故郷という名の異邦。
『地球とあまり変わらないですね』
それが板額さんの感想だ。
もちろん、えっち星、えっち国の印象だ。
かつての典太さんも同じ事を感じた。地球に降り立った時、どんな異世界が広がっているのだろうかと身構えていたのに、たいして変わらない光景に拍子抜けしたものだった。
都会があり、田舎があり、朝は通勤通学の人々。
夜には盛り場に繰り出すサラリーマン。
自然もあまり変わりない。青い空があり、複雑に色を変える海があり、緑深い森があり、色鮮やかな花々があり、慣れればかわいいと思えてくる動物たちがいた。
『ときどき、地球の見知らぬ国を旅しているだけじゃないかと錯覚を起こすことがあります』
典太さんもそうだった。
まあ、あまりに馴染みすぎ、あっという間にガード下で酒呑むようになったわけだが。
地球とえっち星が双子のように似ていること、それどころか人類同士がそのまんまなのはなにか意味があるのかも知れないが、とりあえず典太さんは忙しいし、清麿さんのような想像力もない。
往路は四五年。
といっても実際には二年とすこし。数ヶ月に渡る加速シークエンス。退屈な亜光速航行。期待感と緊張感がないまぜになった太陽系近縁での減速シークエンス。そして事故。
復路はあっさり風味のワープ航法。
ワープポイントに行くまでがむしろ長い。ワープポイントからワープポイントへは一瞬だ。船体がワープポイントを通り過ぎる時間しか掛からなかった。航海中はもはや蚊帳の外、ただのおのぼりさん。宇宙駆逐艦の航海長という肩書きが悲しくなる、ただのお客さんだった。
そういえば、今回の航海の功績により典太さんは宙佐に昇進した。
そうなると虎徹さんや清麿さん、同田貫さんたちもそれぞれ昇進なのかというと、彼らはそのままらしい。いじけて帰ってこなかった奴らにくれてやるものはないということなのだろうか。典太さんとしても、これで同期の虎徹さんとならんだぜ、ひゃっほーという気分ではない。
パレード。インタビュー。トークショーへの出演。
望んだ英雄の扱いだ。
地球から連れてきた天然ボケの美人アンドロイドの人気も高く、典太さんと板額さんはコンビで休む暇もなかった。
「英雄か」
と、あんがい典太さんは冷めていた。
「功績により宙佐に昇進か」
功績?
おれたちになんの功績があるというんだ?
四五年かけて地球にたどり着いたが、それだけだ。今じゃ数週間で地球に行けるじゃないか。
深く考えないことだ。
気にしないでやりすごせば、世界は快適だ。
故郷に帰ることができたのは二カ月も経ってからのことだった。
すぐに帰ることができなかったのは、向こうにも都合と英雄を受け入れる体制を整える必要があったからだろう。
ここでもパレード、市長への表敬訪問、地元紙のインタビュー。
紙面を見たら子供の頃の話までほじくり返されていて、ここに板額さんを連れてこなくて良かったと思った。なにを書かれるかわかったものじゃない。まあ、板額さんには地球答礼使節団の護衛という任務があるわけだが。
そういうわけで、家に戻れたのは帰郷してさらに数日後だった。
もちろん、両親は他界していた。
もともと旧かった石造りの家はいろいろと近代改装してあるようだが健在で、妹夫婦が子供たち、さらに孫たちと住んでいた。妹と言っても自分の倍以上も生きている。妹だといわれなければどうしようもなく他人にしか見えない。
そういえば、友人と称する人々も何人か訪ねてきたが、話が噛み合わず苦痛でしかなかった。
考えてみてもほしい。
五〇年前と変わらない姿のこちらを見て懐かしいというのはわかる。しかし、こちらから、あなたがたを懐かしいと感じることはない。典太さんは三二歳のフリをしている八〇歳の老人じゃない。そのまま三二歳の若造なのだ。
また、「向こうの都合」は、すぐにわかることになった。
妹夫婦に、両親の遺産、特に家の相続放棄を大量の書類とともに迫られたのだ。考えてみれば典太さんは戦闘中行方不明者でもなんでもない。軍務に服しているのはわかっていたのだから、遺産相続の権利も典太さんに残されていたのだ。
「あなたは」
と、四五歳も年上の妹は言った。
思い出せなかった。
幼い頃の妹の姿を、どうしても彼女の顔の中に見つけることができなかった。
「あなたは両親の面倒をみたわけじゃない。それに恋人(ここで彼女は嫌悪の表情を浮かべた)と地球に戻るつもりなのでしょう。だったら気持ちよくサインしてくれていいはずよ」
「ああ、そうだな」
典太さんはただそう答え、その場でサインし、そのまま妹の孫たちが賑やかな家を出て駅前のホテルに戻った。
まだ首都に帰るわけにはいかない。
この故郷で自分絡みの行事が、あと数回ある。それも含めての昇進、給料なのだ。
孤独だった。
どうしようもなく、さみしかった。
嬉しいハプニングだったのは、板額さんが休暇を貰ってホテルの部屋を訪ねてきてくれたことだ。
「アンドロイドに休暇か」
『夜も寝ないで警護しているのは、逆に監視されているように感じる方もいたようです』
「君、生真面目だからな」
『あと、おしりを触ってきた方の手の指を数本砕いたのも良くなかったかもしれません』
典太さんは腹を抱えて笑った。
もしかしたらえっち星に戻ってはじめてお腹の底から笑ったのかも知れなかった。
大丈夫だ。
おれは狂わない。おれがどん底だった頃の事を知っていてくれる君がいるから、おれはおれのままでいられる。
この、故郷という名の異邦で。
結局、次の日の地元紙には「郷土の英雄、恋人のアンドロイドと熱い夜」などと書かれてしまった。
無表情で紙面を読んでいる板額さんの頭のファンの音が不気味だ(生真面目な板額さんは、地球出発前からえっち星標準語をマスターしていた)。
『もう戻らなくていいそうです』
急に顔を上げた板額さんが言った。
「へ?」
『三池典太光世宙佐のマネージャー兼ボディガードの辞令がいま届きました。口頭で。失礼しちゃいます、楽しんできてねですって!』
「さあ、乗って」
数日後。故郷での行事をすべて終えた典太さんは、オープンカーをワンウェイレンタルすることにした。とびきりの美人を乗せるのに似合うだろう。
『まさか、また盗難車ってことはないでしょうね』
板額さんは眉を顰めている。
典太さんは笑った。
「そうか、懐かしいな。郷土の英雄が車泥棒しちゃダメだろ。これはちゃんとしたレンタカーだよ」
良く晴れている。
典太さんはサングラスをかけ、車を発進させた。
「いつもこうだったな」
『なにがです』
「この街を出るときにはさ。宙軍士官学校に入学するときも、補陀落渡海に乗るときも、おれはレンタカーでこの街を出たんだ。士官学校の時には家族や友人みんなが喜んでくれて、おれも誇らしくて。補陀落渡海の時には今生のお別れのつもりだったから、ちょっとさみしくてさ。親父は無口な人だったから、そのどちらともほとんどなにも言ってくれなかった。おれは、親父にとって自慢の息子でいることができたのかな。死ぬときに、すこしはおれのこと思い出してくれたかな」
板額さんはなにも言わなかった。
ただ、典太さんの手を握ってくれた。
『そうだ、はんぺんさん』
「……その名で呼んだら泣かすっていっただろ」
『違うんです、二号機さんが昨日、私の部屋にやってきて、猫の名前をはんぺんにしたと教えてくれたんです。白いからだって』
「板額さん……、二号機さんは地球だろ。君、いまどこにいるつもりなんだよ」
『そうなんですよね。私、夢を見たんでしょうか』
「だいたい、虎徹たちがその名前を許さないだろう。頼りない護衛兼マネージャーだなあ。ちゃんとメンテナンスは受けてる?」
『えっち星の技術者さんたちはよくしてくれます』
「さて、これからどこにいくんだっけ」
『さきほど話題にでた宙軍士官学校です。校長先生表敬訪問、演説、生徒との座談会が控えています』
「そうだった。さて、飛ばせば夕方前には着くぞ」
『安全運転を心がけてください、はん・ぺんさん』
「だから、泣かすぞって!!」
典太さんはアクセルを踏み込んだ。
■登場人物紹介
三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)
えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。
方針の違いから一度は虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。
板額さん。
板額型戦闘アンドロイド一番機。
高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。
二号機さん。
雪月改二号機。ロボ子さん。マスターは長曽禰虎徹。
本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。
時代劇が大好き。通称アホの子。
■その他
タイムジャンプ。
亜光速による恒星間航行技術。
亜光速にまで加速するので、その宇宙船と乗員にとっての時間の流れは遅くなる。補陀落渡海は三五光年を四五年かけて移動したが、船内時間では二年と少しだった。
それをタイムマシン、時間旅行になぞらえて、タイムジャンプ航法と俗称する。
ちなみに、その用語を使っているSFは『闇の左手』しか知らないのですが、他にもありますかね。
現在、ワープ航法が確立され、過去の技術となっている。




