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ロボ子さんといっしょ!  作者: 長曽禰ロボ子
補陀落渡海編。
18/161

板額さん、反撃する。

挿絵(By みてみん)

『民生機のあなたと戦闘型の私の差は戦闘データの蓄積と、覚悟です』

「やめろ、板額(はんがく)さん!」

 典太(でんた)さんが叫んだ。

 補陀落渡海(ふだらくとかい)艦橋。真紅のロングコートの板額さんは左腕を突き上げた。

『この艦橋は私の指揮下に入っていただきます!』

 内蔵された左腕の弓が起動した。

『否定する方はどうぞ声をあげてください。私が制圧してさしあげます!』

 その板額さんの左腕が落ちた。

 一号機さんの愛刀、栗原(くりはら)筑前守(ちくぜんのかみ)信秀(のぶひで)が、もっとも弱い関節部分を正確に狙い、超高分子量ポリエチレン繊維で作られた防弾コートごと斬り落としたのだ。

『試そうとは考えるな。そう言ったはずですよ』

雪月改(ゆきづき・かい)……!』

 さらに板額さんは全身をのけぞらせた。

 バチバチと火花が散った。

「こいつはテーザー銃ほど優しくはないぞ」

 宙兵隊隊長同田貫(どうだぬき)さんが構えているのは、有線の棘を飛ばすスタンガンだ。

「反乱鎮圧のための銃でね。政治的正しさより完全制圧を目的としている。その最大出力だ。並のアインドロイドなら回路が焼き切れておシャカだろうが――」

 高圧電流に次々と安全装置が作動し、板額さんは機能を停止してその場に崩れ落ちた。しかし瞬時に再起動がはじまっている。板額さんの指が動き、瞳に光が戻る。

「やはり戦闘アンドロイド。簡単じゃない」

 スタンガンを捨て、同田貫さんが手にしたのはアサルトライフルだ。

「やめてくれ!」

 典太さんがうつ伏せで横たわる板額さんに覆い被さった。

「やめてくれ、この子はまだ生まれたばかりなんだ!」

『典……太さま……』

 板額さんの言葉はまだぎこちない。

『まだ……私は戦え……ます。片……腕を失っただけです。私の戦闘力はまだ失われていません。どいてください、典太さま……』

「板額さん、あんたの気の強さは好きだ。だが今はその時じゃない――虎徹(こてつ)!」

 典太さんは艦長席を睨み上げた。

 虎徹さんは口の前に両手を合わせ、悲しそうな顔をしている。

「助けてくれ! おれはダメな男だ。悪い奴だ。おれはどうなったっていい。だけどこの子は助けてやってくれ! お願いだ、頼むよ!」

 典太さんは()()に気づいた。

 典太さんの胸の下で板額さんが泣いている。また泣いている。庇ってもらって嬉しいとかじゃない。そんなんじゃない。ただ悔しさに泣いている。典太さんは板額さんの頭を抱きしめた。

「典太」

 と、虎徹さんが言った。

「おれが決めた事は、どうやらいつもおまえを苦しめる結果になるようだ。すまん」



「補陀落渡海は旅立つ」

 虎徹さんが言った。

「わかっていると思うが、もうどこにも隠さない。宇宙に飛ばし、あとはそのまま永遠の旅だ。虚無の宇宙の中で、この船を見ることはもう誰にもできない。二度とない」

 「もしおれが」と、虎徹さんは言った。

「何年かあとに誰かに会いたくなっても、それも無理だ。補陀落渡海はフル出力で太陽圏を脱出する。半年もかからないだろう。その頃には補陀落渡海に推進エネルギーは残らない。太陽の光も届かない。一〇〇年は持つという漂流時生命維持用の電池頼りの生活だ」

 艦橋にざわめきが起きた。

 典太さんも目を見張った。

 虎徹さんはコンソールを弄り、今度はマイクに向かって喋った。

「念のためだ。全艦におれの言葉を伝える。艦長だ。この艦には現在士官しか乗っていないはずだが、浮かれて入り込んだ者がいるかもしれん。いたとしたら、すぐに降りて花火大会に合流しろ。一〇分後、補陀落渡海は発進する。勘違いするなよ。恒星間ドライブは復活していない。補陀落渡海が行くのは、あてのない死ぬための旅だ」

 マイクを切り、虎徹さんは艦橋を見渡した。

「そういうわけだ。全員退艦せよ」

 もう一度コンソールを弄り、

「おまえもだぞ、宗近」

 艦橋のざわめきは止まない。補陀落渡海が永遠の旅に出るというのは理解していた。しかしそれはメインコンピュータによる操舵によってであって、艦長が残るつもりだとは想像していなかった。

 副長の清麿さんが立ち上がった。そしてびしりと敬礼を決めた。

 こいつにはバレていたな。

 虎徹さんは思った。

 いや、今はアンドロイドに集中している同田貫のおっさんにも、宗近にだってバレていただろう。わかっていて、おれのわがままを許してくれたんだ。

 虎徹さんも立ち上がり、敬礼を返した。

 それが流れを作り、他の士官たちもつぎつぎと艦長席へと敬礼した。嗚咽も聞こえてくる。

「おれは古いタイプの軍人だ。この選択しかない」

 虎徹さんが言った。

「砲雷長。補陀落渡海が旅立った後、君が艦長を継ぐんだ。これからの皆を頼む。ロボ子さんを含めてな」

「彼女のために残る選択はないのだな」

 清麿さんが言った。

「ない。ほんのひと月だったが、楽しかったと伝えて欲しい。他人事のようだが、本当は連れて行きたかったのだろうな。だが典太が板額さんを守るのを見て、その通りだとおれは思った。彼女はまだ生まれたばかりなんだ。おれのために彼女の未来を奪うわけにはいかない。だから、頼む、清麿」

「アイ・アイ・サー!」

「典太、おまえは怒るかもしれんが、この日におまえが間に合ってくれたのはよかった。おれは嬉しい。そしてタイラ精密工業のアンドロイドのお嬢さん」

 板額さんは動かない。

 典太さんひとりくらいなんてことはないのに、動こうとしない。

「君の会社にもおれが言った事を伝えて欲しい。この船は内部や外部からの電波は受け付けない。だから外に出てからだ。補陀落渡海の技術は地球にとってまだ早い。それは、君たちが実力でつかんでくれ」



「諸君らと航海ができたのはおれの誇りだ」

 虎徹さんが言った。

「全員退艦せよ!」



 補陀落渡海が垂直上昇をはじめた。

 士官以外、虎徹さんが残っているのを知らない。みな手を振っている。

 ロボ子さんも無邪気に両手を振っている。

 いたたまれなくなった三号機さんがロボ子さんに声をかけようとして、清麿さんに止められた。三号機さんは清麿さんの胸に顔を埋めた。



「補陀落渡海。またしばらく頼むな」

『ですから、私ひとりでいいと何度も申し上げましたのに』

「男ってのはな、格好つけてなんぼなんだよ。いいじゃねえか、つきあってくれよ」

『ロボ子さん、泣くでしょうね』

「だからあ、それを言うなって……」



 それは突然のことだった。



 まだ地上数一〇〇メートルほどしか浮かび上がっていなかった補陀落渡海の船体が火を噴いた。その巨体がゆらいだ。

 地対空ミサイルの直撃だ。

 補陀落渡海さんはそれを感知していたが、至近からの攻撃でどうにもならなかった。ジェットエンジンノズルのひとつに被弾。安全装置が働き、補陀落渡海はジェットエンジンを順次停止させ、地上へと不時着する。

「日本のサラリーマンをなめるんじゃないぜ」

 その印象の薄い男は91式携帯地対空誘導弾の発射機を肩から外した。「給料は安いけどな」

「約束の武装アンドロイドはまだか!」

 男は苛立ちの声を上げた。



 補陀落渡海が沈む。

 それを見ていた典太さんの眼に光が戻っている。周囲を見渡すその眼は、なにをすべきか、なにを検討すべきか、自分はどうすればいいかを考えている。いつのまにか、それを考えている。

 典太さんは隣に立つ板額さんの肩を引き寄せた。

 板額さんの片腕を掴んでいた一号機さんが「あっ」と声をあげた。

「板額さん、お別れだ。忘れないよ」

 そして典太さんは、板額さんの唇にキスをした。

「えっ」

 沈む補陀落渡海。隣で突然始まるラブシーン。同田貫さんは虚を衝かれた。典太さんは同田貫さんの背広の下からスタンガンを奪い取った。しかしそれを使う事もなく、典太さんは走り出した。慌てて典太さんを追おうとした同田貫さんの足を、すばやく身を沈めた板額さんが払った。

 それを振り返り見た典太さんが、拳を空に突き上げた。

「月がきれいだぜ、板額さん!」

 きれいな星空だが、月は出ていない。

「死んでもいいぜ、板額さん!」

 もうひとつ叫び、典太さんは背を向けた。

 一号機さんが刀を抜いた。

 板額さんは二度、三度、一号機さんの鋭い剣を避けた。

『往生際の悪いッ!』

雪月改(ゆきづき・かい)さん。戦闘アンドロイドの私と互角に戦えるなんて、たしかにあなたはすごい。だけど民生機のあなたと戦闘型の私は違うのです。蓄積された戦闘データ、そして』

 一号機さんは上段から剣を振り下ろした。

 板額さんはそれに合わせて拳を突き出した。

『覚悟の量』

 一号機さんの剣は板額さんの拳を斬り裂いたが、手首のところで止まってしまった。肩を斬り落とした時には弱点だった関節が、角度が違う今回は剣を止める盾となったのだ。

 しまった!

 そう思う間もなく横回転の胴まわし蹴りが死角から飛んできて、一号機さんの側頭部を打った。転ばずに着地してのけた板額さんは、更に後ろ蹴りを飛ばした。それは背後に迫っていた同田貫さんの頑丈なアゴを蹴り抜いた。

 板額さんは右腕を振るって手に食い込んでいた日本刀を飛ばした。

 二重三重に取り巻くのは、同田貫組の屈強な男たち。ジリジリとその輪を小さくしていく。

『そうです、私は往生際が悪い』

 片腕を失い、今、残る片腕の手も失った。それに、回路のすべてを失ったわけではないが、スタンガンの影響も強く残る。

 それでも。

『私は一番機。続く妹たちのためにもあきらめません』

 板額さんの瞳にも意志的な輝きが戻っている。



「補陀落渡海、状況を報告」

 艦長席の虎徹さんのもとに、次々と報告が入る。

『ジェットエンジン第三ノズルに被弾、推力偏向システムの一部が稼働しません』

『引き続き自動診断を続けます』

「発進シークエンスへの影響は」

『推力15%ダウン。ジェットエンジン第一、第二、第三、第四ノズル、推力偏向システムに損傷。垂直離陸形態に戻りません。本艦は垂直離陸できません』

「なんだと」

『推力偏向システムの交換を推奨します』

『発進シークエンスの変更を推奨します』

『艦長に報告。三池典太光世さんが乗艦の許可を求めています』

「典太が」

『自分が必要だと言っています。補陀落渡海を飛ばすには自分が必要だと彼は主張しています』




挿絵(By みてみん)

宇宙駆逐艦・補陀落渡海。全長176メートル。


■登場人物紹介・アンドロイド編。

ロボ子さん。

雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。

本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。

時代劇が大好き。通称アホの子。


一号機さん。

雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。

目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。

和服が似合う。通称因業ババア。


三号機さん。

雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。

小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。

基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。


板額さん。

板額型戦闘アンドロイド一番機。

高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。


■人物編

長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)

えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。

ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。


三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)

えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)

長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。


源清麿。(みなもと きよまろ)

えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)

三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病。


同田貫正国。(どうたぬき まさくに)

えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。

一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。


三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)

えっち星人。航海長。宙尉(大尉相当)

方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。


城家長茂。(じょうけ ながしげ)

地球人。タイラ精密工業技術開発担当専務執行役員。せんむ。

板額さんを開発した。クールキャラを気取っているが、クールになりきれない。


宇宙船氏。

地球人。警視庁公安の警察官。

ゼロ出身のエリートだが、宇宙船にこだわったために「宇宙船」とあだ名をつけられてしまった。本名も設定されていたが、作者にも忘れられてしまう。



ちなみに、ロボ子さんの呼称は

虎徹さんが「ロボ子さん」

宗近さんが「ロボ子ちゃん」

それ以外は「二号機さん」で統一されています。もしそうじゃないなら、それは作者のミスですので教えてください。


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雪月改三姉妹。
左から一号機さん、二号機さん(ロボ子さん)、三号機さん。
雪月改三姉妹。
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