キャベツ畑でつかまえて。⑥
秋葉原クリエイティ部さんによるボイスドラマ版です。ロボ子さんがかわいい!
【声小説】ロボ子さんといっしょ。#1 『ロボ子さん、やって来る。』
https://www.youtube.com/watch?v=KIUl9cy5KOk
【声小説】ロボ子さんといっしょ。#2 『ロボ子さん、問い詰める。』
https://www.youtube.com/watch?v=Z-p62vz-x4Q
【声小説】ロボ子さんといっしょ。#3 『ロボ子さん、求婚される。』
https://www.youtube.com/watch?v=KwDrMReU_Bw
「いい匂いだね。今日のお昼はトンカツ?」
ニコニコしながら、作業着姿の宗近さんが台所に入ってきた。
「あれ、なんか華やか」
長曽禰家の台所に、雪月改三姉妹に神無さんまで並んでいる。
どうやら宗近さんは、今日も休日出勤してきたようだ。
宇宙駆逐艦補陀落渡海の若き機関長として船体の整備に心血を注ぎ、そして機械弄りもさすがに疲れたね休憩しようかとなると、なぜかプラモデルを作り出す。
そんな人なのである。
「今日も補陀落渡海は絶好調さ。いつでも宇宙に飛ばせるぜ」
得意そうな宗近さん、ビクッとなったのは、テーブルに虎徹さんとお兄さんが眠っているのに気づいたからだ。さすがに初見では、強面にサングラスに鋲たっぷりの世紀末救世主伝説ファッションは心臓に悪い。
「いったい、今日はなんの日なんだい?」
宗近さんが言った。
『私たち、料理研究会を作ったのです。打倒野良雪月さんなのです。今日はとりあえず、マスターとお兄さんの馬鹿舌を修正してやるのです』
次々とトンカツをすくい上げながら、ロボ子さんが言った。
「ふうん、それでトンカツ?」
『宗近さん、そこのゴツくてでかくてむさ苦しい二人を連れて、ダイニングで待っていてください』
宗近さんは、すごく嫌そうな顔をした。
長曽禰兄弟が眠っているテーブルは少人数だったり朝食とかの軽い食事をとるためのもので、台所のお隣に一〇人は余裕を持って座ることができる大きなテーブルを備えた食事室がある。
じゅわっ!
ロボ子さんはトンカツの最後のひと組を油の中に滑らせた。
『トンカツは、我が家の家計も考え、安い某国産のお肉なのです。トンカツのように、衣さえつければたいてい柔らかく美味しくなるのに、このお肉はとても頑固なのです』
『先輩、しかもときどき匂いがきついのありますよね。アメリカ産とカナダ産の豚肉って』
『後輩、いちいち事を荒立てるのはやめるのです。国名は伏せるのです。アニメ化しようと言う話が出てきて、あなたの発言が問題になったらどうするのです。まあ、そんな頑固なお肉でも柔らかくする方法はあります。いちばんリーズナブルで確実なのは、タマネギおろしに漬けることなのです』
『へー』
『へー』
『なんだか、一号機さんと三号機さん。感心しているというより、それ、奇異なものを見る目ですよね?』
『だって、うちじゃ、そもそもそんな小細工が必要なお肉なんて使いませんもの』
『ねー』
『ねー』
『むかつくー。まあ、注意するのは余り漬けすぎないことです。はじめて試した時、二時間漬けちゃったら肉がボロボロになりました。三〇分くらいでいいですかね』
『ほー』
『ほー』
『かように、トンカツのほうは特別なものではありません』
『特別よね、三号機さん』
『私たちとは違う世界をのぞき見してる、新鮮な驚きがありますよね、一号機さん』
『後輩、このむかつくババアとこましゃくれを懲らしめてあげなさい。とにかく今日のメインはトンカツではないのです。これです』
ロボ子さんが手にしたのは、因縁のキャベツだ。
まるまる一個のキャベツ。
ロボ子さんはそれを半分に切ると、猛然と千切りに刻んでいく。
『後輩!』
『はい、先輩!』
神無さんが、氷水が入れられた大きな鍋を差し出した。
さすがに量的にボールでは間に合わない。
ざあっと千切りキャベツをその鍋に入れ、もう半分のキャベツの千切りに取りかかる。
宗近さんは笑顔を浮かべた。
「ふうん、まあ楽しみだ」
しかし、とりあえずお兄さんを避けて虎徹さんの肩を揺すっても、虎徹さんは目を覚まさない。虎徹さんの口が緩んでいる。よく見ると、強面のお兄さんの口も緩んでいる。兄弟で幸せな夢でも見ているのだろうか。
『キャベツの千切りは、しゃきしゃき感が命』
ロボ子さんが言った。
残りの千切りもすませ、それも神無さんの鍋の氷水に入れる。
『それには水にさらすことです。氷水で数分でいいですかね。後輩は二、三分たったら氷を取り除いてキャベツをザルにあけて、その馬鹿力でしっかり水を切ってください』
そして手際よく、今度は味噌汁の完成に移るロボ子さんだ。
さすがに一号機さん三号機さんも目を見張っている。
『お味噌汁も凝らずにオーソドックスに豆腐とわかめです。うふふ、我ながら、お味噌汁はいつも完璧です。はーい、神無さん。ざるを振り回すならお外でやりましょうねー。馬鹿は力だけじゃなかったんですねー』
三分後、水浸しになった台所なのであった。
ただ、おかげで、ゴツくてでかくてむさ苦しい兄弟も自力で目を覚ましてくれた。
そして、ロボ子さんに叱られても、ふたつ合わせたザルを輝く笑顔で振り回し続ける神無さんなのだった。
無事なのかどうか、料理は完成。
「いただきます」
「いただきます」
『いただきます』
『いただきます』
お隣の食事室に移動して、試食会だ。
とんかつにキャベツの千切りを添えて、炊きたてご飯にお味噌汁。小鉢は一号機さんと三号機さんが作ったきんぴらゴボウにタケノコの煮物。
「へえ、うまいな」
虎徹さんが言った。
キャベツの千切りのことだ。
「うん」
うなずいたのは宗近さんだ。
「トンカツにキャベツなんてただの添え物だし、なくてもいいやとか思ってたけど、意識して食べると、これ、けっこううまいんだね」
「意外と甘みがあるし、とにかくシャキシャキしてるのがいいよな」
虎徹さんはキャベツの千切りにソースをかけ、箸でもうひとつまみ口に放り込んだ。
しゃき、しゃき、しゃき。
そんな虎徹さんを、ロボ子さんが、じとーっと見ている。
「なんだよ」
『ほんとにわかるんですか。シャキシャキしてるとか』
「わかるよ。いや、意図するところもわかってますよ。ロボ子さん、おれがデロデロのキャベツしか認めないとか思ってるんだろう。シャキシャキのキャベツがこんなにうまいってのを教えようと思ったんだろう。はい、美味しいです。シャキシャキの生キャベツ、美味しいですよー」
「二号機さん」
と、いつも通りのむっつりとした顔でお兄さんが言った。
お兄さんも、実のところ驚きを持ってシャキシャキのキャベツを楽しんでいるのだ。しかし「軍人は食事にあれこれいうべきではない」のである。
「私と弟が、あのキャベツ料理を喜んだのは、懐かしさなのだ。子供の頃、うちではああいう料理ばかりが出てきたのだ」
虎徹さんが、うんうんとうなずいている。
お兄さんは続けた。
「このきんぴらもタケノコも美味しい。歯ごたえがいい」
その小鉢を作った一号機さんと三号機さんも嬉しそう。
「私たちに食感の概念がないというわけじゃないんだ」
お兄さんが言った。
『とりあえず、今日は勝利ですね。二号機さん』
一号機さんが言った。
ロボ子さんはにっこり笑った。
『打倒、野良雪月さんなのです!』
『おー!』
『おー!』
『せんぱーい、おかわりくださーーい』
ザ・料理クラブ、今日は大成功。
「うちのロボ子さんの料理はうまいだろう」
食後のお茶を飲みながら、虎徹さんが言った。
一号機さんと三号機さんは帰り、宗近さんはプラモデル作りに自分の部屋に。ロボ子さんと神無さんは後片付けで、食事室の広いテーブルは虎徹さんとお兄さんだけだ。
「ご馳走になってしまって、すまないな」
「おれと兄貴の馬鹿舌撲滅メニューだってんだから、どのみち食わされただろうさ」
散々な言われようだな。
お兄さんは苦笑いを浮かべた。
「ああ、そうだ。兄貴さ」
思い出したように虎徹さんが言った。
「兄貴ならわかるか? おれは思い出せないんだ」
「なんだ?」
腕を組み、天井を見上げ、虎徹さんは考え込んでいる。
「広いキャベツ畑さ」
お兄さんは目を見張った。
「どこまでもキャベツ畑なんだ。どこまでもどこまでもそうなんだ。すげえ懐かしい気がするんだ。でも思い出せないんだ。あんな風景を、おれはどこで見たんだろう」
「おれも知らない」
お兄さんが言った。
虎徹さんは視線を天井からお兄さんへと落とし、片眉を上げた。
お兄さんの言い方が気になったのだ。
「おれの記憶にも、そんな風景はない。どこか映像で見たことがあるのかもしれない。だが、それにしては懐かしさや幸福感やせつなさが溢れてくるのだ」
「おれが、幸福感とかせつなさとか言い出すのはおかしいか?」お兄さんが言った。
虎徹さんは首を振った。
「つまり」
と、虎徹さんが言った。
「兄貴もおれと同じ夢を見たのか」
広い。
ああ、広い。一面のキャベツ畑だ。――
■登場人物紹介・十四夜亭編。
加洲清光。(かしゅう きよみつ)
店主。えっち星人。
宙軍士官学校では虎徹さんや典太さんと同期。密航者として、補陀落渡海の航海に匹敵するほどタイムジャンプを繰り返していたので、虎徹さんたちと同い年のままのように見える。
野良ロボ子さん。
料理担当。アンドロイド、モデル雪月。
前のマスターである「おばあちゃん」の記憶を消されるのが嫌で野良になった雪月。ただし、記憶だけは引き継いでいるが、今の体は二代目。生まれたてのアンドロイドと同じように初々しいしゃべり方をする。
■アンドロイド編。
ロボ子さん。
雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。
本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。
時代劇が大好き。通称アホの子。
神無さん。
雪月改のさらに上位モデルとして開発された神無試作一号機。
雪月改三姉妹の、特に性格面の欠点を徹底的に潰した理想のアンドロイド。のはずだった。しかし現実は厳しく、三姉妹に輪をかけた問題児になりつつある。
一号機さん。
雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。
目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。
和服が似合う。愛刀は栗原筑前守信秀。通称因業ババア。
三号機さん。
雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。
小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。
基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。
板額さん。
板額型戦闘アンドロイド一番機。
高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。
■人類編。
長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)
えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(艦長なので中佐相当)。
ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。
三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)
えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)
長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。
源清麿。(みなもと きよまろ)
えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)
三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病オヤジ。美形。
同田貫正国。(どうたぬき まさくに)
えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。
一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。
三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)
えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。
方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。
長曽禰興正。(ながそね おきまさ)
えっち星人。宇宙巡行戦艦・不撓不屈所属の宙尉(大尉相当)。
超有能なのだが、その唐変木ぶりで未だに宙尉のまま。虎徹さんの実のお兄さん。
郷義弘。(ごうのよしひろ)
宇宙巡行戦艦・不撓不屈の宙尉補(中尉相当)。
歴とした女性。事務仕事にかけては有能だが、とんでもない方向音痴。
■その他。
補陀落渡海。(ふだらくとかい)
えっち星、えっち国宙軍宇宙艦。亜光速航行による外宇宙航行艦(ただし、事故で亜光速航行ユニットを失っている)。駆逐艦とされているが、現実には巡洋艦である。
現在はモスボール処理がなされ、パークに展示されている。
なお、メインコンピューターも補陀落渡海と呼ばれ、ロボ子さんの友人でもある。
不撓不屈。(ふとうふくつ)
えっち星、えっち国宙軍宇宙艦。補陀落渡海は亜光速ユニットによるタイムジャンプ航法で恒星間航行をしていたが、この艦はワープ航法が可能になっている。ワープポイント間を一瞬で結ぶことができる。
宇宙巡洋戦艦。地球名は「ドーントレス」にしたかったとも言う。
現在は地球衛星軌道を回っている。
タイムジャンプ。
亜光速による恒星間航行技術。
亜光速にまで加速するので、その宇宙船と乗員にとっての時間の流れは遅くなる。補陀落渡海は三五光年を四五年かけて移動したが、船内時間では二年と少しだった。
それをタイムマシン、時間旅行になぞらえて、タイムジャンプ航法と俗称する。
ちなみに、その用語を使っているSFは『闇の左手』しか知らないのですが、他にもありますかね。




