キャベツ畑でつかまえて。③
秋葉原クリエイティ部さんによるボイスドラマ版です。ロボ子さんがかわいい!
【声小説】ロボ子さんといっしょ。#1 『ロボ子さん、やって来る。』
https://www.youtube.com/watch?v=KIUl9cy5KOk
【声小説】ロボ子さんといっしょ。#2 『ロボ子さん、問い詰める。』
https://www.youtube.com/watch?v=Z-p62vz-x4Q
【声小説】ロボ子さんといっしょ。#3 『ロボ子さん、求婚される。』
https://www.youtube.com/watch?v=KwDrMReU_Bw
十四夜亭店主、加州清光さんの朝は遅い。
「おはよーっす……」
一〇時。ボサボサの頭で清光さんが店に降りてきた。
『おはようございます、清光さん』
カウンターの中から、野良雪月さんが元気に挨拶してきた。
アンドロイドは眠らない。
とはいっても、本当に眠らないのは民生機では雪月改に(まだ試作段階だが)神無。あとは板額型のような戦闘アンドロイドだけだ。彼女たちは同じチップ同じ回路を複数積んで分散配置していて、一方を休ませて一方だけで動くことができる。
野良雪月さんは残念ながら雪月。
緊急時のための補助回路があるだけで、休みなしで稼働させることは推奨されていない。ここは如月と同様である。
とはいっても、自己診断プログラムを走らせてのせいぜい一時間から二時間。
人間の睡眠時間と較べられるほどじゃない。
「あーあ。おれも学生時代は五時間も眠れば充分だったのになあ」
生あくびをして清光さんが言った。
『そんなこと言うと、余計におじさん臭いですよ』
「そう? あ、野良ちゃん。モーニングセットの残りちょうだい。作らなくていいから。もったいないから。温めるだけでいいから。納豆だけつけてね」
十四夜亭の一日が始まる。
もっとも、働き者の野良ロボ子さんが、とっくにモーニングサービスを出して店を開いているわけですが。
昼食を兼ねた遅い朝食を食べ終わると、清光さんは犬の散歩に出る。
人懐っこさが取り柄の黒柴の鉄太郎は、十四夜亭になるまえの古民家のオーナーさんから譲り受けたものだ。総受けわんこといっていいほどの人懐っこさだから番犬としては心許ないが、眠らない野良雪月さんがいるので番犬としての役目は期待されてないかもしれない。
田舎道を散策しながら清光さんは考える。
今夜はどんな料理にしようか。
作るのは天才シェフの野良雪月さんだ。清光さんはアイディアを出す。この若さにしてえっち星の開拓惑星すべてを体験して異文化に慣れている清光さん、引き出しも多い。
水田を渡る風。
道ばたのたんぽぽ。
澄み切った青い空。
すべてが清光さんに発想をもたらす。
すげえな、と思う。
ほんの数ヶ月前は、ただ復讐することだけを考えて生きていた自分だ。それがどう人に喜んでもらうかを、いまは考えている。
くだらない遊びにおれを巻き込み、それも間違えて巻き込み、おれから宇宙飛行士の夢を奪った連中に復讐する。
それだけで一〇年を生きてきた。
ま、飽きかけてもいたけどさ。一〇年も経てば、さすがにそれにもね。
『匂いだよ。あんた、私と同じ匂いがした』
初めて会ったときに、野良雪月さんが言った。
今のように他人行儀じゃない頃の、ふてぶてしい野良雪月さんだ。
ふふっと、清光さんは懐かしそうな笑顔を浮かべた。
「帰るぞ、鉄太郎」
「わう」
蝶々を追いかけていた鉄太郎が、笑顔のような顔をしてこたえた。
家に帰るとシャワーを浴びて、頭もみてくれも営業用に切り替える。
お昼だ。
モーニングサービスもそうだが、お昼もパーク関係者と工事関係者が多い。
「ねーねー。ぼく、別の寮料理も食べてみたいなーー。作ってよおおーー」
今日もだらだら絡んでくる赤毛のおっさんと、いつも無邪気に料理を楽しむアンドロイドと、いつも味を盗んでやろうと邪悪な表情を見せるアンドロイドが並んでいる。
ただ、その邪悪なほうのアンドロイドは、このところ料理へのモチベーションが落ちているらしい。今日は無感動にボンゴレビアンコをすすっている。
数人のお客だけの、のんびりとした午後を通り過ぎれば、夕方には女子高生タイムだ。
この村はもともと、宇宙人たちがやってくるまでは限界集落のような寂れた村で、そのふもとの町もそれほど賑やかな町ではない。
女子高生たちはテレビや雑誌や漫画で見る放課後ライフに飢えている。
駅前にハンバーガーショップどころか喫茶店もない。あるのは飲み屋だけ。それがちょっとおしゃれな喫茶店ができたというのだ。
店主は渋くていい男だし、毎日違うスイーツもびっくりするほどおいしい。
そう。
ちらちらと見かけるようになった女子高生の姿に、野良雪月さんはスイーツの提供をはじめたのだ。リーズナブルで美味しいうえに、種類も豊富。さらに、シェフが気軽におしゃべりに参加してきてくれてレシピやコツをいろいろと教えてくれる。
午後三時をまわると甘い香りがただよってくる。
地元の町の女子高生は自転車を走らせ、片道一時間の道を上ってくる。バスでもやってくる。繰り返しになるが、彼女たちは放課後ライフに飢えているのである。当然ながらスクーター軍団はヒエラルキーが高い。
みんなで今日のスイーツをつついておしゃべり。
野良雪月さんが顔を出してさらに盛り上がる。
かっこいい店主さんに恋の相談をしてみたり。「勉強ならみてやるぞ」とあしらわれたら、本当にカウンターに教科書をひろげちゃったり。
ただし。
田舎の女子高生は貧乏である。
バイト先がないのだ。
お小遣いだけが頼りなのだ。
そういうわけでスイーツの値段を抑えていることもあって、この女子高生タイムは華やかなれど収支はさほどよくない。
ただ、近所のおばちゃんたち。
ふっと姿を消したり現れたりする軍服姿の不思議なお姉さん。
彼女とコンビの真っ赤なロングコートのアンドロイド。
そしてやはり無邪気にスイーツを楽しむアンドロイドに「家計圧迫ですよ」とブツブツ言いながら邪悪な表情で味を盗もうとたくらむアンドロイドのコンビもうろちょろしてくれるので、なんとか赤字ではないそうな。
華やかなる女子高生タイムが終わると、お酒も提供する加齢臭きついおっさんタイムだ。
もっとも、モーニングサービスもお昼もおっさんだらけなのだが。
圧倒的女性比率の低い村なのだ。
油断するとぜったい居酒屋になってしまうと、野良雪月さんが危機感を抱くのもわかるだろう。
まあ、居酒屋はすでに存在しているので、怒鳴り合い殴り合いの酒が呑みたい荒くれどもはそちらに。十四夜亭には、ビールをつけた軽食を食べ、イヤホンで好きな音楽を流し、書類を読む士官。静かな会話を楽しむ少人数の仲間たち。
今のところ、なんとかおしゃれさは保っているようだ。
そういえばほぼセルフサービスだったクラブ補陀落渡海から流れてきているお客も多いそうな。
そして夜九時、閉店。
おっさんタイムあたりからなにやら考え込んだりメモを取ったりしていた清光さん、閉店した店のテーブルで野良雪月さんと打ち合わせをはじめた。
明日の料理の相談ではない。
今夜、のだ。
『ところで清光さん。外に例の人が来ているようですよ』
野良雪月さんが言った。
雪月改におよばなくても、雪月は充分に高性能アンドロイドだ。
「鉄太郎、あいつ、ほんとに役にたたないのな」
清光さんは苦笑いを浮かべた。
『暗視モードでチラッと見たら、ベロベロに舐めてましたよ、あの人の顔を』
「まあ、いいだろうさ」
今度は不敵な笑顔の清光さんだ。
「あの人は、士官学校で、並ぶ者がいないと言われた男だ。おれも敵わなかったもんさ。彼ならなにか見つけてくれるかもしれない。おれたちにだってよくわからないこの十四夜亭の不思議のなにかひとつでもな。ま、おれたちはいつも通りにやるだけさ」
『いつも通りにですね』
「ああ、そうさ。いつもの夜の始まりだぜ、相棒」
「ハッハッハッ」
外では長曽禰興正宙尉、虎徹さんのお兄さんが、潜んでいた草むらの中で鉄太郎くんに捕まっている。
どうしても見つけられてしまう、このバカ犬に。
見た目は馬鹿っぽいのに、鋭い犬なのだ。
だれかに似ていると思ったが、弟のアンドロイド、雪月改二号機さんに似ているのだと思いついた。顔も性格も。
「ハッハッハッ」
あの店には何かがある。
お兄さんの勘がそう言っている。
あのキャベツが、おそらく地球のものではないことも含めて。
しかし、このバカ犬に顔をベチョベチョにされながらも、ここ数日観察を続けているのだが、なぜか日が改まるあたりでいつも意識がなくなってしまう。
馬鹿な。
幼児じゃあるまいし、このおれが十二時までしか起きていられないのか。
現役の宙軍士官なんだぞ、おれは。
十二時。
魔法が解けるとでも――。
そして、十二時。
十四夜亭のテーブルには、野良雪月さんの今日の新作料理が並べられている。
「天才だね、野良ちゃんは」
ぱりっと正装した清光さんが言った。
『うふふ』
野良雪月さんも、真っ白なコックコートにお召し替え。
「さて、相棒。今夜もお客さまを迎え入れよう」
清光さんは観音開きの十四夜亭の戸を大きく開けた。
「十四夜亭へ、ようこそ!」
『ようこそ!』
お兄さんは、鉄太郎くんに顔をべろべろに舐められながら眠ってしまっている。
今夜も魔法が解けるのを見届けることができなかった。
いいえ、お兄さん。
魔法が解けるのではありません。
午前零時の十四夜亭。
これから魔法が始まるのです。
■登場人物紹介・十四夜亭編。
加洲清光。(かしゅう きよみつ)
店主。えっち星人。
宙軍士官学校では虎徹さんや典太さんと同期。密航者として、補陀落渡海の航海に匹敵するほどタイムジャンプを繰り返していたので、虎徹さんたちと同い年のままのように見える。
野良ロボ子さん。
料理担当。アンドロイド、モデル雪月。
前のマスターである「おばあちゃん」の記憶を消されるのが嫌で野良になった雪月。ただし、記憶だけは引き継いでいるが、今の体は二代目。生まれたてのアンドロイドと同じように初々しいしゃべり方をする。
■アンドロイド編。
ロボ子さん。
雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。
本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。
時代劇が大好き。通称アホの子。
神無さん。
雪月改のさらに上位モデルとして開発された神無試作一号機。
雪月改三姉妹の、特に性格面の欠点を徹底的に潰した理想のアンドロイド。のはずだった。しかし現実は厳しく、三姉妹に輪をかけた問題児になりつつある。
一号機さん。
雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。
目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。
和服が似合う。通称因業ババア。
三号機さん。
雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。
小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。
基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。
板額さん。
板額型戦闘アンドロイド一番機。
高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。
■人類編。
長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)
えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(艦長なので中佐相当)。
ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。
三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)
えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)
長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。
源清麿。(みなもと きよまろ)
えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)
三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病オヤジ。美形。
同田貫正国。(どうたぬき まさくに)
えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。
一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。
三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)
えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。
方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。
長曽禰興正。(ながそね おきまさ)
えっち星人。宇宙巡行戦艦・不撓不屈所属の宙尉(大尉相当)。
超有能なのだが、その唐変木ぶりで未だに宙尉のまま。虎徹さんの実のお兄さん。
郷義弘。(ごうのよしひろ)
宇宙巡行戦艦・不撓不屈の宙尉補(中尉相当)。
歴とした女性。事務仕事にかけては有能だが、とんでもない方向音痴。
■その他。
補陀落渡海。(ふだらくとかい)
えっち星、えっち国宙軍宇宙艦。亜光速航行による外宇宙航行艦(ただし、事故で亜光速航行ユニットを失っている)。駆逐艦とされているが、現実には巡洋艦である。
現在はモスボール処理がなされ、パークに展示されている。
なお、メインコンピューターも補陀落渡海と呼ばれ、ロボ子さんの友人でもある。
不撓不屈。(ふとうふくつ)
えっち星、えっち国宙軍宇宙艦。補陀落渡海は亜光速ユニットによるタイムジャンプ航法で恒星間航行をしていたが、この艦はワープ航法が可能になっている。ワープポイント間を一瞬で結ぶことができる。
宇宙巡洋戦艦。地球名は「ドーントレス」にしたかったとも言う。
現在は地球衛星軌道を回っている。
タイムジャンプ。
亜光速による恒星間航行技術。
亜光速にまで加速するので、その宇宙船と乗員にとっての時間の流れは遅くなる。補陀落渡海は三五光年を四五年かけて移動したが、船内時間では二年と少しだった。
それをタイムマシン、時間旅行になぞらえて、タイムジャンプ航法と俗称する。
ちなみに、その用語を使っているSFは『闇の左手』しか知らないのですが、他にもありますかね。




