キャベツ畑でつかまえて。⑧
秋葉原クリエイティ部さんによるボイスドラマ版です。ロボ子さんがかわいい!
【声小説】ロボ子さんといっしょ。#1 『ロボ子さん、やって来る。』
https://www.youtube.com/watch?v=KIUl9cy5KOk
【声小説】ロボ子さんといっしょ。#2 『ロボ子さん、問い詰める。』
https://www.youtube.com/watch?v=Z-p62vz-x4Q
【声小説】ロボ子さんといっしょ。#3 『ロボ子さん、求婚される。』
https://www.youtube.com/watch?v=KwDrMReU_Bw
『清光さん』
「なんでしょう、野良さん」
『なんだかんだいって、ときどきそれ食べてますよね。自分で作って』
「野良ちゃんが作ってくれないから」
『もう作りたくありません』
バックヤードの小さなテーブルに置かれているのは、一口大の虎徹スペシャルだ。
「まずいんだよなあ。ほんと、まずいんだ。まずいところまで再現しなくてもいいのになあ。でも、このまずさがおれに思い出させてくれるんだ」
『はあ』
「血と涙と汗ってのをさ」
『はあ』
清光さんはただ笑うだけだ。
「さて、野良雪月さん」
『はい、加州清光さん』
今度は十四夜亭のテーブルで向き合うふたりだ。
店が閉まった午後九時過ぎ。
ふたりの打ち合わせと経営会議だ。
「野良雪月さんは、ぼくにナイショにしているお客さんがいますね?」
清光さんが言った。
『はい』
「その人は、ずいぶん大食漢のようですね」
『はい』
「仕入れとその日のオーダーから予想されるゴミより、ずいぶん少ないのです。ていうか、まったく生ゴミが出ない日もあるようなのです」
『ゴミは私が出しているのに、なぜわかったのです』
「今は、ぼくが質問しているのです」
『はい』
清光さんは渋面で腕を組んだ。
「まあ、あっさり認めるとは思わなかったよ。こればかりは生まれたばかりで素直な雪月でよかったぜ。前の野良ちゃんなら、老練にのらりくらりごまかしていただろうからな。なかなか他人行儀が直らないのはさみしいけどさ。君、ほんとに記憶あるんだろうね。ときどき不安になるよ」
『ありますよ。清光さんに胸触られたの覚えてますよ』
「そういうのは忘れろよ」
『あと、清光さんが虎徹さんの前で泣いたのも』
「おまえは、自分で後ろ手に縛っておきながら、そいつに『腕出せー』とか叫んでたよな!」
『ドジっ子は萌えでしょ! 萌えでしょ!』
「萌えられるか、あんな状況で! あんときゃおれ、笑っちゃ悪いし、どうしたもんだろうなと割と本気で困ったんだぞ! いや、その話じゃねえだろ、今は!」
『おなか空かしてやって来たんですよ。普段いるところは、食べるものが少ないんだそうです。なにかあげたくなるじゃないですか』
「野良猫や鉄太郎じゃないんですから」
どうやら、清光さんにはその子の正体がバレている模様。
「とにかく見つからないようにしてくれよ。うちで扱うには、スペクタクルがすぎる。おれの手に余る。ところで」
『はい』
「ときどき、ふだんの倍のケーキ焼いていることありますね、野良さん」
そこまで気づいていたのかと、野良雪月さんはさすがにうろたえたようだ。
『スイーツをあげると、すごく嬉しそうな顔をするので……』
「赤字を出さないように、くれぐれも注意してください」
清光さんは、そうこの話を締めた。
「さて、今夜の料理だけど――」
「散歩いくぞ、鉄太郎」
「ばう!」
今日もいい天気だ。
野良ちゃんにも困ったものだ。
どうやってあんなでかいのを呼び寄せたのやら。
まあ、それが十四夜亭だ。
不思議が当たり前にあるところなのだから。
風が渡る。
遠くに補陀落渡海。振り返れば十四夜亭。
のどかだな。
なんてのどかなんだ。……。
野原に腰を落とし、鉄太郎くんが走り回るのを見ていた清光さん。
いつの間に眠ってしまったようだ。
パッと光った。
連れ込んだ薄暗い路地裏で、目が痛むほど、それが光った。
マズルフラッシュ。
「逃げるなよ。無駄に身体動かすんじゃねえよ」
それを言ったのは自分だ。
「肘と膝だけでいいんだよ。違うところに当たったらどうすんだ。おれは、殺人者になりたくはねえんだよ」
「やめてくれ、あれは違うんだ」
その男は両膝を撃ち抜かれ、這いつくばるしかない。
「人違いだったんだ。カンベンしてくれ、たのむ、もう許してくれ」
「許す許さねえじゃねえだろ。そんな道徳の話してねえよ。おまえたちは、おれの夢をおれから奪った。そういう話なんだよ」
おれは、男の肩を思い切り踏みつけた。
男が悲鳴を上げた。
肩が外れたのだ。
「よし。これで撃てる」
そして足で男の腕を押さえつけ、肘を撃った。
蹴って仰向けにすると、男は白目を剥いて泡を吹いていた。気絶したのか、こりゃ楽だと思った。そして、もう片腕の肘を狙い――
銃のトリガーを――
「ハッハッハッ」
清光さんは目を開けた。
鉄太郎くんにベロベロに顔を舐められている。
「……」
現実感がなかなか戻らない。
夢の途中で起こされて、清光さんはぼうっとしている。
「疲れているのかね、慣れていないことばかりで」
清光さんは、はっと周囲を見渡した。
ジェット型ヘルメットを被った初老の男性が、道にバイクを停めて清光さんを見ていた。
鉄太郎くんはその男性に飛びかかっていった。
尻尾をちぎれんばかりに振りながら。
「よしよし、元気だったか、鉄太郎」
清光さんは、まだぼうっとしている。
「……戻ってきていたのですか――地球に」
初老の男性は、鉄太郎くんをわしゃわしゃと撫でながらゴーグルの奥で片眉を上げた。
「まだ夢を見ているのかね、清光くん」
初老の男性がいった。
「ワシの足は地上に縛り付けられているよ。ずっとな」
清光さんは苦笑いを浮かべ、立ちあがって服についた草を払った。
「十四夜亭はどうだね、清光くん」
「なんとかなってます。あなたが残してくれたお客と評判と、相棒の有能さのおかげで」
初老の男性は、清光さんの顔をまじまじと見つめてきた。
「なんです?」
「そろそろ飽きたかな?」
清光さんは顔をしかめた。
「そう見えるんですか?」
「君にあの十四夜亭を任せたのは、むしろ残酷なことをしてしまったんじゃないかと考えることがある」
「おれは、そんな風来坊ってわけじゃないですよ」
「でも、コンサバなタイプでもないよね」
たしかにね。
復讐が生きるために必要だったころ、エプロン巻いていらっしゃいませと愛想を振りまく日が来るとは想像もしていなかった。そしてその前は、宇宙艦の艦長になることだけが夢だったんだ。
先の事なんてわからないさ。
誰にも。
神さまにも。
「ひとつだけ」
と、清光さんが言った。
「将来、なにかがあって。つらくてつらくてしょうがなくて。死んだほうがマシだって思う毎日を送るようになったとして。そうしたらきっと、おれは今の十四夜亭での日々の夢を見るでしょう」
初老の男性は嬉しそうに「そうかね」と笑った。
「食ってかないんですか」
「そのうち寄らせてもらうよ。野良によろしくな」
男性は鉄太郎くんをひと撫でして、オリーブ色のスズキSW-1で走っていった。
『お帰りなさーい』
野良雪月さんは忙しく厨房を動き回っている。
初老の男性にそうされたように、今度は清光さんが野良雪月さんを見つめた。
『なんです?』
「覚えているっていったよな」
清光さんが言った。
「じゃあ、おれたちが初めて会ったときの事を覚えているか?」
『あんた、私と同じ匂いがした』
間髪を入れず、野良雪月さんが言った。
清光さんはくしゃっと笑った。
まいったね。
やれやれ、なんでおれと同じ台詞を思い出すの。その前にもおれたち会話したよね、たしか。それなのに、君もそれを最初に言うのね。
「おれは感謝している。君に」
『どうしたんです』
「君と会えたことに。あのとき君に声をかけて貰えたことに。この地球に。この宇宙に。すべてに感謝する。くさい? でも、たまには口に出してもいいじゃん」
『本当にどうしたんです』
「あの人に会った。来てた。野良ちゃんによろしくってさ。それでさ、おれは君を抱きしめたくなったんだ」
『とびますね、話が。私、えっちな機能ないですよ。一度言いましたよね』
「する気もねえよ。ただ抱きしめたいんだよ、君を」
野良雪月さんは返事をしなかったが、清光さんはつかつかと歩み寄り野良雪月さんを抱きしめた。
「ありがとう」
清光さんが言った。
野良雪月さんも抱きしめてきて、清光さんはおやっと思った。
『行ってしまうの?』
清光さんの胸に顔を埋めたまま、野良雪月さんが言った。
『いいよ。私こそありがとう。清光と過ごせた毎日は楽しかった。十四夜亭も楽しかった。私は大丈夫。また野良に戻るだけ。今度はおばあちゃんと清光のふたり分の思い出があるから、きっと楽しく生きていけるよ』
清光さんは苦笑を浮かべた。
「どうしてみんな、おれを風来坊にしたがるんだ。それは、おれの人生のほんの一〇年だけのことなんだぜ」
野良雪月さんが顔をあげた。
『行ってしまうんじゃないの?』
清光さんは、野良雪月さんの頬を両手で包んだ。
「おばあちゃんに言われたことあるんだろ。おれも言ってやる。『馬鹿な子だ』」
『……』
「おれはどこにも行かない。おれはここで君と生きるんだ」
野良雪月さんは微笑んだ。
『うれしい』
「聞いてくれ。今夜の客はもう決めてある。こんなおれにも尊敬する人や、親友と呼べるヤツがいる。おれはやっと引け目を感じることなく彼らと会うことができるんだ。この十四夜亭と君がいてくれるから、おれは胸を張って、あの人たちを招待することができるんだ。だから――ありがとう、野良ちゃん」
『腕によりをかけないと』
「そうさ。がんばってくれよ」
厨房をのぞきこみ、鉄太郎は盛んに尻尾を振っている。
宇宙の片隅の、地球の片隅の、日本の片隅の、そんな十四夜亭。
そして夜12時。
ドアが開かれる。
「十四夜亭にようこそ!」
■登場人物紹介・十四夜亭編。
加洲清光。(かしゅう きよみつ)
店主。えっち星人。
宙軍士官学校では虎徹さんや典太さんと同期。密航者として、補陀落渡海の航海に匹敵するほどタイムジャンプを繰り返していたので、虎徹さんたちと同い年のままのように見える。
野良ロボ子さん。
料理担当。アンドロイド、モデル雪月。
前のマスターである「おばあちゃん」の記憶を消されるのが嫌で野良になった雪月。ただし、記憶だけは引き継いでいるが、今の体は二代目。生まれたてのアンドロイドと同じように初々しいしゃべり方をする。
鉄太郎。(てつたろう)
黒柴。十四夜亭で飼われている犬。
人懐っこすぎて、番犬としては意味をなさない。
■アンドロイド編。
ロボ子さん。
雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。
本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。
時代劇が大好き。通称アホの子。
神無さん。
雪月改のさらに上位モデルとして開発された神無試作一号機。
雪月改三姉妹の、特に性格面の欠点を徹底的に潰した理想のアンドロイド。のはずだった。しかし現実は厳しく、三姉妹に輪をかけた問題児になりつつある。
一号機さん。
雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。
目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。
和服が似合う。愛刀は栗原筑前守信秀。通称因業ババア。
三号機さん。
雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。
小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。
基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。
板額さん。
板額型戦闘アンドロイド一番機。
高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。
■人類編。
長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)
えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(艦長なので中佐相当)。
ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。
三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)
えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)
長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。
源清麿。(みなもと きよまろ)
えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)
三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病オヤジ。美形。
同田貫正国。(どうたぬき まさくに)
えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。
一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。
三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)
えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。
方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。
長曽禰興正。(ながそね おきまさ)
えっち星人。宇宙巡行戦艦・不撓不屈所属の宙尉(大尉相当)。
超有能なのだが、その唐変木ぶりで未だに宙尉のまま。虎徹さんの実のお兄さん。
郷義弘。(ごうのよしひろ)
宇宙巡行戦艦・不撓不屈の宙尉補(中尉相当)。
歴とした女性。事務仕事にかけては有能だが、とんでもない方向音痴。
■その他。
補陀落渡海。(ふだらくとかい)
えっち星、えっち国宙軍宇宙艦。亜光速航行による外宇宙航行艦(ただし、事故で亜光速航行ユニットを失っている)。駆逐艦とされているが、現実には巡洋艦である。
現在はモスボール処理がなされ、パークに展示されている。
なお、メインコンピューターも補陀落渡海と呼ばれ、ロボ子さんの友人でもある。
不撓不屈。(ふとうふくつ)
えっち星、えっち国宙軍宇宙艦。補陀落渡海は亜光速ユニットによるタイムジャンプ航法で恒星間航行をしていたが、この艦はワープ航法が可能になっている。ワープポイント間を一瞬で結ぶことができる。
宇宙巡洋戦艦。地球名は「ドーントレス」にしたかったとも言う。
現在は地球衛星軌道を回っている。
タイムジャンプ。
亜光速による恒星間航行技術。
亜光速にまで加速するので、その宇宙船と乗員にとっての時間の流れは遅くなる。補陀落渡海は三五光年を四五年かけて移動したが、船内時間では二年と少しだった。
それをタイムマシン、時間旅行になぞらえて、タイムジャンプ航法と俗称する。
ちなみに、その用語を使っているSFは『闇の左手』しか知らないのですが、他にもありますかね。




