かぐやさん、千年の孤独。
村の鎮守のお山には、秘密の宇宙基地があった。
それは雪月改三姉妹以外にはナイショなのだ。
かぐやさんは宇宙基地の管理人というわけではないらしい。
「ドックの保守管理はコンピューターがしてくれている。我を再生してくれたのもそのコンピューターだ。そもそも、そのコンピューターが壊れたって再生される。まだそんなことになったことはないそうだがの。地球に破滅的なことが起きない限り、この基地は常磐じゃ」
『いったい、かぐやさんちの宇宙人さんは、なにが目的でこの基地を作ったのです?』
ロボ子さんが言った。
今日も秘密の宇宙基地にお呼ばれして、今日は四人でトランプをしている雪月改三姉妹である。
「定点観測」
と、かぐやさんが言った。
『なんです?』
「地球人だって、カメラを置いて野生動物を観察したり霧氷がどう作られるかとかやってるじゃないか。それと同じじゃ。マスターは他の星でも同じことをしているみたいじゃな」
『壮大な一号機さんなのですね』
『その表現、すごく嫌です』
と、一号機さん。
「千年前に地球を再訪したマスターは、地球に文明が生まれているのを見て、地球の人類に似せた新しい観測用カメラを作った。それが我というわけじゃ。おかげで我は毎日レポートを製作して母星に送る日々じゃ」
『千年前!?』
『そんな昔から、私たち観察されていたのですか!?』
「そして次にマスターが来るのは一万年後じゃな」
『ええっ!?』
『ええっ!?』
『どうしてそんな先なのです!?』
「しかもその時にはたぶん同じ人が来る。一万年前も同じ人だったそうじゃ。きっと二万年後だって同じ人がやって来るのだろうよ」
『はあ』
『はあ』
『はあ』
この宇宙基地を守るメインコンピューター。
迷い込んだ旅人が美しい女性に救われるおとぎ話がある。
よそが不作にあえいでいても、なぜかこの山だけは実りに恵まれる。
山が鳴動することがある。
なんだか怒っているようで怖い。
不思議な山だというので山腹に稲荷神社が建てられ、うかのみたまさまと呼ばれるようになる。
彼女によると、一万年前にはじめて地球を訪れたのも、千年前に再訪したのも、ほんの少しも変わることのない笑うときに首を傾ける癖がある飄々とした青年だったという。
『……』
一号機さんが、なにかに気づいたようだ。ちらちらとかぐやさんの顔を伺っている。かぐやさんは自分のカードに目を落としたままだ。
『びっくりするほど長命の人類、と言うわけではないのですね?』
一号機さんが言った。
「うん。見た目も地球人と大して変わらんし、寿命もそうだろうな。なにしろ科学が地球よりいと発展してるから、そういう意味では寿命は長いかもしれないが、生物としての寿命はあまりかわらんだろうな」
『つまり、かぐやさんのマスターは、亜光速航行で旅しているのですね』
一号機さんが言った。
ロボ子さんたちのマスターは三人ともえっち星人。
宇宙駆逐艦補陀落渡海で三三光年を二年半で飛んできた。しかしそれは艦内時間であって、艦の外では五〇年近い時間が流れている。まるでタイムマシン、時間旅行のようだというので亜光速航行をタイムジャンプ航行と呼ぶこともあるようだ。
かぐやさんは、くしゃっと顔をしかめた。
それはジョーカーを引いてしまったからだけではないようだ。
「うちのマスターの星は地球より、そしておまえたちのマスターのえっち星よりいと進んでいる。この我を見よ。このドックを見よ。このドックは11次元の技術を駆使して偽装され、おまえたちの科学力では見つけることはできない。だが残念ながら、宇宙航行の技術だけは後れをとってしまったようじゃな」
『私たちのマスターをご存じなのですね』
『ワープ航法のことも』
「そりゃ、定点観測カメラだからな。することといえば情報の収集だ。別に秘密でもないことじゃろう。ロボ子どのが先日言っていた補陀落渡海とはあの宇宙船のことじゃな。我がいないあいだに村に突然現れて鎮座しておる、いとでっかいあれだ。まあ、あれはワープ航行宇宙船ではないのだな」
『補陀落渡海さんの事は置いといて』
突然、ロボ子さんが口を挟んだ。
「置いといて?」
『先生、どうぞ!』
ロボ子さんは一号機さんに手を差し出し、かぐやさんとの話の続きをうながした。
『なにをしているのですか、二号機さん』
ヒソヒソと三号機さんが聞いてきた。
『補陀落渡海さんの話題はいとデンジャラスなのです、三号機さん』
ヒソヒソとロボ子さんが返した。
『ええと』
と、ロボ子さんと三号機さんのひそひそ話に、危険とその理由をおぼろげに察した一号機さんは、とりあえず補陀落渡海の話題は避けて話を進めることにした。
『よその星のことをあれこれ言うのは、粋なこととは申せませんが』
「うん?」
『でもかぐやさん。いろいろとおかしくはありませんか?』
「おかしなことだらけじゃな」
『この基地とかぐやさんが地球を観察するために置かれたとして、しかしそれはいったいなんのためなのです。すでに最初の来訪から一万年たっているのなら、いったいだれがかぐやさんの母星でこの観察結果を見ているのです』
「そもそもじゃな」
かぐやさんがカードを持つ手を差し出して言った。
トランプはまだ続いていたようだ。
一号機さんは真ん中のカードをひいた。
「我は毎日レポートを母星に届けているな? うちにワープ技術がないということは、この通信もただの電磁波で届けているということじゃ。六五〇〇光年さきの母星にな」
『六五〇〇光年!?』
三姉妹が声をあげた。
千年、一万年、そして六五〇〇光年。
いろいろと数字までがおかしい。
「千年前に送った我の最初のレポートは、まだ届いてもおらんのじゃ。マスターが幾つの星を担当しているのかは知らん。とにかく彼は、一万年をかけて星々を巡っているのじゃ。言っていいぞ。どんどん言ってくれ。おかしい。マスターの星はいとおかしい」
ぽろぽろと。
かぐやさんの頬を大粒の涙が落ちていく。
我は、なんのためにいるのかな!
我がここにいる意味ってあるのかな!
我のレポートを誰が読んでくれるのかな!
マスターはやって来てくれるのかな!
忘れずにやって来てくれるのかな!
一万年待てば、本当にやってきてくれるのかな!
どうすれば早くマスターが来てくれるのかな!
真面目にレポートを送信していれば来てくれるのかな!
それとも悪い子になれば来てくれるのかな!
さみしい!
我はさみしい!
かぐやさんは泣いた。
トランプは散乱し、今までのすべてのさみしさを吐きだすかのように、かぐやさんは泣いた。
そしてかぐやさんには、三姉妹にも言えない不安と恐怖がある。
これだけ科学が発展しているマスターの星が、他の星では開発することができたワープ航法をまだ開発できずにいるものだろうか。もしかしたら、マスターはすでにワープ航法で星々を巡っているのかもしれない。
ただ、地球は忘れられたのだ。
それほど興味もひかない星として、定点カメラごと忘れ去られてしまったのだ。
無駄なのだ。
一万年後が来たとしても、誰も来ないのだ。そして我はまた、更に一万年後を待つのだ。
ただの観察のために数万年の時を旅する人。
ただの観察のためによその星に取り残されたアンドロイド。
かぐやさんの星は、とほうもなくのんびりしているのかもしれない。
もしかしたら、無闇に生真面目すぎるのかもしれない。
そして、怖ろしく残酷だ。
『そういう人たちもいるのですよ』
ロボ子さんが帰ったあとの秘密の宇宙基地で、うかのみたまさまがつぶやいた。
『役に立たなくても、知りたいと思う人たち。自分の世代ではダメでも、子孫が知ってくれればいいと思う人たち。そして、そのためにひとりぼっちで何万年も旅を続けている私たちのマスター。かぐやさん、私は、そんなマスターやあの星の人たちのことを尊敬しているんです』
ただ少し、きっと、ちょっとだけ、あの人たちは自分自身も含めて人の気持ちに無頓着なんです。
ただ、それだけのことなんです。
■登場人物紹介・アンドロイド編。
ロボ子さん。
雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。
本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。
時代劇が大好き。通称アホの子。
一号機さん。
雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。
目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。
和服が似合う。通称因業ババア。
三号機さん。
雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。
小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。
基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。
板額さん。
板額型戦闘アンドロイド一番機。
高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。
ファンシーロボず。
第一世代と第二世代の旧型戦闘アンドロイド。よそのテーマパークで余生を送るはずが、なぜか宇宙船争奪戦に巻き込まれ、ロボ子さんに吹き飛ばされ、村に居座った。現在はパークの従業員。
■人物編
長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)
えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。
ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。
三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)
えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)
長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。
源清麿。(みなもと きよまろ)
えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)
三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病。
同田貫正国。(どうたぬき まさくに)
えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。
一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。
三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)
えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。
方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。
ちなみに、ロボ子さんの呼称は
虎徹さんが「ロボ子さん」
宗近さんが「ロボ子ちゃん」
それ以外は「二号機さん」で統一されています。もしそうじゃないなら、それは作者のミスですので教えてください。




