ロボ子さん、夏への扉を探す。
『食べるにしても考えるべきでした。餅を食べたのはなんたる不覚、なんたる失敗……くっついてとれない……』
ロボ子さんが半べそでお腹を洗っている最中も、雪は降っている。
『ロボ子のばか、ロボ子のばか……』
テレビでもそろそろ、「三〇年ぶりの大雪」と騒ぎはじめている。
ふらりと遊びに来る村長さんも、さすがに「この程度の雪は」とかいわなくなった。
『いくら雪かきしてもおっつきません』
ロボ子さんが溜息をついた。
国道は除雪車が雪かきしてくれるのだけど、そこまでは自分で雪かきをしなくちゃいけない。雪かきは、これは経験したことがない人にはわからないかもしれないが、とてつもない重労働なのだ。国道から奥まったところにある長曽禰家は、力持ちのロボ子さんに大感謝なのだ。
だけどもう、雪を捨てる場所がない。
雪かきをした雪が、ロボ子さんの背たけを越えて壁のようにそびえている。
『もう、雪を踏み固めて道を作るしかないですねー』
ロボ子さんが言った。
『この家、二階にも外に出られる戸があるんですよね。バルコニーを取っぱらったあとかなって思ってましたが、もしかしたら冬の玄関なのかもしれません』
「それはそれで、なんだか楽しそうね」
「『ここは、冬の間だけ、使われる、戸、なので、ある』とか、しぶいナレーションが聞こえてきそうだよね」
虎徹さんと宗近さんはのんきだ。
「はんぺんも、今ごろは家中の戸を探して回っているかもしれないな」
と虎徹さんが言った。
『そうなんですか?』
「典太が言っていたんだが、『夏への扉』って小説があってさ。その小説の主人公の猫は、雪に閉ざされる冬になると家中の扉を開けて回るんだって。そのどれかが夏に繋がっているかもしれないと期待してさ。うちもそんな感じになってきてないか」
今度、はんぺんのあとを追いかけてみようと、ちょっとわくわく思ってしまうロボ子さんだ。
わしゃわしゃわしゃ。
まだ暗い早朝に、除雪車がチェーンの音を鳴らしながら通り過ぎていく。
昔だったなら、それこそ村全体が雪に閉じ込められたかもしれない。
でも今は、村の人口が爆発的に増えたこともあって、除雪車がちゃんと主要道路を除雪してくれる。パークの工事も止まらない。普通に生活が続いている。
でも移動手段が徒歩と自転車の長曽禰家ではあまり恩恵はない。
虎徹さんと宗近さんは徒歩で通える距離にパークがあるが、家政担当のロボ子さんはスーパーまで行く手段がない。雪道は自転車では危険だ。
『大丈夫ですか。マスターの車でスーパーに行くとき、二号機さんも乗せてあげましょうか』
三号機さんの声が聞こえてきた。
『うち、一週間分の食料を買いためるんです。二号機さんもそうしたら?』
『ありがとう、三号機さん』
ロボ子さんが言った。
『まだ大丈夫です。こんなこともあろうかと、夏の間にいっぱい仕込んでおきましたから』
『よく漬け物と味噌汁と干物の食事で文句出ませんね』
『うちのふたり、日本のおっさんですから』
おしゃべりしているようだが、ロボ子さんの前には誰もいない。
また、ロボ子さんの声はたしかに三号機さんに届いているが、ロボ子さん自身はひとことも喋っていない。
ロボ子さんと三号機さんは、内蔵されている電話で会話しているのである。
ちなみに、いつか典太さんが言っていた「発声しないで電話する場合、どんな声で伝わっているのか」という件だが、これは普通にロボ子さんの声で聞こえるそうだ。板額さんの場合はどうかはわからないが。
そういうわけで今のロボ子さん、ひとり真顔をキープしていたり、それでいて突然ゲラゲラ笑い出したり、多少不気味だったりする。
ロボ子さんは、パーク園長の秘書という実はすでにOLさんなので、ときどき関係者さんと通話することもあるのだが、その時には、沈黙したまま壁に向かってさかんに頭をペコペコ下げているロボ子さんの姿を見ることができるだろう。
『そろそろだめかなとか思ったら、遠慮しないで言ってくださいね。マスターに車を出してもらいますから』
『ありがとう、三号機さん。ほんとうにそうなったらお願い。そっちはどうですか、雪』
『こっちも酷いです。私、生まれて初めて雪下ろし体験しました。マスターはちょっと喜んでます。閉じ込められてしまった感がたまらないって。そんなSFホラーを書くって、家の中でも自分の部屋に閉じこもって気分を盛り上げてます。面倒くさいです』
『うちでは若い衆の訓練に使われてますね』
一号機さんが会話に参加してきた。
『朝は雪かきから始まって、昼は四班に別れて模擬戦を兼ねた雪合戦。楽しそうです』
『同田貫組さんも、訓練しかすることありませんか』
『うちのトラックは軍用です。これくらいの雪では問題ありません。いつも通り商売繁盛です』
『そのうちまた集まりたいですねー』
『私たち、雪道歩くと埋まっちゃいますからねー』
アンドロイド女子のおしゃべりは続く。
それでもロボ子さんは、まだ生まれたばかりの女の子だ。こんな大雪の中でもワクワクは止まらない。
囲炉裏端で寝てばかりいるはんぺんが動き出した。
ロボ子さんはそろそろとそのあとを追う。
夏の扉。
この広い家のどこかにあるのかな。はんぺんさんが望むところに繋がった扉がほんとうにあるのかな。
でもこれまでのところ、それは二階の布団部屋だったり。
ただの外への戸だったり。
なかなか夏にはたどり着けない。
「この冬最強の寒波が、週末にかけて居座る模様です」
テレビの天気予報でまたもやこの言葉を聞いてしまったロボ子さん、『この冬最強、どんだけいるんだよ! 最初のは四天王最弱かよ!』とか『おしゅうまつさまでした!』とかいうダジャレの前に、『もうダメかもしれない』と思ってしまった。
まず、雨戸を閉めた。
掃きだし窓のガラスのところまで雪が積もってきて、雨戸で護らないとガラスが割れるかもしれない。
おかげで昼間から灯りをつけている。
昼間はパークに出勤する宗近さんはいいけれど、家に残ることが多い虎徹さんとほぼ家にいるロボ子さんはちょっと気が滅入る。
次に食料を確認した。
お米、よし。味噌よし。無駄にお酒もよし。
漬け物よし。干物あぶない。
だけど、さすがにそろそろふたりに変化のあるものを食べさせてあげたい。これはロボ子さん走りでスーパーまで食料調達に行くか。
「気にする事ないよ。なんだったらパークのレストランで済ませばいいんだから」
だけど、マスター。
「それにいくら除雪されてるとはいっても、雪で道路は狭くなっているんだ。そんな危険な道をロボ子さんに行かせるのは反対だ。こっちが心配でしゃーない」
そうですけど、マスター。
「というわけで、おれ、昼飯はパーク行って食ってくるわ。ついでに打ち合わせも済ませてくるから、宗近と夕飯も食べてくる。ロボ子さんには風呂と晩酌の用意だけ頼むよ。美味しい漬け物用意しておいてね」
わかりました、マスター。
「君のマスターとして厳命。おれがいない間にスーパーまで買い出しに行くようなことはしないように。いよいよってことになったら、おれから清麿に車を出してくれるよう頼むから。わかったね」
はい、マスター。
ひとりになった家の中は、さらに気が滅入る。
囲炉裏端でゴロゴロしていると、眠っていたはんぺんが活動をはじめた。
おっ、とロボ子さんは寝たふりをしてはんぺんを観察する。
はんぺんは執拗に毛並みを整え、ロボ子さんがそろそろジリジリしてきたころ、やっと二階への階段を昇っていった。
『今日こそ夏への扉です!』
わくわくしながらもそろりとあとを追うと、はんぺんは二階のドアのひとつの前でロボ子さんを待っていた。開けて欲しいのだろう。
あれ。
でも、そのドアに見覚えがない。
おかしいな、これはなんのドアだったろう。自分はアンドロイドだから曖昧な記憶なんてないのだけど。そのはずなのだけれど。
ふっと、鎮守さまの山腹の奇妙な記憶が頭をよぎった。
はんぺんは甘えた声でせかしている。
ドキドキする。
ロボ子さん、そのドアを開けてみた。
そこに夜の海が広がっていた。
■登場人物紹介・アンドロイド編。
ロボ子さん。
雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。
本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。
時代劇が大好き。通称アホの子。
一号機さん。
雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。
目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。
和服が似合う。通称因業ババア。
三号機さん。
雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。
小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。
基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。
板額さん。
板額型戦闘アンドロイド一番機。
高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。
ファンシーロボず。
第一世代と第二世代の旧型戦闘アンドロイド。よそのテーマパークで余生を送るはずが、なぜか宇宙船争奪戦に巻き込まれ、ロボ子さんに吹き飛ばされ、村に居座った。現在はパークの従業員。
■人物編
長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)
えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。
ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。
三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)
えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)
長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。
源清麿。(みなもと きよまろ)
えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)
三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病。
同田貫正国。(どうたぬき まさくに)
えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。
一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。
三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)
えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。
方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。
ちなみに、ロボ子さんの呼称は
虎徹さんが「ロボ子さん」
宗近さんが「ロボ子ちゃん」
それ以外は「二号機さん」で統一されています。もしそうじゃないなら、それは作者のミスですので教えてください。




