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ロボ子さんといっしょ!  作者: 長曽禰ロボ子
補陀落渡海編。
19/161

板額さん、吠える。

挿絵(By みてみん)

補陀落渡海(ふだらくとかい)、状況を報告」

 艦長席の虎徹(こてつ)さんが言った。

『ジェットエンジン第三ノズルに被弾』

『推力偏向システムの一部が稼働しません』

『引き続き自動診断を続けます』

「発進シークエンスへの影響は」

『推力15%ダウン。ジェットエンジン第一、第三、第五、第七ノズル、推力偏向システムに損傷。垂直離陸形態に戻りません。本艦は垂直離陸できません』

「事実か」

『事実です。垂直離陸のための推力が絶対的に足りません』

『推力偏向システムの交換を推奨します』

『発進シークエンスの変更を推奨します』

『索敵システムに反応なし。攻撃は携帯型地対空ミサイルによる単発である模様。攻撃者をトレース中。排除しますか』

「タイラ精工とやらにしては早いし、乱暴だな。いずれにせよ相手は地球人だ、やめておけ。ただし警戒は怠るな。念のため、近接防御システム一番から四番起動。ミサイル垂直発射システム一番二番準備。主砲も出しておけ」

『艦長に報告。第一砲塔がありません。艦内に第一砲塔が存在していません』

「じゃあ、第二砲塔だけでいい」

『そういう問題ではありません』

「細かい事を気にするな」

『主砲の存在の有無は、細かい事ではありません』

『艦長に報告。自動診断システムの途中経過。本艦のあるべき兵装の一部が消えています』

 虎徹さんは渋面だ。

「さて、この船をどう飛ばすかだが……」

『ごまかさないでください。あんた、私の体になにしてくれたんです』

「あのな、補陀落渡海。垂直離陸ができなくなったということが現在最大の問題だ。あれなしに、この船をここから宇宙に飛ばすことはできない。おれも考える。おまえも考えてくれ」

『なんかムカつく』

「急ぐ!」

『艦長に報告。三池(みいけ)典太(でんた)光世(みつよ)宙尉が乗艦の許可を求めています。自分が必要だと言っています。補陀落渡海を飛ばすには自分が必要だと彼は主張しています』

 考え込んでいた虎徹さんが顔を上げた。

「典太が」



「開けろ!」

 典太さんが補陀落渡海のハッチを叩いている。

「おれが必要だ。この船を飛ばすには、おれが必要だ!」


 ――おれが、この船の航海長だ!



 一瞬で間を詰める。

 一撃必殺の蹴りで相手を倒し、瞬時にまた次の相手へと迫る。

 銃を使わせない。

 そのために敵に密着する。

 簡単ではないが、視野が三六〇度に渡り、マルチタスクが可能であり、正確で強力な打撃に圧倒的なスピードと瞬発力がそれを可能にする。しかし相手は素人じゃない。武闘派ヤクザを名乗る戦い慣れた宙兵隊だ。満身創痍。それでも板額さんは止まらない。

 迷うな。

 逡巡するな。

 三人が同時に襲いかかってきた。ふわり、と板額(はんがく)さんは飛んだ。多数を相手にしている時にそれは自殺行為だ。しかし板額さんは二人を同時に蹴り倒し、掌を失った右腕で三人目をなぎ倒した。左腕はもとよりない。次の瞬間には別の相手へと間合いを詰める。

「あんた、なんでまだ戦っているの」

 その飄々とした声は、板額さんのすぐ後ろから聞こえてきた。板額さんは後ろ回し蹴りを放ったが、蹴りは空を斬った。

「三池典太宙尉を逃がした。もう君の目的は果たした」

「おれたちを自分に引きつけておくため?」

「できるだけ彼を遠く逃がしてやるため?」

「泣けるねえ、その忠誠心。だけど、もういいよ。補陀落渡海が沈んで、おれたちもあの人どころじゃない。おとなしくしてな」

 板額さんの足がすくわれた。

 軽々とバランスを崩されてしまったのは、板額さんの重心の動きを見切られていたからだろう。

 板額さんは尻餅をついた。

 すぐに転がって逃げようとしたが、それより早く何人もの男たちが飛びこんできて板額さんに覆い被さった。

「ご苦労、代貸」

 同田貫(どうだぬき)さんが言った。板額さんにアゴを蹴り抜かれ、まだ頭が朦朧としているようで地面に座り込んでいる。

「あたしゃ、代貸と呼ばれても返事しないことにしているんですがね。今はそれどころじゃないようですな、隊長」

 宙兵隊副隊長。

 ソウルネーム人間無骨(にんげんむこつ)さんは不時着した補陀落渡海さんを見上げた。

「一号機さんは大丈夫か」

 同田貫さんが言った。

『大丈夫です。再起動できました。片眼がよく見えないだけです。それより、補陀落渡海さんはどうなるのですか』

 一号機さんが言った。

 板額さんの胴回し蹴りを側頭部に受け、片眼が割れてしまっている。

「おいおい!」

 その一号機さんの言葉に被せるように、人間無骨さんが声を上げた。

「あそこにいるのは三池典太宙尉だろう! あいつ、逃げたんじゃない、補陀落渡海に乗り込もうってんだ。うわ、ハッチが開いたぞ! なんでだよ!」

 あっと、人間無骨さんは、何人もの男たちでできた山を振り返った。

「あんた――このために注目を自分に集めたのか」


 ゆっくりと、人間の山が動き出した。

 すがりつく男たちをそのままに、板額さんが立ち上がった。


『典太さまは宇宙船にたどり着いたのですね。しかも乗りこめた』

 傷だらけの顔で、両眼だけがギラギラと光る。

 ごくり。

 人を人とも思わないと言われる傍若無人、人間無骨さんが気圧(けお)されている。

「残念ながら、君の忠誠心は無駄になる」

 三号機さんを連れ、(みなもと)清麿(きよまろ)さんが近づいてきた。

「補陀落渡海は損傷を負った。どこまでの損傷かはわからないが、もし宇宙に飛び立てないほどの損傷であれば、補陀落渡海は次のプランに移る」

『……』

 屈強な男たちに組み付かれ、板額さんは首も動かせない。

 板額さんは、瞳だけを清麿さんへと動かした。

 その視界に清麿さんは入らなかったのだけれど。サブカメラも男たちに覆われて使えないのだけど。

「なぜ補陀落渡海を秘匿していたのか」

 清麿さんの話は続く。

「それは我々の技術が、地球の歴史に不測の事態を起こす可能性があるからだ。これ以上の秘匿は無理だと考えた艦長は宇宙に飛ばすプランに移った。広大な宇宙で信号も出さずに彷徨えば、我々の技術力でも発見するのは不可能だ。しかし、そのプランも実行できなくなったのなら、最後のプランに移るしかない。補陀落渡海は自爆する」

 板額さんは瞳を正面に戻した。

「最重要機密は恒星間航行ドライブだが、これは既に失われている。次の機密はコンピューターだ。コンピューターは再生不可能なレベルで失われる。他の重要機密もだ。どうあっても、君たちに補陀落渡海は渡さない」

 板額さんは吠えた。

 乙女アンドロイド、それにふさわしいきれいな声をもつ板額さんのどこに、このような野獣のような吠え声を出す機能があったのか。


 アアア!

 アアアアアァア!


 板額さんは男たちを引きずりながら前に進み始めた。

『話を聞いたでしょ、どうするというの!』

 一号機さんが言った。

『船に行くのです』

 板額さんが言った。

 視線は、まっすぐに補陀落渡海を見ている。



『あの船に――私が護ると約束した――人がいる』



 ハッチが開いた。

 補陀落渡海の外部ハッチのロックが外れ、わずかに開いた。

(おれを入れてくれるんだな、虎徹)

 典太さんはハッチを開けて中に入り、ハッチを閉めた。電動による補助がついているが、さすがに宇宙艦の外部ハッチは重い。

 エアロックを出て、典太さんは艦橋へと走った。

 あいつとは同期だった。

 三羽ガラスと呼ばれた同期の頂点のひとりがあいつだった。いつか三羽ガラスのひとりが脱落し、おれもなんどか食い込めるようになったけど、海尉になったのも、宙佐として艦長になってのもあいつが先だ。


 くやしいが、おれはあいつに勝てない。


 事故った時も、瞬時に亜光速航行エンジンの切り離しを決め実行したのはあいつだった。おれが艦長だったら、そもそも地球にたどり着けてもなかっただろう。この地球で、命令書通りに存在を消すと言い出したのにも驚いた。もう二度と還ることができない星に縛られてどうするんだ。だがあいつはそれを貫き、みながそれに従った。

 意地をはらずに、おれもあいつに従っていれば。

 何者でもないおれになることもなく。誇りを手にしたまま生きていられたんだ。この星で。

 艦橋のハッチの前で息を整え、典太さんは声を張り上げた。

「航海長、三池典太光世宙尉だ!」

 艦橋のハッチのロックが外れた。

「やあ、航海長」

 艦長席の虎徹さんが言った。

「見ての通り、おれと補陀落渡海は困っている。補陀落渡海を飛ばしたい。おまえの力を貸して欲しい」

 こんちくしょう。

 典太さんはくやしかった。

 こいつ、こんなおれをまだ仲間だと思ってくれている。



『ああ、補陀落渡海さんが、補陀落渡海さんが!』

 不時着した補陀落渡海に、ロボ子さんはあわあわとしている。

『大丈夫なんですか、補陀落渡海さんは。ねえ、マスター。あ、ごめんなさい。マスター。あれ、違う。ごめんなさい。あれ、マスターはどこです?』

 宗近(むねちか)さんは瞑目した。

 補陀落渡海がどのような状況かわからないうちは、まだロボ子さんにはなにも言えない。虎徹さんも嫌な役目をまわしてくれた。どうごまかそうか。

「ロボ子ちゃん」

 声をかけて、宗近さんは悲鳴を上げてしまった。

 ぐりん!

 ロボ子さんが首だけを回して顔を向けてきたのだ。

「やめてくれよ、ロボ子ちゃん! ホラー映画じゃないんだから!」

『宗近さん。なにか隠してますね』

 その姿のまま、ロボ子さんが言った。

「えっ、あ、いや、その」

『たとえば、あの補陀落渡海さんに、マスターが乗っているとか』

「ええと」

『私を残して行かないと約束したはずのマスターが、あの嫌らしい中年やろうが、あのド腐れ嘘つきやろうが、私を残して補陀落渡海さんに乗っているとか!』


 宗近さんの陥落は近い。




挿絵(By みてみん)

宇宙駆逐艦・補陀落渡海。全長176メートル。


■登場人物紹介・アンドロイド編。

ロボ子さん。

雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。

本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。

時代劇が大好き。通称アホの子。


一号機さん。

雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。

目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。

和服が似合う。通称因業ババア。


三号機さん。

雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。

小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。

基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。


板額さん。

板額型戦闘アンドロイド一番機。

高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。


■人物編

長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)

えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。

ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。


三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)

えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)

長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。


源清麿。(みなもと きよまろ)

えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)

三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病。


同田貫正国。(どうたぬき まさくに)

えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。

一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。


人間無骨。(にんげんむこつ)

えっち星人。宙兵隊副長・代貸。中尉。

いつも眠っているような目をしているが、切れ者。陰険。代貸だが、代貸と呼ばれても返事をしない。


三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)

えっち星人。航海長。宙尉(大尉相当)

方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。


城家長茂。(じょうけ ながしげ)

地球人。タイラ精密工業技術開発担当専務執行役員。せんむ。

板額さんを開発した。クールキャラを気取っているが、クールになりきれない。


宇宙船氏。

地球人。警視庁公安の警察官。

ゼロ出身のエリートだが、宇宙船にこだわったために「宇宙船」とあだ名をつけられてしまった。本名も設定されていたが、作者にも忘れられてしまう。



ちなみに、ロボ子さんの呼称は

虎徹さんが「ロボ子さん」

宗近さんが「ロボ子ちゃん」

それ以外は「二号機さん」で統一されています。もしそうじゃないなら、それは作者のミスですので教えてください。


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雪月改三姉妹。
左から一号機さん、二号機さん(ロボ子さん)、三号機さん。
雪月改三姉妹。
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