キャベツ畑でつかまえて。⑫
秋葉原クリエイティ部さんによるボイスドラマ版です。ロボ子さんがかわいい!
【声小説】ロボ子さんといっしょ。#1 『ロボ子さん、やって来る。』
https://www.youtube.com/watch?v=KIUl9cy5KOk
【声小説】ロボ子さんといっしょ。#2 『ロボ子さん、問い詰める。』
https://www.youtube.com/watch?v=Z-p62vz-x4Q
【声小説】ロボ子さんといっしょ。#3 『ロボ子さん、求婚される。』
https://www.youtube.com/watch?v=KwDrMReU_Bw
明け方近く、霧が出てきた。
濃い霧が村を、パークを包み込んだ。
その闇と霧の中を、灯りもつけずに走る人影がある。
野良雪月さんだ。
大型ポリバケツのごみ箱を抱えている。そんなものを手にしたまま、パークのフェンスを軽々と乗り越え、中央広場の池へと走った。
『ごめんね、今日はあまり残りものがないの』
池のほとりにバケツを置いて、野良雪月さんは猫でも呼ぶように、ちちち、と舌を鳴らした。
『あまりうちだけを頼りにしないでね。でも、あんたのおかげで、うちは生ゴミゼロ。なんてエコなお店なんでしょう。おまえも、おなかが減ったからって昼間に来ちゃだめよ。見つかったらセンセーショナルよ。もっとも、宇宙人とあんたと、どっちがセンセーショナルなのかしらね』
池の水がざわめいた。
二度、三度、脈動した。
そして首長竜さんの大きく長い首が、悠然と池からその姿を現した。
『うふふ、元気だった?』
雨のように水しぶきが降り注ぐ中で、野良雪月さんは嬉しそうに笑った。首長竜さんも意外と愛嬌のある目を細め、頭を野良雪月さんにこすりつけた。
『おなか空いているんでしょう。はやくお食べ』
野良雪月さんは前の身体の時には野良をしていた。
野良アンドロイドだ。
いつもひもじかった。
いや、そもそも電動のモデル雪月が、なぜ空腹なのかという話でもあるのだが。ていうか、まともに充電もしないで残飯あさりばかりして、よく生きて来れたなという話でもある。まあ、細かい話はいい。細かい話なのだろうか。
とにかく野良雪月さんは、バケツに顔を突っ込んでもりもり食べる首長竜さんが愛おしい。かわいくてしかたがない。
ごめんね、あまりなくて。
今度、おまえの好きなケーキを焼いてあげるね。なにがいいかな。
「ちちち」
と、自分以外の舌を鳴らす音が聞こえてきたのは、野良雪月さんが首長竜さんの首を撫でているときだ。
「そうなの。そう呼べばいいの。意外とかんたんよ、板額さん」
『猫のようですね、宙尉補』
野良雪月さんは、背後をとられたことがない。
無駄に気の荒い、あの給養の沈黙のコックさんたちをも相手にしてきたのだ。ていうか、同じく背後をとられたことがないらしい加州清光さんの背後をとったことすらある。その野良雪月さんが、ほんの少しも気配を感じなかった。
『寝てましたものね、宙尉補。よだれ垂らして。私がホテルの窓から見張っていただけで』
「でも、一瞬でここに移動できたのは私のおかげ」
『ストレートな欲望があれば、あの不思議な能力もコントロールできるのですね』
「なんか、すごいヤなこと言われてる気がする」
いつの間にか郷義弘宙尉補さんと板額さんが、野良雪月さんの背後に立っていたのだ。
野良雪月さんと首長竜さんは思わず抱き合った。
いや、絵面としては野良雪月さんが首長竜さんの首を抱きしめているだけだが。
『あ……あ、あ、あ……』
「ね、ねっしー……」
首長竜がどう鳴くかは知らないが、まあ、「ねっしー」ではないことだけは確かだろう。とにかく細かい話はいい。
「さあて」
郷宙尉補さんが、にたりと笑った。
「たいへんなものを見つけてしまった私たちは、いったいどうすればいいのかしらねえ~~」
『そうですわねえ~~』
なんと、あの乙女ロボ板額さんまでもが邪悪な笑顔を浮かべたのであった。
あの十四夜亭の不思議体験から明けて日曜日。
長曽禰家に珍しい客があった。
「やあ」
「やあ」
ロボ子さんを訪ねてきたのは、一太さん、二太さん。
真冬の『一月はあこがれの国』事件で登場した狐面の双子の少年だ。
「双子じゃない」
「そういう設定なのかも知れないが、ぼくらはそもそもアンドロイドだ」
それで、たまに大きなキツネの姿をしているのですよね。
「なぜそれを」
「なぜそれを」
今はキツネの姿でもないし、狐面もつけていない。切れ長の目の美少年ふたりだ。
『あれ、どうしたんです』
ロボ子さんは二人の訪問に驚いた。
あの事件以来、久々だ。
「君の部屋に行こう」
その言葉で、なんとなくわかってしまったロボ子さんだ。
『私の部屋、むしろ筒抜けですよ?』
「ぼくらの技術を舐めないで欲しいな。冬の時も、一号機さんの耳と目を寄せ付けなかっただろう?」
『そうだったんですか……』
ロボ子さんは部屋に二人を案内し、左右を確認して襖を閉めた。向き直ると、二人はカーペットの上にあぐらをかいている。くつろいでいるようだが、もう、技術的な結界は済んだのだろうか。
『あの頃、ここにいなかったアンドロイドがいます。彼女は私より高性能です』
「神無さんの認知情報はすでに弄っている。今、彼女はテレビで水戸黄門を見ているつもりになっている。一時間、彼女はテレビの前を動かないだろう。人間二人には眠ってもらっている」
『えっ、水戸黄門やってるんですか。私も見たいです!』
「だから嘘情報だってば」
「とにかく、ロボ子さんも座って。簡潔に話をしよう。実は、西島秀俊が出ている雑誌があるとかで町に買いに行かされて、その帰りなんだ。はやく持ち帰らないと――」
とつぜん悲鳴を上げ、二太さんはのたうち回った。
うかのみたまさまもお元気なようだ。
ロボ子さんはカーペットに正座した。
『十四夜亭の話でしょう』
「そうだ」
相変わらず無愛想に、一太さんが言った。
『あれは、あなたたちがやっていることだと、私は思っていました』
「ぼくらじゃない」
復活の二太さんが言った。
『うかのみたまさまや、かぐやさんでもないのですか?』
一太さんと二太さんは目をあわせた。
「それはいったい誰のことだ?」
眼を細め、一太さんが言った。
『宇宙船ドックのメインコンピューターさんと、あなたたちと同じアンドロイドさんですよ』
「……」
「……」
ロボ子さんはそれを見ていた。ざっとノイズが起き、バラバラになったように見えた一太さん二太さんが瞬時に再構築された。もしかしたら、ほんとうは目の前にいないのかもしれないなとロボ子さんは思った。あ、でも西島秀俊さんの雑誌とか言ってたな。
「わかった」
と、一太さんが言った。
「どうやら消したはずの君の記憶が戻っているらしい。認める。どうやったのかわからないが。本当に君はあなどれない」
「とにかく、十四夜亭はぼくらのものじゃない」
「もちろん存在には気づいているし、重大な関心をもっている」
「マスターがぼくらに与えた任務は、地球の森羅万象の観察と記録」
「そして、不干渉」
「だが、今、十四夜亭で起きていることは、ぼくらに愉快とはいえない」
『どういうことです?』
「地球の物理学において、神はダイスを振るようだ。しかしぼくらの文明の神はダイスを振らない」
『それは、地球の量子論が、まだあなたたちの文明に追いついていないだけですよね』
「ぼくらの文明における神は、地球で言えばスピノザの神だ」
『タイガース論ですか』
ロボ子さんがいった。
「汎神論だ」
二太さんが言った。
「――ちょっとまて、二太。今、よくロボ子さんのボケがわかったな。意味が分からなくてスルーするところだった。ロボ子さん、もう少し分かりやすいボケにしてくれれば、ぼくにもわかったかも知れないんだ。そもそも――」
「ぼくらの文明は、不思議やファンタジーが世界を構築する物理法則に組み込まれる事を認めない」
『どうしようというのです』
「ぼくをスルーするなよ、ふたりとも!」
「今は何もしない。ただ、観察は続ける。それを言いに来たんだ。君が、あまりあれに首を突っ込みすぎることがないようにね。いろいろと不確定要素なのだから、君という人は」
『……』
「だから、無視するなよ。すごい恥ずかしいだろ、なにか言ってくれよ!」
「また会えるといいね。会えて良かったと思える再会ならね」
「おおい!」
怒る一太さんを二太さんが引きずるようにして、二人は去って行った。
ロボ子さんは思った。
今度会うときには、わかりにくいボケはやめよう。
『先輩。超常ファイルですよ。なんだか水戸黄門見てた気がするんですが、気のせいでした。超常ファイル面白いですよー。緊急特集、ネッシーだって。またまた現れたそうなんです。それが、そのネッシー、背中に女性三人乗せてはしゃいでたそうなんです。どう考えたって、そんなの合成動画なのに、どうしても合成の証拠が見つからなくてスタッフは頭を抱えているそうなんですー。でもね、なんか変ですよ、先輩』
神無さんは画面を眺めて首をかしげた。
『この三人、どうみても、郷義弘宙尉補さん、板額さん、野良雪月さんですよね』
フッ!
あなたに、この動画が否定できて?
※汎神論:森羅万象全ては神であるという思想。全てに神が宿るという神道に似ていなくもないが、結果が似ているだけで発想は違う。
※給養:調理及び食材の管理を担当。つまりコック。補給科。
■登場人物紹介・十四夜亭編。
加洲清光。(かしゅう きよみつ)
店主。えっち星人。
宙軍士官学校では虎徹さんや典太さんと同期。密航者として、補陀落渡海の航海に匹敵するほどタイムジャンプを繰り返していたので、虎徹さんたちと同い年のままのように見える。
野良ロボ子さん。
料理担当。アンドロイド、モデル雪月。
前のマスターである「おばあちゃん」の記憶を消されるのが嫌で野良になった雪月。ただし、記憶だけは引き継いでいるが、今の体は二代目。生まれたてのアンドロイドと同じように初々しいしゃべり方をする。
鉄太郎。(てつたろう)
黒柴。十四夜亭で飼われている犬。
人懐っこすぎて、番犬としては意味をなさない。
■アンドロイド編。
ロボ子さん。
雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。
本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。
時代劇が大好き。通称アホの子。
神無さん。
雪月改のさらに上位モデルとして開発された神無試作一号機。
雪月改三姉妹の、特に性格面の欠点を徹底的に潰した理想のアンドロイド。のはずだった。しかし現実は厳しく、三姉妹に輪をかけた問題児になりつつある。
一号機さん。
雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。
目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。
和服が似合う。愛刀は栗原筑前守信秀。通称因業ババア。
三号機さん。
雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。
小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。
基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。
板額さん。
板額型戦闘アンドロイド一番機。
高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。
■人類編。
長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)
えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(艦長なので中佐相当)。
ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。
三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)
えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)
長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。
源清麿。(みなもと きよまろ)
えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)
三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病オヤジ。美形。
同田貫正国。(どうたぬき まさくに)
えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。
一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。
三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)
えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。
方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。
長曽禰興正。(ながそね おきまさ)
えっち星人。宇宙巡行戦艦・不撓不屈所属の宙尉(大尉相当)。
超有能なのだが、その唐変木ぶりで未だに宙尉のまま。虎徹さんの実のお兄さん。
郷義弘。(ごうのよしひろ)
宇宙巡行戦艦・不撓不屈の宙尉補(中尉相当)。
歴とした女性。事務仕事にかけては有能だが、とんでもない方向音痴。
■その他。
補陀落渡海。(ふだらくとかい)
えっち星、えっち国宙軍宇宙艦。亜光速航行による外宇宙航行艦(ただし、事故で亜光速航行ユニットを失っている)。駆逐艦とされているが、現実には巡洋艦である。
現在はモスボール処理がなされ、パークに展示されている。
なお、メインコンピューターも補陀落渡海と呼ばれ、ロボ子さんの友人でもある。
不撓不屈。(ふとうふくつ)
えっち星、えっち国宙軍宇宙艦。補陀落渡海は亜光速ユニットによるタイムジャンプ航法で恒星間航行をしていたが、この艦はワープ航法が可能になっている。ワープポイント間を一瞬で結ぶことができる。
宇宙巡洋戦艦。地球名は「ドーントレス」にしたかったとも言う。
現在は地球衛星軌道を回っている。
タイムジャンプ。
亜光速による恒星間航行技術。
亜光速にまで加速するので、その宇宙船と乗員にとっての時間の流れは遅くなる。補陀落渡海は三五光年を四五年かけて移動したが、船内時間では二年と少しだった。
それをタイムマシン、時間旅行になぞらえて、タイムジャンプ航法と俗称する。
ちなみに、その用語を使っているSFは『闇の左手』しか知らないのですが、他にもありますかね。