宗近さん、泣く。
イルミネーションがきれいな夜空にちらちらと雪が降っている。
クリスマスイブ。
パークのレストランではクリスマスパーティだ。村のみなさんも招待され、もちろんドレスアップした雪月改三姉妹やかぐやさんの姿もある。
振る舞われた「地球食材による本格的えっち星料理」も好評で、補給科は胸をなで下ろした。更に研鑽し、パークの開園に備えることになるだろう。
ファンシーロボずによるクリスマス劇。
村長さんの弾き語り。
そしてダンス。
ロボ子さんはなんでもできるアンドロイド雪月改。今まで踊ったことなんて一度もないけれど自然と体が動く。
意外だったのは虎徹さんだ。
礼装軍服でパーク長として出席した虎徹さん、ロボ子さんを相手にさらりとダンスを踊ってみせたのだ。相手がいいからさと笑ったが、士官の嗜みと士官学校でさんざん叩きこまれたらしい。
もちろん一号機さんは同田貫さんと。しかも和服同士で。
三号機さんは清麿さんと。
そしてかぐやさんは宗近さんと。
パークのパーティが終わったあとのプライベートなパーティは、揃って秘密の宇宙基地へ。
三姉妹からマスターへのプレゼント。
かぐやさんも一太さん二太さんに手編みの手袋、うかのみたまさまに手編みの帽子を渡した。
「怒らないでね、うかのみたまさま。異教のお祭りなのにって怒らないでね」
『うれしいわ。ありがとう、かぐやさん』
ちなみに、ロボ子さんのプレゼントは、ほんとうにクレヨンの似顔絵だったようだ。
『今夜はありがとうございました』
うかのみたまさまが言った。
清麿さんと同田貫さんはソファーで船を漕ぎ、アンドロイドたちと宗近さんは対戦ゲームに熱中している。うかのみたまさまの相手をしているのはワイングラスを手にした虎徹さんだ。
『かぐやさんも、一太、二太もとても楽しそうです。こんな素敵な夜は初めてです』
うかのみたまさまの頭には、かぐやさんの帽子がある。
ビジョンなのに本当に被っているように見えると虎徹さんは思った。そしてとてもよく似合っている。
「これからどうなさるのですか」
虎徹さんが言った。
『はい。この洞穴を塞ぎます。もちろん偽装ですが、今の地球人の技術と認知力なら気づかれることはありません。このドッグは灯台なのです。私たちのマスターのためにも守り続けなくてはなりません』
「しかし、うかのみたまさま……」
『ええ、そうです。母星はもうありません。でも彼らはきっと生き延びているでしょう。私たちのマスターにいたっては、一万年後に地球に降りたってはじめて故郷がなくなっているのに気づくのかもしれません。でも彼らはまた宇宙に飛び出していくのです。そういうひとたちなのです』
「そのうち、おれたちの星に彼らがたどり着ければいいですね。おれたちの星はワープ航法を実用化しました。その技術を提供できるかもしれない」
『一万年後に地球でワープ航法を教えて貰うのかもしれません』
『明日、洞窟の穴を塞ぎます』と、うかのみたまさまが言った。
『もちろん、それだけでは足りません。この洞窟を知る人々に、この洞窟のことを忘れてもらいます』
「そんなことまでできるのですか」
『それで、恒星間航行技術だけは遅れているって、悔しいですよね』
うかのみたまさまが笑った。
「つまりおれは、あなたのことを忘れてしまうんだ」
『はい』
「ロボ子さんたちも、かぐやさんや一太くん二太くんを忘れるんだ」
『はい。今回、私たちは人類に干渉しすぎました。しばらく大人しくしていなければならないでしょう。千年前にも同じ事があったのですよ。生まれたばかりで子猫のような好奇心のかぐやさんが、ひとりで勝手に都に行ってしまって。今度はどんな影響がでてしまうことか。反省しなければ……』
「でもきっと」
と、虎徹さんが言った。
「おれたちはあなたたちのことを忘れないんだ」
『私たちの科学力を疑っていますか?』
うかのみたまさまは苦笑いしている。
「ロボ子さんたちの友達思いをなめないことだ」
『――』
「おれのきれいなお姉さん好きと、コンピューターボイス好きをなめないことだ」
『――ばかなひと』
立ち上がってグラスを置き、虎徹さんは手を差し伸べた。
「さあ、最後の踊りをおれに。でもそれは今夜の最後であって、これっきりって意味じゃないんだ」
虎徹さんの手を取り、うかのみたまさまも立ち上がった。
このビジョンには感触がある。虎徹さんは思った。
そして温かい。
そして透明な涙を流すのだ。
宗近さんも船を漕ぎだした。
かぐやさんは隠しておいたマフラーを宗近さんの首に巻いた。
『キスくらいしたらどうですか』
テレビのほうを向いたまま、ロボ子さんが言った。
他の雪月改さんたちも、一太さん二太さんも、ゲームに夢中でテレビ画面に釘着けというフリをしている。
かぐやさんはちょっと苦笑いして、宗近さんの頬にキスをした。
朝。みんなが目を覚ましたのは、長曽禰家の広い囲炉裏端の部屋だ。
パークのクリスマスパーティからここに流れてきたのだったか。
男たちはずいぶん飲み食いしたようだ。
雪月改三姉妹まで眠ってしまったようだ。
全員が喪失感を感じている。何か大切なことを忘れてしまったような悲しみが夢の欠片に残っている。
ロボ子さんは囲炉裏部屋の履きだし窓を開けた。
冴えた冬の風が入り込んできた。
朝日の中に鎮守さまの山が見える。補陀落渡海が突っ込んでしまった穴はきれいに埋まっている。
あれ、いつ埋めたんだっけ。
あれ、そもそも補陀落渡海さんはあそこに突っ込んだのだっけ。
『二号機さん、窓を閉めて。マスターが風邪をひいちゃいます』
三号機さんに言われ、ロボ子さんは窓を閉めた。
『あれ、宗近さん』
「ん、なに、ロボ子ちゃん」
『そのマフラーはなんです?』
毛布から抜け出してきた宗近さんの首に、たしかにマフラーが巻かれている。
「家の中でマフラーか?」
虎徹さんにからかわれ、宗近さんは首をひねっている。
『みなさん、お味噌汁はいかがですか。飲みすぎに効きますよ』
「おう、飲んでけ。ロボ子さんの味噌汁は美味しいぞ」
笑ったあとで、いててと虎徹さんは頭痛に顔をしかめた。
村長さんは戸惑っていた。
なぜ、ありもしない洞穴を利用する計画を自分は立ててしまったのか。
「ルパンの奇岩城」だって?
「古代の秘密の宇宙基地」だって?
ネットで調べると大きな穴があいたあの山の写真は確かに出回っている。しかしどう見ても、触ってみても、土だ。土と森に覆われた山なのだ。この写真はよくできたコラなのか。
そういえば、大学の調査団が来たことがなかったか。そういえば、あのえっち星の宇宙船は、あの山から出てきたんじゃなかったのか。
うー…ん。と、ひとつうなって。
「今度はSF小説賞に応募してみようかな」
ポジティブである。
村に日常が戻ってきた。
といってもこのまま年末年始だ。村もロボ子さんも忙しい。
いつも通り朝ごはんの用意をして、子猫の世話をして。補陀落渡海を横に見ながら道を進み、鎮守さまの階段を昇る。ここになにかあったはずだという、不思議なさみしさを抱えながら。
『あれ、宗近さん』
祠の前に、宗近さんの姿がある。
『家にいるものだとばかり』
「おはよう、ロボ子ちゃん。いや、明け方に目が覚めて眠れなくなってさ。ずっと散歩していたんだ」
『おはようございます』
宗近さんはコートにマフラーの重装備だ。それでもこの寒さの中で散歩をしていただなんて、風邪をひかなければいいのだが。
二礼二拍手一礼。
ロボ子さんと宗近さんは並んで祠に手を打った。
ロボ子さんは、あっと驚いた。宗近さんの目から涙が流れている。
「あ、ごめん。なんだか急に胸が締め付けられてね。なんだろう、なにしてるんだろう。今日はほんとうにおかしいんだよ、ぼくは」
宗近さんは慌てて涙をこすった。
「馬鹿みたいだな。これでもうすぐ三〇なんだぜ。虎徹さんには言わないでくれよ」
宗近さんは逃げるように走り出した。
階段を駆け下り、補陀落渡海さんの見える道を駆け、やがてその顔に笑顔が浮かんだ。マフラーを首から外し、握り締め、宗近さんは走り続けた。
またね。また会えるね。
ロボ子さんは鎮守さまから村を見渡した。
山を、森を、雪を、風を感じた。
よく知っているけどまだ知らない友達がいる。この世界のどこかにいる。
またね。また遊ぼうね。
その声が届いた気がした。
その声が聞こえた気がした。
■登場人物紹介・アンドロイド編。
ロボ子さん。
雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。
本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。
時代劇が大好き。通称アホの子。
一号機さん。
雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。
目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。
和服が似合う。通称因業ババア。
三号機さん。
雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。
小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。
基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。
板額さん。
板額型戦闘アンドロイド一番機。
高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。
ファンシーロボず。
第一世代と第二世代の旧型戦闘アンドロイド。よそのテーマパークで余生を送るはずが、なぜか宇宙船争奪戦に巻き込まれ、ロボ子さんに吹き飛ばされ、村に居座った。現在はパークの従業員。
■人物編
長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)
えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。
ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。
三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)
えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)
長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。
源清麿。(みなもと きよまろ)
えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)
三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病。
同田貫正国。(どうたぬき まさくに)
えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。
一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。
三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)
えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。
方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。
ちなみに、ロボ子さんの呼称は
虎徹さんが「ロボ子さん」
宗近さんが「ロボ子ちゃん」
それ以外は「二号機さん」で統一されています。もしそうじゃないなら、それは作者のミスですので教えてください。




