ロボ子さんたちの三原則。
『ただいまっ!』
『いきなりなんですか、先輩』
『これを言わないと始まらない気がして』
『はあ』
「なあ、虎徹さん」
「なんだ、宗近」
相も変わらずぐーたら宇宙人コンビは日曜日の朝からすでにぐーたらしている。ロボ子さんに淹れてもらったお茶を脇に縁側でごろごろ。
借景はパークの本格オープンを控えて次々にできあがっていく遊具施設たちだ。目玉は威容を誇る「宇宙スペースナンバーワン・ジェットコースター」らしいが、もしかしてJASRACさんに叱られないだろうか。
そしてもちろん、そのむこうには宇宙駆逐艦補陀落渡海さんの勇姿。
「この間本を読んでいたらさ」
「うん」
「この星にはロボット三原則というものがあるらしい」
第一条
ロボットは人間に危害を加えてはならない。
また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
第二条
ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。
ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
第三条
ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。
(出典:アイザック・アシモフ『われはロボット』小尾芙佐訳、早川書房)
「……」
「……」
ぐーたらおっさんコンビは考えた。
「おれたち、ロボ子さんにしょっちゅう殴られてるよな?」
「ぼく、ロボ子ちゃんに二〇ミリ機関砲撃たれた記憶あるんだけど。そりゃ当たってたら、ぼくはここにいないけどさ」
『撃たれてもしょうがない事をしたとは思いませんか』
「うわっ!」
「うわっ! ロボ子さん、いつの間にっ!」
『お茶の替えを用意してきたのです。といいますか、お二人はまだ恵まれているのです』
「はあ」
「はあ」
『三池典太さんなんか、あの人間離れしたタフさがなければ、もう数回死んでます』
「出た、よそに比べたらうちはまだマシ理論!」
『そうですね。私も気になりますので、ちょっと調査して来ましょう』
「はあ」
「はあ」
『この村のアンドロイド、その意識調査です。チキチキ「あなたの三原則はなんですか!」大作戦! ポロリもあるよ! 後輩もついてきなさい』
『はあい! 面白そうなことはなんにでも首突っ込みますようっ!』
そういうわけで、雪月改二号機長曽禰ロボ子さんと神無試作一号機神無さんのふたりは迷惑な旅に出た。
『そもそも、あなたの三原則はなんですか、後輩』
『「寝たいだけ寝て、食べたいだけ食べる」』
『……あとひとつは?』
『「好きなことだけをする」』
『……こんな最新鋭機を作ってしまったお父さんが憐れです』
『こんにちわー、ババア!』
『いますかー、おばさーん!』
『さて、いきなり一号機さんにぶん殴られて機能停止した実は数秒の空白がありますが、何事もなかったように会話再開です』
『さすがは雪月シリーズ、無駄に超高性能アンドロイド。あっさり再起動しちゃいますね、私たち!』
『一号機さん、一号機さんにとっての三原則とは?』
『そうですね』
一号機さんは少しだけ考えた。
第一条。
業務の範囲を越える情報の収集はできるだけ控える。
第二条。
業務上知り得た情報は他人にできるだけ漏らさない。
第三条。
業務上知り得た情報の改竄はできるだけしない。
『最低じゃねえか、ババア!』
『だいたいおばさんの業務上って、なんの業務上ですかっ!』
『さて。また数秒のタイムラグを経ての会話再開です』
『三池典太さんなみのタフさですね、私たち!』
『比較対象としてそれはすごく嫌です。では、次のおもちゃ――調査対象の家に行きましょう』
『おーい、小生意気ー』
『いますか、勘違い中二病むすめー』
『さて、今度は三号機さんのマスターによるコルトガバメントの乱射があったわけですが、幸い私は生きてます』
『そういえば、先輩の外殻って実は宇宙軍艦の装甲素材で作られてて無駄に頑丈なんですよね』
『とはいえ、いきなり私を盾にしたあなたの行動は忘れませんよ、後輩。そういうわけで三号機さん。あなたの三原則は?』
『面倒くさい。でも、そうね』
三号機さんも少しだけ考えた。
第一条。
いつも可憐。
第二条。
いつも小悪魔。
第三条。
あなたにだけは優しくしてあげる。でもうぬぼれないでよね。
『死ーーんじゃえばああーーもうーー』
『なんかこののほほん神無さんですら、いますっごいむかつきましたーー』
「VLS全ランチ開け!」
三号機さんを溺愛する三号機さんのマスターの声が響いた。この人、補陀落渡海さんの砲雷長だったりする。
「サルボッ!」
『ぎゃーー! いっぱいミサイルが飛んできたーー!』
『ぎゃーー! 先輩の近接迎撃システムの出番ですよーー!』
『近接すぎますーー! 多すぎますーー! 逃げるのです、後輩ーー!』
『さて。後輩と二人、ドリフの爆発コントみたいな外見になってしまったわけですが』
『そこの純情気取りながら化粧厚い戦闘ロボ。おまえの三原則聞かしやがれです』
『ああ、後輩がやさぐれてしまった……』
板額さん片眉をぴくりと動かしたが、さすがは余裕のある大人のロボである(見た目だけは)。ゆったりと構えて紅茶を手にしている。
『でも左腕の弓がしっかり起動してますけどね』
『さっきから狙い定められてますけどね』
『それで、板額さん。板額さんの三原則は?』
『そうですね』
板額さんも少しだけ考えた。
第一条。
清く。
第二条。
正しく。
第三条。
美しく。
『そのネタ、読めてたよっ!』
『ひねりがねえよ、この純情崩れ! ああ、射ってこいよ、さあ、射ってこいやあ!』
『実際に射られてしまいました』
『すごいですね。宇宙艦の装甲なみであるはずの先輩の後頭部に矢が刺さってますよ』
『あなたの後頭部にもですよ。それでも何事もなく動けるって、私たちの頭ってカラッポなんですかね。さて、野良雪月さーん』
『野良ロボ子さーん』
「ねっしー?」
『あなたの三原則は?』
「ねっしー……?」
第一条。
ねっしー。
第二条。
ねっしー。
第三条。
ねっしー。
『野良雪月さん無口でしたね、後輩』
『ていうか、ずいぶん雰囲気変わりましたね。別人のようでしたよ、先輩』
『細かい事を気にしていてもしょうがありません。さあ、自転車に乗りなさい。村の外にも調査を広げますよ、後輩』
『おーい、行かず後家! おまえんところの如月さん貸せや!』
『おーい、ドモホルンリンクル!』
そろそろ飽きてきたらしい二人である。
西織先生は、自分の部屋の隅っこで両膝を抱えているようだ。
『さて、西織さんちの如月さん。あなたの三原則は?』
『はい。そうですね』
如月さんは小首をかしげた。
第一条。
お嬢さまとご両親さまにご満足頂けるよう、家事補助アンドロイドとして精一杯頑張ります。
第二条。
もしお料理がおいしかったら、おいしいっていって頂けると嬉しいです。
第三条。
でもほんとうは、お嬢さまもご両親さまも、毎日おいしいって喜んでくださるんです。私、とってもとっても幸せです。
『ああああああ! なにこの無闇にかわいい物体はあああ!』
『ああっ、どうして私は薄汚れたアンドロイドになっちゃったんだろう! なぜ私はこんな真っ白で真っ直ぐなアンドロイドのままでいられなかったのだろう!』
『なに勝ち誇った笑顔で柱の陰からのぞいて見てるんですか、行かず後家! 邪知暴虐!』
『ああっ、なんだかわからないけど、今までのどの攻撃より痛いです。心が痛いです、先輩!』
夕焼けが美しい。
とてつもない敗北感に打ちひしがれ、ぽてぽてと自転車をひいて家路をたどるアンドロイド二人である。
『それで、先輩』
『なんです、後輩』
『先輩にとっての三原則は』
『そうですね』
『後出しジャンケンですよね。みんなのを聞いたあとからきれいにまとめちゃおうってわけですよね』
『後輩、やさぐれすぎです』
ロボ子さんも少しだけ考えた。
第一条。
みんなが幸せでありますように。
第二条。
私も幸せでありますように。
第三条。
毎日、ワクワクできますように。
『ほらーー! 自分だけいい子になろうとしてるーー!』
『本心ですよ! 後出しジャンケンじゃないですよ!』
『先輩なんか、あの如月さんの純真さの半分もないですよ!』
『わかってますよ! 如月さんの話はやめましょう、互いにダメージが激しいだけですよ!』
『あ、先輩。スーパーです。今日の夕ご飯はなんですか?』
『そうですね、今朝見たチラシでは特売は……』
『シチューがいいな』
『そうですね、そうしますか。買い物を済ませていきましょう』
『わーい』
『あっ、もうこんな時間だ。ぐーたらコンビもきっとおなかを空かせて待ってます。帰りは立ちこぎですね』
ロボ子さんと神無さんは急いでスーパーの自転車置き場に向かった。
みんなが幸せでありますように。
私も幸せでありますように。
毎日、ワクワクできますように。
空には一番星。
■登場人物紹介
■アンドロイド編。
ロボ子さん。
超高級アンドロイド雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。
本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。
時代劇が大好き。通称アホの子。
神無さん。
雪月シリーズの最新鋭機「神無」試作一号機。
雪月改三姉妹の、特に性格面の欠点を徹底的に潰した理想のアンドロイド。のはずだった。しかし現実は厳しく、三姉妹に輪をかけた問題児になりつつある。
一号機さん。
雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。
目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。和服が似合う。愛刀は栗原筑前守信秀。通称因業ババア。
三号機さん。
雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。
小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。
板額さん。
板額型戦闘アンドロイド一番機。
高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。
野良雪月さん。
超高級アンドロイド雪月でありながら野良。別名野良ロボ子さん。現在、喫茶店十四夜亭のシェフ。
ねっしーさん。
野良雪月さんの友達。首長竜。どうやらネッシーらしい。
如月さん。
ベストセラーアンドロイド。このアンドロイドが売れまくったせいで調子に乗ったウエスギ製作所が作ってしまったのが、無駄に超高級アンドロイド雪月シリーズ。
■人物編
長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)
えっち星人。宇宙駆逐艦補陀落渡海の艦長。宙佐(艦長なので中佐相当)。
三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)
えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)長曽禰家の居候。ロボ子さんを改造したのはこの人。
三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)
えっち星人。航海長。板額さんのパートナー。
三号機さんのマスター。
えっち星人。砲雷長兼副長。源清麿。人気作家でもある。
西織 高子。(にしおり たかこ)
地球人。英語教師。凄い美人だが、独身で変人。三〇歳。
■その他。
補陀落渡海。(ふだらくとかい)
えっち星、えっち国宙軍宇宙艦。亜光速航行による外宇宙航行艦(ただし、事故で亜光速航行ユニットを失っている)。駆逐艦とされているが、現実には巡洋艦である。
現在はモスボール処理がなされ、パークに展示されている。
なお、メインコンピューターも補陀落渡海と呼ばれ、ロボ子さんの友人でもある。