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ロボ子さんといっしょ!  作者: 長曽禰ロボ子
1月はあこがれの国編。
42/161

ロボ子さん、明晰夢を見る。

挿絵(By みてみん)

 これは夏祭りなのだろうか。

 ロボ子さんの目の前に広がる、不思議な光景。

 雪洞(ぼんぼり)の柔らかい明かりの中、人々が集まっている。大勢の人々のざわめきが聞こえてくるのに、そこに言葉がない。人々に顔がない。雪洞の明かりが淡いせいなのか、顔が見えない。

 暗視カメラなど、ほかのカメラにきりかえてみても同じだ。

 幻燈のなかにいるようだ。

 自分を見ると、自分も浴衣を着ている。

 今日、ロボ子さんはまだ不思議な戸をくぐっていない。たぶん。


『これは私の夢ですか?』


 今日はどこかに飛ばされたのではなく、ただ自分は夢を見ているだけなのだろうか。幻想的でありながら、不思議と現実感がある夢を。

 アンドロイドでも、ロボ子さんは「夢」を知っている。

 明晰夢という存在も知っている。

 夢とは曖昧なものだ。

 明晰夢であっても、夢は人を騙してくる。中の人は今まで、数回これは夢だと見破ったことがあるが、そのうちのひとつが、「兄は死んだはずだ。目の前に兄がいるということは、これは夢なのだ」という理由だった。

 ちなみに兄は今も健在である。

 かように夢は人を騙す(ごまかすな)。

 とにかく、夢とは曖昧なものなのだ。


『ところが私はアンドロイドです』


 ロボ子さんが言った。

『アンドロイドの記憶はデータの記録です。改竄や破損があっても曖昧さはないのです。夢であっても「あるかもしれないな」で流すことはできません。私にこの世界を夢だと思わせようとした人はミスをしました』

 この夢は夏祭り。

 植物を観察しても、そのように設定されているのは明らかだ。

『でも――』

 ロボ子さん、雪洞の灯りに浮かび上がる薄桃色の花を指した。


『この香り。沈丁花ですね』


 「あーあ」という声がした。

 「ありゃ、しまった」という声もした。

 ロボ子さんの前に、ふたりの人物が現れた。ずっとそこにいたかのように。

 ふたりとも狐の面を被っている。

 半ズボンに白い半袖のワイシャツ、リボンタイ。

 背はロボさんより高いが、先ほどの声からすると少年だ。

二太(にた)、適当な仕事をするから、簡単にバレてしまうんだ」

「適当にしたんじゃないよ、一太(いちた)。好きなんだよ、沈丁花が。正直、ロボ子さんがこんなに鋭いなんて思わなかったんだ。のほほんとした顔してるのにな」

 なんだかロボ子さん、いつも同じこと言われている。

『誰です?』

 少年たちは狐の面を外した。

 狐の面をつける必要ないじゃないかと失礼なこといいたくなるような、吊り上がった一重の切れ長の目。そして同じ顔。

 だけれど、紛う事なき美少年である。

「こんばんは、ロボ子さん。ぼくは一太(いちた)。ぼくらの招待に応じてくださり、ありがとうございます」

「ぼくは二太。そう、ここはぼくらが作った世界。ようこそ、ロボ子さん」

 この夏祭りの風景のなかで、やっと顔が見える人に会えたとロボ子さんは思った。


 ふたりは再び狐の面をつけ、人波へと入っていった。

 ロボ子さんはそのあとを追った。

 すれ違う人たちの顔は、相変わらず見えない。

「確かにこれは、君が見た夢という設定だった」

 と、どちらかが言った。

「君がアンドロイドなのが想定外だった。鋭いのもね」

 と、どちらかが言った。

 ふたりは金魚すくいの前で立ち止まった。

「ロボ子さん、金魚すくいしたことがある?」

『ないです』

「じゃあ、やろう」

 ふたりは水槽の前に座った。お金を払ったわけじゃないのに、店の主人がすくう道具を渡してくれた。

 ロボ子さんも水槽の前に座った。

 主人はロボ子さんにも道具を渡してくれた。やはり、顔が見えない。

「ロボ子さん、気づいているだろう」

 と、どちらかがロボ子さんに顔を近づけた。


「君は歪んでいる」


 そう言った彼は、もうひとりの彼に思いっきり後頭部を張り倒されてしまった。

「失礼なことをいうな」

「言葉足らずだっただけじゃないか!」

「ロボ子さん、君はこのごろ不思議な体験をしている。そうでしょう」

 ロボ子さんは素直にうなずいた。

『夏への扉ですね』

「夏への扉。君はそうロマンチックに呼んでいるのか。扉がきっかけなのはたまたまで、どれがスイッチになっていてもおかしくない。歩いていてそのまま余所に飛ばされた人もいるんだ」

『はんぺんさん――猫さんも関係ないのですか?』

「ない」

 そう言いきった彼はもう飽きたのか、道具を放り投げて立ち上がった。

 そのまま彼が歩き出したので、ロボ子さんも慌てて道具を主人に返してあとを追った。もうひとりは熱心にまだ金魚をすくっている。

 彼の姿を追うのにも苦労する。

 存在感のない人波なのに、それでもにぎやかなのだ。

 おかげで通り過ぎそうになったが、彼は今度は射的をはじめていた。

「君とあの家を中心に、次元が歪んでいるんだ」

 背後から声をかけられた。

 金魚すくいをしていた彼がもう追いついてきていた。あれだけ熱心にすくっていたのに、金魚は手にしていない。

 射的をしていた彼が、ロボ子さんに背を向けたまま言葉を継いだ。

「それを修正しないと、次に君がどこに飛ばされるかわからない。とんでもないことになるかもしれない」

『えっち星に飛ばされました』

「えっ」

「えっ」

 少年たちは本気で驚いたようだ。

「三六光年離れているんだろう!?」

『よくご存じですね。えっち星にいるはずの板額さんと会話しました』

「あれがそうだったのか……」

 狐の面のせいで、少年たちの表情はうかがえない。

 射的をしていた彼はくるっと向きを戻し、射的を再開した。そして自分たちのと同じような狐の面に弾を当て、これも顔が陰になっている主人からその面を受け取った。

「想像以上だ」

 そう言って、彼は狐の面をロボ子さんに放って寄こした。


「想像していた以上に歪みは深刻なようだ」

 三人は人波から離れ、神社の石垣に座った。

「○○○○○○さま、スケベ心出すから……」

 ロボ子さんには「○○○○○○さま」がどんな響きなのかも聞き取れなかった。ただ、それを口にした彼は、突然悲鳴を上げて地面をのたうち回った。

『どうしたんです!?』

「ああ、大丈夫。二太はお仕置きを受けているだけだから。しょっちゅうなので彼も慣れている」

 つまりこちらは一太さんだ。

『結局、何が私に起きているんです?』

「……」


「ロボ子さん、君の背後に月があるとして、君が見ていないとき月は本当にそこにあるのだろうか」

『量子論の有名なたとえ話ですね?』


「素敵だ」

 一太さんは身を乗り出し、ロボ子さんに狐の顔を近づけた。

「すぐに理解して貰えて有り難い。今のロボ子さんは収束しているが、収束していないときのロボ子さんはあらゆる状態で十一次元のどこにでも存在している。あの家では、ロボ子さんという状態が収束しにくくなっているんだ」

『なぜです?』

「なぜその現象が起きるかに関しては、ぼくらもまだ理解しているとは言い難い。なぜロボ子さんとあの家がその対象になったかは、言えない」

『二太さんのようになるから?』

 一太さんは面を少しだけ上にあげ、にやりと笑っている口元だけをロボ子さんに見せた。

「そういうこと」

「なるべく、ぼくらも早く事を収拾したい。ロボ子さんにも、誰にも迷惑をかけないうちに」

 二太さんも復活したようだ。

「本当はすべては夢だった、ということにするつもりだった。これまではそれでうまくいってたんだ。今回はロボ子さんが鋭くて失敗したけどね」

 それ、前も虎徹(こてつ)さんと宗近(むねちか)さんがやろうとして失敗したのですよね。その時にはロボ子さんの重さで。

「まあ、これでぼくらも、君の前に堂々と姿を現して対応できるようになったともいえる。とりあえずは、面倒に君を巻き込んでしまった事への謝罪を」


 一太さんがロボ子さんの右手を取った。

 二太さんは左手を。


「そして、いましばらくぼくらの夢におつきあいください」

「観客はあなたひとり」

『ところで私の体、今どこでなにをしているんです?』

「まいったな」

「本当に鋭い」

『私の知覚情報を弄ってこの世界を見せているだけなのでしょう?』

「その辺は、ナイショ」

『私、戻れるんですか?』

 その質問を口にした直後、ロボ子さんは目を開けた。

 見慣れた天井が見える。

 自分のベッドの上だ。

 おなかの上で、白猫のはんぺんが寝ている。

 自分の手がなにかを掴んでいる。狐の面だ。面をまじまじと見つめていたロボ子さんが、やがて呟いた。

『あの浴衣もいっしょに戻してくれればよかったのに』

 くすくす。

 少年たちが笑う声が聞こえた気がした。

『だって、すごくかわいかったんだもの』


■登場人物紹介・アンドロイド編。

ロボ子さん。

雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。

本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。

時代劇が大好き。通称アホの子。


一号機さん。

雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。

目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。

和服が似合う。通称因業ババア。


三号機さん。

雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。

小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。

基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。


板額さん。

板額型戦闘アンドロイド一番機。

高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。


ファンシーロボず。

第一世代と第二世代の旧型戦闘アンドロイド。よそのテーマパークで余生を送るはずが、なぜか宇宙船争奪戦に巻き込まれ、ロボ子さんに吹き飛ばされ、村に居座った。現在はパークの従業員。


■人物編

長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)

えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。

ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。


三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)

えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)

長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。


源清麿。(みなもと きよまろ)

えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)

三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病。


同田貫正国。(どうたぬき まさくに)

えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。

一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。


三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)

えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。

方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。



ちなみに、ロボ子さんの呼称は

虎徹さんが「ロボ子さん」

宗近さんが「ロボ子ちゃん」

それ以外は「二号機さん」で統一されています。もしそうじゃないなら、それは作者のミスですので教えてください。


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雪月改三姉妹。
左から一号機さん、二号機さん(ロボ子さん)、三号機さん。
雪月改三姉妹。
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