ロボ子さん、求婚される。
村にバスがやって来た。
二時間に一本。ロボ子さんも利用したバスだ。今日も終点まで乗ってきたのはたった一人だけ。でもそんな寂れたバスの印象とはちょっと違う。
乗っているのは姿勢のいいピリッとした若者なのだ。
快活そうで爽やかそうな青年なのだ。
ロボ子さんに「限界集落」とまで言われてしまったこの村だが、ここ数年、妙に若い転入者が増えているらしい。住む人がいなくなった家を格安で貸しに出した政策の効果だと村長さんは胸を張る。バスにしても二時間に一本どころか朝夕の二本だけでよかないか。そもそも廃止したい、おねがい廃止させてという声もあがっているのだが、もう少し様子を見てくれと村長さんは言う。
さて、バスを降りた青年がまず向かったのは村の鎮守さまだ。
二礼二拍手一礼。
帰還の挨拶を済ませ、居候家へと足を向ける。
名を三条小鍛治宗近。
そんなふざけた名前でわかるだろうが本名ではなく、そしてロボ子さんのマスターである長曽禰虎徹さんの関係者で居候だ。
その宗近さんは居候家の家庭菜園の前で足を止めた。
家庭菜園でだれかが野菜の世話をしている。
『マスター、お話があります』
収穫したばかりの茄子でいっぱいのカゴを抱え、ロボ子さんが言った。
こころなしか顔が上気しているように見えるのは気のせいだろうか。たしかロボ子さんは雪月改。アンドロイドの筈なのだし。
「またですか、ロボ子さん。今日はずいぶん茄子を収穫したねえ」
働かない虎徹さんは囲炉裏のある大広間で新聞をひろげている。
そういえばこの貧乏な家で、どうして新聞を購読できるのだろう。これもあとで問い詰めてやろう。
『味噌汁に焼き茄子、蒸し茄子、残った分はお隣のおばあさんに分けていただいた糠床につけます。マスターの冬の食生活に備えます。私、雪月改なのに、なんでこんな生活をしているのでしょう』
「話って、茄子のこと?」
『いえ、マスター、大変なことがおきました』
「はい」
『私、プロポーズされてしまいました』
「はあ!?」
『私はアンドロイドだと何度も言ったのですが、それでもいいのだそうです。むしろそれがいいのだそうです。私は理想の女の子なのだそうです。マスター、私はどうしたらいいでしょう。アンドロイドはお嫁に行ってもいいのでしょうか』
「お、おおお、おれは君をそんな娘に育てた覚えはない!」
『私だってマスターに育てられた覚えありませんよ。新聞を破らないでください。あとで野菜を包むんです。あっ、そんな形相でどこに行くんです。あらいやだ。どうしましょう、家の前で殴り合いを始めちゃいました』
「ロボ子さんはどこにも行かない! この家からどこにも行かせない! ずっとおれんちのロボ子さんなんだああ!」
「アンドロイドにも未来はある! ぼくならいつでもメンテナンスできる! せめて中身を弄らせてくれよおおお!」
入道雲と真っ青な空。
殴り合うおっさんとおっさんにそろそろ片足突っ込んでいる青年。
ロボ子さんにはわからない。
まだ生まれたばかりだし。
予感もなにもないけれど、だけどこれから始まるのだ。ヤクザさんに公安さんに、颯爽とした戦闘アンドロイドさん。地球やら宇宙やら巻き込んでしまう大騒動が。
このちいさな村で。
この馬鹿二人とロボ子さんと。
「どうも、三条小鍛治宗近です。この家に居候しています」
腫れ上がった顔で宗近さんが言った。
「どうも、居候させています。ロボ子さんのマスターの長曽禰虎徹です」
同じく腫れ上がった顔で虎徹さんが言った。
二人とも当然ぶすっとしていて、救急箱を持って二人に挟まれたロボ子さんは石像のように動かない。動けない。でも、その顔が少しだけ緩んでいるように見えるのは、自分を巡って大の男が殴り合いの喧嘩をしたからだろうか。
『こんなこと、ドラマや映画の中でしかないって思ってました』
そんなこと少し思っている。
『長曽禰ロボ子です。この名前は認めがたいのですが、マスターのご命令ですので逆らえません』
「逆らわせません」
さっきは「ロボ子さんは誰にも渡さん!」とか言ってたくせに。
「虎徹さん、それで、まさかこの子もこの家に住ませてるの?」
この人なんて、さっきはプロポーズまでしたくせに。
「東の八畳間を使わせている」
「なに考えてるんだ、あんた」
「しっ、宗近、こっち来いよ」
ふたりは囲炉裏の大部屋を出て太い柱の陰でロボ子さんに隠れて内緒話を始めたのだが、この男たちはロボ子さんがアンドロイドなのを忘れる癖があるようだ。
「わかりゃしないよ、おれたちのことなんて」
「そうか? あんた、結構抜けてるところがあるからな。それよりな、虎徹さん。あんた、あの雪月改を買った原資はどこから出した。まさかと思うが……」
「なんの話?」
「おいおいおい、まさか、あんたなあああ!?」
「しーっ、声がでけえよ。それでさ、典太のことでわかったことは?」
「ごまかしてんじゃねえよ、おいいい!」
「だから、しーっ! しーって! その話はあとで、その話は後で!」
「……ウエスギの社長さんが教えてくれた通りだ。典太さん、また動き出したようだ。ぼくたちもはやくしないと……」
「戻ったばかりですまんが、さっそく今夜からだな……」
ロボ子さんの雪月改の耳には、ぜんぶ筒抜けなのである。
『どういうことなのでしょう』
好奇心まで覚えてしまったアンドロイドなのだ。
夏ではあるが、村の夜は早い。
陽が沈めばあとは明かりがない。満天の星空と、あとは賑やかなカエルの合唱だ。その闇の中を虎徹さんと宗近さんが歩いている。二人とも灯りを手にしていない。それなのに迷うこともなく水田に足を突っ込むでもなく、しっかりと歩いている。
やがて二人が登り始めたのは鎮守さまへの階段だ。
階段の先には小さな鳥居。鳥居をくぐると意外と大きな祠。
二人は目につけていたものを頭の上にあげた。緑色の光が漏れる。暗視野ゴーグルだ。
パン、パン。
パン、パン。
まずは二礼二拍手一礼。
これだけ村から離れてカエルがうるさければ、どの家にも聞こえないだろう。
「あんた、ぼくの留守中、補陀落渡海に触れてないだろうな」
「おまえがいうから、どこも触ってねえよ。少しでも作業を進められたかもしれないのによう」
「だめだ。あんたら兵科のがさつな手でいじられたら、ぼくの補陀落渡海が壊れてしまう。ぼくの仕事が増えるだけだ」
「へいへい」
「秋葉原でちょっとした部品を手に入れた。これがうまくはまれば、補陀落渡海はもう大丈夫さ」
二人は祠の戸を開け、中に入った。
床板のひとつを外して手を入れて、虎徹さんがなにか弄っている。次の瞬間、床板の隙間からまばゆい光が溢れた。
『ええええええええーーーーー!?』
ロボ子さんも驚いたのだろうが、ロボ子さんのこの大声には虎徹さんと宗近さんも仰天した。
「うわああっ! ロボ子ちゃん、なんでここに!」
「ばか、宗近、まずは口だ! おれは足を持つ!」
『やめてください! 胸とか足とか触らないで、変態!』
「しーっ! しーっ! だめだ重い、むちゃくちゃ重い!」
『失礼なこといわないで!』
「しょうがねえ、宗近、落ちるぞ!」
「アイ・アイ・サー!」
三人は光の中を転げ落ちていった。
広がった光は収束され消えていき、祠には今まで通りの暗闇とカエルの合唱が残された。
ああ、星でいっぱいだ。
光が溢れる金属製の部屋。
明らかにこれは、鎮守さまの内部じゃない。
「まいったな。どうしてロボ子さん、ここがわかったんだ……」
頭をかきながら、虎徹さんが言った。
「さっきはベッドの中でいびきかいて、鼻つまんでも起きなかったじゃないか、ロボ子ちゃん……」
宗近さんも言った。
どうしてもロボ子さんをアンドロイドだと思い出せない馬鹿二人を無視して、ロボ子さんは周りを見渡した。
無視したわけじゃない。
それどころじゃない。
『これはいったいなんでしょう』
そう口にしてやっと余裕が生まれたのか、ロボ子さんは二人へと振り返った。
「見ての通り、こいつは宇宙船だ」
虎徹さんが言った。
ロボ子さんはこれっぽっちも宇宙船だなんて思っていなかったのだが、たった今、そうであることを知った。
『あなたがたは、いったい何者なんです』
ロボ子さんが言った。
秋葉原クリエイティ部さんが、この回をボイスドラマにしてくださいました!
【声小説】ロボ子さんといっしょ。#3 『ロボ子さん、求婚される。』
https://www.youtube.com/watch?v=KwDrMReU_Bw
※現在のロボ子さんといっしょ!は改稿版で、こちらのシナリオとは展開が異なります。
■登場人物紹介
ロボ子さん。
雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。
本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。
時代劇が大好き。通称アホの子。
長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)
えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。
ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。
三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)
えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)
長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。