

目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。

和服が似合う。通称因業ババア。


三号機さん。

雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。

小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。

基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。


板額さん。

板額型戦闘アンドロイド一番機。

高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。


ファンシーロボず。

第一世代と第二世代の旧型戦闘アンドロイド。よそのテーマパークで余生を送るはずが、なぜか宇宙船争奪戦に巻き込まれ、ロボ子さんに吹き飛ばされ、村に居座った。現在はパークの従業員。


■人物編

長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)

えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。

ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。


三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)

えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)

長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。


源清麿。(みなもと きよまろ)

えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)

三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病。


同田貫正国。(どうたぬき まさくに)

えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。

一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。


三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)

えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。

方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。



ちなみに、ロボ子さんの呼称は

虎徹さんが「ロボ子さん」

宗近さんが「ロボ子ちゃん」

それ以外は「二号機さん」で統一されています。もしそうじゃないなら、それは作者のミスですので教えてください。


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雪月改三姉妹。
左から一号機さん、二号機さん(ロボ子さん)、三号機さん。
雪月改三姉妹。
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