ロボ子さん、新年を迎える。
年の瀬ともなれば、長曽禰さんちののんびり一家でも忙しい。
いや、忙しいのはロボ子さんひとりなのだけど。
正月飾りの準備は一二月の二八日までに済ますのが基本だ。
二九日では「苦」に繋がり縁起が悪く、三〇日では「一夜飾り」だと年神さまが怒り出す。もっとも新暦となった今は十二月は三一日まであるわけで、三〇日に大掃除して正月飾りをしても年神さまは怒らないでくださるかもしれない。
長曽禰家は無駄にだだっ広い。
ロボ子さんも十二月十三日の正月事始からコツコツと大掃除を始めたのだが、掃除しても掃除しても終わる気配がない。しかも途中でぽっかりと空白期間があって、はっと気がついたら二十五日だったこともあり、ロボ子さんは大慌てだ。
変だなとは思う。
でも思いだそうとすると胸が痛い。
ただ、まだ大掃除を終えてないと思っていたところもきれいだったりして、これまでの毎日の掃除が報われたのかなとちょっと嬉しいロボ子さんなのだ。
二八日。パークのレストランで餅つき大会が開かれ、鏡餅を手に入れたロボ子さんは無事に正月飾りを二八日までに済ますことができた。
でもまだまだ新年を迎えるには早い。
おせち料理の仕込みと年越し蕎麦の準備。さらには一号機さんの家で振り袖選び。
そして、大晦日。
『長曽禰家、準備万端でーっす!』
初めてのことばかりで大変でしたね、ロボ子さん。
『初めてのことばかりでしたから、すごく楽しかったです!』
ポジティブ娘さんも、良い年を迎えられますように。
この村ではなぜか大晦日に「おめでとうございます」の挨拶をする。
長曽禰さんちでも、虎徹さんと宗近さんもいつものしまむらではなく、礼装軍服。ロボ子さんはもちろん一号機さんから借りたあざやかな振り袖。
囲炉裏のある大広間にお膳を置いて「おめでとうございます」。
ちょっとだけいいお酒を開けて、お料理を食べて。
年末時代劇をみんなで見て。
虎徹さんから中身千円のお年玉をもらって宗近さんとわざとらしく大喜びしたり。十一時をまわると、年越し蕎麦をいただいて二年参りにお出かけです。
鎮守さまは賑やかだ。
「去年までは、こんなものはなかったな」
虎徹さんが言うのは、鎮守さまへの階段に飾られた雪洞だ。春には鳥居も建てられて、もっときれいになるでしょう。
誰かが「明けましておめでとう」と口にした。
それがあっという間に広がっていく。
パークから花火が打ち上がった。
ロボ子さんは、ぴょんぴょんと大喜びだ。
『明けましておめでとうございますっ。マスター、宗近さんっ!』
「明けましておめでとう、ロボ子さん。今年もよろしく」
「今年もよろしくね、ロボ子ちゃん」
『はいっ!』
清麿さんと二年参りに来ていた三号機さんが手を振って寄こした。
一号機さんの姿がないが、一号機さんの同田貫一家さんは大勢さんなので邪魔にならない時間に来るのかもしれない。
お参りを済ませて階段を下りる。
振り返ったロボ子さんはやっぱり考えてしまう。
そこに何かがあったはずだと。
『あっ』
また、胸がチリッと痛んだ。
『マスター! 宗近さーん! お雑煮ができましたよー』
「うーい」
「おはよう、ロボ子ちゃん。明けましておめでとー」
昨日の礼装軍服姿はどこへやら。いつものしまむら姿に戻った元旦のおっさんふたりだ。
ロボ子さんのリサーチでは、この村のお雑煮は醤油味。
大根に人参に椎茸に鶏肉にかまぼこ。三つ葉。スタンダードなもののようだ。
「うん、うまいねえ。ロボ子さんも一緒に食べないか」
『誘惑しないでください。マスター』
「美味しいよ、ロボ子ちゃん。ほら、食べようよ」
『宗近さんまで、やめてください。我慢してるんです。あとで大変なんです』
「縁起物なんだからさー」
『やだ』
元旦からしつこいおっさんとロボ子さんの攻防を横目に、宗近さんがテーブルの上のハガキを手に取った。
「お、年賀状かー」
『三二通も届いていたのです』
「出したのかい、虎徹さんは」
「がはは」
だめおやじ健在。
『社長秘書としてうっかりしていました。年賀状なんて都市伝説だというマスターの言葉を信じた私が馬鹿でした』
「まあまあ。ほら、ロボ子さん。お雑煮をお食べ」
『なにもう一組お茶碗を持ってきてるんです! なにそれにお雑煮を盛っているのです! あああ、そんなにお餅をいっぱい!』
「ああ、美味しいなあ、ロボ子さんのお雑煮。ん~~今年もいいことがありそうだ~」
『わああ!』
ロボ子さんはついに箸を持ってしまった。
『お正月だからいいんです、縁起ごとなんですっ!』
「そうそう、おお、いい食べっぷり。さあさあ、お酒も呑みねえ」
な~…
食事室にやってきたのは、すっかり大きくなった猫さんだ。お雑煮かおせちのお裾分けを狙っているのだろう。
『猫さんの名前、決めようと思うんです』
むに~~ん。とお餅を伸ばしてロボ子さんが言った。
「やめとけ。典太と板額さんが戻ってきたら返すんだろう? 情が移るぞ」
『情なんてとっくに移ってますよ。真っ白だから、はんぺんってのはどうです?』
「――」
「――」
虎徹さんと宗近さん、目を丸めたあと、決壊したかのように笑いはじめた。
『変ですか?』
「いや、変じゃない。変じゃない」
虎徹さんは笑いが止まらない。
「ああ変か。ネコの名前にはんぺんはないよな。いや、そうじゃなくってさ、いい、それでいい。はんぺんで決まり!」
ロボ子さんはキョトンとするしかない。
「はやく典太さんに聞かせてやりたいねえ」
にやにやと笑いながら年賀状の差出人をチェックしていた宗近さん。その顔から、すうっと表情がひいた。
「虎徹さん、これ……」
「なんだ宗近」
「そういや、会ったことあったっけ……。ちらっとだけど……。言葉交わしたのは虎徹さんだけだけど……」
『どうしたのです、宗近さん』
「総理から来てる。年賀状……」
「!!」
今年はいろいろなことが起こりそう。
な~…
はんぺんが鳴いた。
窓の外には雪の気配。
「いやあ、よく降りますなあ、長曽禰園長~」
天皇杯サッカーをだらだらと見ていたら、雪だるまのようになって村長さんがやってきた。外は大雪のようだ。
「明けましておめでとうございます、村長さん」
「明けましておめでとうございます、園長。いよいよこの三月から仮オープンですな。よろしくお願いしますよ!」
「あ、ロボ子さんに」と渡してくれたポチ袋には千円。
なにか三百人委員会的な陰謀で、お年玉は千円に固定されたのだろうかとロボ子さんは思う。
「それにしても本当によく降りますね」
虎徹さんが言った。
「おれたちがこの村に来てはじめてじゃないかな、こんなの」
あっはっはと村長さんが笑った。
「こんなもんじゃないですよ、冬将軍がその気になれば!」
その気になって欲しくないです。
「そろそろ、うちも屋根の雪下ろししないといけませんかね」
「ああ、いやいや、この程度なら大丈夫。囲炉裏、燃やしてますね? 囲炉裏を燃やしていると暖かいでしょう。家中暖かい。セントラルヒーティングですわ」
「ええ、意外なほど暖かいですね」
「その暖かい空気が屋根まで暖めてくれて、雪を溶かしてくれるのです。この程度の雪なら大丈夫」
「ほー」
ロボ子さんと虎徹さんたちは感心してしまった。
しん。と静まっている。
その静けさが無限に広がっていく。
大雪どころか冬だってはじめてのロボ子さん。
この頃は雪が降り始めた気配がわかるようになった。
障子を開けると、確かに外は雪。積もりそうだ。
そういえば、自分は雪月改。「雪月」とは旧暦でいう十一月の異名なのだが、今で言えば、この一月や二月のあたりになるのだろうか。
「な~」
はんぺんがやってきたので、抱きあげて外を見せてあげた。
はんぺんも目を丸くして雪を見ている。
この世の中には、こうして雪を知る猫もいるし、一生雪を見ないままの猫もいる。そんななんでもないことをロボ子さんは不思議に思い、そして不思議に思ってしまった自分をまた不思議に思った。
雪は止まない。
この日、天気図は西高東低を示し、この冬最強の寒気団が日本列島に居座っている。
■登場人物紹介・アンドロイド編。
ロボ子さん。
雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。
本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。
時代劇が大好き。通称アホの子。
一号機さん。
雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。
目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。
和服が似合う。通称因業ババア。
三号機さん。
雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。
小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。
基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。
板額さん。
板額型戦闘アンドロイド一番機。
高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。
ファンシーロボず。
第一世代と第二世代の旧型戦闘アンドロイド。よそのテーマパークで余生を送るはずが、なぜか宇宙船争奪戦に巻き込まれ、ロボ子さんに吹き飛ばされ、村に居座った。現在はパークの従業員。
■人物編
長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)
えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。
ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。
三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)
えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)
長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。
源清麿。(みなもと きよまろ)
えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)
三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病。
同田貫正国。(どうたぬき まさくに)
えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。
一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。
三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)
えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。
方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。
ちなみに、ロボ子さんの呼称は
虎徹さんが「ロボ子さん」
宗近さんが「ロボ子ちゃん」
それ以外は「二号機さん」で統一されています。もしそうじゃないなら、それは作者のミスですので教えてください。




