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ロボ子さんといっしょ!  作者: 長曽禰ロボ子
補陀落渡海編。
24/161

ロボ子さん、就職する。

挿絵(By みてみん)

『私たちはあまり変わりませんねー』

「そうだねー」

 そういうわけで。


 永遠の彷徨へと旅立ったはずの宇宙駆逐艦補陀落渡海(ふだらくとかい)が帰ってきた。新たなえっち星の宇宙船を引き連れて。

 そう。えっち星の救援船はもうそこまで来ていたのだ。

 ワープ航法で。

 えっち星の科学力は凄まじく、補陀落渡海が旅立ってからたった半世紀で、ポイント間ではほぼ時間のかからないワープ航法を実用化してしまったのだ。


「宇宙駆逐艦○○○・○○号とお見受けしますが」


 どこの英国紳士だ?という通信を入れてきた救援船だったが、実のところ補陀落渡海を発見できたのは奇跡に近い偶然だったのだ。これが地球から遠く離れたところであったなら、互いに気づかずにすれ違ってしまったことだろう。

 救援船は補陀落渡海のセキュリティを無線であっさり解除。

 操船を確保すると補給チューブを繋いで必要な物資を送り込み、さらにはノズル偏向システムまでちゃっちゃと修理し、遠隔操作で大気圏再突入を実施した。その間、典太(でんた)さんも板額(はんがく)さんも、補陀落渡海さんですらもなにもすることがなかったそうな。

 村に帰ってきた補陀落渡海に乗り込んだ虎徹(こてつ)さんたちが見たのは、艦橋の隅っこで膝を抱えている典太さんと板額さん。そしてやっとのことで経緯を語り、『恥ずかしながら帰って参りました』でしめると再び沈黙した補陀落渡海さんなのだった。



 あれだけ大見栄きったのに……補陀落渡海航海長として死ぬって、なんどもなんども言ったのに……


 駆け落ちしたのに……会社も専務も捨てて駆け落ちしたのに……


 ぼくのひとりぼっちの旅は……一万年後の魔王の夢は……



 虎徹さんたちは、そっとしておいてやることにした。



 板額さんはその場で彼女専用のトレーラーを使って修理されたが、その間中、彼女は虚空を見ているようだったという。

「おかえり、板額」

 城家(じょうけ)専務さんに声をかけられ、板額さんはやっと口を開いた。

『お願いです、私をスクラップにしてください。最低でもリカバリしてください』

「なんてことを言うんだ」

『典太さんを選んだのは、その覚悟でした。どうか情けをください』

「そうだな、確かにそれはショックだった。でも、君がそれを選んだのなら、きっとしょうがなかったのだろうさ。おれから君に言うことがあるとしたら、もうスクラップにしてくれとか言わないでくれ。君が帰ってきてくれて、おれは嬉しかったのだからさ」

『申し訳ありません』

「典太くんも泣くぞ」

『申し訳ありません』

「君は感情を持っているのだからすぐには無理だろうが、早く元気になれ、板額」

『ありがとうございます』

「板額。君のような子を生めて、おれは嬉しい。苦労も楽しい」

『ごめんなさい……』

 城家専務さんは、板額さんの目からきれいな涙が流れたのを見たような気がした。



『それにしても』

 と、長曽禰(ながそね)家で開かれた雪月改(ゆきづき・かい)女子会でため息交じりに言ったのは三号機さんだ。

『救援船を送り込んだのならもっと早く教えてくれれば、この夏のいろいろ面倒くさいことも起きなかったんじゃないですか。量子通信で繋がっていたのでしょう?』

『それがですね、三号機さん』

 ロボ子さんは三号機さんが持ってきてくれたケーキが嬉しい。

 あとでおなか洗浄しなくちゃいけないけど、それがなんだ。一緒に楽しむのは自家製どくだみ茶だけど。

『もちろんえっち星の人たちは、ワープ航法が実用化されたことも、ひと月前に地球に向けて救援船が飛び立ったことも、全部量子通信で伝えていたそうなんです。でもほら、量子通信って互いに暗号解読が必要な代物らしいですから。いくら情報を摺り合わせようと試しても、地球からは「生きている」「暇だ」「いいことないかな」としか返ってこなくて困っていたのだそうです』

『通信士さんが無能さんだったのですね?』

 元通りのきれいな目に戻った一号機さんが言った。

『それがですね、一号機さん。通信士さんはそもそも行方不明で(山荘で居候従業員してたそうです)、ずっと別の人が通信を担当してたわけです。ところで補陀落渡海さんの近くにいたの、二人しかいませんよね』

『ああ、なるほど』

 一号機さんと三号機さんはうなずいた。

『二号機さんのマスターさんと宗近(むねちか)さんが今日も納屋で吊されてるの、そういうことだったんですね』

『そういうことだったんです』



 救援船の目的はもちろん補陀落渡海クルーの保護。


 そして、もうひとつ。

 地球との国交をひらくこと。



 宇宙からの正式な外交使節団は、もちろんセンセーションを巻き起こした。

 一行は世界を回り、大歓迎を受け、虎徹さんたちは村でいつものぐーたらな日常を過ごした。どういうわけか、虎徹さんたちはむしろ地球人側の目で、それも覚めた目でえっち星の外交使節団をみていたようだ。

 ロボ子さんは、そんなえっち星人さんたちの心境がわかるような気もしたし、一生わからないのかもしれないとも思った。

「いや、今回は帰らないってだけだ。そのうち帰るかもしれない。といっても旅行みたいなもので、たぶんおれはここに戻ってくるのだろうさ」

 そう虎徹さんはつぶやいた。

「前に、地球は高嶺の花だったと言ったの覚えているかい、ロボ子さん。今では故郷の星がおれにとっての高嶺の花になったのかもしれない」

 そんなこともつぶやいた。

『うちのマスターや構成員も、みんな今回はえっち星に戻らないそうです』

 と一号機さん。

『うちのマスターもそう言ってます』

 と三号機さん。


 宇宙駆逐艦補陀落渡海も帰らない。


 これに関してはしょうがない。五〇年前の宇宙船をワープ航法ドライブに改装までして帰すメリットがない。補陀落渡海は友好の記念として、あとで書くテーマパークの目玉として村で保存されることになった。

『どうせ私は、半世紀前の遺物ですから』

 ワープ航法の技術の公開とともに補陀落渡海の技術も公開され、補陀落渡海の周囲は静かになった。

『どうせ私は、半世紀前の遺物ですから』

 まだ開発されたばかりのワープ航法はコストダウンが進んでおらず、両星の負担で年に一往復がやっとだろうかという見通しだ。ただ、技術の地球側への公開によって今後の技術革新やコストダウンが期待されるだろう。

『どうせ私は、半世紀前の遺物ですから』

 いちいちうるさいよ、補陀落渡海さん。

 鬱陶しいからむせび泣くなよ、補陀落渡海さん。



「ああ、おれでいいなら帰りますよ」

 えっち星使節団が困ったのは、補陀落渡海クルーが軒並み帰国を拒否したことだ。

 これでは凱旋セレモニーが行えない。

 パレードができない。

 費用対成果が求められる国家事業としてはたいへん困るのだ。

 その中で、唯一手を揚げた士官が典太さんだった。他のクルーが複雑な思いとわだかまりと、名状しがたい恐怖をもてあます中、典太さんだけはこの夏の騒動で吹っ切れていたのかもしれない。

 条件はふたつ。

 板額さんを連れて行くこと。

 次の便でふたりとも地球に戻してくれること。

 板額さんは地球からの答礼使節団の警護員のひとりとして、国連が費用を出してのレンタルが認められた。

『税金でハネムーン旅行ですか? いいご身分ですね』

 鼻で笑ったのは補陀落渡海さんだ。

 キャラ変わりましたね。

「怖くないと言えば嘘になるさ」

 典太さんが言った。

 向こうには現実があるのだ。本来の一〇〇年後の故郷じゃない。五〇年という中途半端な時間が過ぎただけの故郷に帰るのだ。

「でも大丈夫」

 典太さんは笑った。

「おれには、無闇に気の強いパートナーがついていてくれるんだ」



 秋が深まった頃、典太さんと板額さんを乗せた宇宙船は、えっち星へと旅立っていった。



 にゃー。

 にゃー。

 典太さんと板額さんの子猫は、宇宙船での旅に耐えられるかどうかわからなかったので、ロボ子さんのもとに預けられた。ふたりがまたこの村に戻ってくる約束のようなものだ。


 村はといえば、これが賑やかになった。


 えっち星の宇宙船が(公式に)地球で最初に降り立った村、そしてえっち星人の隠れ里だった村として、村は世界的に――宇宙的に有名になった。さらに、補陀落渡海がこの村で保存されることもあり、宇宙、そしてえっち星との友好をテーマとしたテーマパークが整備されることが決定したのだ。

 経営は専門のエキスパート集団を招聘するが、表向きの園長として長曽禰(ながそね)虎徹(こてつ)さん。

 園長秘書として長曽禰ロボ子さん。

 補陀落渡海整備担当副園長として三条(さんじょう)小鍛治(こかじ)宗近(むねちか)さん。


 ついに、ぐーたら一家は就職してしまった。


「行ってきまーす」

 朝、宗近さんが出勤していく。

 晴れて仕事として補陀落渡海を整備できるのがとにかく嬉しいようだ。

 虎徹さんとロボ子さんは、宗近さんを送り出したあとは仮事務所を兼ねる長曽禰家の縁側で建設が進むテーマパークをのんびり眺める日々だ。

 手にはどくだみ茶。

『私たちはあまり変わりませんねー』

「そうだねー」

『どういうわけか、えっち星とかえっち国とか定着しちゃいましたねー』

「うちの国、ノリがいいからねー」

『ファンシーロボさんたち、なんだか居座ってますねー』

「ちょうどいいから、テーマパークで雇うんだってさー」

『へえ、そうなんですかー』

 ボソッとロボ子さんが言った。『宇宙駆逐艦おでん・なべ号艦長ちく・わぶさん』



「次にその名前で呼んだら、泣かすから」

 虎徹さんはムスッとどくだみ茶を飲んだ。


※「宇宙駆逐艦○○○・○○号とお見受けしますが」

“Dr. Livingstone, I presume?

      (リヴィングストン博士とお見受けしますが)”

英国で有名な台詞の一つ。デイヴィッド・リヴィングストンは19世紀英国の探検家。


■登場人物紹介・アンドロイド編。

ロボ子さん。

雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。

本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。

時代劇が大好き。通称アホの子。


一号機さん。

雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。

目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。

和服が似合う。通称因業ババア。


三号機さん。

雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。

小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。

基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。


板額さん。

板額型戦闘アンドロイド一番機。

高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。


■人物編

長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)

えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。

ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。


三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)

えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)

長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。


源清麿。(みなもと きよまろ)

えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)

三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病。


同田貫正国。(どうたぬき まさくに)

えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。

一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。


三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)

えっち星人。航海長。宙尉(大尉相当)

方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。


城家長茂。(じょうけ ながしげ)

地球人。タイラ精密工業技術開発担当専務執行役員。せんむ。

板額さんを開発した。クールキャラを気取っているが、クールになりきれない。


宇宙船氏。

地球人。警視庁公安の警察官。

ゼロ出身のエリートだが、宇宙船にこだわったために「宇宙船」とあだ名をつけられてしまった。本名も設定されていたが、作者にも忘れられてしまう。



ちなみに、ロボ子さんの呼称は

虎徹さんが「ロボ子さん」

宗近さんが「ロボ子ちゃん」

それ以外は「二号機さん」で統一されています。もしそうじゃないなら、それは作者のミスですので教えてください。


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雪月改三姉妹。
左から一号機さん、二号機さん(ロボ子さん)、三号機さん。
雪月改三姉妹。
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