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ロボ子さんといっしょ!  作者: 長曽禰ロボ子
補陀落渡海編。
2/161

ロボ子さん、問い詰める。

挿絵(By みてみん)

長曽禰虎徹。ロボ子さんのマスター。


 家庭用アンドロイド如月(きさらぎ)の大ヒットを飛ばしたウエスギ製作所が、道楽で作ったともいわれるアンドロイド、雪月(ゆきづき)

 自律的な感情プログラムの実装に成功した世界初の第四世代アンドロイドであり、公称スペックは控えめながら実は基本性能は巨大資本が開発した軍事用アンドロイドに匹敵するという。

 ただ、高性能であっても家庭用としては無駄。

 その上、ありえない高価格。

 しょうがないので秘書用アンドロイドという無理矢理なカテゴリを作り、そこに納まっている。


 そして、雪月(ゆきづき)(かい)


 売れなかった雪月路線を謎に強引に踏襲した、ウエスギ製作所渾身の無駄の結晶である。

 とてつもない高性能ではあるらしい。

 密かに第4.5世代アンドロイドという話まであるらしい。ちなみに、なにが「.5」なのだというと、実はよくわからない。

 その雪月改。

 二号機さんが朝から忙しく働いているのは家庭農園の世話である。見渡せばなにもない山の中。見上げれば真夏の青い空。



 鳴き始めた蝉がすごい。



『今朝はいい具合にトマトが熟していました。スライスしてトーストにのせましょう、マスター』

「ありがとう、ロボ子さん。頬に土がついてるよ」

『コーヒーがありませんので、自家製どくだみ茶を淹れます』

 ああ、めくるめくスローライフ。

『なにかが違う』

 もちろん、庭仕事もキャンプのお手伝いもできるようにデータベースが充実しているウエスギ製作所アンドロイドシリーズなのだけど。そうなのだけれど。

『どこかが違う』

「なにブツブツ言っているの。ロボ子さん」

 二号機さんのマスターさんは長曽禰(ながそね)虎徹(こてつ)さん。

 江戸時代に建てられたという長曽禰虎徹さんの家はすごく古くてすごく大きい。台所まで大きい。近代化改装もされ、ちょっとしたお店の厨房のようだ。二号機さんもせめてこちらでその性能を披露したいのだけれど、この家にはなにもない。

 食材はお米にふもとの町のスーパーまで行って買ってくる食パンだけ。

 あとは家庭菜園で採れる野菜と、鶏小屋の卵くらい。

『マスター』

「ねえ、ロボ子さんも座って一緒に食べない?」

『雪月改に食物を消化する機能はありません。どうしてもとおっしゃるのでしたら食べるフリをすることもできますが、あとで腹部を開いて洗浄しなくてはなりません。いかがしましょう。よろしければ洗浄の様子をお見せしましょうか』

「いい。忘れて」

 長曽禰虎徹さん。

 このふざけた名前はもちろん本名ではなく、ソウルネームだと本人は主張する。

『ソウルネームってどういうことでしょう』

「魂の名前ってことだ」

『そのまんまです。なぜそちらのお名前で呼ばなければいけないのです。ご本名で呼んではいけないのですか』

「そうだ。ていうか、ロボ子さんはおれの本名なんて知らないだろう」

『存じあげています。購入契約書に本名書いてたじゃないですか』


 このとき、人はここまで驚愕できるのだと雪月改二号機さんは知ったという。生まれてまもない二号機さんなのだけど。


「マジで!」

『マスター、声が出るまで一分近くかかっています』

「教えてくれ、おれの人生はなんだったんだ……」

 そこまでのことですか。

「この美しくとも残酷な世界で、ロボ子さんと平穏に暮らしたかった。おれはただ安らぎが欲しかっただけなんだ……」

 わけがわかりません。

『マスター、それ以外にもいくつかお尋ねしたいことがあります。あの、いいかげんショックから立ち直って聞いてください。聞こえますか、マスター』

「舎利子、色不異空……舎利子、色不異空……」

『マスター、現実から逃げないでください。これも気になっていたのです。その「ロボ子さん」ってなんでしょう』

「君の名前」


 この時、長曽禰虎徹さんもアンドロイドはここまで驚愕できるのだと知ったという。アンドロイドと暮らすのは初めらしい虎徹さんなのだけど。


『マジで!』

「ロボ子さん、声出すのに一分近くかかったぞ。そもそも君がそんな言葉遣いしないでくれない? 君の普通名詞は雪月改。更に加えると雪月改二号機。そして固有名詞がロボ子だ。長曽禰ロボ子。ショールームで君を見かけたときからそう決めていたんだ」

『長曽禰ロボ子……』

 ああ、超高性能アンドロイド雪月改。

 なんと立ちくらみの機能まで実装していたのである!

『私は雪月改ですよ。ベストセラー如月(きさらぎ)を生んだウエスギ製作所のフラッグシップモデルですよ。いま話題の戦闘アンドロイドより世代が上の第4.5世代ですよ。高性能なんですよ。超高性能なんですよ』

「うん」

『その私が「長曽禰ロボ子」ですか。「ロボ子」なのですか』

「うん」

『なぜ嬉しそうなのですか。なぜですか、マスター』

「いや、ほんとかわいいなーって。無表情で無機質な声で、必死に怒ろうとしているのがすごくいい。いいなあ、やっぱりかわいいなあ」

『やめてください。頭、わちゃわちゃするのやめてください』

 いつもこの調子なのだ。

 生まれたばかりの雪月改二号機さん――ロボ子さんは、このチャラい顔したたぶん人生経験豊富な中年男にいつもごまかされてしまうのだ。


 もっと聞きたいことがあるのに。

 いっぱいいっぱいあるのに。


『マスター』

 聞いてやる。

「はい」

『マスターは働いていませんよね?』

「はい」

 あっさりと。

「まあ、時たま働いてるよ。農繁期とか。カネなんて、生きていけるだけあればいいんだ」

 それはそうかもしれませんが。

 家庭菜園で、意外と自給自足経済が成り立っていますが。

『マスター。他にも伺いたいことがあります』

「はい」

『マスターは、どうやって私の購入資金を手に入れたのですか』

 このとき、虎徹さんがはじめて反応したのだという。

 あのちゃらんぽらんを絵に描いたような虎徹さんが、ロボ子さんの言葉にはじめてまともに反応したのだという。名前のことを言われて激しく反応していたような気もするのだけど。

 とにかく、ロボ子さんのマスターの長曽禰虎徹さん。

 ロボ子さんの質問に思いっきり目を逸らしてしまったのである。

『雪月は高いのです』

 ロボ子さんが言った。

『アンドロイドのフェラーリと呼ばれているのです。雪月改はもっと無駄に高いのです。無駄じゃないです。言葉がすべりました。雪月改は高いのです。構成によってはサラリーマンの生涯賃金を越えるともいいます』

「君はその構成じゃない」

『知っています。担当技術者さんが泣きながら愚痴っていました。顔の造形に関しては一週間工場に通い詰めて細かく指定してきたのに、構成は初期設定より落としてきやがったと。最低まで削ぎ落としやがったと。私はぎりぎり動ける程度なのだと。雪月まで通して、いえ、おそらくは今後も含めて、私はいちばんしょぼいモデル雪月だろうと。許しておくれと』

「失礼な男だ」

『失礼なのは、技術者さんを泣かすほど私をしょぼい雪月改にしたマスターだと思います』

「ごめんなさい」

『謝らないでください。泣かないでください。鬱陶しいです』

「怒ってる、ロボ子さん?」

『怒ってません。私にはまだそこまでの感情は備わっていません。もし私が怒っているように見えるなら、それはマスターの弱い心がそうさせているのです』


 マスター。

 担当技術者さんの話では、こんなおんぼろ雪月改でも、基本設計のおかげで最低でも五年はもつそうです。

 私は死ぬまでメンテナンスして貰えるのですか?

 壊れたら、腕、直してくれますか?

 目が落ちたら、新しいのを入れてくれますか?

 オイル、差してくれますか? やがてナチュラルにハンス・ベルメールですか?


『逃げないでください、マスター』


 もったいないからトーストは全部食べていってください。


秋葉原クリエイティ部さんが、この回をボイスドラマにしてくださいました!


【声小説】ロボ子さんといっしょ。#2 『ロボ子さん、問い詰める。』

https://www.youtube.com/watch?v=Z-p62vz-x4Q

※現在のロボ子さんといっしょ!は改稿版で、こちらのシナリオとは展開が異なります。

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雪月改三姉妹。
左から一号機さん、二号機さん(ロボ子さん)、三号機さん。
雪月改三姉妹。
― 新着の感想 ―
[良い点] マスターを自分と思って読もうとしたんですが、 マスターにはるか頭上を飛んで行かれました。 [一言] あまり意味はないですが、 「この美しくとも残酷な世界」は知りませんでした。 「この醜くも…
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