かぐやさん、告白する。
「うかのみたまさまっ!」
「うかのみたまさまっ!」
秘密の宇宙基地では、一太さんと二太さんが大騒ぎだ。
「うかのみたまさまっ! かぐやさまが朝から何かをしておいでですっ!」
『落ち着きなさい、一太。わかっています。かぐやさんは編み物をしているのです』
「編み物って、女子高生が好きな殿方にプレゼントするマフラーを製造することですよね、うかのみたまさまっ」
『二太。おまえたちがどこからそのような歪んだ情報を手に入れるてくるのか、知りたい気がします。ただ今回は、おおむねそれで合っているようです』
なぜか怯えているメインコンピューターのうかのみたまさまや一太さん二太さんをよそに、確かにせっせとマフラーを編んでいるかぐやさんなのである。
「あやしうこそ、ものぐるほしけれ……」
手を止めて、ほっと吐息をついた。
「三条小鍛治宗近どの……」
「宗近どのもえっち星人……』
「宗近どのの好きな食べ物は? 趣味は?」
「のう、なんでえっち星人はそんな和風な名前をしておるのじゃ?」
ロボ子さんたちがやってくると、今度は情報収集だ。
『こいつ、本気だ……』
三姉妹は思わずにいられない。
まあ、なにかと強烈な虎徹さん、清麿さん、同田貫さんと比べると地味な存在ではあるが、宗近さんは普通にハンサムだし、人好きのする好青年だ。
『おならもあまり臭くないです』
『どうでもいいです、二号機さん』
「あれ、機関長。珍しく不機嫌そうな顔してますね」
一方、パークの社員食堂で天ぷら蕎麦をすすりながら、自分がいないところで女子会の品評会の俎上に載せられ好き勝手言われているような、妙に具体的な不快感に襲われている宗近さんだ。
「こんど、おもいっきり臭い屁をしてやるぞ」
「なんですか、機関長」
『でもいいんですか、二号機さん』
『なにがですか、三号機さん』
『宗近さんって、たしか二号機さんにプロポーズしたことがあるんですよね?』
『はい』
『獲られちゃいますよ。かぐやさんに獲られちゃいますよ。いいんですか、二号機さん』
『三号機さん』
『はい』
『乙女が許されるのは製造後半年までですよ』
イラッ!
『今は普通に家族ですし。あの頃はまだふたりも若かったですし』
『それこそ半年前じゃねえか』
『むしろ問題なのは』
『はい、二号機さん』
『はい、二号機さん』
『宗近さんはメカオタク、ロボオタクだってことです』
『……』
『……』
くるっと三姉妹はかぐやさんを見た。マフラーは結構できあがっている。
ちょっと前まで幽霊として恐怖の対象だったかぐやさん。
今は、十二単は秘密基地の中でだけ。夕方になると、三号機さんに譲ってもらった隣町まで遊びに行った時のコーディネートで村に飛び出していく。
昔ならそんなオシャレな少女が村にいれば悪目立ちしたかもしれないが、パークの建設工事などで賑やかになった今では、かわいいね、関係者のお嬢さんかなあくらいにしか思われない。
ぽつぽつと見かけるようになった国道沿いのお店でたい焼きをひとつ。
できたばかりの公園のベンチに腰掛けて、眺めるのは大きな宇宙船だ。
実は、あの宇宙船を見るとドキドキする。
なにか焦燥感のような。なんなら命の危険すら感じちゃうような。
だけど。
あそこにいるのだ。あの人は。
逢いたい。
ひと目みたい。
ちらちらと雪が降ってきた。
「失礼」
声がして、ベンチの向こうに誰かが腰掛けた感触が伝わってきた。
ええええええええーーー!
ええええ、
ええええええええええーーーー!
かぐやさんは固まってしまう。宗近さんだ。宗近さんは手にした紙袋から惣菜パンを取り出して食べ始めた。
「いいところにベンチを置いてくれたよね」
宗近さんが言った。
独り言?
「ねえ、やっぱりいいでしょう。この角度の補陀落渡海。彼がいちばんハンサムに見える角度だよ。好きなんだ」
「あれっ」と宗近さんが声をあげた。
「君、ロボ子ちゃんたちと一緒にいた子だね」
我だと知らずに隣に座ったの!?
我だと気づかずに話しかけてきたの!?
「ロボ子ちゃんたちの友達? よろしく。ぼくは三条小鍛治宗近。あの船の機関長だ。どうだい、かっこいい船だろう」
ああ、とかぐやさんは思った。
ああ、この人は子供なんだ。無邪気なんだ。
「ぼくは、一日に一度はここで補陀落渡海を見るんだ。そうしたら、どんなに疲れていたってさ、さあやるぞって、頑張るぞってなるんだ」
「見てもいいですか」
かぐやさんが言った。
「え?」
「毎日、我もここであの船を見てもいいですか」
くしゃっと、宗近さんが笑った。
「嬉しいな」
かぐやさんも花のように微笑んだ。
『ちっ。なんかほんわかしやがって。ちっ』
『三号機さん、柄が悪い。私たちは高級アンドロイド雪月改ですよ』
『そうでした。私たちは高級アンドロイド雪月改でした、一号機さん』
物陰からのぞき見している高級アンドロイド三姉妹だ。
『さてどうなりますやら』
ロボ子さんが言った。
「やあ、かぐやちゃん」
次の日も宗近さんはベンチに来てくれた。
時間まで決めたわけじゃない。あれはただの偶然でもう逢えないんじゃないかとも思っていた。実際には宗近さんの休憩時間らしい。
とにかく嬉しい。
かぐやさんは嬉しい。
「あれが噂の三条小鍛治宗近さんですか」
『うわ、一太さん、二太さん』
今日ののぞき見には、白と茶色の大きなキツネが混ざっている。
「うかのみたまさまに監視してこいと言われまして」
「二太、言うな。折檻されるぞ」
『怖いんですね、うかのみたまさま……』
「宗近どのはあの船に乗って、地球にやって来たのじゃな」
かぐやさんが言った。
宗近さんが乗ってきた船だと思うとかわいい。と思いたい。ちょっとだけ、以前の名状しがたい怖さは感じなくなってきたかな。たぶん。
「うん、そう。君は、ぼくが宇宙人と聞いても驚かないんだね」
自分がそうなのですし。
「あれに乗って五〇年」
「ぼくたちにとっては二年だけどね。故郷にとっては五〇年だ」
「怖くはなかったのか?」
かぐやさんが言った。
「時間に置いて行かれるのが、怖くはなかったのか?」
「ああ、かぐやさま。なにセンシティブな話に持っていこうとしているんです」
「かぐやさまは、同じように時間を旅しているぼくらのマスターの気持ちを聞いてみたいだけなんじゃないのか?」
「そりゃわかるけど、そんなのは後回しにすべきだ。今はもっと、ロマンチックな話をする段階だ。わかってないな、かぐやさまは」
『うるさいです、一太さんに二太さん』
「あのときは怖くなかった」
宗近さんが言った。
「でも今は怖い。本当は往復で一〇〇年だったんだ。それならもう、故郷にとってもぼくらは大昔の人間だ。一世紀前の歴史上の人物さ。だけどぼくらの星でワープ航法が生み出された」
「……」
「ちょっと前に帰る機会はあったんだ。でもね、帰ることができるのは中途半端に五〇年が経った故郷なんだ」
「……」
「ぼくには故郷に恋人がいたんだ」
「ほーら、こういう話になる」
『うるさいです、二太さん』
「いたと言うべきかな。もう五〇年前のことなんだから。でもぼくにとってはほんの数年前のことなんだ。七〇代のおばあちゃんになって、たくさんの孫に囲まれている幸せな彼女なんてぼくは見たくない。ぼくがいたはずの彼女の隣にだれかがいるなんて見たくない。ぼくはきっと、自分が老人になるまで故郷に帰ることはないだろう」
かぐやさんはうつむいて、じっと宗近さんの話を聞いている。
「いや、ぼくは嘘をついている。この旅が始まる前に、ぼくらは別れたんだ。当たり前だよね。一〇〇年後に帰ってくる男を待てだなんて言えるわけがない。ぼくは彼女よりこの冒険を選んだんだ。彼女の隣にいるのは、はじめからぼくじゃない。だけどぼくにとって、彼女は、いつだってほんの数年前のよく笑う彼女なんだ」
『おまえ、それでいて私にプロポーズしたのかよ』
『二号機さんもうるさい』
「ごめんよ」
苦笑いをして宗近さんが言った。
「変な話を聞かせちゃったね。さて、そろそろ仕事に戻るかな」
立ち上がろうとした宗近さんのジャンパーの裾を、かぐやさんが引っぱった。宗近さんは、あれっと振り返った。
「我なら一〇〇年だって待つのに」
うつむいたまま、かぐやさんが言った。
「我なら千年だって一万年だって待つのに。本当に帰ってきてくれるなら、本当に我のもとに戻ってきてくれるのなら、ずっと、ずっと宗近どのを待つのに……」
「かぐやちゃん……」
上げかけていた腰を宗近さんはまたベンチに落とした。
「ありがとう。うれしいよ」
「あれ……なんだかうまくいきそうだ」
『あらら』
『あらら』
『あらら』
「あらら」
「かぐやちゃん」
透明な笑顔で宗近さんが言った。
「ねえ、君、アンドロイドだろう。今度、中を見せてもらっていい?」
かぐやさんは、自分がとんでもない男に恋したことを知ったのだった。
■登場人物紹介・アンドロイド編。
ロボ子さん。
雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。
本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。
時代劇が大好き。通称アホの子。
一号機さん。
雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。
目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。
和服が似合う。通称因業ババア。
三号機さん。
雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。
小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。
基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。
板額さん。
板額型戦闘アンドロイド一番機。
高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。
ファンシーロボず。
第一世代と第二世代の旧型戦闘アンドロイド。よそのテーマパークで余生を送るはずが、なぜか宇宙船争奪戦に巻き込まれ、ロボ子さんに吹き飛ばされ、村に居座った。現在はパークの従業員。
■人物編
長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)
えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。
ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。
三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)
えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)
長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。
源清麿。(みなもと きよまろ)
えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)
三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病。
同田貫正国。(どうたぬき まさくに)
えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。
一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。
三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)
えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。
方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。
ちなみに、ロボ子さんの呼称は
虎徹さんが「ロボ子さん」
宗近さんが「ロボ子ちゃん」
それ以外は「二号機さん」で統一されています。もしそうじゃないなら、それは作者のミスですので教えてください。




