かぐやさん、街にいく。
洞窟の中の秘密の宇宙基地は、今日はなんだか静かだ。
かぐやさんがいない。
朝から雪月改三姉妹が押しかけてきてさんざん着せ替え人形にされ、引きずられるようにしてふもとの街より更に大きな、ちょっと離れた街まで出かけていっちゃったのだ。
『かぐやさんに号泣されちゃって、雪月改のみなさんは気まずくてもう来なくなるかと思ったのですが……』
宇宙基地のメインコンピューター、うかのみたまさまはなぜか溜息交じり。
「よかったですね、いい人たちで。うかのみたまさま」
と、白い狐の一太さん。
「今、軽く舌打ちしましたね、うかのみたまさま」
と、茶色の狐の二太さん。
『してませんよ。自分ばっかり遊びに行って、楽しそうでいいわねってだけですよ。ちっ』
「やっぱりそれ、舌打ちですよね。うかのみたまさま」
『ちっ』
村の国道を下りてふもとの街で海岸通りの国道に乗り換え、同田貫組の幌付き軍用トラックが行く。
いつもはガタイのいい若い衆を詰め込んでいる荷台。
今日、そこに座っているのは四機の美少女アンドロイドだ。
『自分が乗ることになるなんて思いもしませんでした』
一号機さんが言った。
汗のにおいが気になるのか、盛んにコートの袖をくんくん嗅いでいる。
『私たち、まるで売られにいく中古アンドロイドですよね』
三号機さんが言った。
『ドナドナです』
ロボ子さんが言った。
しょうがない。アンドロイド四機は、清麿さんのセダンでは文字通り荷が重い。規格外の変形ロボまでいるわけで。
ただ、計算上は軽く二〇〇トンは越えていなければおかしいロボ子さんなのだが、雪月として歴代一番軽い一〇〇キロ弱の体から、宗近さんによる筐体と躯体と動力の補強分の二〇キロ程度しか増えていないのがわかっている。謎なのである。
そして、かぐやさん。
かぐやさんは、荷台の隅っこで体を丸めている。
「こんなもの着せおって、こんなもの着せおって、我は恥ずかしい……」
いつもの十二単姿じゃない。
一号機さんと三号機さんが持ち込んだ服の中で選ばれたのは、三号機さんの赤いAラインのコートにベレー帽だ。長い黒髪によく似合っているのだけど、とにかく今まで洋服を着たことがない。
コートの下もスカートだ。
タイツを履いてはいるのだけど、すーすーする。
「はしたない……はしたない……」
かぐやさん、真っ赤な顔で目をぐるぐるさせている。
ちなみにロボ子さん。
平然といつものジャージと綿入り半纏に長靴で出かけようとしたロボ子さん。一号機さんと三号機さんの頑強な反対にあってしまった。そして、むりやり着せられたのはベージュのダッフルコートだ。
『地味で生真面目な委員長に恋してしまった、壊れやすいガラスのハートの不良のシチュエーションで使ったものです』
『聞いてません、一号機さん』
まあ、とにかく。
ロボ子さんの「田舎の女子高生」コンセプトは、きっちりキープされたままである。
「マァーーームッ!」
やがて運転手の先任軍曹さんが雷鳴のような声を轟かせた。
「目標地点到着でありますッ、マァーーームッッ!」
『ありがとうございます、先任軍曹さん。往来です。無闇にどならないでください。いちいち怒鳴り声で謝罪しないでください。だから、やかましい。あんまりしつこいと本気で殴りますよ。さあ、みなさん降りましょう』
ファッションビルに無骨で大きな軍用トラックが横付けされ、降りてきたのは超高級アンドロイド雪月改が三機。注目を集めないわけがない。
『あれ、かぐやさん?』
『降りれないの、かぐやさん?』
かぐやさんは目をぐるぐるさせたまま荷台の奥で膝を抱えている。
「はしたない、はしたない……」
「人が多い、人が多い……」
「都のようじゃ、都のようじゃ……」
「今日はレポートを書くネタに困らぬ……」
「今日はレポートを書くネタに困らぬ……」
どうやら、軽くパニックを起こしている模様。
『さあ』
と、一号機さんが手を伸ばした。
「……」
かぐやさんは一号機さんの手を取り、えいっと荷台から飛び降りた。
たちまち、かぐやさんの目にあざやかな色彩がとびこんでくる。賑やかな音楽。街をいく人たちもいつもより多く、そしてみんな楽しそう。
クリスマスだ。
ロボ子さんと三号機さんにとっては、はじめてのクリスマスだ。自然とウキウキしてくる。もちろん一号機さんだって。そして、かぐやさんも目を輝かせている。
『かぐやさんもクリスマスが初めてなんですか?』
「もちろん知ってはおるが、異教の祭だからの」
ぐるぐる回るのはさっきまではかぐやさんの眼だった。
でも今は街が回っている。くるくると陽気に回っている。
「マァーーームッッ!」
『きゃーー!』
『きゃああ!』
「わあああ!」
「いってらっしゃいませッ、マァーーームッッ! 小官は流しておりますから、帰還の際にはお呼びください、マァーーームッッ!!!」
そして今度こそ一号機さんに殴り倒されてしまう先任軍曹さんなのだった。
最初に横付けされたファッションビルで、お嬢さんたちが探すのはクリスマスプレゼントだ。
『このボルサリーノ、マスターに似合いそうです』
『さらにヤクザさんに磨きがかかりますね』
『ヤクザさんですし』
ロボ子さんはクレヨン。
『クレヨン?』
『誰が使うんです?』
『私が使うのです。クリスマスプレゼントに、マスターと宗近さんの似顔絵を描いてあげるのです』
『幼稚園児か』
ていうか、羽生くんの似顔絵でロボ子さんの画力は明らかになっているわけで、幼稚園児という評価は当たっているのかもしれない。あれ、でもその時に使ったクレヨンはどうしたのですか、ロボ子さん。
『使い切ったので補充です』
雪月改、どんだけクレヨン画を描いているのです。
「いとインタレスティング」
「いとインタレスティング」
かぐやさんも視線が忙しい。
「一太や二太にもなにかあげようか。うかのみたまさまは怒るだろうか」
三姉妹はくすくすと笑っている。
『かぐやさん』
ファッションビルから往来に出て、一号機さんが言った。
『雪月を三機も連れたかわいらしいお嬢さまだって、みんな見てますよ』
「えっ」
かぐやさんは慌てている。
「それでは汝等に無礼だ」
『あらでも、私たちはほんとうに雪月改』
『かぐやさんはアンドロイドにはとても見えないお嬢さん』
『せっかくのお出かけですもの、細かい事を気にしてないで楽しみましょうよ。さあ、お嬢さま』
『お嬢さま』
『お嬢さま』
『さあ、かぐやお嬢さま。次はどこに参りましょう』
「……」
わあっと、かぐやさんは大きな目を丸めている。
「汝等はすごいな!」
今まで見せたこともない無邪気な笑顔だ。
「雪月改ってすごいな!」
「クリスマスってすごいな!」
「地球ってすごいな!」
『主語がどんどん大きくなっていきますね』
ロボ子さんが言った。
そうか。そうなんだ。
我はもっと楽しめる。この世界で。
『どうしました、かぐやさん』
「一号機さん、我は!」
『はい』
「我は、我は! 我は!」
『はい、かぐやお嬢さま』
「我は、ハンバーガーを食べてみたいっ!」
さんざんひっぱってそれかい。
でもまあ。
『二号機さん、三号機さん。かぐやお嬢さまの庶民体験に参りますよ』
『宇宙人の地球人観察でもありますねっ』
『そのままよ、二号機さん』
『あ、かぐやお嬢さま。ほら、ちょうどあそこにハンバーガーショップが』
『さあ、お嬢さま』
『さあ、お嬢さま』
すっかり侍女遊びにはまってしまった三姉妹のようだ。
我は、さみしい以外のことも探すことができる。
我は、つまらない以外のことも見つけることができる。
「あれ、ロボ子ちゃんたち」
そして、ハンバーガーショップで意外な人に会ってしまったロボ子さんたちだ。
『宗近さん。どうしたんです。こんなところで』
「君たちこそどうしたの。どうやってここまで来たんだ。まさかバスを乗り継いで?」
『同田貫組さんのトラックに乗せてもらったんです』
「ああ、それなら安心だ。ぼくはちょっと部品を探しにね。秋葉原ってわけにはいかないけど、いい店を見つけたんだ」
かぐやさんに負けず、無邪気に笑う宗近さんだ。
そして。
そして。――
「同田貫一家がついているなら大丈夫だろうけど、危ないところに行っちゃだめだよ。じゃあね、お先に」
スクーターにまたがり宗近さんは街を走っていった。
『あれ、かぐやお嬢さま、どうなさったのです』
一号機さんが言った。
そして、慌てて三姉妹はかぐやさんをとりまいた。
『ていうか、かぐやさん!?』
『顔が真っ赤よ、かぐやさん!?』
『オーバーヒートですか、かぐやさん!?』
そして我は――恋することだってできる。
■登場人物紹介・アンドロイド編。
ロボ子さん。
雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。
本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。
時代劇が大好き。通称アホの子。
一号機さん。
雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。
目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。
和服が似合う。通称因業ババア。
三号機さん。
雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。
小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。
基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。
板額さん。
板額型戦闘アンドロイド一番機。
高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。
ファンシーロボず。
第一世代と第二世代の旧型戦闘アンドロイド。よそのテーマパークで余生を送るはずが、なぜか宇宙船争奪戦に巻き込まれ、ロボ子さんに吹き飛ばされ、村に居座った。現在はパークの従業員。
■人物編
長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)
えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。
ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。
三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)
えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)
長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。
源清麿。(みなもと きよまろ)
えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)
三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病。
同田貫正国。(どうたぬき まさくに)
えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。
一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。
三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)
えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。
方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。
ちなみに、ロボ子さんの呼称は
虎徹さんが「ロボ子さん」
宗近さんが「ロボ子ちゃん」
それ以外は「二号機さん」で統一されています。もしそうじゃないなら、それは作者のミスですので教えてください。




