ロボ子さん、綿入り半纏を着る。
この村でも秋が深まってきた。
相変わらずテーマパークの建設現場はうるさいし、子猫は二回りも大きくなり、ロボ子さんは綿入り半纏を着るようになった。
『すっかり田舎娘が板についてきましたね、二号機さん』
そう言ったのは、新しいマントコートに身を包んだ三号機さんだ。
確かに庭を掃除中のロボ子さん。
綿入り半纏の下はスウェットの上下。しかも雪月改のアイデンティティーであるヘッドセットが、いい具合に耳当てに見える。まるで田舎の真冬の女子高生だ。
『私たちアンドロイドなのに、なんで防寒具つけないといけないのかしら。マスターの見栄っ張りのせいです。面倒くさいです』
そして三号機さんはロボ子さんの前でくるくると三回もまわり、被っていたフードをおろしてヘッドセットのネコミミ飾りまで披露して去っていった。
『なにしに来たんでしょう、三号機さん。この半纏はたしかにマスターからのプレゼントですけど、見栄っ張りのせいじゃないと思います。何となく着せてみたい雰囲気だったからだそうです』
なにしにって、買って貰ったばかりのマントコートを披露に来たのでしょう。ロボ子さん、時代劇の見すぎなのか、乙女心に少しうとい。
それにしてもロボ子さん。
それって虎徹さんに、まんま田舎娘ぽいといわれているわけですよね。
宇宙駆逐艦補陀落渡海の巨体は、村のどこからも見える。今はモスボール処理がなされ、えっち星と地球の友好の象徴として、そして春に仮オープンを迎えるテーマパークの目玉として、これからも大活躍してくれるはずだ。
補陀落渡海を横に眺めながら田舎道を進み、鎮守さまの長い階段を昇る。
『一号機さんのマスターさん』
鎮守さまの祠の前には、同田貫の親分さんの大きな姿があった。
『一号機さんのマスターさんもお参りですか』
真夏でも着ていたまっ黒な背広に、長いマフラーと豪勢なファーつきのコート。誰でも道を譲るしかない迫力だが、この村には国道とあぜ道しかない。いつものように、鍬を担いだおじさんとのん気に挨拶を交わしながらやって来たのだろう。
「おう、二号機さん。少しばかり寄進させて頂くことになってな、そのご報告もしていたのさ。ほら、補陀落渡海が絡んだことで、この鎮守さまも祠に変な改造されたり(祠が秘密の出入り口になっていたのである)山腹には大きな穴が開いたりで、近くきちんと設置しなおすのだそうだ。それで、ご迷惑をかけた宇宙人のひとりとして祠を造り直す費用の一部と、ひとつ鳥居も寄進させてもらおうと思っている」
『鳥居、ですか?』
「おう。この鎮守さま、調べてみるとお稲荷さまだったのだそうだ。二号機さんは見たことはないか、赤い鳥居がずらりと並んでいるのを」
『ああ、あれはきれいですよね、幻想的です』
「あれがお稲荷さまなんだよ。この村も賑やかになった。そのお礼と今後の発展を祈念する鳥居の寄進を募集して、あれを再現するのだそうだ。うちが商売繁盛を祈るのもどうかとは思うが、まあ、断られないようなら参加させてもらうよ」
「それはいいね。私も寄進させていただこう」
そこに現れたのは清麿さんだ。
長身痩躯、それでいて長い階段を昇ってきたばかりだというのに息を切らしてない。アルスターコートをビシッと決め、今日もダンディだ。
「へえ、砲雷長。あんたとか、作家さんというのはそういうのを馬鹿にするものかと思ったよ」
「私も商売繁盛を願っているよ。なにより私の天使|(三号機さん)に何不自由ない生活をさせてあげたいし、本を出したのに誰にも読んでもらえなかったら悲しいからね。面白かったといって貰えて、やっと達成感があるものなんだ」
「そんなものかね」
「自分の作品を完璧に仕上げられたらそれで終わり。評判も売れ行きも気にしないって人もいるらしいがね、凡人の私はそうじゃないということだ」
二礼二拍手一礼。
三人並んでお参りだ。
ふたりの間のロボ子さんは小柄に見えてしまうが、このふたりが無闇に大きいだけだ。砲雷長こと源清麿さんは一九〇の長身だし、宙兵隊隊長・同田貫正国さんに至っては二Mを軽く越えている上に横にも大きい。
三人は階段を降りはじめた。
あそぼ。
その時だ。
その声が聞こえてきたのは。
寄進の窓口の話をしていた清麿さんと同田貫さんは、その声の主も見た。
髪の長い女の子だった。
さっと木の陰に隠れ、少女は逃げていった。
ロボ子さんだけがキョロキョロしている。
『今、なにか聞こえましたよ。私の耳、みなさんより鋭いのです。猫さんですかね』
ああ、アホの子だ……。
ああ、やはり、アホの子だ……。
清麿さんと同田貫さんは、ちょっとだけ憐れに思うのだった。
「そういえば、このでかい穴はどうするんだ? このままじゃ危険だろう」
同田貫さんが言うのは、鎮守様が祀られている山に大きく開いた穴のことだ。数年前、宇宙駆逐艦補陀落渡海はこの穴につっこんだ。
そして今、穴だけが残っている。
そもそも虎徹さんの芸術的な操舵でこの山腹に突っ込んだとき、この穴|(当時は空洞)がなければ、補陀落渡海も、虎徹さんに宗近さんもそこで昇天していたはずなのだ。
この山腹にはじめから存在していたこの空洞。
これはいったい、なんなのか。
地元の国立大学の調査も入っているのだが、今ひとつよくわからないらしい。人工的なものであるのは間違いないらしいともいうのだが。
「お邪魔していますよ、ロボ子さん」
鎮守さまへの朝のご挨拶を終えてロボ子さんが家に戻ると、三〇畳はある大広間で村長さんと虎徹さんが囲炉裏をつついていた。
この頃、よく長曽禰家に村長さんがやって来る。
虎徹さん相手におしゃべりして帰って行く。
「おかえり、ロボ子さん。悪いけどお茶出してくれる。村長さんのと、おれのと」
案の定、このぐうたらは来客があってもお茶さえ出していない。
テーマパークの社員として給料が貰えるようになった長曽禰家のお茶は、ロボ子さんお手製のどくだみ茶から、無事、スーパーで買う煎茶にレベルアップした。もちろんお茶請けだってある。ロボ子さんも準備していてちょっと嬉しい。
「ああ、ありがとう、ロボ子さん。それで知ってますか、長曽禰園長」
ロボ子さんがお茶とお茶請けのおせんべいをお盆に載せて囲炉裏部屋に戻ると、村長さんの話は熱を帯びていた。
「インターネット上ではね、あの空洞がなんなのか推理しているスレがありましてね。あ、スレってご存じですよね、スレですよ、長曽禰園長」
「はあ」
虎徹さんがもぞもぞしてるのは、村長さんが連発する「長曽禰園長」という呼び名に違和感があるからだろう。確かに「虎徹」さんか「艦長」さんのほうが、この人には似合う。
「大昔の超文明の宇宙船基地だとか、宇宙人のUFO基地だとかいろいろ言われているみたいですよ。使えますよ、使えますよね、長曽禰園長」
「はあ」
「その噂のままに活用すればいいのですよ。崩れないように内部をコンクリートで固めて、てきとうに宇宙基地っぽいデコレーションを飾って。テーマパークの一部にしちゃえばいいんですよ!」
「はあ。でも大学の調査が入っているんでしょう?」
「なに、なんも見つかりませんって。だいたい、見つかったら見つかったで開発もできなくなって面倒くさいだけでしょう」
村長さんのあっけらかんとした言葉に、虎徹さんは目を丸めた。
「え、それでいいんですか」
がははと村長さんは笑った。
「あんなもなあ、ただの空洞ですよ。空洞。まさかあんたまで宇宙人のUFO基地だとか信じてるわけではないでしょうな、長曽禰園長!」
「……」
『……』
村長さん、目の前にいるのが紛う事なき宇宙人そのものだというのをすっかり忘れているようだ。ていうか、幻の大本営があったとか言ってませんでしたっけ、前に。
冬が近い。
風が冷たい。
あそぼ。
ねえ、あそぼ。
風に流されて村を漂うその声は、一号機さんの地獄耳に頻繁に届いて彼女を悩ませている。地獄耳というほどではない三号機さんの耳にも聞こえてきて、恐がりの三号機さんを怯えさせている。
『また聞こえてきましたよ。のら猫さんでもいるんですかねー』
ロボ子さんだけがのんびり呟いている。
昼間なのに辺りが暗くなり、雷が響いてくる。それは雪下ろしの雷だよと村の人に教えて貰ったっけ。
『雪が降るまでに家を見つけられるといいですね、野良猫さん』
窓の障子を開け、子猫を抱きしめてロボ子さんが言った。
■登場人物紹介・アンドロイド編。
ロボ子さん。
雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。
本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。
時代劇が大好き。通称アホの子。
一号機さん。
雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。
目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。
和服が似合う。通称因業ババア。
三号機さん。
雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。
小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。
基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。
板額さん。
板額型戦闘アンドロイド一番機。
高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。
ファンシーロボず。
第一世代と第二世代の旧型戦闘アンドロイド。よそのテーマパークで余生を送るはずが、なぜか宇宙船争奪戦に巻き込まれ、ロボ子さんに吹き飛ばされ、村に居座った。現在はパークの従業員。
■人物編
長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)
えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。
ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。
三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)
えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)
長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。
源清麿。(みなもと きよまろ)
えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)
三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病。
同田貫正国。(どうたぬき まさくに)
えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。
一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。
三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)
えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。
方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。
ちなみに、ロボ子さんの呼称は
虎徹さんが「ロボ子さん」
宗近さんが「ロボ子ちゃん」
それ以外は「二号機さん」で統一されています。もしそうじゃないなら、それは作者のミスですので教えてください。




