キャベツ畑でつかまえて。⑩
秋葉原クリエイティ部さんによるボイスドラマ版です。ロボ子さんがかわいい!
【声小説】ロボ子さんといっしょ。#1 『ロボ子さん、やって来る。』
https://www.youtube.com/watch?v=KIUl9cy5KOk
【声小説】ロボ子さんといっしょ。#2 『ロボ子さん、問い詰める。』
https://www.youtube.com/watch?v=Z-p62vz-x4Q
【声小説】ロボ子さんといっしょ。#3 『ロボ子さん、求婚される。』
https://www.youtube.com/watch?v=KwDrMReU_Bw
「いいかい?」
清光さんが言った。
「十四夜亭にはルールがある。相手の名前を聞かないこと。相手がどこから来たか聞かないこと。これはおれが作ったルールじゃない。以前からずっと続くルールだ。このルールを破れば、このテーブルをセットしてくれた魔女か神さまは怒り狂うだろう」
「つまりそれは、あのご老人の名前を確認出来ないと言うことか。氏姓まで含めて」
直立不動で敬礼したままのお兄さんが言った。
「そうです。おれもここが本星だと確認したことはないんです。どうやらそのようだと思うだけ。あの人、あの常連さんね。特にそこら辺きっちりしてる人で、ほんの少しもここがどこであるか、口を滑らしてくれない」
あぜ道を野良雪月さんと肩を並べて歩いてくるご老人。
虎徹さんとお兄さんの実のおじいさんにそっくりなのだ。
「おい、兄貴。うちの一族に農家いたっけか」
虎徹さんも直立不動で敬礼したままだ。
「知らん。付き合いがないところまで遡らなければならないなら、紋章院にでも調べて貰うしかない」
この兄弟が緊張しているのには理由がある。
というより、恐れている。
長曽禰家の男としておじいさんもまた、提督まで務めた海軍軍人だ。おそろしく厳格で、地上にやって来た頃のお兄さんを更に酷くして、酷い部分だけを抽出したような人だという。愛犬が死んで泣いたお兄さんを軟弱だと殴りつけた、そんな人なのだ。
そのおじいさんそのものにしか見えないご老人が、あぜ道を歩いてくる。
ふたりの顔に脂汗がにじむ。
「清光、おまえ、それでおれたち兄弟を呼んだのかよ……」
虎徹さんが言った。
「知らないよ。なんでおれが、あんたたちのじいちゃんを知ってなきゃいけないんだ。だいたい、さっきも言ったとおり、素性がわかるような会話はマナー違反とされているんだぜ」
「で」と、好奇心をにじませた声で清光さんが言った。「なに、彼、あんたらのじいちゃんなの? そんなすごい偶然ってあるの?」
「死んでる」
と、虎徹さん。
「とうに亡くなっている。しかし、この十四夜亭は、空間だけでなく時間も自由に行き来できるのかもしれない」
と、お兄さん。
「実はその通りなのですが、へえ、宙尉の口からそんなロマンチックな言葉が聞けるとは意外でしたね」
「いや……」
お兄さんはちょっと視線を落とした。
神無さんはのほほんとしているが、ロボ子さんも視線をあさってに向けて挙動不審になっている。ロボ子さんと神無さんはかつて、パークの社屋から十数年前のえっち星のコンサートに飛ばされたことある。そしてお兄さんはそれを目撃していたりする。超常現象に免疫がないわけじゃないのだ。
そしてロボ子さんは、更に別件でもえっち星に飛んだこともあるし、それ以外にもいろいろやらかしていたりする。
「SFを少々、嗜んでいた……」
顔をそらし、お兄さんが言った。
『そうですよね、私も11次元の歪みを、少々……』
ロボ子さんも顔をそらして言った。
その間も、ご老人はずんずんやってくる。歩き方が軍人のそれである。
「今がいつかも聞けないのか?」
虎徹さんが言った。
タイミング的に最後の質問だ。
「だめ。それもまた『どこから来たか』だろ。コスプレなのか、そのままなのか、殿さまや騎士さんみたいな格好した人もうちには来るんだ」
ご老人はテーブルの前までやってきた。
そして、ぴたりと立ち止まった。
あくまでも姿勢はよく、どこからみても軍人ぽい。
「やあ。この日を楽しみにしておったよ、加州清光くん」
ご老人が言った。
その一言に皆が思った事を、実際に口にできるのはこの人しかない。神無さんが声を張り上げた。
『名前、知ってるじゃないですか!』
この時ばかりは「神無さん、グッジョブ!」とみなが思ったものだ。
ご老人は、にやりと笑った。
無駄に凄みがある。
「ああ、相手の名前を聞かないこと――かね。彼はこの場を提供してくれている十四夜亭の店主だ。彼とシェフの野良雪月さんの名前を知っていることに問題はない。そのかわり店主は私の名を知らん。そうだな、店主」
「はい。あなたの名前も、ここがどこであるかも存じません」
清光さんが言った。
「よろしい。さて君たちが、店主のいう、今日、同席するゲストか」
「はい、みな私の友人です。同席のご快諾を感謝いたします」
「ところで、そこのふたりの御仁は、どうして敬礼をしているのかな」
「……」
「……」
聞きたい!
名前を知りたい!
ジリジリとそう思いながら、虎徹さんとお兄さんは手を下ろした。
自分たちを見て反応が無いのだから、やはり他人の空似だ。しかし、あくまでとぼけているだけかも知れない。あの爺さんは、そういう爺さんだ。
「私たちは軍人で……」
「つい、習慣で……」
「そうかね。知っての通り、ここでは自己紹介ができん。私はただ、こんにちは、とだけ挨拶させてもらうよ。さあ座ろうか、君たちも」
みなが席に着き、清光さんが給仕をはじめた。野良雪月さんのワゴンから皿を並べていく。
緊張感が漂っている。
その中で、やはりのんびりした声をあげたのは神無さんだ。
『野良雪月さんは、おじいさんの家で、これを調理したんですよね』
なにを言うつもりなのだろう。
ロボ子さんや虎徹さんにお兄さんは、今度はそっちに緊張している。
『おじいさんのご家族には食べていただかなくていいんですか。おじいさんだけおいしいものを頂いて、お孫さん怒りませんか』
たまに!
そう、たまに!
先ほどといい、たまにこの突撃娘は輝くのだ!
ご老人は苦笑いを浮かべた。
「それは、素性を話すことに抵触しないかね。しかしまあ、あまり堅いことも言うまい。息子夫婦や孫たちにも振る舞われているよ。野良雪月さんの同じ料理が」
つまり。
つまり、この老人には息子夫婦がいる。孫は結婚するほどの年ではないようだ。
うちの爺さんの息子は親父しかいないし、今の言葉を信じるならば別人だ。
いや、おじいさんに別の家庭、家族がいたらどうする。おれたちを見て反応しないのも、十四夜亭のルールを守っているだけという解釈以外にも、強固な意志でそう装っているのだと解釈することも可能だ。
話を複雑にするな、兄貴。
願望や思い込みで思考を狭めるのは愚か者のすることだ、弟。
訓練された目配せで兄弟が会話している中、神無さんがのんびりと話題を締めた。
『それは良かったですー』
そしてまた、なんともいえない緊張感ただようテーブルに戻った。
「さて、このテーブルは」
清光さんが言った。
「いつものように、こちらの農園でとれた新鮮なキャベツを使用した料理を楽しんで頂く趣向でございます。一皿目は、十四夜亭スペシャルメニュー、キャベツでろでろ煮。そこのふたりの希望でございます」
えっ!と、みな手元を見た。
今までそれどころじゃなかったのだ。
たしかに、皿に一口サイズが載せられているだけだが、あの虎徹スペシャルが目の前にある。そして、敗残したサタンが地獄の底でうめいているような、その声が聞こえてきたのだった。
「加州清光くん……」
「はい」
「これは、うちのキャベツなのだろうか……」
「さようでございます」
「手塩にかけて育てたうちのキャベツが、このような変わり果てた姿になっているのだろうか……」
「はい、そのとおりでございます」
虎徹さんとお兄さんは、この時、生きた心地がしなかったという。
心臓が重機関銃のように高鳴り、汗が、人としてどうなのだというほどに噴き出してきたのだという。
『でも。食べてみないとわかりませんよー、おじいさん』
と、神無さん。
『このふたりが、どこまで野菜という存在を愚弄しているのかー』
余計なこと言うな!
煽るな、突撃のほほん娘!
「ほんの一口でございます。そこのふたりの思い出の一品だというキャベツ料理をお試しあれ」
と、清光さん。
ちくしょう! 清光のやつ、宙軍士官学校での意趣返しをしてやがる……!
ぎろり!
眼光鋭く兄弟を睨んだご老人、眉間に深い皺を寄せながらフォークとナイフを手に取った。しかし、すぐにナイフが必要ないことがわかった。
「流動食ではないか、これでは。これを料理というのか、君たちは……」
フォークででろでろキャベツを半分に切り、そして口に運んだ。
ごくり。
虎徹さん、お兄さんだけではない。全員が息を呑んだ。
全員が、やがて来る噴火に備えた。
「あれ、うまい」
ご老人が言った。
全員が、頭をテーブルに打ち付けたのだった。
■登場人物紹介・十四夜亭編。
加洲清光。(かしゅう きよみつ)
店主。えっち星人。
宙軍士官学校では虎徹さんや典太さんと同期。密航者として、補陀落渡海の航海に匹敵するほどタイムジャンプを繰り返していたので、虎徹さんたちと同い年のままのように見える。
野良ロボ子さん。
料理担当。アンドロイド、モデル雪月。
前のマスターである「おばあちゃん」の記憶を消されるのが嫌で野良になった雪月。ただし、記憶だけは引き継いでいるが、今の体は二代目。生まれたてのアンドロイドと同じように初々しいしゃべり方をする。
鉄太郎。(てつたろう)
黒柴。十四夜亭で飼われている犬。
人懐っこすぎて、番犬としては意味をなさない。
■アンドロイド編。
ロボ子さん。
雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。
本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。
時代劇が大好き。通称アホの子。
神無さん。
雪月改のさらに上位モデルとして開発された神無試作一号機。
雪月改三姉妹の、特に性格面の欠点を徹底的に潰した理想のアンドロイド。のはずだった。しかし現実は厳しく、三姉妹に輪をかけた問題児になりつつある。
一号機さん。
雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。
目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。
和服が似合う。愛刀は栗原筑前守信秀。通称因業ババア。
三号機さん。
雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。
小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。
基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。
板額さん。
板額型戦闘アンドロイド一番機。
高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。
■人類編。
長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)
えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(艦長なので中佐相当)。
ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。
三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)
えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)
長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。
源清麿。(みなもと きよまろ)
えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)
三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病オヤジ。美形。
同田貫正国。(どうたぬき まさくに)
えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。
一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。
三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)
えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。
方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。
長曽禰興正。(ながそね おきまさ)
えっち星人。宇宙巡行戦艦・不撓不屈所属の宙尉(大尉相当)。
超有能なのだが、その唐変木ぶりで未だに宙尉のまま。虎徹さんの実のお兄さん。
郷義弘。(ごうのよしひろ)
宇宙巡行戦艦・不撓不屈の宙尉補(中尉相当)。
歴とした女性。事務仕事にかけては有能だが、とんでもない方向音痴。
■その他。
補陀落渡海。(ふだらくとかい)
えっち星、えっち国宙軍宇宙艦。亜光速航行による外宇宙航行艦(ただし、事故で亜光速航行ユニットを失っている)。駆逐艦とされているが、現実には巡洋艦である。
現在はモスボール処理がなされ、パークに展示されている。
なお、メインコンピューターも補陀落渡海と呼ばれ、ロボ子さんの友人でもある。
不撓不屈。(ふとうふくつ)
えっち星、えっち国宙軍宇宙艦。補陀落渡海は亜光速ユニットによるタイムジャンプ航法で恒星間航行をしていたが、この艦はワープ航法が可能になっている。ワープポイント間を一瞬で結ぶことができる。
宇宙巡洋戦艦。地球名は「ドーントレス」にしたかったとも言う。
現在は地球衛星軌道を回っている。
タイムジャンプ。
亜光速による恒星間航行技術。
亜光速にまで加速するので、その宇宙船と乗員にとっての時間の流れは遅くなる。補陀落渡海は三五光年を四五年かけて移動したが、船内時間では二年と少しだった。
それをタイムマシン、時間旅行になぞらえて、タイムジャンプ航法と俗称する。
ちなみに、その用語を使っているSFは『闇の左手』しか知らないのですが、他にもありますかね。




