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ロボ子さんといっしょ!  作者: 長曽禰ロボ子
十四夜亭にようこそ!
151/161

キャベツ畑でつかまえて。⑤

挿絵(By みてみん)


秋葉原クリエイティ部さんによるボイスドラマ版です。ロボ子さんがかわいい!

【声小説】ロボ子さんといっしょ。#1 『ロボ子さん、やって来る。』

https://www.youtube.com/watch?v=KIUl9cy5KOk

【声小説】ロボ子さんといっしょ。#2 『ロボ子さん、問い詰める。』

https://www.youtube.com/watch?v=Z-p62vz-x4Q

【声小説】ロボ子さんといっしょ。#3 『ロボ子さん、求婚される。』

https://www.youtube.com/watch?v=KwDrMReU_Bw

「ねえ、板額(はんがく)さん」

『はい、(ごう)宙尉補』

 土曜で休みなのに、ホテルの自室でだらだらと、どこに行くでもない女二人である。


 郷義弘ごうのよしひろ宙尉補さんは迷子と彷徨のスペシャリストで、ちょっと気を許すとどこかにいってしまう。そんな郷宙尉補さんの監視というかお目付役にされちゃったのが、板額さん。

 板額型護衛アンドロイド一番機さんだ。

 えっち星宙軍に領事護衛としてリースされているのだが、その領事さんがなんやかんやで不在になってしまった。

 暇になってしまったのである。

 そういうわけで、自称「SAT一班相手でも戦える」高性能戦闘ロボが本来の護衛任務とかけ離れた役目をこなしているのだが、このごろ、休みの日でもこの二人は一緒にいることが多いようだ。


 実際、いつもなら郷宙尉補さんにつけられている首輪。

 そしてそこから板額さんの手に伸びているリードはない。


 どうやらこの二人、気があうらしい。

 おかげでこの頃さみしい思いをしているのは、板額さんのパートナーである三池(みいけ)典太(でんた)宙佐さんだろう。


「ねえ、板額さん。ネッシーって知ってる? ネッシー」

 郷宙尉補さんが言った。

 そういうわけで、する事もないので今は見るともなしにテレビを二人で見ている。テレビの話題とはまったく違う話を持ち出してきているあたり、どうやら今の番組に興味がもてないらしい。

 その言葉を聞いたとき、なぜか板額さんの表情が、すうっと消えた。

「知らないの。地球のアンドロイドのくせに」

 宇宙人が知っているのも不思議なのですが。

『情報として、内蔵の記録装置に収められています』

 板額さんが言った。

『階層としては、「雑談」の下。「依頼者さまが社会人としての会話を好まない場合」の「適当に聞き流しておけばいい」。さらに「馬鹿馬鹿しいと思っても絶対に顔に出してはいけない」、そして「くれぐれも科学的に否定してはいけない」フォルダの中に収められています』

「どんだけ板額さんの会社はUMAマニアにきびしいのよ」

『そのネッシーがどうしたのですか?』

「昨日見たテレビでさ。ネス湖はネッシーのような巨大生物を生存させるだけの食料がないんだって。厳しいんだって。それどころかさ、そもそもネッシーは首を上げられないんだって。あの、首をひょいと上げて泳いでいる写真は、首長竜の骨格から考えると不可能なんだって」

『……』

「なんで反応してくれないの。へー、とか、ほー、とか」

 板額さんはにっこりと笑った。

『「馬鹿馬鹿しいと思っても絶対に顔に出してはいけない」フォルダに入れられている話題ですので』

「私、UMAマニアじゃないから! しかもこれ、ネッシー否定の話題だから!」

『夢があっていいですわね』

 適当に聞き流しておけばいい。

「むかつくー」

 目を半眼にして、郷宙尉補さんは口を尖らせた。


「あれっ」


 二人がロビーに降りると、ホテルの外は濃い霧がたちこめているようだった。

「霧だ。霧が出てる」

『あ、本当ですね。すごい霧』

 板額さんも驚いている。

『変ですね、部屋を出るときに窓から外を確認しましたが、良く晴れていたはずです』

「あ。アンドロイドぽくない台詞」

 にやにやと郷宙尉補さんが言った。

『なぜです』

「五分三〇秒前。一〇時五二分。雲量三。湿度五二%。霧は出ていませんでした――とか、きっちりかっちり言ってくれないとー」

『むかつくー』

 今度は板額さんが唇をとがらせ、そして二人で声をあげて笑った。

「ま、十四夜亭(じゅうよやてい)に行くくらいならなんてことないでしょ」

『そうですね。今日のケーキも楽しみです』

 土日と祝日は、朝から女子高生がメインで朝からスイーツ提供の十四夜亭だ。もちろん中学生やOLさんたちも集まってくる。

「今日のケーキは?」

『フォンダン・オ・ショコラにシュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテです』

「やーん、宇宙人にはもうなにがなんだかわからないほど楽しみー。さすがアンドロイドは記憶力いい。じゃあ、いこっか!」


 外に出ると、ロビーで見たより霧が濃い。

 太陽も霞んでいる。


「ありゃりゃ。こりゃ、私じゃなくても迷っちゃうぞ、これ」

『どうぞ』

 板額さんが手を差し伸べた。

『ここはアンドロイドらしく、この霧の中でも郷宙尉補さんを十四夜亭まで安全にエスコトートいたしましょう』

「うふふ、頼りになるね」

 しかし、郷宙尉補さんの手を握った板額さんが立ち止まっている。

 もしかして霧が濃すぎて困っているのかなと思ったが、どうやら板額さんはフェンス越しにパークの中を見ているようだ。

 郷宙尉補さんもそちらを見た。


 パークの中央広場。


 えっち星、えっち国の王宮を模した建物と公園があり、実際に王宮前にある噴水を備えた池がそのままに再現されている。その和洋折衷のような微妙なエキゾチシズムは、えっち国首都育ちの郷宙尉補さんには馴染みだし、えっち星に渡ったことがある板額さんも知っている。もちろん、ここで毎日見慣れた景観でもある。


 だけど霧の中。

 なにか、おかしい。


「アンドロイドであるところの板額さん」

『はい』

「私よりよく見えるはずよね。池になにかいませんか」

『はい』


 池から、にょきにょきと、なにかが生えている。


『さきほどからカメラをいろいろ入れ替えて確認しようとしているのですが、完全には確認できません。赤外線カメラで確認する限り――』

「赤外線カメラ」

『――あれは』


 風が、霧を瞬間だけ払った。

 その瞬間だけで充分だった。


 そこにいたのは、さっきまで話題にしていたネッシー。首長竜の首だったのだ。


 ふつうであれば。

 そう、ふつうの女性二人連れであれば、悲鳴の一つもあげて逃げて終わりだったろう。だが、この二人は首長竜の首を見た瞬間、フェンスを乗り越えはじめたのだ。

 ひとりは戦闘アンドロイド。

 もうひとりは中尉に相当する軍人。

 フェンスは高いものであったが、まずフェンスの上に到達した板額さんが手を差し伸べ、郷宙尉補さんを引き上げた。

 ふたりは中央広場に走った。


 池に、ネッシーはいなかった。


 土曜だというのに、客は少ない。

 まだ仮オープンだからしかたがない。

 しかし、少なからずいる人たちが、今の異変に気づかなかったというのか。

 むしろ真っ赤なロングコートで目立つ板額さんが注目されている。宇宙使節団の護衛としてえっち星に渡った板額さんは、世界一有名なアンドロイドなのだ。


『気のせいだというのでしょうか』

 板額さんが言った。

「記録が取ってあるのでしょう、板額さん。赤外線カメラでも確認したんだよね」

 息一つきらせていない板額さんとは違う。

 生身の郷宙尉補さんは肩で息をしている。

『ないんです。その記録がないんです』

「えっ」

『あるのは、なにかを見たという、あなたとの会話の記録だけなんです。奇妙です。私たちが見たと思ったものと同じくらい奇妙でおかしなことです。いえ、郷宙尉補』

「……」

『私たちは、あれを見ましたよね? 私たちは同じものを見たから、ここまで走って来たんですよね? もしかして、私だけあれを見て、あなたは全く別のものを――』

「板額さん」

『はい、郷宙尉補』

「私はさっき、この池に、『くれぐれも科学的に否定してはいけない』ものを見た。あなたは?」

 くすっと板額さんは笑った。

『私もです。私も「くれぐれも科学的に否定してはいけない」ものを見ました』

 二人は顔を合わせた。

『もし私が不具合を起こしているのだとしても、私はひとりじゃない』

「もし私が狂ったのだとしても、あなたもろともよ」

 いつの間にか、霧は晴れている。


『困った子ですねー』

 そうつぶやいたのは、十四夜亭の窓から外を見ていた野良雪月さんだ。


『あれ、先輩。霧が晴れたようです』

 長曽禰(ながそね)家のキッチンの窓からも、神無(かむな)さんがそんな声を上げた。

 霧が出ていたのは、ほんの数分だけのことだったらしい。

 あれだけの濃い霧であったのに。

『え、霧ですか。こんなに良く晴れているのに』

 雪月改(ゆきづき・かい)三姉妹は料理に夢中で気づかなかったようだ。

 ロボ子さんは揚げ物をしている。

『ふふふ。マスターとお兄さんの馬鹿舌救済計画。まずはこれで行きますようっ。あれ、マスターとお兄さん、おとなしいですね』

『中年二人組は眠っているようです』

 神無さんが言った。

 見ると、確かに虎徹(こてつ)さんとお兄さんは、軽食用のテーブルで席を並べ、寄り添うようにしてうたた寝をしている。

『ふ、こうしておとなしく眠っていると、このふたりだって……』

 ロボ子さんは微笑んでそんなこと言いかけ、眉根を寄せた。

『やっぱりゴツいわー。でかくてむさ苦しいわー。ちっともかわいくありませんわー』


 そのゴツくてでかくてむさ苦しい中年男二人。

 幸せな夢を見ているのか、二人とも寝顔は柔らかい。


 広い。

 ああ、広い。一面のキャベツ畑だ。――




※郷宙尉補さんが見たらしいテレビは、NHK『幻解!超常ファイル』。


■登場人物紹介・十四夜亭編。

加洲清光。(かしゅう きよみつ)

店主。えっち星人。

宙軍士官学校では虎徹さんや典太さんと同期。密航者として、補陀落渡海の航海に匹敵するほどタイムジャンプを繰り返していたので、虎徹さんたちと同い年のままのように見える。


野良ロボ子さん。

料理担当。アンドロイド、モデル雪月。

前のマスターである「おばあちゃん」の記憶を消されるのが嫌で野良になった雪月。ただし、記憶だけは引き継いでいるが、今の体は二代目。生まれたてのアンドロイドと同じように初々しいしゃべり方をする。


■アンドロイド編。

ロボ子さん。

雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。

本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。

時代劇が大好き。通称アホの子。


神無さん。

雪月改のさらに上位モデルとして開発された神無試作一号機。

雪月改三姉妹の、特に性格面の欠点を徹底的に潰した理想のアンドロイド。のはずだった。しかし現実は厳しく、三姉妹に輪をかけた問題児になりつつある。


一号機さん。

雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。

目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。

和服が似合う。愛刀は栗原筑前守信秀。通称因業ババア。


三号機さん。

雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。

小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。

基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。


板額さん。

板額型戦闘アンドロイド一番機。

高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。


■人類編。

長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)

えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(艦長なので中佐相当)。

ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。


三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)

えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)

長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。


源清麿。(みなもと きよまろ)

えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)

三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病オヤジ。美形。


同田貫正国。(どうたぬき まさくに)

えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。

一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。


三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)

えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。

方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。


長曽禰興正。(ながそね おきまさ)

えっち星人。宇宙巡行戦艦・不撓不屈所属の宙尉(大尉相当)。

超有能なのだが、その唐変木ぶりで未だに宙尉のまま。虎徹さんの実のお兄さん。


郷義弘。(ごうのよしひろ)

宇宙巡行戦艦・不撓不屈の宙尉補(中尉相当)。

歴とした女性。事務仕事にかけては有能だが、とんでもない方向音痴。


■その他。

補陀落渡海。(ふだらくとかい)

えっち星、えっち国宙軍宇宙艦。亜光速航行による外宇宙航行艦(ただし、事故で亜光速航行ユニットを失っている)。駆逐艦とされているが、現実には巡洋艦である。

現在はモスボール処理がなされ、パークに展示されている。

なお、メインコンピューターも補陀落渡海と呼ばれ、ロボ子さんの友人でもある。


不撓不屈。(ふとうふくつ)

えっち星、えっち国宙軍宇宙艦。補陀落渡海は亜光速ユニットによるタイムジャンプ航法で恒星間航行をしていたが、この艦はワープ航法が可能になっている。ワープポイント間を一瞬で結ぶことができる。

宇宙巡洋戦艦。地球名は「ドーントレス」にしたかったとも言う。

現在は地球衛星軌道を回っている。


タイムジャンプ。

亜光速による恒星間航行技術。

亜光速にまで加速するので、その宇宙船と乗員にとっての時間の流れは遅くなる。補陀落渡海は三五光年を四五年かけて移動したが、船内時間では二年と少しだった。

それをタイムマシン、時間旅行になぞらえて、タイムジャンプ航法と俗称する。

ちなみに、その用語を使っているSFは『闇の左手』しか知らないのですが、他にもありますかね。


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雪月改三姉妹。
左から一号機さん、二号機さん(ロボ子さん)、三号機さん。
雪月改三姉妹。
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