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ロボ子さんといっしょ!  作者: 長曽禰ロボ子
十四夜亭にようこそ!
148/161

キャベツ畑でつかまえて。②

挿絵(By みてみん)


秋葉原クリエイティ部さんによるボイスドラマ版です。ロボ子さんがかわいい!

【声小説】ロボ子さんといっしょ。#1 『ロボ子さん、やって来る。』

https://www.youtube.com/watch?v=KIUl9cy5KOk

【声小説】ロボ子さんといっしょ。#2 『ロボ子さん、問い詰める。』

https://www.youtube.com/watch?v=Z-p62vz-x4Q

【声小説】ロボ子さんといっしょ。#3 『ロボ子さん、求婚される。』

https://www.youtube.com/watch?v=KwDrMReU_Bw

 大正ロマンの香り高い洋館。

 昔は写真館だったそうだが、今は(みなもと)清麿(きよまろ)さんのお城だ。

 淡い光差す居心地のいい書斎で、清麿さんは読書をしている。

 壁際の椅子に腰掛け目を瞑り、じっと指示を待っているのは雪月改(ゆきづき・かい)三号機さん。

 その三号機さんが眼を開けた。


『マスター、よろしいですか』


 清麿さんは微笑むと栞を挟んで本を閉じた。

「なんだね、私の天使」

『人間は、寝ている間にプール二杯分の汗をかくそうです』

「君は何を言っているのだね」

『人間を数人揃えると、水不足は解消されるのですね』

「だから、君は何を言っているのだね」


 どうやら暇を持て余していた三号機さん、ネットを徘徊していたようだ。そして見つけたのは興味深いハッシュタグだ。


 #取引先がわかってみれば宇宙人だった件


 ヤクザ屋さんを含めいろいろなアカウントが反応しているようだ。

 そして三号機さんは、たぶん知っている人物のアカウントがあるのに気づいた。


《ほんと、見た目は地球人と変わりません。ちょっと背が高くて、ちょっとハンサムで、ちょっと結婚してみたいなと思うだけで、ほんと、変わりません。》

《違います。背が高いと言ってもゴリラじゃないです。あなたがご存じの方とは違うようです。》

《だから違います。赤毛のくせっ毛で、黙っていればハンサムだけどしゃべりはじめるとただのすちゃらか男なんて知りません。》

《仕事上差し障りがありますので、先様の名前は書けません。》

《とにかく私が好きな清麿先生は子供舌で――》


『……』

 このアカウントを定点観察して、嫌がらせや恐喝のネタを収集してやろうと三号機さんは思った。

『くすくすくす……』

「私は読書に戻ってよいだろうか、私の天使」

 困惑の顔で清麿さんが言った。



 食感を残さないまで茹でる。

 炭化するほど焼く。

 なにが彼らをそうさせるのかわからないほど料理音痴な人々はいる。

 ここに、海賊出身にして、海軍そして宙軍と栄光の歴史を誇る一族がいる。伯爵に相当する貴族だったこともある。

 だが、朝夕と出て来る食事は質素であった。

 というか、食えればいい。というものであった。


 時代が変わり、その家の次男坊が宙軍士官学校に入校した。

 成績は抜群であったらしい。

 彼にとって幸運だったのは、寮の食事が彼らの一族の食事と変わらないものを出すことだった。

 粗食。

 それは長い航海を宿命づけられた海軍の伝統なのかも知れない。訓練訓練、座学座学で疲れ果て腹をカラッポにした食いざかりの学生を悩ませたこの無骨な食事に、彼だけは音を上げなかった。

「てゆーか、うちのよりうまい」

 そう言ってのけ、学友を恐怖に陥れたともいう。


 その彼が、十四夜亭(じゅうよやてい)で自分の名前を冠したスペシャルメニューを作ってもらうにあたり選んだのは、その宙軍士官学校の寮で特に学生から忌み嫌われた、キャベツ(もちろん本来は、キャベツに似ているえっち星の別の野菜)の丸煮なのだった。


「キャベツをまるごと煮る。気が遠くなるほど執拗に煮る。芯も残らずにデロデロになる」

 十四夜亭店主、加洲(かしゅう)清光(きよみつ)さんが言った。

『味つけは?』

 そう聞いたロボ子さんの顔は、なぜか無表情だ。

「ただの水で煮るだけなのかと思えば、実はスープの素がごく少量入れられている。それは給養からかっぱらってきた。だが圧倒的に薄い。味はないに等しい。それで」

 と、清光さんは塩コショーの瓶を虎徹(こてつ)さんの前に置いた。

「こいつで、自分で味をつける。それが虎徹スペシャルだ」

『ショックです……』

 ロボ子さんが言った。

『うちのマスターは、そのデロデロキャベツと同じレベルで、私の料理を美味しいと言っていたのですね……』

「まあ、気分はわかる。たった今、野良ちゃんが死んだような目で鍋の前に立っているから。料理人殺しだよな、これは……」

「黙って聞いてりゃ、おまえらな」

 虎徹さんはご機嫌斜めだ。

「学生時代のまずいメシを懐かしみたいだけだろ。それも許されないの、おれは」


 やがて、店の奥からその匂いが漂ってきた。

 シェフが圧力釜の蓋を開けたらしい。

 悪い匂いじゃない。キャベツの匂いだ。


 十四夜亭のシェフ、野良雪月(ゆきづき)さんが現れた。

『今日は時間がないので圧力鍋に頼らせていただきました。今度からは予約を入れてくださいますと助かります』

 トレーに載せられているのは、なにやら得体の知れない物体が盛り付けられた皿だ。

『お待たせしました、虎徹スペシャルです』

 その眼が死んでいる。その表情も死んでいる。

 そしてそのきれいな声まで死んでいる。


 ロボ子さんは見ていた。

 その得体の知れないものが虎徹さんの前に置かれたとき、虎徹さんの顔が、これまでなかったと断言できるほどに歓喜に輝いたのを。


 マスター。

 アンドロイドとそのマスターという関係を、すこし考え直させてください。


 ロボ子さんは思った。

 神無(かむな)さんも、ちょっと思った。


 スプーンと塩コショーを手にした虎徹さんが無邪気な声をあげた。

「いただきます!」

 その時だ。


 十四夜亭のドアが開け放たれた。

 まばゆい光が店の中に差し込んだ。


 太陽の逆光を背負い、その男が立っている。


「軍人は、食事に文句をつけてはならない。優先されるべきは作戦の遂行であり、嗜好の満足ではない」


『なんか、さらにややこしい人が来ちゃったようです……先輩』

『なんか、さらにややこしい人が来ちゃったようですね……後輩』


「だが……」

 その男、虎徹さんの実のお兄さん長曽禰(ながそね)興正(おきまさ)宙尉は逆光の中で憂いの表情を浮かべた。

「なんだというのだ、この香しい匂いは。この私を三六光年の彼方に連れ戻す、この狂おしい匂いは……」


 だいたい、あなたが背負っているその逆光はどこから連れてきたんです。

 ロボ子さんと神無さんは思った。


「兄貴、欲しけりゃ自分で注文しろ。これはオレの分だ」

 虎徹さんは皿を隠すように体で覆った。


 大人げねえ。

 ロボ子さんと神無さんは思った。


「店主!」

 ざあっとお兄さんは両手を広げ、そして片手を胸に、片手を前に差し出した。

「私にも、弟と同じものを!」


『もういやですーーッ!』

 野良雪月さんは絶叫し、奥へと駆け込んでいった。


 宙軍士官学校寮の悪名高い料理が再現されたという噂は瞬く間に村を駆け巡り、「一口だけ食べてみたい。ただし一口だけ。それ以上食わせるつもりなら戦う」というわがままな注文が十四夜亭に殺到した。

 職場放棄の野良雪月さんにかわり、追加分は清光さんが担当することになり、夕方の十四夜亭には、典太(でんた)さん、清麿さん、船務長さんらの、世代が近い士官学校卒業生が集まった。

 ひとりひとりに振る舞われた一口分の虎徹スペシャル。

 そのたった一口が昔話に興じていた同窓会のような和やかな雰囲気を一変させてしまったという。


「だから言ったじゃねえか」

 とは、清光さんのコメント。


 ロボ子さんも一口試してみたが、それは有無を言わせない不味さなのだった。

 名状しがたい食感。

 本能が飲み込むことを拒絶する。自分はアンドロイドなのに。

 そしてそんな空気のなかであっても、今日二皿目の虎徹さん、お昼に食べ損なったお兄さんは、こちらはきちんと一人前の虎徹スペシャルを幸せそうに味わっているのだった。


「地球司令代行」

 十四夜亭からの帰り道、お兄さんが虎徹さんを呼び止めた。

「その気持ち悪い呼び方やめろよ。勤務外なんだから弟でいいじゃん」

「あの料理だが」

「ああ、うまかったな。えっち星のとかわらん。キャベツで作ったとは思えないぜ」

「私の勘にすぎない。だが、あれはキャベツではない」

「なんだって?」

「たしかに完璧だった。軍人が料理を云々したくはないが、満足させてもらった。完璧過ぎる。おそらくあれは地球のキャベツで代用したもどき料理ではない」

 虎徹さんは考え込んだ。

「清光が、不撓不屈(ふとうふくつ)の菜園からあれを手に入れたと?」

 宇宙船には野菜工場があり、新鮮な野菜を提供できるようになっている。民間人がそれを入手できるというのは、それはそれで問題がある。

「ちがう」

 お兄さんが言った。

「あの野菜はキャベツで代替がきくとわかり、今ではあの野菜のプラントは別の野菜のものに切り替えられている。現在、地球であれを手に入れる手段はない」

「――確かか?」

「あれがキャベツではなく本物を使ったのではないかというのは、私の主観だ。プラントがすでに切り替えられているというのは、先ほど確認した事実だ」

 そういえばお兄さん、十四夜亭でスマホを弄っていた。

「ふうん?」

 虎徹さんは十四夜亭へと視線を飛ばした。


 田舎の暗い夜の中、店の灯りが遠く見えている。





 ※参考文献:『イギリスはおいしい』林望 ほか。


■登場人物紹介・十四夜亭編。

加洲清光。(かしゅう きよみつ)

店主。えっち星人。

宙軍士官学校では虎徹さんや典太さんと同期。密航者として、補陀落渡海の航海に匹敵するほどタイムジャンプを繰り返していたので、虎徹さんたちと同い年のままのように見える。


野良ロボ子さん。

料理担当。アンドロイド、モデル雪月。

前のマスターである「おばあちゃん」の記憶を消されるのが嫌で野良になった雪月。ただし、記憶だけは引き継いでいるが、今の体は二代目。生まれたてのアンドロイドと同じように初々しいしゃべり方をする。


■アンドロイド編。

ロボ子さん。

雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。

本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。

時代劇が大好き。通称アホの子。


神無さん。

雪月改のさらに上位モデルとして開発された神無試作一号機。

雪月改三姉妹の、特に性格面の欠点を徹底的に潰した理想のアンドロイド。のはずだった。しかし現実は厳しく、三姉妹に輪をかけた問題児になりつつある。


三号機さん。

雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。

小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。

基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。


■人類編。

長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)

えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(艦長なので中佐相当)。

ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。


源清麿。(みなもと きよまろ)

えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)

三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病オヤジ。美形。


三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)

えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。

方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。


長曽禰興正。(ながそね おきまさ)

えっち星人。宇宙巡行戦艦・不撓不屈所属の宙尉(大尉相当)。

超有能なのだが、その唐変木ぶりで未だに宙尉のまま。虎徹さんの実のお兄さん。


■その他。

補陀落渡海。(ふだらくとかい)

えっち星、えっち国宙軍宇宙艦。亜光速航行による外宇宙航行艦(ただし、事故で亜光速航行ユニットを失っている)。駆逐艦とされているが、現実には巡洋艦である。

現在はモスボール処理がなされ、パークに展示されている。

なお、メインコンピューターも補陀落渡海と呼ばれ、ロボ子さんの友人でもある。


不撓不屈。(ふとうふくつ)

えっち星、えっち国宙軍宇宙艦。補陀落渡海は亜光速ユニットによるタイムジャンプ航法で恒星間航行をしていたが、この艦はワープ航法が可能になっている。ワープポイント間を一瞬で結ぶことができる。

宇宙巡洋戦艦。地球名は「ドーントレス」にしたかったとも言う。

現在は地球衛星軌道を回っている。


タイムジャンプ。

亜光速による恒星間航行技術。

亜光速にまで加速するので、その宇宙船と乗員にとっての時間の流れは遅くなる。補陀落渡海は三五光年を四五年かけて移動したが、船内時間では二年と少しだった。

それをタイムマシン、時間旅行になぞらえて、タイムジャンプ航法と俗称する。

ちなみに、その用語を使っているSFは『闇の左手』しか知らないのですが、他にもありますかね。


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雪月改三姉妹。
左から一号機さん、二号機さん(ロボ子さん)、三号機さん。
雪月改三姉妹。
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