ロボ子さん、怒る。
「ナイショにしていてごめんなさい。ぼくらは宇宙人で、これは宇宙船です」
「宇宙駆逐艦補陀落渡海といいます」
「艦長の長曽禰虎徹です。宙佐です。地球的に言うと少佐です。艦長なので中佐相当になります。ややこしいです」
「機関長の三条小鍛治宗近です。宙尉です。同じく地球的に言いますと、大尉です」
そんなとんでもない告白をされましても。
ロボ子さんが招かれたのは士官室。士官たちのサロンだ。座り心地のよいソファーに、宇宙人二人とロボ子さんは向かい合って座っている。
ロボ子さんは無表情の極みのように見える。
しかし内実は、ものすごい勢いでデータベースを漁っている。そしてロボ子さんは見つけた答にしがみついた。
『スペースデストロイヤーなのですね』(駆逐艦は英語でDestroyer)
ロボ子さんが言った。
「うん、まあそう」
『四の字固めなのですね』
何かが違う。
『額から血を噴き出すのですね』
更に違う。
しかもそれは「ブッチャー」で、跡形もなく遠ざかりすぎている。
ロボ子さんがその小さな頭で何を連想したのか、解説してもらえない宇宙人二人には分からない。
宇宙駆逐艦補陀落渡海。
この漢字だらけの名前も、当然ながらソウルネームというものなのだろう。全体の大きさはわからないが、そうとうな巨体であることは歩いてきた通路の長さからもわかる。
両手を神経質に揉むようにあわせ、虎徹さんが言った。
「わかって貰いたいんだが、ロボ子さん。おれたちは……」
『私、生まれたばかりなんです』
「はあ」
『わくわくしていたんです。アンドロイドがわくわくするっておかしいですか。おかしいですよね。でも私、たしかに不安だったり緊張したり、わくわくしたりしてたんです。
新幹線の駅まで会社の人に車で送ってもらって「頑張ってね」と言われたときには、もう少しで「連れて帰って」と口にしそうになりました。マスターの家に着いたときにも、最初にどう挨拶すればいいのだろうってフリーズしかけたり。私のお部屋を見せていただいたときには嬉しくて、これからこの家での毎日が始まるんだなあって。最初の夜はなんだか眠れませんでした。ええ、私はアンドロイドですから眠らないのですが』
「君、眠らないのか?」
『何度も言ったじゃないですか』
「その割に、よくいびきかいてたよな。さっきも確かに寝ていた」
『いびきかきません。さっきも寝てません。だいたい、いびきってのは呼吸音です。アンドロイドが呼吸するわけないでしょう』
虎徹さんは宗近さんに顔を向けた。
「そうなのか?」
「ぼくに聞かれても」
「変だなあ。気持ちよさそうに眠っているので、どんな感触かと胸を触ったことがあったけど、君、ぜんぜん気づかなか――」
それは神速だった。
誰の目にも止まらなかった。
人類は、視覚の世界において0.1秒というタイムラグを抱えている。脳という高度な生体コンピューターをもってしても、視覚情報の膨大なデータを処理するにはそれだけの時間を必要としているのだ。したがって、そうと気づいた時にはすでに顔面にチタニウム合金製の拳が叩きこまれ、虎徹さんは吹っ飛ばされていたのである。
『なにしてるんですかーー! あなたはーー!』
ロボ子さんの顔は真っ赤だ。
なんとモデル雪月改、赤面の機能まで実装していたのである!
「柔らかくなかった、硬かった、ほんとだ!」
両手で鼻を押さえ、虎徹さんが言った。
『わかってますよ! チタン合金製ですよ、私の体は! 人が眠っている間に、なにいやらしいことしてるんですかーー!』
「やっぱり眠るんじゃん!」
「引くわ、虎徹さん。引くわ」
宗近さんは腕を組み、目を半眼にさせている。
「だっておまえ、ロボ子さんの胸、ちいさいけど膨らんでるじゃん。これはなんだろうって、気になるじゃん!?」
「だったら堂々と、触らせてくれと言えよ」
「ああっ、そうだった!」
両手で、今度は頭を抱える虎徹さんだ。
「そうだ、もう意味がないとはいえ、おれだって誇りある宙軍軍人。はじめからそうすべきだったんだ。そういうわけで、あらためてお願いします。胸を触らせてください、ロボ子さん」
「ぼくからもお願いする」
宗近さんが言った。
「さっき、羽交い締めしようとして触った気がしたけど、その感触を覚えてない。ロボ子ちゃん、確認のためにおっぱいを触らせてください」
『気が狂いそうですよ、オーバーフローしそうですよ……』
ロボ子さんは体を震わせている。
なんとモデル雪月、生理的振戦を(略)。
『えっち星人ですか、あなたたちはえっち星人ですか。この世に生まれついて、私に訪れたのはえっち星人の淫らな侵略の日々ですか……!』
わくわくしてたのに!
私、自分の未来にわくわくしてたのに! こんなの違う、ぜんぜん違う!
ロボ子さんは両腕を前に突き出した。
虎徹さんと宗近さんは反射的に身構えた。
「――ちょっと待て、なんだ、この音は」
虎徹さんが言った。
『聞こえますか。そうですよ、私の両腕に内蔵されたガトリングガンが起動する音ですよ』
「はあっ、ガトリングガン!?」
『雪月改はなんでもできるアンドロイドです。やれといわれればマスターの警護も出来るんです。そのための最低限度の武装がなされているのです』
「いやそれ、最低限度ってレベルじゃないだろ!?」
『お二人に伺います。地球への侵略はどの程度進んでいるのですか』
両腕を突き出したままロボ子さんが言った。
「あっ!」
「いや、ちがう、ロボ子ちゃん!」
宇宙人ふたりは慌てている。
『そうですよね、答えていただけるわけないですよね。でも、私だって地球に生まれたんです。地球が侵略されているのを見過ごしにするわけにはいかないんです。マスター、短い間だったけど、ありがとうございました。私が生まれることができたのは、支払いがきちんと済んでいるか大変疑問ですがマスターからご注文いただいたからです。多くの疑問には目を瞑り半分は社交辞令としても、ご恩は忘れません。宗近さん、こんな私にプロポーズしてくれてありがとうございました。ちょっと嬉しかったです』
「まて、落ち着け、ロボ子さん!」
虎徹さんが言った。
「そうじゃない、ロボ子ちゃん!」
宗近さんが言った。
『ごめんなさい。でもきっとすぐに、私もお二人のもとに行きます』
ロボ子さんは笑顔を浮かべた。
雪月改二号機。
はじめて見せる笑顔は悲しいものだった。
『たったひとりで宇宙人の侵略と戦うなんて、冗談のようです。さようなら――』
『えいっ!!』
「わあっ!」
「うわっ!」
虎徹さんと宗近さんは床に身を投げた。
だが、何も起こらない。
薄く目を開けてみると、ロボ子さんが両腕を前に突き出したままの姿で仁王立ちしている。
『……』
「……」
「……」
『えい。えい。あれ。ええと。……えい。えい』
何も起きない。
気まずい空気の中、口を開いたのは虎徹さんだった。
「ごめん、ロボ子さん。思い出したわ……。ガトリングガンなんて、まっさきに構成からはずしたんだったわ……」
『……そういうことは、もっと早く思いだしてくださいよ』
宗近さんも言った。
「あの、ごめんね、ロボ子ちゃん。自分の体の事なのに、今までそれに気づかなかったの……?」
『こんなもの、日常で出し入れすることなんてないじゃないですか。やめてくださいよ。こっち見ないでくださいよ。えっち星には武士の情けはないのですか。オーバーフローしそうですよ。むしろそうなって欲しいですよ。アンドロイドにも恥はあるんですよ。機能停止したほうがマシですよ』
ぶーん。
ぶーん。
「あの、ロボ子さん……。さっきの異音が大きくなってきてる気がするんですけど……」
『頭の冷却ファンの音ですよ。文句あるんですか』
「ありません」
「ありません」
ぶーん。
ぶーん……。
殺せ。
さあ、殺せ、えっち星人。
地球のアンドロイドは、えっち星人の同情なんか受けないのです。
■登場人物紹介
ロボ子さん。
雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。
本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。
時代劇が大好き。通称アホの子。
長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)
えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。
ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。
三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)
えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)
長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。
ちなみに、ロボ子さんの呼称は
虎徹さんが「ロボ子さん」
宗近さんが「ロボ子ちゃん」
それ以外は「二号機さん」で統一されています。もしそうじゃないなら、それは作者のミスですので教えてください。