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ロボ子さんといっしょ!  作者: 長曽禰ロボ子
補陀落渡海編。
20/161

補陀落渡海さん、飛ぶ。

挿絵(By みてみん)


補陀落渡海(ふだらくとかい)を宇宙に飛ばすことができないとなると、自爆させるしかなくなる。被害は甚大なことになるだろう。頼む、典太(でんた)。力を貸してくれ」

 虎徹(こてつ)さんが言った。

 典太さんは航海長の席に着いた。

『お帰りなさい、航海長』

 補陀落渡海さんが言った。

「おべっかはいい。状況を教えてくれ、補陀落渡海。おれのモニタにはこの村の地形図を」

 補陀落渡海さんの報告を聞きながら、典太さんは地形図をチェックしている。

「植生に建築物を重ねろ」

「これをメインモニタに」

「艦長」

 立ち上がり、典太さんは艦長席へと振り返った。手許のモニタを指でなぞると、メインモニタでも一筋のラインが引かれていく。

「このコースだ。山腹をスキージャンプとして利用し、補陀落渡海を飛ばす」

 虎徹さんが眼を見開いた。

『――あんた、バカですか!』

 補陀落渡海さんが悲鳴に近い声を上げた。

「補陀落渡海、計算しろ。補陀落渡海の推力と山腹の角度、滑走距離。風向風速。障害物の有無。このプランは可能か」

 ほぼ間を置かず、補陀落渡海さんが答えた。

『……計算上は可能、のようです』

 典太さんは虎徹さんを見上げている。

 虎徹さんは首を振った。

「スペクタクルだねえ。無茶しますねえ……」

「決断を、艦長」

「ひとつ、問題がある」

 虎徹さんが言った。

「おれに、そんなサーカスのような操舵を期待されても困る。そのプランを実行するとなると、おまえにこの船に残ってもらうしかない」

「もとより、そのつもりで来た」

 にやり、と典太さんが笑った。

 虎徹さんもまた、にやりと笑った。

「なんだよ。おれと補陀落渡海の二人旅のはずだったのに、貧相な顔が割り込んで来やがった。めんどくせえ」

「おい、虎徹」

 と、典太さんが艦長席に近づき、ちょいちょいと虎徹さんを促した。

「頼みがある、虎徹」

「なんだ」

 虎徹さんは顔を突き出した。

「村の外れのプリウスに、まだ子猫がいたら育ててやってくれ。それとな、おまえには雪月改(ゆきづき・かい)二号機さんという家族がいるのだろう。海兵隊隊長の口ぶりからすると、みんなから愛されているいい子らしいじゃないか。大切にしてやれ」

「何を言って――」

 次の瞬間、典太さんが虎徹さんの胸ぐらを掴み頭突きを叩き込んだ。虎徹さんはのけぞり、そして叫んだ。

「痛ってええ! なにしやがる、このやろう!」

「こ、この石頭野郎! 素直に気絶しろよ、こんちくしょう!」

 二人は取っ組み合いをはじめた。

「あ、そうだった」

 典太さんがそう言った次の瞬間、虎徹さんがビクッと体を震わせ、崩れ落ちた。

「忘れてたわ、スタンガン」

『なにやってるんですか、あんたら……』

 補陀落渡海さんが呆れ声を上げた。


 虎徹さんを背負って外部ハッチを開けた典太さんが「うわ」と軽い驚きの声を上げたのは、そこに板額(はんがく)さんが立っていたからだ。しかもそのむこうに日本刀を手にした一号機さんまでもがいる。

「これはいったい……?」

 板額さんは満身創痍だ。

 一号機さんも片眼の光を失っている。

『板額さんはあなたのために戦ったのです。あなたを補陀落渡海さんに乗せるために。それより、背負っているのは艦長さんですね?』

 一号機さんが言った。

『私のマスターから離れて!』

 ロボ子さんの声が響いた。

 怒りに燃えて近づいてくるのはロボ子さんだ。

「君が、雪月改二号機さんか」

 典太さんが言った。

『そうです。私のマスターを返して!』

「もとよりそのつもりだ。虎徹は君に渡そう。あとでおれが謝っていたと伝えてくれ」

 典太さんは背の虎徹さんをおろした。

 ロボ子さんにはわけがわからない。それでもロボ子さんは、典太さんに注意を払いながらも気を失っている虎徹さんを背負いあげた。

「お嬢さんたち、この船から離れてくれ」

 典太さんが言った。

「この船はこれから飛び立つ。近くにいたら危険だ。皆にもそう伝えてくれ。板額さん、すまんな。こんなボロボロになるまで戦ってくれたのか。ありがとう。でも、ごめんな。おれはこの船と宇宙にいく」

『自爆――するのではないのですね』

 板額さんが言った。

 典太さんは後ろ手のスタンガンの感触を確かめている。

「しない。おれが飛ばす」

『良かったです』

 そう言って微笑んだ板額さんの頬を涙が落ちたように見えたのは、気のせいだろうか。

「ちがうんだ、板額さん。補陀落渡海は誰にも渡さない。タイラ精工にも渡さない。この船は死ぬためだけの旅に出る。おれと――」

『はい! 私もご一緒します、旦那さま!』

 典太さんは、ぱかっと口を開けた。



「いいんですか、あのアンドロイドを三池(みいけ)典太(でんた)宙尉のもとにやって」

 人間無骨(にんげんむこつ)さんが言った。

 同田貫(どうだぬき)さんは地面に座り込んだままだ。

「念のために一号機さんをつかせたんだ。それに、アンドロイドがあんなことを言ったんだぜ。泣かせるじゃねえか、いじらしくてよ」

「唇を奪い、愛していると二度も言ってくれた人と添い遂げる――ですか。あたしゃ古いんですかね。それとも逆なのか。なにがなんだかね」

 一号機さんと虎徹さんを背負ったロボ子さんが帰ってきた。

『補陀落渡海さんを飛ばすそうです。垂直離陸ができなくなったので、山腹を利用した短距離離陸を試みるのだそうです。充分に離れるようにとのことです』

 一号機さんが言った。

「あの戦闘アンドロイドは」

 同田貫さんが言った。

『彼女は――彼女も典太さんとともに宇宙に行きます』

 清麿(きよまろ)さんと同田貫さんはうなずきあった。

 人間無骨さんが声を張り上げた。

「補陀落渡海が発進する。総員安全な距離を保て。――先任軍曹!」

 先任軍曹さんの雷鳴のような号令が響く中、ロボ子さんは虎徹さんを背負ったまま補陀落渡海へと振り返るのだった。



『その背中のスタンガンをしまってください。私はもうあなたの妻です。あなたについて行くと決めたのです』

 典太さんの顔を瀧のような汗が落ちている。

『それとも、あのキスは嘘ですか。愛していると二度も言ってくれたのは嘘ですか』

 典太さんはぶるぶると顔を振った。

『典太さま』

 板額さんは真っ直ぐに典太さんを見上げている。

『急いでください。私、この体で、(ともえ)さんからあなたと補陀落渡海さんを守る自信はありません』

 「あっ」と、典太さんも正気になったようだ。

「だが、板額さん。君は城家(じょうけ)さんの命令の下に動いているんじゃないのか」

『私は4・5世代です。自立して考えることができます』

「だめだ。君は若い。未来がある」

『体も、記憶や人格にさえ、私にはスペアがあるのです。私はどのみちリカバリされるできそこないです。この人格と記憶で、私はあなたとの未来を見たい』

「この旅に未来などない」

 典太さんが言った。

「いいか、板額さん。おれは死にに行くんだ。でもおれは嬉しいんだ。補陀落渡海の航海長として死ぬおれが嬉しくてたまらないんだ。あんたも知っているどん底にいたおれが、何者にもなれなかったおれが、この船の航海長として死ねるんだ。男ってのはな、そんなくだらないことにバカになれるんだ。だけどな、そのバカに誰かを付き合わせるわけにはいかないんだ」

『あなたのそのバカを、私は見届けることができます』

 板額さんが言った。

『あなたが補陀落渡海航海長として生き、死んでいくのを、誰でもない私が見届けます』

 あっ!と。

 典太さんの両眼に涙があふれた。どっと流れ落ちていく。

「おれは、何もかも失ったと思っていたんだ」

 典太さんが言った。

「そのおれが、今は宇宙一の幸せ者なのか」

 板額さんは微笑んだ。

 どんなに傷だらけでも、それは輝くように美しかった。

『その言葉だけで、私も宇宙一の幸せ者です』



 補陀落渡海の巨大な後退可変主翼が動きだした。

 垂直離陸形態から滑走離着陸形態へ。

 後退角七五度から後退角二〇度へ。

 怪鳥がその翼を大きくひろげていく。雄大である。



 ジェットエンジン再起動。

 ノズル偏向システムに問題が生じただけでエンジンは無傷だ。

 しかし向かうのは整備された滑走路ではなく、積雪の傷跡が残る山腹だ。さまざまな想定の下に設計された降着装置は堅牢だが、どこまでもってくれるかわからない。

「板額さん、これが失敗に終われば、自爆だ」

『はい、旦那さま』

「おれは、あんたの人生をそんなカタチでは終わらせない。この船を信じろ。その航海長だったおれの腕を信じろ」

『はい、旦那さま』



「補陀落渡海、発進する」



 ジェットエンジンがうなりを上げた。

 更にロケットエンジンも同時点火。

 とてつもない推力で補陀落渡海の巨体が滑り出した。地上は嵐だ。

 艦橋では振動とGがすごい。亜光速への強烈な加速時にはG対策されたシェルターに避難するが、もとより宙軍軍人は強Gに耐えられるように訓練されている。典太さんは隣の板額さんを見た。過酷なGと振動の中でも板額さんは立ったまま少しも動かない。視線に気づいたのか、ただ典太さんへと微笑んだ。


 どん!

 衝撃が船体を揺らした。

 一〇基ある降着装置のひとつから、タイヤが吹き飛んでいったのだ。典太さんはモニタに目を走らせた。

『まだ大丈夫です』

 補陀落渡海さんの報告が入った。

 どん!

 どん!

 さらに吹き飛ばされていく。

「聞き忘れていたが、酒はあるか、補陀落渡海」

『長曽禰虎徹前艦長がそれなりに蓄えていたようです』

「しみったれ虎徹の酒じゃ期待はできないが、楽しみにしておく。補陀落渡海、板額さん、あとで呑もうぜ」

『飲食のための器官が私にはありません』

『私も飲めませんが、お付き合いします』

「さあ!」

 典太さんが言った。

「飛ぶぜ!」



「飛べ!」

 宗近(むねちか)さんが言った。

「飛べ!」

 船務長さんが言った。

「飛べ!」

 清麿さんが言った。



 補陀落渡海は飛んだ。

 その大きな翼を悠々とひろげ、山腹から飛び立った。



『おみごとです』

 補陀落渡海さんが言った。

『本艦は離陸に成功。引き続き加速を継続し地球周回軌道を目指します。計算が必要ですからお酒は遠慮しておきます。お二人でどうぞ』



 地上ではえっち星人たちが歓声を上げている。

 同田貫さんの指示で、先任軍曹さんがふたたび雷鳴をあげた。

「宇宙駆逐艦補陀落渡海、航海長三池典太光世宙尉、そして彼の献身的なる妻、板額どのに敬礼ッ!」

 全員が敬礼して遠ざかる補陀落渡海を見送った。

「おれは置いてかれちまったんだな」

 ロボ子さんの背中で虎徹さんがつぶやいた。




挿絵(By みてみん)

宇宙駆逐艦・補陀落渡海。全長176メートル。


■登場人物紹介・アンドロイド編。

ロボ子さん。

雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。

本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。

時代劇が大好き。通称アホの子。


一号機さん。

雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。

目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。

和服が似合う。通称因業ババア。


三号機さん。

雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。

小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。

基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。


板額さん。

板額型戦闘アンドロイド一番機。

高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。


■人物編

長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)

えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。

ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。


三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)

えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)

長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。


源清麿。(みなもと きよまろ)

えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)

三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病。


同田貫正国。(どうたぬき まさくに)

えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。

一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。


人間無骨。(にんげんむこつ)

えっち星人。宙兵隊副長・代貸。中尉。

いつも眠っているような目をしているが、切れ者。陰険。代貸だが、代貸と呼ばれても返事をしない。


三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)

えっち星人。航海長。宙尉(大尉相当)

方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。


城家長茂。(じょうけ ながしげ)

地球人。タイラ精密工業技術開発担当専務執行役員。せんむ。

板額さんを開発した。クールキャラを気取っているが、クールになりきれない。


宇宙船氏。

地球人。警視庁公安の警察官。

ゼロ出身のエリートだが、宇宙船にこだわったために「宇宙船」とあだ名をつけられてしまった。本名も設定されていたが、作者にも忘れられてしまう。



ちなみに、ロボ子さんの呼称は

虎徹さんが「ロボ子さん」

宗近さんが「ロボ子ちゃん」

それ以外は「二号機さん」で統一されています。もしそうじゃないなら、それは作者のミスですので教えてください。


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雪月改三姉妹。
左から一号機さん、二号機さん(ロボ子さん)、三号機さん。
雪月改三姉妹。
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