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ロボ子さんといっしょ!  作者: 長曽禰ロボ子
十四夜亭にようこそ!
147/161

キャベツ畑でつかまえて。①

挿絵(By みてみん)


秋葉原クリエイティ部さんによるボイスドラマ版です。ロボ子さんがかわいい!

【声小説】ロボ子さんといっしょ。#1 『ロボ子さん、やって来る。』

https://www.youtube.com/watch?v=KIUl9cy5KOk

【声小説】ロボ子さんといっしょ。#2 『ロボ子さん、問い詰める。』

https://www.youtube.com/watch?v=Z-p62vz-x4Q

【声小説】ロボ子さんといっしょ。#3 『ロボ子さん、求婚される。』

https://www.youtube.com/watch?v=KwDrMReU_Bw

 その喫茶店は、この村で唯一の喫茶店だ。


 ふらりとやって来た宇宙駆逐艦の艦長さんが住む家があり、ふらりとやって来た武闘派ヤクザ屋一家さんが住む家があり、ふらりとやって来た人気作家さんが住む家があるように、この村にふらりとやって来たお兄さんが、古民家を改造して開店した小洒落たお店だ。


 とにかく料理がうまい。

 そしてリーズナブル。

 この頃では、仕事をサボってお茶をする隠れ家にもなっているらしい。


 窓から補陀落渡海(ふだらくとかい)の勇姿を眺めることができる席は、休憩時間ごとに三条(さんじょう)宗近(むねちか)さんが座る。冬の間は吹きさらしのベンチが彼の予約席だったのに、今では居心地のいいその席が彼の予約席だ。コーヒーを手に、飽きもせずに補陀落渡海を眺めているのだという。


 名を「十四夜亭」。


 しょっちゅう「いざよいてい」と誤読されるが、「じゅうよやてい」と読む。

 満月でも、満月がすぎた月でもなく、満月になるひとつ前の月。

 そんな意味が込められているが、実は「十四夜」にかっこいい読み方がないかといちおう調べた。調べたのだが、なかった。それゆえに「じゅうよやてい」なのである。

 十六夜|(月)を「いざよい」。

 十七夜|(月)を「たちまちづき(立待月)」。

 十八夜|(月)を「いまちづき(居待月)」。

 十九夜|(月)を「ねまちづき(寝待月)」。

 他にも、夕暮れを「誰そ彼|(暗くてよく見えない。あれは誰?)」、おはぎを「北窓|(杵で()くことなく作れることから、()知らず)」や「夜船|(同じく、()()知らず)」と呼び代えて楽しむ言葉遊び大好き民族の日本人にしては、十四夜にだけは冷たくないか。

 と、愚痴ってもしょうがないので、「じゅうよやてい」。


 さて、十四夜亭はお昼時だ。

 行列ができるというほどではないが、そこそこテーブルは埋まっている。そもそも行列を作るだけの人数がこの村にはいないし、パークに社員食堂があることを考えれば健闘しているといっていいだろう。

「ねー、ねー。君さー。なんで帰ってきたのー」

 カウンター席に陣取り、くだを巻いているのは虎徹(こてつ)さんだ。

「逮捕されちゃうんだぞー。おれはしないけどさー。君のともだちだしさー。でもおれだって、上の艦長|(地球衛星軌道上の不撓不屈(ふとうふくつ)艦長さんは、虎徹さんより階級が上)に命令されたらそうもいかないんだぞー」

 相手をしているのは、洗い物をしている店主さんだ。

「おれは無実だったはずだが?」

「勅任艦長殺害はな。ほかにもあんだろ。密航とか、士官への暴行容疑とか」

「やばくなったら逃げるだけさ」

 虎徹さんは苦い顔だ。

清光(きよみつ)

 と、店主さんの名を呼んだ。

「おまえほどの才覚があれば、どこでだってなんだってできるだろうに。なんでわざわざおまえにとって危険なこの村に戻って来ちゃうんだよ」

 店主さんは鼻歌交じりで顔もあげない。

「おまえが喫茶店の店主かよ」

「おれは一〇年風来坊をやってたんだぜ。そのおれが城持ちになったんだ。たいした出世じゃないか」

「……」



 おれには望めない才覚に恵まれ。

 おれには真似できない努力もして。


 おれがおまえに見たかったのは――。



 店主さんはこの村にふらりとやって来たと書いた。

 ふらりと三六光年の彼方からやってきた。

 宇宙人である。

 たった今、巨大な宇宙巡洋戦艦不撓不屈が地球衛星軌道を周回し、宇宙駆逐艦補陀落渡海が邪魔くさい巨体をこの村に横たえている。

 微妙ながら、宇宙人は現在の地球にとって日常なのだ。


 この店主が他の宇宙人と違うのは、彼が民間人だということだ。

 地球にいるえっち星人は軍人もしくは外交官の公務員だ。特にこの村にいるえっち星人は全員がえっち星えっち国人で、全員が軍人だ。まだ民間交流が始まる段階じゃない。

 厳密にいえば「ふらりとやって来た武闘派ヤクザ屋一家さん」の補陀落渡海宙兵隊、「ふらりとやって来た人気作家さん」の(みなもと)清麿(きよまろ)さんは民間人と言えるかもしれないが、彼らは補陀落渡海クルーとしての地位も保持している。予備役、だろうか。少なくとも、彼らも宇宙を渡って地球に来たときには現役軍人だった。


 しかし、この店主は、所属する組織をもたず、ただのひとりの密航者として地球にやって来た。


 この店主。

 名を加洲(かしゅう)清光(きよみつ)さんという。


 もちろん本名ではなく、地球名、虎徹さんからつけてもらったソウルネームなのだが、気に入っているようだ。

 ただ、軍人ではないが、宙軍士官学校出身だ。

 出身とも言えない。

 放校処分、宙軍永久追放処分を受けている。

 加州清光さんが、この宇宙時代にありえない密航という手段を使って地球に来たのは復讐の為だ。

 放校処分、宙軍永久追放処分は、身に覚えのない罪をなすりつけられたためだった。たったひとつの夢だった宇宙船乗りへの道を閉ざされてしまった加州清光さんは、それからは自分を陥れた男たちへの復讐をするために生きてきた。

 地球への密航は、その総仕上げのため。

 しかし地球に降り立った加州清光さんは、そこで士官学校時代の親友といえる虎徹さんと再会してしまった。

 さらに。

 生まれて初めて、相棒と呼べる彼女と出会ってしまった。


 野良アンドロイドの野良ロボ子――野良雪月(ゆきづき)さんに。


「野良雪月さんもさ、おまえ、ちゃんとなんとかしろよ」

 虎徹さんが言った。

 洗い物をしている清光さんは、ただ笑うだけだ。

「ところで、おれの昼メシなんだが――」

「ああ、そうだな」

 と、清光さんが虎徹さんの言葉に被せてきた。

「ここでなきゃだめだった理由はある」

「うん?」

「この十四夜亭。この家が、ここにしかなかったからさ」

「うん?」

 虎徹さんは胡散臭そうに店内を見渡した。

 太い柱、太い梁。そして高い天井。

 絵に描いたような古民家だが、虎徹さんは見慣れている。虎徹さんがいま借りている家も、こんな古民家だ。


 こいつが、今さら古民家趣味か?

 そもそもこの程度の古民家、日本中にありそうだが。


『なんかぐだぐだ言ってますけど、マスター』

 口を挟んできたのは隣に座るロボ子さんだ。

『そう言いながらも、毎日、せっせと通ってますよね。このお店に』

「そうかしら」

『そうですよ。私のお弁当か社員食堂にしてくれれば家計が助かるんです』

 そういうロボ子さんもランチメニューのホットサンドを頬張っている。

 さらに逆の隣には清麿スペシャルをせっせと楽しんでいる神無(かむな)さん。

『ちくしょう』

 ロボ子さんは、そんな邪悪な顔になっている。

『どうなってんだい、この味は。うめえ。どうにも盗めねえ。このオレにわからない隠し味がありやがる』

『アンドロイドの特性活かして化学分析までしてるってのによう、ちいっ!』

『この雪月改(ゆきづき・かい)のオレが、ただの雪月に負けるってえのかい!』


 十四夜亭のキッチンを守るのは、野良雪月さん。

 加州清光さんの「相棒」だ。


 実は、彼女はそのままの野良雪月さんじゃない。


 野良雪月さんは、みんなを守るため自分の体で爆弾を覆って吹き飛ばされた。損傷が激しく、彼女の記憶は永遠に失われてしまった。

 そのはずだった。

 それなのに、なぜか真新しい雪月の体に彼女の記憶が宿ったらしい。清光さんとその新しい野良雪月さんは、一月前、二人でこの村から逃げていったのだ。


『野良雪月さん、今日は顔を見せてくれませんね、先輩』

 好きなものは最後に残すタイプらしい神無さん、大切そうにプリンをほじほじしながら言った。

『私たちが店に来ると、いつも顔だけは見せてくれるのにね、後輩』

 ロボ子さんは食べ終えたホットサンドの味の秘密をまだ探っているようだ。邪悪な顔で。


 ひと月振りに見た野良雪月さん。

 姿や記憶は確かに前の野良雪月さんなのだけれど、初々しい生まれたての雪月になってしまっていた。

 記憶は野良雪月さんのままといいながら、長曽禰家で大量のゲロを振りまいたことは『知りません』とニコニコしながら否定するあたり、なんだかんだ、そのうち元のふてぶてしい野良雪月さんになるのかもしれない。

 清光さんはそれを期待しているようだ。

 むしろ虎徹さんがうらやましそうに野良雪月さんを見ていたのがロボ子さんをイラッとさせた。


『マスター』

 ロボ子さんが言った。

『いったいなにを注文したんです。お昼休みが終わっちゃいますよ』

「おう、それだ。早くおれの飯を出してくれよ、清光!」

 虎徹さんが言った。


 ところで、顔文字に(´・ω・`)というものがある。

 しょっちゅう目にする顔文字のひとつだろう。


 ロボ子さんと神無さん、目の前の加洲清光さんがみるみるその顔文字そっくりの表情になっていくのを見た。

「おれは、士官学校の寮の料理を再現しようかと提案しただけなんだ……」

 清光さんが言った。(´・ω・`)の顔で。

『はあ』

『はあ』


「まだかなあ、虎徹スペシャル!」

 嬉しそうに虎徹さんが言った。


 その言葉を聞いたとき、ロボ子さんと神無さんの危険警戒レベルが最高にまで上がったのだという。


「邪魔くさい言われた」

 同じ頃、パークに鎮座する補陀落渡海さんは拗ねていた。


■登場人物紹介・十四夜亭編。

加洲清光。(かしゅう きよみつ)

店主。えっち星人。

宙軍士官学校では虎徹さんや典太さんと同期。密航者として、補陀落渡海の航海に匹敵するほどタイムジャンプを繰り返していたので、虎徹さんたちと同い年のままのように見える。


野良ロボ子さん。

料理担当。アンドロイド、モデル雪月。

前のマスターである「おばあちゃん」の記憶を消されるのが嫌で野良になった雪月。ただし、記憶だけは引き継いでいるが、今の体は二代目。生まれたてのアンドロイドと同じように初々しいしゃべり方をする。


■アンドロイド編。

ロボ子さん。

雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。

本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。

時代劇が大好き。通称アホの子。


神無さん。

雪月改のさらに上位モデルとして開発された神無試作一号機。

雪月改三姉妹の、特に性格面の欠点を徹底的に潰した理想のアンドロイド。のはずだった。しかし現実は厳しく、三姉妹に輪をかけた問題児になりつつある。


三号機さん。

雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。

小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。

基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。


■人類編。

長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)

えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(艦長なので中佐相当)。

ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。


源清麿。(みなもと きよまろ)

えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)

三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病オヤジ。美形。


三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)

えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。

方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。


長曽禰興正。(ながそね おきまさ)

えっち星人。宇宙巡行戦艦・不撓不屈所属の宙尉(大尉相当)。

超有能なのだが、その唐変木ぶりで未だに宙尉のまま。虎徹さんの実のお兄さん。


■その他。

補陀落渡海。(ふだらくとかい)

えっち星、えっち国宙軍宇宙艦。亜光速航行による外宇宙航行艦(ただし、事故で亜光速航行ユニットを失っている)。駆逐艦とされているが、現実には巡洋艦である。

現在はモスボール処理がなされ、パークに展示されている。

なお、メインコンピューターも補陀落渡海と呼ばれ、ロボ子さんの友人でもある。


不撓不屈。(ふとうふくつ)

えっち星、えっち国宙軍宇宙艦。補陀落渡海は亜光速ユニットによるタイムジャンプ航法で恒星間航行をしていたが、この艦はワープ航法が可能になっている。ワープポイント間を一瞬で結ぶことができる。

宇宙巡洋戦艦。地球名は「ドーントレス」にしたかったとも言う。

現在は地球衛星軌道を回っている。


タイムジャンプ。

亜光速による恒星間航行技術。

亜光速にまで加速するので、その宇宙船と乗員にとっての時間の流れは遅くなる。補陀落渡海は三五光年を四五年かけて移動したが、船内時間では二年と少しだった。

それをタイムマシン、時間旅行になぞらえて、タイムジャンプ航法と俗称する。

ちなみに、その用語を使っているSFは『闇の左手』しか知らないのですが、他にもありますかね。


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雪月改三姉妹。
左から一号機さん、二号機さん(ロボ子さん)、三号機さん。
雪月改三姉妹。
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