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ロボ子さんといっしょ!  作者: 長曽禰ロボ子
1月はあこがれの国編。
40/161

ロボ子さん、空間を越える。

挿絵(By みてみん)

 ごおおお、ごおおお。

 ごおおお、ごおおお。


 風がすごい。

 波の音がまるで地鳴りのようだ。

『冬の海です。ぜんぜん夏への扉じゃないです』

 はんぺんさんはどこだろう。

 ロボ子さんは赤外線カメラに切り替えた。案外近くに猫の姿が見えた。

『はんぺんさん、帰りますよ』

 風と波の音の氾濫の中、通るとは思えないがロボ子さんは声をかけた。そして自分の後ろを振り返ってギョッとした。

 扉がない。

 通ってきたドアがない。

 ただ砂浜と遠くに防砂林の松林が見えるだけだ。

 改めてGPSで現在位置を確認してみた。意外なことにここは日本だった。しかも村からそれほど離れてはいない日本海の海岸だ。そういえば、まわりにも防砂林にもうっすらと雪が積もっている。

 時間は夜の1時過ぎ。

 はんぺんに視線を戻すと、まだ近くにいた。

 抱き上げようと近づくと、はんぺんはするりと逃れて走り出した。

『だめです。遊んでるんじゃないんです、はんぺんさん!』

 はんぺんを追いかけているうちに、もう一匹の猫がいるのにロボ子さんは気づいた。

 通常視野から暗視視野に。

 濃い色の猫がはんぺんの前を走っている。

『いつの間に……』

 やっとはんぺんを掴まえて抱き上げたとき、ロボ子さんの足の下の砂浜がなくなった。

 あっ!と思ったが、もう間に合わない。

 ロボ子さんの暗視カメラには、コンクリートの壁が映っている。

 砂浜に埋められた水路の蓋がなぜか開いていたのだろう。

『底に水がなければ、私、ちょっと助からないかもしれないです』

『私、一二〇キロあるんです。数メートルでもすごい衝撃です』

『でも水があったらあったで、私、泳げないです』

『はんぺんさんをどうしましょう』

 ロボ子さんは落下しながらあれこれ考えた。

『といいますか、全然着地も着水もしません。死ぬときや危険なとき、時間がゆっくり流れるといいますが、アンドロイドにもそれがあるのでしょうか』

『実際には、音を消して、色を消して、処理する情報を削ぎ落として今までより速く情報処理して危険に対処しようとするので、時間がゆっくり流れているように感じるだけだと思うのです』

 あ、それ、中の人も二度体験しました。

 一度目は、今のロボ子さんとおなじ場所で同じところに落ちて、あれ、なんで落下したのに底に着かないのだろう。なんでこんなに長く考えていられるのだろうと思った瞬間、着水しました。タキサイキア効果と言うらしいですね。

『じゃあ、水はあるのですね。とりあえず体が破壊されるのは回避できるのですね』

 ロボ子さんははんぺんを抱きしめ、着水に備えた。


 次の瞬間、ロボ子さんは「あっ」と目を開けた。

 ぶるっと全身を震わせ、足をぴしりと伸ばして。


 ここは――。

 ここは――自分の部屋の、ベッドの上――?

「おいおい、ここにいたよ、ロボ子さん。はんぺん抱いて寝てたよ」

 虎徹(こてつ)さんの声がした。

 瞳だけ動かしてそちらを見ると、虎徹さんが襖から顔を覗かせて笑っていた。

「ああ、いいよ、いいよ。寝てな、ロボ子さん。風呂は宗近(むねちか)が沸かせてる。給養に残り物折り詰めにして貰ったから、それつまんで呑むよ。じゃあおやすみ、ロボ子さん」

『……』

 何が何だかわからない。

 だけどロボ子さんの嗅覚は気づいていた。

 だきしめたはんぺんから潮の匂いがする。自分の半纏からも潮の匂いがする。


 二階に行ってみたが、自分を夜の海に連れて行ったあのドアはない。

 ロボ子さんは二階中の戸を開けてみた。

 どれも、ただの戸だった。

「おい見ろよ、宗近。こんどはロボ子さんが夏への扉を探しているよ」

 ビール片手に虎徹さんが笑った。


 あのドアはもう、ロボ子さんの前に現れなかった。

 なるべくはんぺんの近くにいて、はんぺんの後を追いかけたのだけれど、ドアは現れなかった。はんぺんがあのドアを探す様子もなかった。


「自衛隊の災害出動だってさ」

 村役場からの電話を切った虎徹さんが言った。

 相変わらず昼間から雨戸を閉め切り、電気をつけた部屋は影が濃い。

「この村、もともとは老人しかいなかったわけだからな。雪下ろしをしてくれる人のいない家に自衛隊が来てくれるそうだ。そういえば同田貫(どうだぬき)のところも、ボランティアで雪かきと雪下ろししてるらしい。まあ、うちは、おれもいるしロボ子さんもいるしで遠慮しておいた」

『なんでそこで、宗近さんをぬくんです?』

「あいつ、この頃は補陀落渡海(ふだらくとかい)の除雪作業のために出勤してるようなものだってさ。頭数に入れるのはかわいそうだ」

『そういえば、元気がないですね』

「さて、幸い雪はやんでるようだし、うちも今のうちに雪下ろししておきますか。さすがに、囲炉裏融雪システムでもそろそろやばいだろう」


「おー。すごいな、ロボ子さん。さすがは雪月改(ゆきづき・かい)だねえ」

 屋根に登ったロボ子さん、スノーダンプを使ってすごい勢いで雪を飛ばしていく。テロテロやっているのはスコップを手にした虎徹さんだ。

 雪の晴れ間なのでチラチラと青空がのぞいている。

 雪の照り返しがすごい。

 ロボ子さんは眼のF値を下げ、虎徹さんはサングラスだ。

『マスターは休みすぎです』

「おっさんなんだから、しょうがないじゃん。まあ、確かにちょっとこの頃なまりすぎかな。よおし、見てろよ!」

 虎徹さん、張り切りはじめた。

「うおおお! きっと明日は筋肉痛で動けないアタック!」

『見栄張らないでください。一日おいて筋肉痛でしょ、おっさんは』

 鼻歌交じりで雪に足をかけたとき、ロボ子さんのあたりの雪が固まって滑り出した。雪崩だ。

「あっ、ロボ子さん!」

『ダメ!』

 虎徹さんへと顔を向け、ロボ子さんが言った。

『私、一二〇キロあるんです。助けようなんて思わないで!』

 雪とともにロボ子さんは滑り落ちた。

 下も雪だから衝撃はない。でもかなり深く沈んでしまった。さらに次の雪崩が落ちてくる。

『さて、と』

 雪に埋まってしまったロボ子さんは考えた。

『どうしましょう。やろうと思えばフルウェポンして雪を吹き飛ばすこともできるけど、ここがどこかわからないし……』

 へたしたら方向を間違えて、家を吹き飛ばしちゃいますしね。

『とりあえず、前に歩いてみましょう』

 ロボ子さん、自分がいた屋根の位置と方角から家の方向を推定して雪をかき分け前進した。さすがにアンドロイドだ。生身の人間には難しい。

 幸い、すぐに家にたどり着いたようだ。

 目の前に、ドアがある。

『あれ、こんなこぎれいなドア、うちにありましたっけ』

 まあ、細かい事は気にしない。

 ロボ子さんはドアのまわりの雪を払い、ドアを開けた。


 そこはまるでホテルの一室のようだった。

 どう見ても、古民家である長曽禰家じゃない。


 空調が効いた部屋で椅子に座り足を組み、こちらを見ているのは真っ赤なコートの女性だ。

 ――板額(はんがく)さん?

 板額さんだ。

 今はたしか、えっち星にいるはずの板額さんだ。

『二号機さん……?』

 両眼を見開き、板額さんも驚いている。

『ここは……』

 ロボ子さん、ドアノブを掴んだまま聞いた。

『もしかして、えっち星なのでしょうか、板額さん』

『たぶん。そのようです。たった今、自信を失いましたが』


 やばい。

 いくらなんでもやばい。

 海の時には数日かければ歩いて帰れるところだった。

 しかし、えっち星はやばい。


 ロボ子さん、力が入ってドアノブを握り潰してしまいそうだ。

『もしかして、はんぺんさんがそこにいるのですか?』

 ロボ子さんが言った。

『えっ、彼に用なのですか、二号機さん』

『やっぱりいるんですね。またあの猫さんが引き起こしたのですね、これを』

『えっ』

『早く渡してください。連れて帰ります。私は動けません。ドアから離れられません』

『猫なんですか?』

『板額さんと典太さんから預かった子猫ですよ。真っ白だからはんぺんです。はやく!』

『あ、いえ、それならいません。猫ならいません、たぶん。私は見てません』

『そうなんですか?』

『はい』

 ロボ子さん、いちおう部屋の中を様々にカメラを切り替えて確認した。

 たしかに猫はいないようだ。

『お騒がせしました』

 ロボ子さんが言った。

『それでは私は戻ります。戻れたらですけど。また地球で会いましょう、板額さん』

『え、ちょっと待って、二号機さん!』

 ロボ子さん、にっこり笑ってドアを閉めた。

 ちゃんと笑えたろうか。

 いや、問題は。

 ロボ子さんは、ゆっくりと振り返った。

 雪だ。雪の壁だ。

 地球に戻れたんだ。

『よかったーー!』

 ロボ子さん、両腕を突き上げた。

 図らずもそれは雪を突き抜け、助けに来ていた虎徹さんのアゴにヒットした。リアル昇竜拳をうけた虎徹さんは、このとき三途の川を見たという。


 はんぺんは囲炉裏の横で眠っていた。

 確認すると外のドアはもう存在していなかった。



※給養:調理及び食材の管理を担当。つまりコック。補給科。


■登場人物紹介・アンドロイド編。

ロボ子さん。

雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。

本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。

時代劇が大好き。通称アホの子。


一号機さん。

雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。

目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。

和服が似合う。通称因業ババア。


三号機さん。

雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。

小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。

基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。


板額さん。

板額型戦闘アンドロイド一番機。

高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。


ファンシーロボず。

第一世代と第二世代の旧型戦闘アンドロイド。よそのテーマパークで余生を送るはずが、なぜか宇宙船争奪戦に巻き込まれ、ロボ子さんに吹き飛ばされ、村に居座った。現在はパークの従業員。


■人物編

長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)

えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。

ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。


三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)

えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)

長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。


源清麿。(みなもと きよまろ)

えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)

三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病。


同田貫正国。(どうたぬき まさくに)

えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。

一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。


三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)

えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。

方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。



ちなみに、ロボ子さんの呼称は

虎徹さんが「ロボ子さん」

宗近さんが「ロボ子ちゃん」

それ以外は「二号機さん」で統一されています。もしそうじゃないなら、それは作者のミスですので教えてください。


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雪月改三姉妹。
左から一号機さん、二号機さん(ロボ子さん)、三号機さん。
雪月改三姉妹。
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