うかのみたまさま、略取する。
見てはいけないものを見てしまった。
真っ暗な山道を並んで歩き、言葉にこそ出さなかったけれど、一太さんと二太さんは互いにそう思っていた。
かぐやさんの付き添いをサボったわけじゃないけど生意気な犬がいて。
かぐやさんの付き添いをサボったわけじゃないけど野ウサギまで見つけちゃって。
かぐやさんはデートだし、のぞいちゃ悪いし。
さんざんのぞいてたわけだけど。
そんなわけで、かぐやさんとはぐれてしまったわけで。いや、どこにいるのかはわかっているわけだし。まあ、とりあえずいちど戻ろうとドックに帰った。
そして見てしまったのだ。
泣いているうかのみたまさまを。
うかのみたまさまはプログラムだ。
姿はない。
だけど一太さんも二太さんも、かぐやさんも、きれいな女性をいつもそこに見ている。その女性は笑う。怒る。怒ったときにはムチャクチャ怖い。山の神さまとして荒ぶる。カンベンしてほしい。
しかし今日。
うかのみたまさまはしどけなくうたた寝をしていた。
その頬を涙が流れていた。
「寝言でマスターを呼んでいた」
一太さんが言った。
「うかのみたまさまはさみしいんだ」
二太さんも言った。
「ぼくらはもう、うかのみたまさまを泣かせない」
「行こう」
一太さんと二太さんは走り出した。
そしてすぐに獲物を手に入れて帰ってきたのだった。
『あら、お帰りなさい。早かったのね、一太、二太』
うかのみたまさまは悲鳴をあげた。
一太さんが、ぐったりと動かない赤毛のおっさんを背負っている。おっさんの頭には、でっかいたんこぶだ。
『いったいどうしたの、そのひと!』
「仕留めてきました!」
『なに考えてるのーー! あなたたちはーー!』
「大丈夫です、生きております。ほら、二太、手伝え」
『ちょっと、ちょっと、なに勝手に手術台だしてるの。なに手足を固定しているの。なに無理矢理あやしい薬飲ませているの!』
「うかのみたまさま、どうぞ!」
『なにを「どうぞ!」なのよーー!』
言うまでもなく。
改造手術を受けるかのようにベッドの上に手足を拘束され寝かされているのは、紛う事なきロボ子さんのマスター、長曽禰虎徹さんその人である。
「マスターごっこですよ」
一太さんが言った。
「マスターが次に来るのはいつですか、うかのみたまさま。その間、うかのみたまさまだけがひとりで待ってなきゃいけない事なんてないんですよ」
『な、なんの話?』
あんな夢を見たあとだ。
ちょっと動揺してしまう。
「あっちだって、どうせ寄る星々でいい人を作ってるんですよ。星ごとにメインコンピューターがいるんですよ」
『す、すごいこというのね、おまえ』
「ただのごっこ遊びですよ。一万年に一度しかやってこない男に操たてて、いったい何の意味があるんです。その時その時で適当な男を見繕って、マスターと呼んで飼ってやればいいんですよ……』
『な、なんだかおまえ、とってもいけない悪役さんみたいよ?』
ちらり。
戸惑いながらも、ベッドの上に拘束されている虎徹さんを見てしまううかのみたまさまだ。
『この人を……私のマスターに仕立てるの?』
揺らいでいる。
一太と二太さんは思った。うかのみたまさまは揺らいでいる。
「そうです、うかのみたまさま!」
と、今度は二太さん。
「奴隷にして調教して、どんないやらしいことでもやり放題!」
そう言ったとたん、二太さんは悲鳴を上げて床をのたうち回った。
「ぎゃああーー。お許しを、うかのみたまさまあーーっ!」
『私の祠に、下品な男は必要ないのです』
「やめてえええ、チップ焼き切れるううーーっ! ごめんなさいいーーっ!」
ちらりと、うかのみたまさまはもういちど虎徹さんを見た。
ちょっと馬鹿っぽいけどたしかにハンサムだし、身長もそこそこあってなに着せても似合いそう。
朝、ベッドに朝食をもっていってあげるの。体を起こした彼はシーツの下はなにも着ていなくて、私は目のやり場に困ってしまうの。寝るときにはおれはいつもこうなのさと彼はにやりと笑い、朝食のトレーからコーヒーだけ受け取るの。ああ、舌が火傷しそうなコーヒーだ。おれの全身が目を覚ます。ありがとう、うかのみたまさま。彼はそういって私にキスをくれるの。
「なんか、うかのみたまさま、妄想モードに入ってないか?」
一太さんが言った。
「何を妄想しているのか、何となくわかるのが悲しい」
二太さんが言った。
『一太』
「はい、ぼくは何も言ってません。今のは二太です、うかのみたまさま」
『さっき、この方に何を飲ませたの?』
「はい。抵抗する気力を失わせる薬です。ひらたく言やあ、自白剤ですね。彼は今、意識が朦朧として、うかのみたまさまに逆らうことはできません」
『そう』
うかのみたまさまは虎徹さんに話しかけた。
『長曽禰虎徹さん』
「フルネーム知ってんじゃん」
「うぎゃあああ!」余計なことを言った二太さんは、また床をのたうち回ることになった。
『長曽禰虎徹さん。私はこの宇宙船ドッグのメインコンピューター。村人からお稲荷さまと呼ばれるようになってからは、うかのみたまを名乗っています。神を名乗るのは不遜でしょうか。確かに不遜ですが、私にはその力があります。私の認知は11次元に渡り、自在に展開します。この星の量子論では神はダイスを振るようですが、私はダイスを振りません。なにもかもできるわけではありませんが、私の力はきっとあなたを満足させるでしょう。長曽禰虎徹さん。もしあなたが、わたすの、いえ、わた、わたっっ』
「肝心なところで噛まないで、うかのみたまさまっ!」
「恥ずかしさに耐えて、最後まで言い切ってこその中二病台詞ですよ、うかのみたまさまっ!」
『うるさーい!』
「うぎゃあああ!」
「うぎゃあああ!」
今度は二匹で床を転がる一太さんと二太さんだ。確かに怒らせると怖い。
うかのみたまさまは乙女心を振り絞って叫んだ。
『長曽禰虎徹さんっ! 私のマスターになってくれれば、あなたにしてあげられることがたくさんあると思いますっ! 私のマスターになって!』
言ったーー!
うかのみたまさま、ついにコクったーー!
「うん」
眠ったままの虎徹さんが言った。
『え』
即答だ。
『いいんですか?』
「うん」
『私のマスターに?』
「うん、おれ、コンピューターボイス萌えだから」
『……』
かえって、若干ひいてしまう。
うかのみたまさまと一太さん二太さんは、隅に集まってヒソヒソと作戦会議だ。
『あの人、本当に眠っているの?』
「うちの自白剤えぐいですから、意識も判断力もほぼ無いと思いますよ」
『つまりあれがあのひとの丸裸の本音?』
「そういうことです」
『軽くない?』
「でも、嘘偽りない本心です」
えらい男を連れ込んでしまった予感がする……。
三人は思った。
改めて、うかのみたまさまが虎徹さんに質問した。
『長曽禰虎徹さん、私のマスターになってくれるのですね?』
「うん。ロボ子さんといっしょ。仲良くしてあげてね」
『あなた、本当に眠っているんです?』
「わかんない」
『長曽禰虎徹さん。先ほども申しましたように、私には地球の科学力では計り知れない能力があります。もし、私がなにかをしてあげられるのなら、あなたはなにを求めますか』
「波動砲を撃ちたい」
『……ほかには?』
「この世に波動砲以上の夢など存在しない」
くるり。
うかのみたまさまのビジョンは一太さん二太さんへと体を向けた。一太さんと二太さんは、びくっとすくみあがった。
『中二病じゃない人を連れてきて。アホじゃない人を連れてきて』
据わった眼でうかのみたまさまが言った。
「えいっ」
ぱっこーん!
『源清麿さん。もし私があなたになにかをしてあげられるのなら、あなたはなにを求めますか』
「魔王になりたい」
「えいっ」
ぱっこーん!
『同田貫正国さん。もし私が――』
「全盛期のアレクサンドル・カレリンとガチで喧嘩してみたい』
『この星の男たちは、みなアホで中二病でガキですかああーーッ!』
「えっち星人です、うかのみたまさま!」
「この者たちは地球人ではなくえっち星人です、うかのみたまさま!」
『同じ事よーーッ! 男なんて!男なんてーー!!!』
うかのみたまさまの悲痛な声が響き渡った時、秘密基地に異変が起きた。
自分たちのマスターを略取された雪月改三姉妹の総攻撃が始まったのである。
■登場人物紹介・アンドロイド編。
ロボ子さん。
雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。
本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。
時代劇が大好き。通称アホの子。
一号機さん。
雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。
目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。
和服が似合う。通称因業ババア。
三号機さん。
雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。
小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。
基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。
板額さん。
板額型戦闘アンドロイド一番機。
高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。
ファンシーロボず。
第一世代と第二世代の旧型戦闘アンドロイド。よそのテーマパークで余生を送るはずが、なぜか宇宙船争奪戦に巻き込まれ、ロボ子さんに吹き飛ばされ、村に居座った。現在はパークの従業員。
■人物編
長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)
えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。
ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。
三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)
えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)
長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。
源清麿。(みなもと きよまろ)
えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)
三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病。
同田貫正国。(どうたぬき まさくに)
えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。
一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。
三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)
えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。
方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。
ちなみに、ロボ子さんの呼称は
虎徹さんが「ロボ子さん」
宗近さんが「ロボ子ちゃん」
それ以外は「二号機さん」で統一されています。もしそうじゃないなら、それは作者のミスですので教えてください。




