ロボ子さん、お父さんと会う。
さて。
宇宙を征く宇宙駆逐艦補陀落渡海である。
現在この船は地球周回軌道をやっと離れたところだ。そんなものか?と感じるかもしれないが、発進してまだまる一日もたっていないのだからそんなものだ。だいたい、地球引力圏を抜けるのにも、あと二日はかかる。
『聞いてください、補陀落渡海さん!』
艦橋に飛び込んできたのは板額さんだ。
補陀落渡海さんはいかにもウンザリしたような声を返した。
『またですか』
『典太さんたら、典太さんたら、私の部屋に勝手に入ってきたんですよ! 私、ドアにカギをかけていたのに!』
『板額さん、現在、三池典太さんが艦長です。艦長のキーは万能なのです。艦長室以外にプライベートが存在しないのが宙軍の伝統ですし、プライベートが欲しいなら艦長室に引っ越すしかないですね』
『それ、むしろ最大限にプライベートないですよね!』
鼻血を垂らした典太さんが入室してきた。
『艦長入室』
「ねえ、板額さん。おれ、なんで殴られちゃったの。その手で殴られると、なんかコークスクリューパンチ食らったみたいに変なひねり入っちゃうんですけど」
激闘の末に板額さんは片腕を失い、片腕の手の甲は割れてしまっている。
「時間はいくらでもあるから、ゆっくり板額さんのその体直すつもりだったけどさ、ヘタに万全にしちゃったら、おれ、寿命の前に殴り殺されちゃうんじゃありませんか?」
『変なことしなければ、殴りません!』
「へんなこと」
典太さんが言った。
にやりと笑う。
「へんなことって、どんなことかなー。ねえ、どんなことかなー。ねえねえ、教えて、板額先生。おーしーえーてーー」
板額さんの華麗な足技で、典太さんは吹っ飛ばされた。
『私の半径一メートル以内に寄りつかないでください! 殺します!』
「ぼくら、夫婦だよね! ねえ、夫婦だよね!」
『ああああ、もうっっ!!!』
ついに補陀落渡海さんがキレた。
『だから私は一人で旅立つって言ったんですよっ! なんですか、これは! なんなんですかっ!
ほんとはね、ちょっと期待してたんですよ!
宇宙でひとりぼっちになる事をですよ!
笑えばいいですよ! 中二病だとでも呼べばいいですよ!
ぼくはひとりだ。おおい、ぼくはひとりなんだ。ぼくはこの宇宙で狂ってもいいんだ。ぼくは永遠にひとりなんだ――そんなこと、飽きるまで叫ぶつもりだったんですよ!
もうひとりのぼくを組み上げて、チェスをしようか。
人間のように、一文字一文字本を読んでみようか。
一万年後に侵略者となって帰ってこようか――それがなんです! 永遠に一人どころか、最初っから夫婦喧嘩見せられてるじゃないですか! 思いっきりラブコメじゃないですか! 期待していた孤独を返してくださいよ! 憧れの浪漫を返してくださいよ! 泣きたいですよ、ほんと泣きたいですよ、ぼくも!』
「あのー、補陀落渡海さん……」
なだめるように手をひらひらさせて典太さんが言った。
『なんですか、艦長っ!』
「あのー、なんか通信が入っているみたいですけど……」
『艦長が出てくれてもいいんですよっ! はいっ、こちらはえっち国宙軍、駆逐艦補陀落渡海っ! えっ、なんですかっ! ……はい?』
補陀落渡海さんの口調が変わった。
『はい、補陀落渡海は私のソウルネームで、そちらが私の本名ですが。えっち国ってなんでございましょうと言われましても、はい……』
そして、補陀落渡海さんはけたたましい悲鳴をあげたのだった。
バイクが疾走している。
ジェットヘルメットから覗くヒゲが白い。その年齢の割に身体は大きい。
オリーブ色のスズキSW-1。
ちょっと旧いバイクなのだが、彼によってレストアされ、新品のようだ。バイクはあの村に向かっている。
『あっ、パパだ!』
如月さんたちが声を上げた。
『パパだ。パパだ!』
村に入って来たバイクを、ウエスギ製作所のアンドロイドたちが追いかけている。バイクは同田貫組の門の前に止まった。迎えたのは、頭と片眼に包帯を巻いた雪月改一号機さんだ。
「やあ、一号機さん。元気――とはいえないようだね」
『お久しぶりです、お父さま』
「もう少ししたら、トレーラーも追いついてくるだろう。大丈夫、すぐに元通りにしてあげるよ」
『はい、お父さま』
「この村はいい。うちの子たちが大勢いて、私の子供巡りが一度でかなり済んでしまう」
集まってきた如月さんたちの頭を撫でながら、その男は笑った。
『マスター、お父さんが来たみたいです。私、会いに行ってもいいですか』
ロボ子さんが言った。
どこがどうなっているのか、フルウェポンはすでにロボ子さんの体の中に収納されてしまった。
「ウエスギの社長さんが?」
真っ昼間から焼酎のロックを片手に虎徹さんが言った。
「ああ、おれと宗近もあとで挨拶に伺うって伝えておいて。やばいな、酒呑んじまった。まあいいか、社長さんも好きだしな」
がははと笑い、
「あんたも挨拶する? 同業者だろ」
「……」
縁側で虎徹さんや宗近さんと飲んでいるのは、城家専務さんだ。
「ウエスギの社長は、自分の所で作ったアンドロイドをバイクで巡って回るのが趣味だと聞いたことがあるが、本当だったんだな」
城家さんが言った。
「あの人は天才だよねえ」
宗近さんが言った。
「天才だ。同業者のおれだからわかるところで、あの人はホンモノの天才だ。ちくしょう、なんだってこんな日に、あの人の顔を見なきゃならないんだ」
「こんな日?」
焼酎を舐め、虎徹さんが言った。
「探し求めた宇宙船を見つけたその日に、そいつは飛んでいってしまった。しかもそれには板額が乗っている。おれよりも宇宙人がいいと、自分の意志であいつは乗っていってしまったんだ」
「あれはおれの船だ。はじめて任された船だったんだ。それがおれを置いて行ってしまった。おれだって泣きたいし、愚痴りたいんだぜ」
「ああ、板額はかわいかったなあ」
城家さんが言った。
「おれが初めて作った、自律的な感情を持つアンドロイドなんだ。生真面目で潔癖症で、ちょっと乙女で。そんな性格つけした覚えなんかないんだが、そんな計算外の事が起きるのも楽しくてな。嬉しくて、かわいくて。それがなんだ。あんなばい菌やろうにかっ攫われてしまって」
「ばい菌は言い過ぎだろう。あんなばい菌でもおれの同期だぞ」
「巴」
城家さんが言った。
巴さんは、縁側から臨む庭に控えるようにひっそりと立っている。
「ごめん、巴。おまえのことも大切だよ。板額だけじゃないよ、おまえのことも娘だよ」
そう言いながらも、城家さんは巴さんを見ていない。焼酎のコップを握り締めたまま、徐々に前屈みになっていく。
「許してくれ、そんなつもりじゃないんだ、巴。ごめんよ……」
眠ってしまったようだ。
虎徹さんは城家さんの手からコップをとろうとしたが、横から伸びてきた巴さんの手が先にコップをとった。巴さんはコップを縁側において虎徹さんにお辞儀をし、城家さんを抱きかかえた。
「巴、頑張ろうなあ。おれたち、すごい会社にしようなあ」
城家さんの寝言に、巴さんは「はい」と微笑んだ。
遠く、ロボ子さんが主砲を出してみんなを驚かしているのが見える。
「宗近、おれたちも社長さんのところに行こうか」
虎徹さんが立ち上がった。
あれっとサンダル履きで庭に出た虎徹さんは空を見上げた。
キーン。
その甲高い音はすぐに耳をつんざく爆音になり、空から巨大な物体が降りてくる。
「補陀落渡海!?」
みなが呆然と空を見上げる中、たしかに補陀落渡海が降りてくる。しかも壊れたはずのノズル偏向システムが可動していて、垂直着陸で降りてくる。
さらに、補陀落渡海の向こう。
一回り小さな、それでも大きな物体が見えている。
わあ、補陀落渡海さんがお嫁さんを連れて村に帰ってきた。
そんなわきゃないが。
■登場人物紹介・アンドロイド編。
ロボ子さん。
雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。
本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。
時代劇が大好き。通称アホの子。
一号機さん。
雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。
目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。
和服が似合う。通称因業ババア。
三号機さん。
雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。
小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。
基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。
板額さん。
板額型戦闘アンドロイド一番機。
高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。
■人物編
長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)
えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。
ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。
三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)
えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)
長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。
源清麿。(みなもと きよまろ)
えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)
三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病。
同田貫正国。(どうたぬき まさくに)
えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。
一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。
三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)
えっち星人。航海長。宙尉(大尉相当)
方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。
城家長茂。(じょうけ ながしげ)
地球人。タイラ精密工業技術開発担当専務執行役員。せんむ。
板額さんを開発した。クールキャラを気取っているが、クールになりきれない。
宇宙船氏。
地球人。警視庁公安の警察官。
ゼロ出身のエリートだが、宇宙船にこだわったために「宇宙船」とあだ名をつけられてしまった。本名も設定されていたが、作者にも忘れられてしまう。
ちなみに、ロボ子さんの呼称は
虎徹さんが「ロボ子さん」
宗近さんが「ロボ子ちゃん」
それ以外は「二号機さん」で統一されています。もしそうじゃないなら、それは作者のミスですので教えてください。




