キャベツ畑でつかまえて。④
秋葉原クリエイティ部さんによるボイスドラマ版です。ロボ子さんがかわいい!
【声小説】ロボ子さんといっしょ。#1 『ロボ子さん、やって来る。』
https://www.youtube.com/watch?v=KIUl9cy5KOk
【声小説】ロボ子さんといっしょ。#2 『ロボ子さん、問い詰める。』
https://www.youtube.com/watch?v=Z-p62vz-x4Q
【声小説】ロボ子さんといっしょ。#3 『ロボ子さん、求婚される。』
https://www.youtube.com/watch?v=KwDrMReU_Bw
広い。
ああ、広い。一面のキャベツ畑だ。――
お兄さん――長曽禰興正宙尉は、宿舎であるホテルの自分の部屋のベッドの上で目覚めた。
朝七時。
いつも通りの起床時間だ。
おれはあの店を見張っていたのではなかったか。
またしても十二時までたえきれず、そして誰によっておれはここまで運ばれてきたというのだ。
フロントに問い合わせても知らない、わからないという。
「無能にもほどがある……」
もちろん、フロントへの言葉じゃない。自嘲の言葉だ。
ただ、困る。
激しい自嘲の中にいるはずなのに、幸福の残り香がある。なにか、無邪気な夢を見たような、そんな気配が体の隅々に甘く残っている。
これは、どういうことなのだろう。
#取引先がわかってみれば宇宙人だった件。
ホテルのレストランでスマホを覗きながら朝食を摂っていたお兄さん。
そのハッシュタグを見つけてしまった。
「……」
悪い予感しかしない。
《ご存じですか! 宇宙人にもすっごい素敵な人がいるんですよ! 美人でかわいくて、会えばだれもがファンになっちゃう妖精のような人で、スリーサイズは……》
《ほんとですよ、私も大ファンになっちゃいました!》
《結婚の条件は、ハンサムで、背が高くて、年収は――》
「また、あのちゃらんぽらんが……」
「誰がちゃらんぽらんですか」
お兄さんのすぐ後に、郷宙尉補さんが立っている。
郷宙尉補さんはスマホを覗き込んできた。
「あら! これ、私のことですよね、きっと私のことですよね! きゃー、やだー!」
わざとらしい。
「君の書き込みだろう」
「えー、私じゃないですよー。私のスマホ、ネットとか見れないようにしたの宙尉じゃないですかー」
つまり、仕事中にPCから書き込んだんだろ。
「いけませんよ、宙尉。スマホ見ながら食事だなんて。消化に悪いし、作ってくれた人にも失礼です」
「君に正論をいわれると、どういうわけか理不尽に腹が立つな」
しかし正論には違いない。
お兄さんはスマホをしまった。そして改めて今までつついていた料理に向き合って、おや、と思った。
郷宙尉補さんがお兄さんのテーブルの向かいに勝手に座った。
それを確認してボーイが近づいてくる。
「なにを食べているんです?」
郷宙尉補さんが言った。
「いや……」
「私も同じもの――と注文しかけちゃったけど、なんです、それ。そんなのここのメニューにありましたっけ」
ボーイも目を丸めてお兄さんの皿をのぞきこんでいる。
虎徹スペシャルだ。
小振りだが、間違いなく、あのキャベツでろでろ煮だ。
郷宙尉補さんも同じ宙軍士官学校出だが、時代が違う。女性が入学できるようになってからは食事も改善されたのだろう。
しかし、なぜホテルのレストランに?
だいたい注文した覚えなんかないぞ。
「ところで、宙尉。なんで朝から軍服着ているんです」
自分の食事の注文を済ませ、郷宙尉補さんが言った。
「なに?」
言われてみれば、郷宙尉補は私服姿だ。
普段は流している髪までアップしている。
今までそれに気づかないのもどうかと思うが。
「なにかあるんです? 上に(地球軌道上を周回している宇宙巡洋戦艦不撓不屈)また呼び出されたとか?」
「……」
「まさかと思いますが」
「……」
「宙尉、今日が土曜の朝だというのを忘れてますね?」
忘れていた。
そういえば、妙にレストランに客が少ないとは思っていたのだ。
なんという失態だ。
なんという無能だ。
さすがに強面を誇るお兄さんをドジっ子とは呼べない。
呼びたくない。
さらに、お兄さんは軍服以外の服を余り持っていなかった。地上勤務となって週休二日の勤務形態になったが、休日も軍服で過ごすことがほとんどで、それ以外はせいぜいパジャマくらいなのだ。だから実のところ、郷宙尉補さんのツッコミもそれほど鋭いものではなかったのだ。
それでも指摘されてしまったのだから、お兄さんとしても部屋に戻り着替えるしかない。
「うおうっ!?」
「なんだっ!?」
私服に着替えたお兄さんがホテルの廊下を歩いていると、すれ違った皆がそんな声を上げて道をあけた。
「兄貴……そのカッコでここまで歩いてきたのか……?」
虎徹さんが口をあんぐりと開けている。
どうやら各地でセンセーションを巻き起こしている私服姿で長曽禰家に現れたお兄さんだ。
「途中、同田貫氏の家にも寄ってきた」
お兄さんが言った。
「よく射殺されなかったな……。あそこ、いちおうヤクザ屋さんの家だぞ……」
しまむらで、しかも値段で服を選んでいる虎徹さんにファッションをどうの言われたくはないだろうが、こればかりはしょうがない。
黒い革ジャンに革パン。
なぜかノースリーブで肩にはごついプロテクター。まるでツノのような鋲がたくさんいっぱいてんこ盛り。
サングラスに赤いバンダナは浜省風味。
紛う事なき世紀末救世主伝説ファッションである。
「似合わないだろうか」
「いや、似合うけどよ……、体でかいし鍛えてあるから無駄に似合うんだけどよ……、そういう問題じゃなくてさ……」
「なういやんぐはこのような服を着るものではないのか」
「なうくもないし、やんぐでもねえだろ。どこで買ったんだ、そんなもの」
「不撓不屈の購買で勧められたのだ」
悪意のある店員さんですね。
「同田貫氏の家で、一号機さんはここにいると聞いて来たのだが」
「ああ、台所にいる。朝からうちに雪月改三姉妹が集まって、なんやらしている。いや待て、兄貴――!」
虎徹さんは慌てた。
お兄さんはサングラスをつけたまま長曽禰家に上がり込み、ずんずん進んでいく。
「待て、兄貴! 雪月改は民生機でも武装しているんだ、大惨事になる!」
そしてキッチンからけたたましい悲鳴が聞こえてきたのだった。
『ぎゃーー!』
『きゃああああーー!』
『敵襲! 敵襲!』
『やめなさい、三号機さん! ガトリングガンを出しちゃダメ! 二号機さん、ここでフルウェポンは家が壊れます! あれはお兄さんです! 繰り返します、あれはお兄さん――長曽禰興正宙尉です!』
『一号機さんだって、日本刀抜いているじゃないですかーー!』
『そうとわかっていても、お兄さんのこの姿は不意打ちでしたーー!』
どうやら、すんでの所で武力衝突は回避された模様。
朝から長曽禰家のキッチンに集まった雪月改の三姉妹。
実はサークル活動をはじめたのだそうな。
ザ・料理クラブ。
『私も、いつまでもいじけてはいられないのです。馬鹿舌のうちのマスターに、ただしい味覚を取り戻してもらうのです!』
と、割烹着姿のロボ子さん。
『私たちは雪月改です。それがどうして雪月に料理で負けなければいけないのです。許されないのです!』
と、こちらはかわいいエプロン姿の三号機さん。
『面白そうだからつきあいます。三馬鹿トリオのお弁当つくりに活かしたいし!』
と、こちらも割烹着姿の一号機さん。
『私は永遠の試食係ーー。このごろの試食役は美味しいと脱ぐのが仕事のようだけど、私、食べるだけで脱ぎません。アンドロイドが脱いでもなんのサービスにもなりませんしーー』
と、無駄に神無さん。
『がんばるぞ、おーー』
『おーー、打倒、野良雪月さんーー』
『おーー』
『おーー』
『日々、研鑽、研鑽です!』
『自分、不器用ですから……』
『それは健さんです。いちいち細かいくすぐりを入れなくてもいいのです、後輩。あなたもこのサークルで料理を覚えなさい。いつまでもどん兵衛じゃないのです』
『自分、不器用ですから……』
「すっかり、馬鹿舌ということにされちまったな、おれたち」
昼間から缶ビールと漬け物を出してきて、キッチンの軽食用のテーブルでちびちびやっている虎徹さんだ。
勧めてみたが、お兄さんには嫌そうな顔で断られた。
「おれたちって、私も馬鹿舌ということになっているのか」
お兄さんが言った。
「そりゃそうだろう、あのキャベツをうまそうに食べたのは、おれと兄貴だけだ。それで、どうなった。十四夜亭の謎は」
「うむ、それだ。――一号機さん」
『はい』
包丁でなにやら海苔に細工していた一号機さんが顔を上げた。
「その作業が終わってからでいいのですが、ええと」
お兄さんがそう言っている間も、顔を上げたまま一号機さんは包丁を動かしている。お兄さんと虎徹さんは気が気じゃない。
「十四夜亭をご存じですね。ええと、何か変わったことがありませんか。つまり、あなたの目と耳に入ることで」
一号機さんの目と耳は強化されていて、この村中の出来事を観察できると言われている。
『ああ、十四夜亭ですね。ええ』
その一号機さん、苦笑のような諦観のような表情を浮かべた。
ちゃっちゃと手際よく素早く動く包丁は、海苔に同田貫さんの似顔絵を刻み込んでいる。無駄に似ているなと虎徹さんは思った。
『わかりません。私の目と耳では十四夜亭のなかはうかがえませんし、なにも聞こえません』
虎徹さんはビールを呑む手を止めた。
ロボ子さんと三号機さんも調理を止めた。
神無さんだけは、いつも通りのほほんとしている。
「それはつまり――」と、お兄さんが言った。
『気にはなっているのです。特に深夜。私にとってあの十四夜亭は、宇宙船である補陀落渡海さんの中であるかのようです』
一号機さんが言った。
■登場人物紹介・十四夜亭編。
加洲清光。(かしゅう きよみつ)
店主。えっち星人。
宙軍士官学校では虎徹さんや典太さんと同期。密航者として、補陀落渡海の航海に匹敵するほどタイムジャンプを繰り返していたので、虎徹さんたちと同い年のままのように見える。
野良ロボ子さん。
料理担当。アンドロイド、モデル雪月。
前のマスターである「おばあちゃん」の記憶を消されるのが嫌で野良になった雪月。ただし、記憶だけは引き継いでいるが、今の体は二代目。生まれたてのアンドロイドと同じように初々しいしゃべり方をする。
■アンドロイド編。
ロボ子さん。
雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。
本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。
時代劇が大好き。通称アホの子。
神無さん。
雪月改のさらに上位モデルとして開発された神無試作一号機。
雪月改三姉妹の、特に性格面の欠点を徹底的に潰した理想のアンドロイド。のはずだった。しかし現実は厳しく、三姉妹に輪をかけた問題児になりつつある。
一号機さん。
雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。
目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。
和服が似合う。通称因業ババア。
三号機さん。
雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。
小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。
基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。
板額さん。
板額型戦闘アンドロイド一番機。
高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。
■人類編。
長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)
えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(艦長なので中佐相当)。
ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。
三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)
えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)
長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。
源清麿。(みなもと きよまろ)
えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)
三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病オヤジ。美形。
同田貫正国。(どうたぬき まさくに)
えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。
一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。
三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)
えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。
方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。
長曽禰興正。(ながそね おきまさ)
えっち星人。宇宙巡行戦艦・不撓不屈所属の宙尉(大尉相当)。
超有能なのだが、その唐変木ぶりで未だに宙尉のまま。虎徹さんの実のお兄さん。
郷義弘。(ごうのよしひろ)
宇宙巡行戦艦・不撓不屈の宙尉補(中尉相当)。
歴とした女性。事務仕事にかけては有能だが、とんでもない方向音痴。
■その他。
補陀落渡海。(ふだらくとかい)
えっち星、えっち国宙軍宇宙艦。亜光速航行による外宇宙航行艦(ただし、事故で亜光速航行ユニットを失っている)。駆逐艦とされているが、現実には巡洋艦である。
現在はモスボール処理がなされ、パークに展示されている。
なお、メインコンピューターも補陀落渡海と呼ばれ、ロボ子さんの友人でもある。
不撓不屈。(ふとうふくつ)
えっち星、えっち国宙軍宇宙艦。補陀落渡海は亜光速ユニットによるタイムジャンプ航法で恒星間航行をしていたが、この艦はワープ航法が可能になっている。ワープポイント間を一瞬で結ぶことができる。
宇宙巡洋戦艦。地球名は「ドーントレス」にしたかったとも言う。
現在は地球衛星軌道を回っている。
タイムジャンプ。
亜光速による恒星間航行技術。
亜光速にまで加速するので、その宇宙船と乗員にとっての時間の流れは遅くなる。補陀落渡海は三五光年を四五年かけて移動したが、船内時間では二年と少しだった。
それをタイムマシン、時間旅行になぞらえて、タイムジャンプ航法と俗称する。
ちなみに、その用語を使っているSFは『闇の左手』しか知らないのですが、他にもありますかね。




