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ロボ子さんといっしょ!  作者: 長曽禰ロボ子
補陀落渡海編。
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虎徹さん、拗ねる。

挿絵(By みてみん)

源清麿。

三号機さんのマスター。副長相当砲雷長。

現在は売れっ子作家。

「夏への扉?」

 運転席で典太(でんた)さんは首をひねった。

「おれ、そんな話をした?」

 乙女のようなアンドロイド、板額(はんがく)さんとの二人旅。

 意外と話題が尽きないのは、板額さんが無口ではなく話題をみつけてくるのがうまいからだ。これも「護衛アンドロイド」としての機能なのだろうと典太さんは思う。その板額さんが持ち出してきたのが『この間、夏への扉とおっしゃってましたよね』という話題だ。

『なんです、夏への扉って』

「まあ、アメリカの作家さんが書いたSFさ」

 そう答えながら、この程度の知識、アンドロイドの板額さんのデータベースにあるだろうと典太さんは思った。きっと、あらすじも知っている。おれに言わせて、話題を広げようとしているだけだ。

 ま、こちらとしても二人押し黙って旅をするより、会話を繋げて旅をしたほうがいい。お望み通り、こちらからも話題を広げましょう。

「主人公は猫を飼っていてね、その猫、冬になると家中のドアを開けて回るんだそうだ。そのどれかが夏に繋がっているのを期待してね」


 冬ではない夏に。

 ここではない、どこかに。


 突然に、典太さんは気づいてしまった。

「……」

 ああ、そうか。

 おれたちが探している宇宙駆逐艦補陀落渡海(ふだらくとかい)。それはおれの夏への扉なんだ。

 本星で、おれはエリートだった。

 士官学校を優秀な成績で卒業し、若くして海尉、そして大冒険の航海長。このまま帰国できれば、英雄だった。

 凱旋、賞賛、パレード。

 それが今じゃ、なにひとつもっていない。ガード下で飲むコップ酒が唯一の楽しみの敗残者だ。

『どうしました?』

 心配そうに板額さんが覗き込んできた。

 しまったと典太さんは思った。

 話題を広げるはずが、おれはおれの事だけに話題を狭めてしまった。だけど、一度溢れさせてしまった思考は止まらない。

「なあ、板額さん。あんた、おれのこと、だらしのない中年男だって思ってるだろう」

 はい。とはさすがに板額さんには言えない。

 その前に、なぜハインラインの『夏への扉』から、こんな話題になる。

「こんなおれにも、若い頃はあったんだぜ。士官学校では必死に勉強して、成績優秀者になんども選ばれて」

 これには、はいと返してもいいだろう。

『はい』

「あの頃、おれたちの目の前には、道が真っ直ぐに伸びていたんだ。サボらなければ、よそ見しなければ、ただ頑張って走ってさえいれば、おれたちは望むところに行けたはずだったんだ」

 サボったわけじゃない。

 道が曲がりくねっていたわけでもない。

 ただ、おれは道を見失い、走ってきた道はもうどこにも見当たらない。


 おおい!


 誰か、おれを連れていってくれ!

 ここじゃないどこかに!

 今じゃない季節に!


 そしておれは、あるわけもない夏への扉を探してあがくんだ。今日も。



 八月の終わり。夏の終わりだ。

 宵の足はすでに速く、まだこんな時間だというのに暗くなりはじめている。その中、鎮守さまの山のふもとに集まる男たちがいる。

 次から次へと、男たちが家から出て来る。

 このさみしい村のどこに、これだけの若い男たちがいたのか。


 それどころか、彼らはみなえっち星人なのだ。

 

 宇宙駆逐艦補陀落渡海艦橋。

 ほとんどの席を士官が埋めている。

 虎徹(こてつ)さんは艦長席からその風景をまぶしそうに眺めた。

 解散式から数年。だれ一人軍服を捨てたやつはいなかったのか。発進準備をする士官たちは、みな白い軍服姿だ。

 もちろん虎徹さんもだ。

 補陀落渡海艦長長曽禰(ながそね)虎徹こてつ。たとえアンドロイドの胸の感触を気にしようと、彼女と同じレベルで口喧嘩しようと、その誇りを捨てたことはない。


「諸君」

 虎徹さんが言った。「補陀落渡海、これより発進する」


 全員が艦長席を見上げた。

「ジェットエンジンスターター起動」

 すかさず復唱が飛んだ。

「操舵を艦長席に。補陀落渡海、出る」

 すかさず怒号が飛んだ。

「アホ!」

「お断りだ!」

「懲りろ!」


 鎮守さまの山が鳴動した。

 補陀落渡海の巨大なジェットエンジンが始動したのだ。


「ちょっと待てーーッ!」

 艦橋では虎徹さんが叫んでいる。

「おれは艦長だぞ! なんなの、その罵詈雑言! ねえ、全員反乱罪で懲罰房にぶち込んじゃうよ!?」

『あー、こちら宙兵隊ですが、お断りです。CIC(戦闘指揮所)の内輪喧嘩はそっちで処理してください』

 宙兵隊副隊長さんからの無慈悲な連絡。

「やめてくれませんか。あんたは車の運転でも直線道路で想像力豊かな事故を起こせる男だ」

 船務長さんの無慈悲な指摘。

『この山腹に突っ込んだのが、そもそもあんたのせいだろうが!』

 そして機関室から宗近(むねちか)さんの無慈悲なとどめ。

「だって航海長いないんだもん、典太くんいなんだもん、しょうがないでしょ!? それにタキシングだよ!? ただのタキシングだよ!? そのあとは補陀落渡海さんが全部やってくれるんだよ!?」

 ここで、腕を組んで黙っていた副長相当砲雷長(みなもと)清麿(きよまろ)さんが口を開いた。

「私が操舵席に座ろう。艦長は指示に専念してくれ」

「イエス・サー! アイ・アイ・サー!」

「ねえ、みんな誰に返事してるの!?」

「艦長、指示を」

 航海長の席についた清麿さんが冷徹に言った。

「おまえんとこの三号機さんよりうちのロボ子さんのほうがかわいいぞ、こんちくしょう!」

「やかましい。指示を」

「いいよもう、わかったよ! みんなデベソ! 補陀落渡海、前進!」

「補陀落渡海、前進します」



 山腹が割れるようにして崩れた。

 補陀落渡海の流線型の舳先がゆっくりとその姿を現した。



 すでに花火そっちのけで宴会を始めていたえっち星人たちは歓声を上げた。一号機さんも、三号機さんも、そしてロボ子さんもその姿を見上げた。村人さんたちも外に飛び出してきた。

 宇宙駆逐艦補陀落渡海。

 全長一七六メートル。

 亜光速エンジンユニットを備えていたときにはさらに長大だった。

 夕闇迫る中、その勇姿は山が動いているかのようだ。何人ものえっち星人が涙をあふれさせている。号泣している者もいる。



 村の外れに停められた車の中でも、典太さんと板額さんが口をあんぐりと開けてその光景を見ている。

(あっさり見つかったじゃねえか、夏への扉!)

 暗くなってきたので、もう引き返すつもりだった。どこかで宿を探すつもりだった。それなのに板額さんが怪しいと熱弁したこの村まで来てしまったのは、やはり予感の匂いに誘われてしまったからなのだ。

 そして、見つけてしまった。

 補陀落渡海。

 なんてこった。おれはこれからあの船を地球人に売るのだというのに、おれの胸に広がって止まないこの誇らしさはいったいなんだ。

「板額さん」

 典太さんが言った。

「あれが三三光年を旅してきた船だ。おれたちの補陀落渡海だ」

 なにもない男だが、それくらいの自慢をしてもいい。

『おめでとうございます、典太さま。私たちは見つけたのです!』

「そうだな」

『本当にあったのです、宇宙船は!』

「あれが三三光年を旅してきた船だ。おれたちの補陀……」

 さすがに二度も言わなくていい。

 突然、板額さんが沈黙した。

 そろそろ典太さんにも、こういう時に板額さんがなにをしているのかわかるようになっている。彼女は電話をしているのだ。

「そうやって発声しないで電話する場合、君の声はどんな声で向こうに伝わっているのだろう」

 板額さんが、くるっと典太さんに顔を向けてきた。

『考えたこともありません。聞いたこともありません。誰かお客さまがいたようです。かけ直すと言われました』

城家(じょうけ)さん?」

『城家です』

 そしてまた黙り込んだ。

(ともえ)さんを連れて応援に行く、だそうです。私たちは無理せず待機し、可能であれば船を制圧。彼らが船を移動させるつもりなら、それを阻止。城家からの指示は以上です』

「ふむ」

『そして典太さま。城家からの伝言があります』

「うん?」

『おめでとう。そして、ありがとう』

 正直、面食らった。

 そしてやはり嬉しかった。

『典太さま』

 そんな中年男の照れはお構いなしに、元気な板額さんだ。

『私たち二人で制圧は可能でしょうか』

 典太さんは双眼鏡を手に周囲を確認した。

「嫌なヤツがいる。宙兵隊副隊長だ。宙兵隊がいて、武装していたとしたら、とてもじゃないが無理だ。君と、その巴さんというのが来ても相手にならんだろう」

『典太さまは、板額型の本当の能力をご存じありません』

「気が強いのはわかったけどね」

『フル装備の板額型は一機で特殊部隊一班に匹敵すると言われます』

「相手が悪い。特にあの副隊長はね」

 運転席の窓ガラスを叩く音がした。

 続けて板額さん側の助手席の窓ガラスにも。

 それまで典太さんは気づかなかった。板額さんですら。運転席側の大きな影は、窓を開けろと指で示してきた。典太さんは窓ガラスを下げた。

「やあ、航海長。久しぶりだね」

 ぬうっと大きな顔を覗かせたのは同田貫(どうだぬき)正国(まさくに)さんだ。

「うちの雪月改一号機さんが、物騒な会話をしているカップルがいるというのでね。今夜は艦長のところの二号機さんが主催する花火大会だ。それをジャマされるのは愉快じゃない。あんたがそうでなければいいと思うよ。そちらのお嬢さんもヘタなことは考えないほうがいい。うちの一号機さんは強いぞ」

 助手席側の人影が左腕を突き出した。

 板額さんの目の前で、その腕が精密機械のように変形し展開する。そして新たな形態へと収束していく。かつてロボ子さんが出そうとして出せなくてオーバーフローを起こしてしまったガトリングガン。


 それが今、一号機さんの左腕にある。




挿絵(By みてみん)

宇宙駆逐艦・補陀落渡海。全長176メートル。


■登場人物紹介・アンドロイド編。

ロボ子さん。

雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。

本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。

時代劇が大好き。通称アホの子。


一号機さん。

雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。

目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。

和服が似合う。通称因業ババア。


三号機さん。

雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。

小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。

基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。


板額さん。

板額型戦闘アンドロイド一番機。

高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。


■人物編

長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)

えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。

ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。


三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)

えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)

長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。


源清麿。(みなもと きよまろ)

えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)

三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病。


同田貫正国。(どうたぬき まさくに)

えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。

一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。


三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)

えっち星人。航海長。宙尉(大尉相当)

方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。


城家長茂。(じょうけ ながしげ)

地球人。タイラ精密工業技術開発担当専務執行役員。せんむ。

板額さんを開発した。クールキャラを気取っているが、クールになりきれない。


宇宙船氏。

地球人。警視庁公安の警察官。

ゼロ出身のエリートだが、宇宙船にこだわったために「宇宙船」とあだ名をつけられてしまった。本名も設定されていたが、作者にも忘れられてしまう。



ちなみに、ロボ子さんの呼称は

虎徹さんが「ロボ子さん」

宗近さんが「ロボ子ちゃん」

それ以外は「二号機さん」で統一されています。もしそうじゃないなら、それは作者のミスですので教えてください。


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雪月改三姉妹。
左から一号機さん、二号機さん(ロボ子さん)、三号機さん。
雪月改三姉妹。
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