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ロボ子さんといっしょ!  作者: 長曽禰ロボ子
最終回。
160/161

いってきます!

挿絵(By みてみん)

『先輩、質問していいですか』

『後輩、よい傾向です。なんでも質問しなさい』

 長曽禰(ながそね)家の広い台所で、割烹着姿のロボ子さんと神無(かむな)さんがなにやら勉強会を開いている。

『このJOY、妙に巨大に見えるのはなぜですか、先輩』

『巨大なのです、後輩」

『どこでこんなの売っているんですか。業務用スーパーもない田舎ですよ、先輩』

『詰め替え用のボトルに先だけ取り付けただけです。前は二回分とかでちょうどよかったのに、この頃は五回分とかになって大きくなってしまいました。実は、あれは詰め替え用と言うより取り替え用として使うものなのです、後輩』

『先輩、台所仕事の世界は奥深いです!』

 神無さんは楽しそうに感心している。


「なあ、虎徹(こてつ)さん」

 食事室の大きなテーブルに牛乳をいれた自分のカップを置いて座った宗近(むねちか)さん、新聞を読んでいる虎徹さんに声をかけた。

「ロボ子ちゃんと神無ちゃん、朝からなにやってんの?」

「ああ、ウエスギ製作所から連絡が来た」

 虎徹さんが言った。

「ロボ子さん、雪月改(ゆきづき・かい)二号機は来週いっぱい本社工場でメンテナンスだ」

「え、そうなの?」


 ロボ子さんに一年目の定期点検の報せが来た。


 本来なら代わりに如月(きさらぎ)さんが貸し出されるのだが、ロボ子さんが『うちには後輩(神無さん)がいるので必要ないです』と断ったらしい。『来週のメンテナンスまで、私が後輩をたっぷり仕込みます』。

 アンドロイドなのにどういうわけか遊びたい盛りの神無さん、ここで嫌がるかと思えばそうでもなく『教えてください、先輩』となり、そしてロボ子さんによる神無さんの特訓が始まったのだった。

「来週いっぱい神無さんがうちの家事をするって、つまり、毎日どん兵衛ってことかい?」

「そうならないように、ロボ子さんが特訓してるんだろう」

「今からでも如月を頼もうぜ、虎徹さん」

「まあ、待て。あの神無さんがやる気を起こしているんだ。もうちょっと見てやろうや」

 虎徹さんはお茶を飲んだ。

 そのお茶も、実は神無さんがはじめて淹れたものだ。ちょっと渋い。


『この頃、お弁当を作らなくなりましたし、板額(はんがく)さんは(ごう)宙尉補さんのところで寝泊まりしてますし、朝に炊くごはんは三合で充分ですね。私もいなくなるけど三合でいいでしょう。余ったごはんはおにぎりにしたり小分けにして冷凍するのです』

『あっ、私がリクエストするとすぐにおにぎりがでてくるのはそういうことだったんですね、先輩』

『そういうことなのです、後輩。保温はご飯がまずくなるだけなのでそれに頼らないように』

『もっとババくさい知恵とか小賢しい裏技とかありませんか、先輩』

『いつか締めてあげましょう、後輩。そうですね。炊く前にオリーブオイルを混ぜるとシャキシャキとしたごはんになりますよ。三合なら小さじ一杯でいいでしょう。ごはん粒がコーティングされるのでチャーハンも作りやすいごはんになります』

『チャーハンは私にはまだ早いのではないですか、先輩』

『簡単ですよ。卵ごはんを丁寧に炒めればぱらぱらのチャーハンになります』

『それ、ネットではすごく叩かれてる作り方ですよね』

『家庭のチャーハンにどんだけ要求高いんだって話です。ただ、それってたぶん卵ごはんと具を一緒に炒めているから卵がボソボソになってしまうのです。別々に炒めて最後に混ぜればいいのです』

『へええー』

『これはあなたが好きなチキンライスを作るときにも役立ちます。卵ごはんチャーハンほど劇的じゃないですが、あらかじめケチャップとごはんを混ぜてから炒めると、いつもより簡単にぱらぱらのチキンライスになるのです』

『すごいです、先輩! すごいです、先輩!』

『あと、カレーチャーハンは市販のルーを使えば、どう作ってもぱらぱらになります。さあ、後輩。作ってみるのです。なにから作りますか』

『チキンライスがいいです!』

『でははじめましょう』


「こりゃまた、いっぱい作ったものだなあ」

 虎徹さんが言った。

 食事室の一〇人は座れる大きなテーブルの上に、ずらりとチキンライスの皿が並んでいる。

『ごめんなさい。私も調子に乗ってしまいました。食べきれなかった分は冷凍しましょう』

 ロボ子さんはオロオロしている。

「だめだ」

 虎徹さんが言った。

『でも』

「なあ、ロボ子さん、神無さん。これ、神無さんがはじめて作った料理なんだろう?」

『そうです。私も手伝いましたが、後輩が作ったチキンライスなのです。どんどん上達するので、嬉しくて止めどころをなくしちゃいました』

「おい、宗近」

 虎徹さんはニッと笑って宗近さんに声をかけた。

「近所の連中呼べや。うちの神無さんがはじめて作った料理だ。みんなに食べてもらおう。みんなに褒めてもらおうぜ」

『マスター』

『マスター……』

 ウルウルのロボ子さんと神無さんだ。

 よっしゃとスマホを取りだした宗近さん、おっと、と顔をあげた。

「もうひとつあるぜ、虎徹さん」

「なんだ?」

「ロボ子ちゃん、一年目の定期点検なんだろう? つまり誕生日だよ」

 虎徹さんが目を見張った。

 わあっ!と、ロボ子さんと神無さんも。

「みんなを呼ぶだけじゃなくてさ、いっしょにお祝いしよう。ロボ子ちゃんの誕生日を。来週はいないんだから今のうちにさ」

「よし、十四夜亭にケーキを焼いてもらうか!」

 虎徹さんもスマホを取りだした。

『待って、待って』

 ロボ子さん、両手を前にだして手を振った。

『それ、私もときどき考えてたんです。マスターと宗近さんの誕生日ですよ。この一年、ふたりともなにも言いませんでしたよね』

「ああ」

 虎徹さんと宗近さんは苦笑して顔を合わせた。

「ボクたちさ、タイムジャンプの船乗りじゃない。船内時間と実際の時間が違うじゃない」

「そうなると、誕生日ってのはどっちなんだ的な面倒くささもあってな。地上にいるときはともかく、船内ではそういうのは気にしないようになるんだ。補陀落渡海(ふだらくとかい)クルーはいまでも航海してるようなもんだしな、誕生日なんてどこかにいってしまった」

同田貫(どうだぬき)の親分さんや清麿(きよまろ)さんたちもそうなんですか?』

「さあ、どうだろうなあ」

『いけませんよ!』

 腰に手を当て、ロボ子さんが言った。

『お祝いましょう、マスターと宗近さんの誕生日も。みなさんも呼んで、みなさんの誕生日をお祝いしましょう!』

「おいおい、ロボ子さん……」

『後輩の初めての料理もお祝いましょう! 私がこの家に来て一周年! とってもとっても楽しかったこともお祝いましょう! たくさんお祝いましょう!』

 ロボ子さんの様子がおかしい。

 虎徹さんは両手でロボ子さんの頬を包んだ。

「怖いのかい、ロボ子さん」

『マスター…』

「もしかして、定期点検が嫌なのかい?」

 ロボ子さんの目から涙がボロボロと落ちた。

『だって、みなさんとこんなに長く離れるの初めてだから……。この一年が楽しすぎたから……。帰ってきた時にこの家がなかったらどうしようとか……。このままみんな終わっちゃったらどうしようとか……私……」

「待っているよ」

『マスター…』

「君の家はここだよ」

『マスター…』

 ロボ子さんの肩に神無さんが手を置いた。

 宗近さんも手を置いた。

「よし、そうだな!」

 虎徹さんが言った。

「みんな呼ぼう。みんな呼んで、いろいろ祝おう! ロボ子さんを楽しく送り出してあげようぜ!」


 ロボ子さんの家に、みんながやって来た。


 一号機さんと同田貫(どうだぬき)さん。三号機さんと清麿(きよまろ)さん。

 板額(はんがく)さんと(ごう)宙尉補さん。ひとりでやって来たかわいそうな三池(みいけ)典太(でんた)さん。


 お兄さんは相変わらず世紀末救世主伝説。


 船務長さんとフローラⅡさん。

 町の方から西織(にしおり)先生と山本先生もやって来た。


 こっそり参加している一太(いちた)さんと二太(にた)さん。そして髪の長い古風な少女。


 清光(きよみつ)さんと野良ロボ子さんは大きなケーキを持ってきてくれて、なぜかギター片手に村長さんもやって来て、窓から覗いているのは見つかったらすごくまずいことになりそうなネッシー君。


 おめでとう、みんな、おめでとう。

 ありがとう、みんな、ありがとう。


 ありがとう。



『いってきまーす!』

 そして一週間後、ロボ子さんは出かけていった。


 結局自走なのだ、この星の高級アンドロイドの移動は。

 バス停に向かいながらロボ子さんは村を見渡した。補陀落渡海さんが見える。自分の家が見える。たくさんのことがあった。楽しかった。


 そしてこれからもたくさんのことがあるだろう。


 ロボ子さんはにっこりと微笑んだ。

 そしてもう一度、歌うようにつぶやいた。


『いってきます』


 ロボ子さんはここに帰ってくる。

 ただいまと言うために。


長く『ロボ子さんといっしょ。』を読んでいただきまして、ありがとうございました。


ロボ子さんが本当に「ただいま!」と言えるかどうかはわかりませんが、とりあえず、またね!

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雪月改三姉妹。
左から一号機さん、二号機さん(ロボ子さん)、三号機さん。
雪月改三姉妹。
― 新着の感想 ―
[良い点] おつかれさま? 次回作に期待。
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