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ロボ子さんといっしょ!  作者: 長曽禰ロボ子
十四夜亭にようこそ!
145/161

箱崎陽子の注文。

挿絵(By みてみん)


秋葉原クリエイティ部のみなさんによるボイスドラマ版ロボ子さんです。ロボ子さんがかわいい!

【声小説】ロボ子さんといっしょ。#1 『ロボ子さん、やって来る。』

https://www.youtube.com/watch?v=KIUl9cy5KOk

【声小説】ロボ子さんといっしょ。#2 『ロボ子さん、問い詰める。』

https://www.youtube.com/watch?v=Z-p62vz-x4Q

【声小説】ロボ子さんといっしょ。#3 『ロボ子さん、求婚される。』

https://www.youtube.com/watch?v=KwDrMReU_Bw

 お子様ランチ、懐かしいな。


 子供の頃、家族みんなでファミレスに行くのが、いちばんの贅沢の日なのだと思っていた。大人ぶって澄ました顔でカレーを注文するお姉ちゃんの目の前で、私はいつだってお子様ランチを注文した。

 チキンライスにハンバーグにエビフライにナポリタンにプリン。

 そして日の丸の旗。

 辛いカレー(実際には、大人には甘口ですらあったのだが)を涙目で食べていたお姉ちゃんが我慢できなくなって少しよこせと言ってきても、わけてなんかあげない。

 これは、素直にお子様ランチが欲しいと言った者だけが味わえるご褒美なのだ。


 あの頃、すべての夢は叶うものだった。

 きら、きら、きらと輝いて。


「あんた、バスを待っているのか」

 そのちょんまげの男は、薄緑のシャツにジーンズ。

 胸に大きな紙袋を抱えている。まるで街歩きして、馴染みの店で夕ご飯のための買い物を済ませてきた、そんな風情だ。

 なぜだか不思議と虚を衝かれた思いで箱崎(はこさき)陽子(ようこ)さんは周囲を見渡した。

 いつもの田舎だ。

 山の中を走る国道の屋根付きのバス停だ。

 ただ、昔はこんなものはなく、ただの丸い看板立っているだけだった。

 遠くに大きな宇宙船。そして工事中のテーマパーク。

 箱崎さんがはじめてこの町を訪れてからそれほど経たないのに、ずいぶん風景が変わった。

「次のバスは二時間先だぞ」

 男が付け足した。

「えっ」箱崎さんは声をあげた。

「本数、増えてないの?」

 男は笑った。

「ああ、なんにも知らない観光客ってわけでもないんだな。そう、賑やかになってバスの本数は増えた。でも朝夕に増えただけで、昼間はまだ前と変わらんよ。そのうち、パークが本格開業すれば増えるんだろうがな」

「二時間……」

 いつも利用しているバスの時間まで待たなければいけないのか。

 箱崎さんの困惑を見透かしたように、男が言った。

「うちに寄ってけば?」

「はい?」

「うち、この村で唯一の喫茶店なんだ。メニューの豊富さと味には自信があるぜ。ま、天才シェフの相棒におんぶにだっこなんだけどな」


 そうね。

 それしかないか。


 その喫茶店は、見た目はふつうの古民家。

 おしゃれでかわいいと言えなくはないが、大きな看板が立っているでもなく、ふつうの家の表札よりは少し大きい程度の「十四夜亭」と書かれた小さな看板がかけられているだけだ。お得意さんだけでやっていけるのだろう。


 十四夜亭。


「いざよいてい」

「じゅうよやていだ。いざよいは十六夜だろ」

 男は「準備中」の札をひっくり返して「営業中」にして中に入っていった。

 これは来た。

 ついさっき、編集者としてやってはいけないミスをしたところだ。そしてまた、言葉を扱うプロとしてかなり恥ずかしいミス。


「やっぱ、田舎帰るべか……」


 さらに箱崎さん。

 男がドアを手前に引いて開けたのを見ていたのに、古民家という先入観からドアではなく引き戸だと思い込み、横に開けようとしばらくジタバタしてしまった。

 今日は何をやってもダメな日だ。

 男も、中からそれを見ていたらしい。

「引き戸にするとさー、暖簾かけたくなるじゃん。そうすると居酒屋になっちまうじゃん。このあたり、おっさんだらけだからさ。ぜったいそうなるじゃん。相棒は、小洒落た雰囲気だけは死守したいそうだしさ。ごめんよ」

 ううう。

 消えてしまいたい。

「おーい、相棒」

 男は大きな紙袋を抱えたままカウンターの中に入り、そのまま奥に消えた。

 店の中は、見る限りは総フローリング張りのテーブルと椅子の席だけのようだ。予想していた畳部屋や畳コーナーはない。そんなものがあればたしかに居酒屋かラーメン屋、小料理屋か。

 太い柱に梁。そして天井が高い。


 たしかに小洒落ている。なかなか素敵なお店だ。


「はいよ、頼まれてた食材」

 奥から、男の声が聞こえてきた。

『えっ、真っ昼間に盗んできたんですか』

 女の子の声も聞こえてきた。

 なんだか神経が過敏になってしまうのは、(みなもと)清麿(きよまろ)先生の秘書、雪月改(ゆきづき・かい)三号機さんの声質に似ているからだろうか。

「夜は、あいつら、罠を張り巡らせて待ち構えているからな。むしろ今は、昼間に行ったほうが裏をかけるんだ」

『ちゃんとお金を払って買えばいいのに。余裕も出てきましたし』

「なんだかんだ楽しんでるのさ。おれたち両方な」


 妙に気に障る女の子の声に惑わされていたが、よく聞くと話している内容がすこしおかしい。とりあえずカウンターに座ってタバコを取り出していると、「ああ、あんた」と男が顔を覗かせた。

「コーヒー、紅茶どっちがいい。緑茶もあるぞ。それと、悪いがタバコは遠慮してくれ。招待しておいて、ごめんな」

「ああ、ごめんなさい」

 ほんと、今日はどうしようもない。

 どこにも灰皿がないことくらい、まず確認すべきだろうに。

 箱崎さんはタバコとライターをバッグにしまった。

「おれはどうでもいいんだが、嫌がる客が多くてな。まあ、茶は店のおごりだ。どれがいい」

「じゃあ、コーヒーを」

「アイ・アイ・マァム」

 ん、なんだ、今の返事は。

「うちは相棒の料理で持っているが、その分、おれは飲み物のほうをひきうけている。誰に学んだわけじゃないが、まあ、そこそこだと自負している」

 出されたコーヒーはたしかに香り高く、美味しかった。

 利きコーヒーなんぞという高尚な趣味などもってないし、むしろ気付け代わりに大量に飲む仕事をしているわけで、コーヒーであればなんでもいいという情けない文化水準の箱崎さんなのだが、これは美味しいと確かに思った。


 少し落ち着いたかなと、箱崎さんは思った。

 そして目の前には、謎のちょっといい男。


「なにか食べたいものはあるかい」

 ちょっといい男が言った。

「ま、こっちは奢りとはいかないが、たいていのものは出せるぜ。食材がなくてもうちの相棒は工夫しちまうし、どうしようもなければ、おれが給養からかっぱらってくる」

 またなんか言い出してる。

「なにより、うちの相棒の料理はうまい」

 ふうん。

 さっきからこの人、相棒の自慢ばっかりね。


 店を包むコーヒーの香り。

 深い味わい。

 雰囲気を醸し出す古民家の風合いと、柔らかな陽射し。


 すべての夢は叶うものだった。

 きら、きら、きらと輝いて。


「そうね」

 夢見心地で箱崎さんはそれを口にした。「お子様ランチ」

「なんだって?」

「小洒落たのじゃ嫌。コッテコテのお子様ランチがいいなー」

「ふうん?」

「作れる?」

 箱崎さん、ちょっと意地悪な気分にもなってきた。


 超高性能アンドロイド雪月改。その三号機さんですら『今夜は無理、明日食べさせてあげます』と逃げたお子様ランチ。

 子供に人気のあるメニューを、ずらりと並べなくてはいけない。それも、少量ずつだ。手間暇がかかるし、そもそもこんな小洒落自慢で料理自慢らしい喫茶店で、ご自慢の相棒さんとやらが、よっしゃと作ってくれるだろうか。食材だって揃うだろうか。いや、「なかったから、かっぱらってくるよー」と出かけられても困るが。


 「別の注文ないのかよ」とか「時間かかるぜ」とか返事が来たら、チキンライスだけでもいいよ。と答えるつもりだった。


 だけど、そのちょっといい男はにっこり笑ったのだった。


「妙なものが食べたいんだな。それでいいのか」

「えっ」

 箱崎さんは少し驚いた。

「作れるの?」

「作れますよ。そもそも裏メニューにある」

「ここ、喫茶店よね?」

「料理自慢のね。そのうち、ビストロと名乗らなければいけないかもね」

「お子様ランチなんて出したら、ファミレスになっちゃいますよ?」

「昔はデパートの大食堂の目玉メニューだったそうだな。子供連れの家族を呼び込むために、手間暇やコストは度外視したそうだ。まあ、安心してくれ。うちも商売だからきちんと儲けがでるように設定してある。それでもリーズナブルだしもちろん手抜きなどない。楽しんで貰えると思うぜ――」

 にやり、と男は笑った。

「――コッテコテのお子様ランチをな」

「……」

「じゃ、それでいいね」

「あ、待って」

 その男がオーダーをコールしそうな雰囲気に、箱崎さんは慌ててそれを止めた。

 馬鹿だ!

 思い至るのが遅い!

 ついさっき、三号機さんの事まで思い出していて、どうしてこう私は鈍いんだ!

「三つ――お願いできますか、お子様ランチ」

 箱崎さんが言った。

「問題ない。むしろ一人前よりありがたい」

「ごめんなさい。さっき、お子様ランチの話題が出たの。その人はお子様ランチを食べたことがないので、体験してみたいというの。その人を呼んでいいかな」

「構わんが――三人分かい?」

 バッグからスマホを取り出し、箱崎さんはにっこり笑った。

「ええ、三人分を」



※給養:調理及び食材の管理を担当。つまりコック。補給科。


■登場人物紹介

箱崎 陽子。(はこさき ようこ)

源清麿さんの担当編集者。二〇代後半。

それなりにマジメで有能なのだが、基本的にちゃらんぽらんで中二病。ただし、この場合の中二病はRPGやファンタジーが好きと言う意味ではない。三号機さんによると「微妙なブス」。裏返すと、そこそこの美人ではある。


源清麿。(みなもと きよまろ)

えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)

三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病オヤジ。美形。


三号機さん。

雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。

小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。

基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。



補陀落渡海。(ふだらくとかい)

えっち星、えっち国宙軍宇宙艦。亜光速航行ユニットをつけた外宇宙航行艦。駆逐艦とされているが、現実には巡洋艦である。

現在はモスボール処理がなされ、パークに展示されている。


不撓不屈。(ふとうふくつ)

えっち星、えっち国宙軍宇宙艦。補陀落渡海は亜光速ユニットによるタイムジャンプ航法で恒星間航行をしていたが、この艦はワープ航法が可能になっている。ワープポイント間を一瞬で結ぶことができる。

宇宙巡洋戦艦。

現在は地球衛星軌道を回っている。


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雪月改三姉妹。
左から一号機さん、二号機さん(ロボ子さん)、三号機さん。
雪月改三姉妹。
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