キャベツ畑でつかまえて。⑦
秋葉原クリエイティ部さんによるボイスドラマ版です。ロボ子さんがかわいい!
【声小説】ロボ子さんといっしょ。#1 『ロボ子さん、やって来る。』
https://www.youtube.com/watch?v=KIUl9cy5KOk
【声小説】ロボ子さんといっしょ。#2 『ロボ子さん、問い詰める。』
https://www.youtube.com/watch?v=Z-p62vz-x4Q
【声小説】ロボ子さんといっしょ。#3 『ロボ子さん、求婚される。』
https://www.youtube.com/watch?v=KwDrMReU_Bw
「あんた、長曽禰というのか」
宙軍士官学校の廊下で話しかけてきた男がいる。
加州清光。
この有名人からの接触に、虎徹さんはちょっとだけ緊張してしまった。
まず、お断りさせていだく。
えっち星人がみな漢字の名前を持っているのは、地球、日本で暮らしていくために、虎徹さんが宇宙駆逐艦補陀落渡海クルー一人一人に日本名をつけたからだ。どういうわけか刀や刀工の名前に偏っているのは、地球文化そして日本文化を勉強しはじめた彼が、あっという間に日本史マニアになってしまったかららしい。ロボ子さんの時代劇好きというのは、案外、彼の影響なのかも知れない。
もちろん、彼らは本名を持っている。
だが、ここで本名で会話をさせるのもややこしい。
そもそも、主に中の人の好みで、「宇宙人だからとカタカナの名前にするのが、なんかすごい嫌」で、こんな設定にしてしまったわけでもある。そういうわけで、彼らの言う「ソウルネーム」で、過去の話も進めさせていただきたい。
さて。――
「ああ、そうだ」
虎徹さんは少しびびっている。
むこうはどうやら今日初めて虎徹さんを知ったらしいが、こちらはからは知っている。違う寮なので会話したことは記憶の限りないが、今年の一年にはとんでもない秀才がいると話題になっている男だからだ。
「つまりさ、あんた、あの長曽禰興正の弟?」
「そうだ」
「あんたも、彼のように優秀なのかい?」
ずいぶん不躾なヤツだと、虎徹さんは思った。
「おれは、一族のできそこないだ。兄貴のようにはいかん」
「士官学校に入学が決まったとき、高校の教師にさんざんおどかされてな。おれなんか足元にも及ばない男がいるのだと。任官拒否で教師になった男だが、後輩にとんでもないのがいたんだとさ。長曽禰興正。入学してから調べてみたら、確かにそのようだ。今のおれでは、彼には勝てないようだ」
うちの兄貴は優秀だとは聞くが、そこまで名前が轟いていたのか。
子供の頃から比べられ、そのうち比べられなくなった。
海軍卿も輩出した長曽禰家の新たなる麒麟児。
そういう優秀なのが上にいれば、下は楽だ。順番が逆だと問題になりそうだが、幸い順番通りにおれたちは生まれた。
「おれは」
と、清光さんが言った。
「あんたの兄貴に勝ちたい」
「そうか、頑張ってくれ」
軽く受け流して歩き始めた虎徹さんの肩を、清光さんが掴んだ。
「加州清光だ。おれの名は加州清光」
知ってるよ、有名人。
「あんたの名前を聞いていいか」
「虎徹。長曽禰虎徹だ」
「虎徹――虎徹くん。覚えておいてくれ、おれの名と、おれが言ったことを」
さっと背を向け、清光さんは歩いていった。
なんだかな。
虎徹さんは思った。
おれたちとは纏う空気すら違う人間ってのは、ほんとにいるもんだ。
纏う空気すら違う清光さんの快進撃は続いた。
ふうん、兄貴なんかとっくに抜いているんじゃないのか、こいつ。
虎徹さんは思った。
しかし、こんなすごいやつが負けたくないと闘志を燃やすほど、うちの兄貴ってのはすごい男なのか。そんなことも思った。だとしたら、もっと見直してやらないといけないな、兄貴のことを。
そして虎徹さんは出くわしてしまった。
清光さんが萎んでいるのを。
寮が違うから食事のテーブルも違う。だからその日まで、彼の苦悶に気づかなかった。あのキャベツのでろでろ煮を前に、清光さんが脂汗を流していたのである。
なにやら、やつれているようにも見える。
纏う空気が、どんよりとしたものになっているようにも見える。
「どうした、加州清光」
幸いとなりのテーブルだったので、ハウス・マスターに見つからないように友人に席を入れ替わって貰い、背中越しに声をかけてみた。
「……長曽禰虎徹か」
清光さんが声を返してきた。
小声と言うだけではなく、弱々しい。
「まさかと思うが」
「……」
「そいつを食えなくて困っているのか?」
「……」
「他の連中もそうだが、舌がおかしいんじゃないのか。うまいじゃねえか」
これには、虎徹さんのささやきが聞こえた周囲の学生が、全員「うっ!」と噴き出しかけた。
「おまえの舌がおかしいんだ、長曽禰虎徹」
「上品な舌にあわなくても食え。もたないぞ」
「わかっているさ! わかっている……ちくしょう!」
いるらしい。
ここの食事に音を上げて、やめるヤツが。
そのためにわざと出してるという噂だってある。星系内宇宙艦ならともかく、恒星間宇宙艦ではなにがあるかわからない。粗食に耐えられなければやっていけないのだ。
ふうん。
ばからしい。なんだ、加州清光ってのはこの程度の男だったのか。
「あのな、加州清光。おれの兄貴な、長曽禰興正な。そいつを食ってあの図体になったんだぜ。うちは毎日こんなもんだった」
「……」
背中越しのひそひそ話だから、表情などわからない。だが、空気が変わったのは、虎徹さんにも伝わってきた。
「そんでな。おれだってガキの頃は、もっと違うモンが食べたいときもあった。でも兄貴に殴られたよ。あっちだってまだガキだった頃の兄貴にだぜ。『軍人は出された食事に文句をつけてはいけない!』だとさ」
「長曽禰虎徹」
ハウス・マスターが目を光らせてきた。「それは、独り言か?」
「はい、ハウス・マスター!」
虎徹さんは着席したまま背を伸ばした。
「暗記しなければならない事を頭の中で諳んじていたつもりが、声に出してしまっていたようであります!」
「よろしい。食事中は静かにするように」
「はい、ハウス・マスター!」
背後から、うなり声が聞こえてきた。
猛然と、そして獣のように、加州清光がキャベツにかぶりついている。食事室の一年生四〇〇人と教授たち。みな、その勢いに圧倒されている。
おいおい、大丈夫かよ。
さっきまで、死ぬような顔をしていた男が、だぜ。――
「ああ、すげえや」
虎徹さんは思った。
成績がいい、運動もできる。そこまでは文字通り他人事だった。そういうヤツもいるさ。だが、この加州清光という男は持っている。優秀な兄と比べられ、くやしさすら感じなくなっていたおれにはないものを、この男は持っている。
おれは、この男と机を並べている。
この男と、おれは同じ校舎で学んでいる。
虎徹さんもキャベツを食べ始めた。獣のように。
「あ」
そんな声を上げたのは、虎徹さんが席を替わってもらった友人さんだ。自分が移動した席の皿は、虎徹さんに食べられてとっくに空だ。今日は理不尽に夕飯抜きだ。
「長曽禰虎徹という男は、そういう男だ」
そんな意識を胸の奥に刻み込むことになったのは、のちの三池典太さんである。
競うように、清光さんと虎徹さんはキャベツを食べた。
虎徹さんは二個目を。
負けたくない。
こいつには負けたくない。虎徹さんは生まれて初めてそう思った。
あれから一〇年と三六光年。
虎徹さんは長曽禰家の大きなテーブルで苦笑した。
「ロボ子さんは、馬鹿舌だと怒るけどさ。あんなキャベツ煮にも、それなりの思い出とかあったりするわけさ。血と涙と汗というか、な」
目の前では、世紀末救世主伝説ファッションで、お兄さんがお茶を飲んでいる。
「まあ、兄貴にはなさそうだよなあ、そういうの」
事実なので、お兄さんは反論しない。
だいたい、キャベツ煮の血と涙と汗の思い出って、なんなのだ。
「弟」
空になった湯呑みをおいて、お兄さんが言った。
「今夜、つきあってくれないか。そろそろ決着をつけよう、十四夜亭の謎と」
「あん?」
「どうしても眠ってしまうのだ。だから、どちらかが眠りそうになったら、殴ってでも起こす。今日こそ、朝まで――おい、おまえはなにを喜んでいるのだ、弟」
「殴ってもいいのか、兄貴を……」
虎徹さんの顔に浮かんでいるのは愉悦だ。
「おまえは何を言っているのだ」
『先輩、先輩!』
台所から、神無さんの跳びはねるような声が聞こえてきた。
『今夜、お兄さんを殴っていいんだそうですよ! 合法的に殴れるそうですよ!』
『マジですか、後輩!』
ロボ子さんの声も歓喜に満ちている。
「君たちは、なにを考えているのだ!」
お兄さんの危機である。
もちろん、いいことばかりが思い出じゃない。
キャベツ煮の件以来よく話すようになり、ふたりは親友と呼べる仲になった。虎徹さんはやる気を出し、清光さんが筆頭だった「三羽ガラス」の一角を占めるようになった。
しかし二年後。
清光さんは士官学校から姿を消した。
それは清光さんにとっても青天の霹靂だったのだが、当時の虎徹さんがそれを知るはずもなかった。ただ、一人残された。なにも残さず、一言もなく、親友だと思った男が行ってしまった。
虎徹さんは、どうしようもない喪失感をかかえたまま、その後を生きたのだ。
宙軍士官学校三羽ガラス。
右の赤毛が虎徹さん。左の黒髪が加州清光さん。中央の小柄なひとはのちのえっち星領事。
■登場人物紹介・十四夜亭編。
加洲清光。(かしゅう きよみつ)
店主。えっち星人。
宙軍士官学校では虎徹さんや典太さんと同期。密航者として、補陀落渡海の航海に匹敵するほどタイムジャンプを繰り返していたので、虎徹さんたちと同い年のままのように見える。
野良ロボ子さん。
料理担当。アンドロイド、モデル雪月。
前のマスターである「おばあちゃん」の記憶を消されるのが嫌で野良になった雪月。ただし、記憶だけは引き継いでいるが、今の体は二代目。生まれたてのアンドロイドと同じように初々しいしゃべり方をする。
鉄太郎。(てつたろう)
黒柴。十四夜亭で飼われている犬。
人懐っこすぎて、番犬としては意味をなさない。
■アンドロイド編。
ロボ子さん。
雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。
本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。
時代劇が大好き。通称アホの子。
神無さん。
雪月改のさらに上位モデルとして開発された神無試作一号機。
雪月改三姉妹の、特に性格面の欠点を徹底的に潰した理想のアンドロイド。のはずだった。しかし現実は厳しく、三姉妹に輪をかけた問題児になりつつある。
一号機さん。
雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。
目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。
和服が似合う。愛刀は栗原筑前守信秀。通称因業ババア。
三号機さん。
雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。
小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。
基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。
板額さん。
板額型戦闘アンドロイド一番機。
高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。
■人類編。
長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)
えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(艦長なので中佐相当)。
ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。
三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)
えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)
長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。
源清麿。(みなもと きよまろ)
えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)
三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病オヤジ。美形。
同田貫正国。(どうたぬき まさくに)
えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。
一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。
三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)
えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。
方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。
長曽禰興正。(ながそね おきまさ)
えっち星人。宇宙巡行戦艦・不撓不屈所属の宙尉(大尉相当)。
超有能なのだが、その唐変木ぶりで未だに宙尉のまま。虎徹さんの実のお兄さん。
郷義弘。(ごうのよしひろ)
宇宙巡行戦艦・不撓不屈の宙尉補(中尉相当)。
歴とした女性。事務仕事にかけては有能だが、とんでもない方向音痴。
■その他。
補陀落渡海。(ふだらくとかい)
えっち星、えっち国宙軍宇宙艦。亜光速航行による外宇宙航行艦(ただし、事故で亜光速航行ユニットを失っている)。駆逐艦とされているが、現実には巡洋艦である。
現在はモスボール処理がなされ、パークに展示されている。
なお、メインコンピューターも補陀落渡海と呼ばれ、ロボ子さんの友人でもある。
不撓不屈。(ふとうふくつ)
えっち星、えっち国宙軍宇宙艦。補陀落渡海は亜光速ユニットによるタイムジャンプ航法で恒星間航行をしていたが、この艦はワープ航法が可能になっている。ワープポイント間を一瞬で結ぶことができる。
宇宙巡洋戦艦。地球名は「ドーントレス」にしたかったとも言う。
現在は地球衛星軌道を回っている。
タイムジャンプ。
亜光速による恒星間航行技術。
亜光速にまで加速するので、その宇宙船と乗員にとっての時間の流れは遅くなる。補陀落渡海は三五光年を四五年かけて移動したが、船内時間では二年と少しだった。
それをタイムマシン、時間旅行になぞらえて、タイムジャンプ航法と俗称する。
ちなみに、その用語を使っているSFは『闇の左手』しか知らないのですが、他にもありますかね。




