ロボ子さん、いっしょに遊ぶ。
ロボ子さんが招かれたのは、例の空洞の中だ。
村長さんがこのごろ大騒ぎしているあの空洞だ。
さっきまでは土の壁でしかなかったところが、かぐやさんの指示ですうっと金属製の扉になり、その扉が開いた向こうにはまるでSFのような空間が広がっている。
金属の壁。
モニタにコンソール。
ロボ子さんはこんなものを夏にも見た。
『もしかして、ここも宇宙船さんなんですか?』
「違う」
かぐやさんが言った。
『おかしいです』
ロボ子さんが言った。
『ここ、大学の人たちが調べていたんですよ? なんでこの扉が見つからなかったのです?』
「間抜けな地球人に見つけられるものかよ」
『それに、数ヶ月前まで補陀落渡海さんが埋まってたんですよ、ここ』
くるっと、かぐやさんが顔を向けてきた。
「それはなんじゃ、雪月改。なんだかいま、いとビビッときたぞ」
『ええとですね、えっち星の――』
「一太、二太と朝ごはんを食べていたら突然の轟音に地震に、壁まで吹っ飛んで、なにがなんだかさっぱりわからないまま必死に逃げて、そこまでの記憶しか我にはない」
『……』
「問題が排除されたらしく再構成され、やっと動けるようになったのがこの秋じゃ。ふだらくとかい。ふだらくとかい……なにか激しいテリブルを感じる。汝、なにか知っておるのか?」
……どうやら。
ロボ子さんは無表情フェイスのまま考えている。
……この人たちは、えっち星とは関係がない宇宙人らしい。
『やっぱり宇宙船さんですよね、ここ』
「ここはドックじゃ。何万年もまえから何万年もあとまで、ただ宇宙船を迎えて送り出すだけのドックじゃ」
『……』
「前のドックは壊れたと思うし、我も一太二太も壊れたと思う。だが、こうして再生した。ここは常磐にここに存在する。そのように構成されている」
もしかしたら。
もしかしたら地球は、宇宙人さんたちであふれかえっているのではないだろうか。ヘタしたら、地球は宇宙戦争に巻き込まれてしまうのではないだろうか。というか、すでにどうやら、えっち星人というかうちのマスターはこの少女とキツネたちを一度轢き殺してしまっているようである。
……。
……。
「さて!」
と、かぐやさんが無邪気に笑った。
ぽんっとその場に座る。
「なにをして遊ぼう、雪月改! あれ、雪月改? どうした、雪月改」
ウィン。
ウィンン…。
ウィーーーーン。
「? なんの音じゃ。これは」
気を失いかけていたロボさんの、全身のモーターが再起動した音です。
ブーン。
頭部の冷却ファンも無事に動き出したようです。
ブーーン。
ブーーン。
『はいっ! 遊びましょうっ!』
めいっぱい明るくロボ子さんが言った。
でも引きつってますよ、その笑顔。
『わたしっ、たくさんおもちゃを持ってきたんですよっ!』
ロボ子さんは背負っていた大きな風呂敷包みをおろした。
竹馬。
ベーゴマ。
竹とんぼ。
あやとりのひも。
お手玉。
「……」
『あれっ、どうしたのかなっ! 反応薄いですねっ!』
「……まあ確かに、はじめから竹馬ははみ出して見えていたので、それには気づいておったが」
ロボ子さんがひろげた風呂敷包みをまじまじと眺めて、かぐやさんが言った。
「一太、二太。我はもしかして再生過程でタイムスリップしたか? 昭和か? 戦後か? それとも我が再生している間に地球は文明を失ったか?」
『うち、貧乏なんですよ』
ロボ子さんが言った。
『お給料を貰えるようになったといっても蓄えもないし。いっぱいあった軍の資金も取り上げられちゃったし。だからこれ、全部私の手作りなんですよ』
「これで、誰が遊ぶのじゃ? 汝か?」
『私、アンドロイドですよ』
「じゃあ、誰が」
『今日はお隣のおチヨちゃんが遊びに来てくれた。昨日は三軒先から太郎左衛門くんが遊びに来てくれた。きっと明日は……』
「汝にはなにが見えているのじゃ、雪月改」
『このメンコなんて味があるでしょう。私が描いた羽生くん陰陽師バージョンですよ。あっ、やめてください、首を締めないでください!』
「羽生くんファンの前でそれ言ってみろ! 言えるモンなら言ってみろ!」
『ぎぎぎぎ』
「かぐやさま」
白い毛並みの一太さんが言った。
「外に別の雪月改が来ているようです」
「別の雪月改?」
かぐやさんはきょとんとしている。
『やだ、キツネがしゃべった!』
わあっと、ロボ子さんは一太さんに飛びついた。
『かわいいいいっ! もふもふううう!』
「おい、雪月改。これはどういうことじゃ」
『もふもふううう!』
「答えろ、雪月改! 汝、まさかこの秘密基地を人に喋ったのか!」
『ぎぎぎぎ――大勢で遊んだ方が楽しいでしょうから、内蔵の電話で友達を呼んだんですよ。私は雪月改二号機ですよ。外にいるのはどんな雪月改ですか、キツネさん』
「なぜか眼帯をしております。頭にドリルまでつけております」
『三号機さんですよ。だめなんですか。呼んだらいけなかったのですか』
かぐやさんはうろたえている。
「だ、だめではない。地球人じゃないのなら。汝らはアンドロイドなのだから。秘密にさえしてくれれば問題ない。だって、もう、汝をいれてしまったのだし……だし……」
『じゃあ、三号機さんもいれてあげてください』
「ぬぬぬ」
『きっと、すぐに一号機さんも来ますし』
「どんだけ情報ばらまいたのじゃ、汝はーー!」
『ぎぎぎぎ、首が割れる、首が割れる。デュラハーンさんになっちゃう、デュラハーンさんになっちゃう、ぎぎぎぎ!』
買ってもらったばかりのマントコートを翻し、三号機さんの登場だ。
その赤ずきんちゃんというか黒ずきんちゃんの可憐な姿で、なぜかロボ子さんのように大きな風呂敷包みを背負っている。むしろロボ子さんのものより大きい。というか巨大だ。
『面倒くさいです。私、RPGの早解きの最中だったんです』
風呂敷包みにはゲーム機と37型液晶テレビだ。
『コンセントはどこです。対戦ゲームもいっぱい持ってきましたけど、とりあえずは早解きを済ませます。あと一〇分もあれば終わらせられます。新記録です』
ちゃっちゃと準備を終えゲームに没入してしまう三号機さんだ。
「動じない雪月改じゃな」
『三号機さんは面倒くさそうなことはシャットアウトしちゃうのです』
「アンドロイドもテレビゲームするんじゃな」
『そのようです』
「汝もか?」
『ゲーム機ないですからね。ディスクだけ借りて信号面みて想像するんですよ。楽しいですよ、二時間は過ごせますよ。冗談ですよ、そんな機能ないですよ』
「冗談に聞こえぬ……」
こんどは茶色の毛並みの二太さんがやってきた。
「かぐやさま、もう一機の雪月改が外に」
「ふん」
かぐやさんはつまらなそうに肩をすくめた。
「入れてやれ」
でも少し表情が緩んでいるように見えるのは気のせいだろうか。
『あらあら、三号機さんはテレビゲームを持ち込んだの?』
一号機さんはいつもの和服にモダン和風のコートだ。
『お招き頂きましてありがとうございます、雪月改一号機です。ニンテンドーはニンテンドーでも、私は花札持って参りました。なんちゃって』
『クリアーっ! よっしゃ、前の記録より一二分短縮ッ! しゃあッ!』
『あらあら、RPGの早解きなんて生産性のないこと』
『三号機さんもそんな言葉遣いするんですね』
賑やかである。
アンドロイドは眠らない。
雪月改三姉妹とかぐやさんは一晩中楽しく遊んだ。
だけど朝になれば帰らなければいけない。いつも村を観察しては高級オイル舐めているだけの一号機さんならともかく、ロボ子さんと三号機さんは朝ごはんをつくらないといけない。
外はまだ暗い。
いったいどうなっているのかわからないが、あの空洞にまた金属製の分厚い扉ができあがっている。
「ここのことは、人類にはナイショにしてほしい」
かぐやさんが言った。
『ナイショです』
『ナイショですね』
『ナイショね』
じゃあ、と、ロボ子さんが手をひらひらと振った。
『またね』
かぐやさんが、あっと眼を見開いた。
『またね』
『またね』
一号機さんと三号機さんも手を振った。
かぐやさんも手を振った。かぐやさんは両手で。ぶんぶんと。輝く笑顔で。口を大きくひろげて。
「またね!」
「うかのみたまさま!」
「うかのみたまさま!」
かぐやさんの興奮は冷めない。
「我はいと楽しかったです! いと楽しかったです!」
『よかったですね、かぐやさん』
コンソールの前に浮かび上がっているのは、美しい女性の姿だ。
「また遊んでくれるかな、あの子たち」
『またねって。そう言ってくれたのでしょう?』
「そうだよね。またねって言ってくれたよね!」
かぐやさんは歓声を上げて一太さんと二太さんに飛びついた。
「ごめんね、一太、二太。我はおまえたち以外にも友達ができていと嬉しい。怒らないでね、我はロボ子どのたちと友達になれて、いと嬉しい!」
コンソールの前の美しい女性は慈しむように微笑んでいる。
嬉しいのか、それとも悲しいのか。
どちらにもとれそうな表情で微笑んでいる。
■登場人物紹介・アンドロイド編。
ロボ子さん。
雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。
本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。
時代劇が大好き。通称アホの子。
一号機さん。
雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。
目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。
和服が似合う。通称因業ババア。
三号機さん。
雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。
小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。
基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。
板額さん。
板額型戦闘アンドロイド一番機。
高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。
ファンシーロボず。
第一世代と第二世代の旧型戦闘アンドロイド。よそのテーマパークで余生を送るはずが、なぜか宇宙船争奪戦に巻き込まれ、ロボ子さんに吹き飛ばされ、村に居座った。現在はパークの従業員。
■人物編
長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)
えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。
ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。
三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)
えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)
長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。
源清麿。(みなもと きよまろ)
えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)
三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病。
同田貫正国。(どうたぬき まさくに)
えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。
一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。
三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)
えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。
方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。
ちなみに、ロボ子さんの呼称は
虎徹さんが「ロボ子さん」
宗近さんが「ロボ子ちゃん」
それ以外は「二号機さん」で統一されています。もしそうじゃないなら、それは作者のミスですので教えてください。




