ロボ子さん、裸マントになる。
「ほんに大きな宇宙船じゃな」
ライトアップされた宇宙駆逐艦補陀落渡海を見上げ、かぐやさんが言った。
ホカホカと大好きなたい焼きの袋が温かい。
「本当はもっと大きいんだよ。今の補陀落渡海は、恒星間航行エンジンブロックを切り離した姿だからね」
宗近さんが言った。
二人が歩く道を、どこまでもイルミネーションが照らしている。
「恒星間航行エンジン」
と、かぐやさんが言った。
「それが着いていれば、どこまでもいけるのか?」
「どこまでも、とはいかないなー」
「一万年でも旅できるのか。六五〇〇光年でも飛べるのか?」
「無理。その旅を一世代で終わらせる前提ならね。そこまで加速して減速するだけの強度も技術もない。加速減速にはGがかかるんだ。これが船にも人体にも大問題で、補陀落渡海では――あ、さすがにつまんない話だね」
構わない。
宗近さんの口から語られる言葉なら。
「つまり、そうか」
と、宗近さんが言った。
「地球にもぼくらの星にも、雪月改や板額型を超えるアンドロイドは存在しない。それでも君はここにいる」
かぐやさんが振り返った。
すうっと宗近さんの手が伸びてきた。それは硬直しているかぐやさんの頬についたたい焼きの餡をすくい取った。
「そうか、君は六五〇〇光年の彼方からやってきたんだね」
餡をなめ、宗近さんが言った。
一号機さんと三号機さんの両腕が時計仕掛けのように再構成され、ガトリング機関銃へと変形していく。
『私たちのマスターを返しなさい。さもなければ攻撃します』
『警告します。この機関銃は本物です』
返事はない。
無視しているのではなく、うかのみたまさまと一太さん二太さん、あわあわと基地の中で右往左往しているだけなのだが。
『撃ちます』
一号機さんが言った。
両腕の機関銃が火を噴いた。
『面倒くさいです。でも私もです』
続けて三号機さんの機関銃も火を噴いた。
土の壁が崩れていく。しかし、それ以外の変化はない。
そもそもここが宇宙基地への入り口だというのが理解できない。
ただの洞窟の土の壁にしか見えないし、触ってみてもそうなのだ。しかし、ドアとして機能するときには金属のドアになる。これがかぐやさんがいっていた「11次元で偽装されている」ということなのか。
『ダメです、一号機さん。過熱してきました!』
『一太さん、二太さん。見損ないました! なぜこのようなことをするのです。私たちは友達だったはずです!』
『ふっ。だらしのない!』
鼻息も荒く登場したのは、マントに身を包んだロボ子さんだ。
『結局私の出番ですね。一号機さんと三号機さんはそのオモチャをしまって下がっていなさい。この長曽禰ロボ子、寒空に裸マントで来た甲斐があったというものです』
フルウェポンロボ子さんになる時の泣き所は、しまむらのスウェットが引き裂かれてしまうことなのだ。ロボ子さんの家の経済状況で、これは痛いのだ。
『二号機さんのくせに生意気です』
『メカロボ子』
『そもそもメカですよ、私たち。さあ、行きますよ!』
ロボ子さんがマントを払った。
今度はなにごとかと、うかのみたまさまと一太さん二太さんはモニターを覗き込んでいる。そのモニターの中で、ロボ子さんの頭上に巨大な砲塔らしきものが組み立てられていく。うかのみたまさまと一太さん二太さんは、あごを外して腰を抜かしてしまった。
『主砲二〇センチ連装砲!』
ロボ子さんは大得意。
『斉射いきますようっ! それでだめならVLSサルボいきますようっ! 次から次にいきますようっ!』
『やめてーー! 撃たないでええーー!』
土の壁に白旗がひるがえり、うかのみたまさまの泣きが入った。
『敗北を知りたい』
得意満面のロボ子さんである。
でもロボ子さん、うかのみたまさまが降服しなければ三人のマスターさんごと吹き飛ばすつもりだったのですか。
『あ。忘れてました。てへ』
てへじゃない。
『主砲撃つと気持ちいいんですよ。最高ですよ。撃ちたかったなー』
いけない娘になりそうなロボ子さんである。
「やあ、ロボ子さんたち。助けに来てくれたのか、ありがとうー」
虎徹さんが笑顔で三姉妹を迎えた。
他のマスターは飲まされた薬のせいで酩酊状態だ。雪月改三姉妹の前で必死に威厳を保とうとするが、腰が抜けて動けない。その中で虎徹さんだけが普段通りなのだ。かえって不気味である。
『ごめんなさい!』
「ごめんなさい!」
「ごめんなさい!」
うかのみたまさまと一太さん二太さんは土下座だ。
「全部、ぼくらが勝手にやったことなんです。うかのみたまさまは関係ないんです!」
と、一太さん。
「うかのみたまさまだって女の子なんです。ネットでこっそり西島秀俊さんや阿部寛さんの画像集めてたりするんです! ちょっとスケベなだけの普通の女の子なんです! うぎゃああああーー!」
と、二太さん。
うかのみたまさまがもう一度頭を下げた。
『この基地、この祠に起きたことのすべての責任は私にあります。申し訳ございません』
そのビジョンは既にはっきりしている。
ロボ子さんたちにも、その美しい姿が見えている。
「何事もなかったわけだし、もういいですよ」
虎徹さんが爽やかに笑った。
「そうか、あの穴は、こうなっていたのか。おれたちこそ宇宙船を突っ込ませたり、祠を勝手に改造したりして、ほんと悪いコトしちゃったな。ごめんなさい」
なぜこの人には薬の後遺症がないのだろう……。
ていうか、むしろ普段よりまともっぽいのはどうしてなのだろう……。
全員が不審に思い不気味に思っている中、虎徹さんは言葉を続ける。
「話を聞けば、あなたの境遇は、少し前のおれたちと似ていないこともない。もちろん、あなたの一万年は想像を絶するが、それでもあなたの孤独はわかります」
『長曽禰虎徹さん……』
不気味であろうと、虎徹さんの言葉はうかのみたまさまに優しい。
「いいでしょう!」
虎徹さんが胸を叩いた。
「おれがあなたのマスターごっこ、全面的に協力しましょう!」
いきなり上半身裸になってしまう虎徹さんだ。
うかのみたまさまが悲鳴を上げた。
「ざっくばらんにいいます、そのコンピューターボイス、むっちゃいいです! ロボ子さんはこの頃ただのアホの子になってさみしい限りですし! あなたのような正しくコンピューターボイスのきれいなお姉さんのマスターになれるならもう最高です! しんぼうたまらんです!」
やっぱりしっかり泥酔していたのだ、このおっさんは。
「君の波動砲が欲しい!」
虎徹さんの後頭部を思いっきり張り倒すロボ子さんなのだった。
それから。
ロボ子さんたちが秘密の宇宙基地にお呼ばれするときには、マスターの誰かが一緒に来るようになった。ロボ子さんたちとかぐやさんが遊んでいる横で、うかのみたまさまと茶飲み話を楽しむのだ。
「知識が幅広くて、話していて興味が尽きない」
楽しそうに清麿さんが言った。
その中にはもちろん宗近さんもいる。
そんな日には、うかのみたまさまはちょっと遠慮して、かぐやさんに宗近さんを譲るのだ。
うかのみたまさまが微笑んだ。
『夢のようです』
まぶしいほど美しい。
「虎徹さん、どうやらそのようだ」
長曽禰家の大きなテーブルに星図を広げ、そう呟いたのは宗近さんだ。
「なにがだ?」
「かぐやちゃんたちの本星だよ。今日、彼女がレポートを送信しているのを見せて貰った。地球の赤経赤緯で表示されていたから、間違いない」
『どうしたんです?』
夕ご飯を運んできたロボ子さんも星図をのぞき込んだ。
「M1、かに星雲。ロボ子ちゃんなら分かるだろう?」
『はい。NGC1952。超新星爆発を起こした恒星の残骸です。その超新星爆発は一〇五四年に地球でも観測され、日本では藤原定家の日記『明月記』に記録が残されています。それが?』
「かぐやちゃんは、かに星雲に向けて報告を送信している」
『えっ!』
「かぐやちゃんは、自分たちは六五〇〇光年の彼方からやってきたと言っている。それもかに星雲と一致する。かぐやちゃんたちの母星はもう存在していないんだ。ぼくらより技術も進み、聡明な彼女たちがそれを知らないわけがない。彼女たちは存在しない母星に報告を送信し続けているんだ」
「長曽禰園長!」
そこに飛び込んできたのは、例によって村長さんだ。
「おっと、お食事時でしたかな、こりゃ失礼。すぐに退散しますよ」
「ああ、いえ、構いません。一緒にいかがですか。それで、おれになにか?」
「そうなんです!」
村長さんが得意そうに胸を張った。
「あの洞窟の使い道が決まりましてね。内側を全部セメントで固めた上で、ルパンの奇岩城のような秘密基地のアトラクションにしようではないかと。もちろん、テーマとしては古代の秘密の宇宙基地です。どうです、ワクワクしませんか!?」
■登場人物紹介・アンドロイド編。
ロボ子さん。
雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。
本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。
時代劇が大好き。通称アホの子。
一号機さん。
雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。
目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。
和服が似合う。通称因業ババア。
三号機さん。
雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。
小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。
基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。
板額さん。
板額型戦闘アンドロイド一番機。
高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。
ファンシーロボず。
第一世代と第二世代の旧型戦闘アンドロイド。よそのテーマパークで余生を送るはずが、なぜか宇宙船争奪戦に巻き込まれ、ロボ子さんに吹き飛ばされ、村に居座った。現在はパークの従業員。
■人物編
長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)
えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。
ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。
三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)
えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)
長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。
源清麿。(みなもと きよまろ)
えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)
三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病。
同田貫正国。(どうたぬき まさくに)
えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。
一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。
三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)
えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。
方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。
ちなみに、ロボ子さんの呼称は
虎徹さんが「ロボ子さん」
宗近さんが「ロボ子ちゃん」
それ以外は「二号機さん」で統一されています。もしそうじゃないなら、それは作者のミスですので教えてください。




