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ロボ子さんといっしょ!  作者: 長曽禰ロボ子
十四夜亭にようこそ!
144/161

箱崎陽子の野望。

挿絵(By みてみん)


秋葉原クリエイティ部のみなさんによるボイスドラマ版ロボ子さんです。ロボ子さんがかわいい!

【声小説】ロボ子さんといっしょ。#1 『ロボ子さん、やって来る。』

https://www.youtube.com/watch?v=KIUl9cy5KOk

【声小説】ロボ子さんといっしょ。#2 『ロボ子さん、問い詰める。』

https://www.youtube.com/watch?v=Z-p62vz-x4Q

【声小説】ロボ子さんといっしょ。#3 『ロボ子さん、求婚される。』

https://www.youtube.com/watch?v=KwDrMReU_Bw

 源清麿(みなもと きよまろ)さんは売れっ子小説家である。


 なんだかよくわからないほど衝撃的であったデビュー作でミリオンを売り上げ、その後も勢いは衰えない。

 しかし、本人は露出を嫌い、田舎に引きこもってしまった。

 露出を嫌ったのではなく、作家や編集者との付き合いを嫌ったのではないかともいわれている。彼が所属するミステリ小説やエンターテイメント小説の界隈に、交流のある作家がひとりもいない。

 そもそも、出自がはっきりしない。

 デビュー前の人生が謎に包まれている。出身校を「宙軍士官学校」と大真面目に書く人だ。いったいそれは、どこにあるというのだ。


 そして今、源清麿さんは田舎に家を買い、ひとりで暮らしている。


 その村は、現在、世界一有名な村かも知れない。

 もちろんそれは、さすがに源清麿さんの家があるからではない。

 彼が移住して間もなく、そこに宇宙船が降り立った。

 異星からの宇宙船が――である。自らをえっち星人と名乗る、その謎のちゃらんぽらん宇宙人たちは、その村に領事館を作り、テーマパークを作り、世界の耳目を集めている。

 さて、そうなると、孤独を求め静寂を求め田舎に引きこもった源清麿さん。賑やかになったその村を捨てたかというとそうでもなく、むしろ馴染んでいるという。

 それどころか。

 次回作は、そのえっち星人が地球を目指し旅をしてきた冒険物語。

 はじめから映画化前提の企画ものだという。


「情けない……」

 その女性は独りごちた。

 田舎のバス停。空は良く晴れている。田舎なのにうるさいのは工事中の音だ。

 女性は溜息をつき、ミシェルクラン、今どき珍しい本格的なライターで、咥えたスリムなメンソールのタバコに火をつけた。

 彼女の名前は箱崎陽子(はこざき ようこ)

 源清麿さんの担当編集者のひとりだ。


 彼女は知っている。

 源清麿は、人嫌いでも変わり者でもない。

 いや、変わり者には違いないが。

 一九〇近い長身痩躯。それでいて姿勢がいい。長い黒髪には驚かされるだろうが、極めて眉目秀麗。人当たりはそっけないが、コミュニケーションがとれないわけでなく、ただ、そう気取っているだけの中二病。

 中二病。

 そう、中二病だ。つまり彼は人目を避けているのではなく、むしろ見られるのが大好きな人なのだ。それに気づいたのは、自分だけだった(たぶん)。

 彼が口を滑らせた中二病台詞。

 他の凡庸な編集なら聞き間違いだと思うだけだろうし、少し気が効いた編集なら聞かなかったことにするだろう。だが私は一歩踏み込み、当意即妙な受け答えで彼の自尊心をくすぐってあげることができた。


 中二病は中二病を知るのだ。


 おかげで私たちには、他の編集との間にはない同志としての繋がりがあった(たぶん)。

 担当編集の中で、彼は特に私をお気に入りにしてくれた(たぶん)。

 なんといっても、彼は名指しで私に感謝を送ってくれたのだ、後書きで(他社の本の後書きには、他社の編集の名前があった気もするが、それはこのさいどうでもいい)。

 やがて、彼の隣には、マネージャー兼愛する妻としての私がいるはずだった(この飛躍が、中二病が中二病たるゆえんだ。文句あるか、こんちくしょう)。


 それが、去年、彼はかわいらしい秘書を雇った。

 その一報を聞いたとき、箱崎陽子さんは唇を噛み切るところだった。だが、その秘書とは「雪月改(ゆきづき・かい)」。ただのアンドロイドだった。


「せめて十四歳(限定)の美少年だったらよかったのに」

 とは、余裕を取り戻した箱崎さんのコメント。


 だが、東京から打ち合わせのためにこの村を訪れた箱崎さんは、その雪月改とやらを見て叩きつぶされてしまった。

 可愛かったのだ。

 猫のような瞳をしたそのアンドロイドは、おそろしいほど可愛かったのだ。

 このまま人生を誤ってもいい。箱崎さんにしてそう思わせるほど可愛かったのだ。そしてその可愛い口から発せられる毒舌は、箱崎さんをもってどこまでも堕ちていきたいと思わせるものなのであった。


 案の定、清麿さんはその雪月改を溺愛していた。


 人前では秘書と呼び、三号機と呼ぶが、裏では「私の天使」と呼んでいるのを、どういうわけか箱崎さんは知っている。


「やおい穴なら認める! いやだけど認める!」

 とは、当時の箱崎さんの、一縷の希望にすがりつきたい乙女心のコメント。


 結局、雪月改にそちらの機能はないとググって確認したが、箱崎さんは、なんともいえない敗北感に打ちのめされた。

 そして箱崎さんは、その村を訪れる度に自分に向けられる悪意に気づいた。

 苛立ちという苛立ち、蔑みという蔑みを、可憐なそのアンドロイドに見たのだった。


『香水きついんだよ、ブース!』

『微妙なブース!』

『微妙なブース!』

『私のマスターになに色目使ってるのよ。なに夢見てるのよ、バアさん!』

『めんどくさい』


 最後の『めんどくさい』だけはよくわからないが、三号機さんの冷たい視線の中に、箱崎さんは確かにその言葉を聞いた。そしてそれは、一字一句違わず、三号機さんが実際に考えた台詞なのだった。さすがは中二病患者と言わざるを得ない。なにが。


「特に、微妙なブスというフレーズは来た」

 とは、箱崎さんの病んだ心のコメント。


 経費節減の折、この村への出張も日帰りだ。かなりきつい。それでもここに来れば清麿さんに会えた。もしかしたら「今日は泊まっていけ」「陽子、帰さないぞ」と、血迷った清麿さんが口走ってしまうかもしれない妄想も楽しめた。


 だが、それも終わった。


 清麿さんとの打ち合わせの間、冷めた視線で人を睨み続ける雪月改。

 もう、彼女がいなかった頃には戻らない。

 清麿さんと箱崎さんの間には、ただビジネスライクな会話があるだけだ。いや、元々そうだったのだが。今朝、新幹線の車内で受け取った、見合い写真が添付された田舎の母からのメールが箱崎さんをさらにメランコリーにさせる。

 それもあったのだ。

 彼の質問にすぐに答えられなかったのは。


「――かな?」

「え?」


 箱崎さんだって、自分が超有能だとは思っていない。

 スーパー編集者だとは思っていない。

 それでもプライドを持って精一杯やって来た。それが、作家との打ち合わせ中に生返事を返してしまった。打ち合わせ中にだ。中二病なだけに。やかましいわ。

 聞いていなかった。

 作家の言葉を。

『マスターは』と、雪月改の少女が、ここぞとばかりに話に割り込んできた。

 箱崎さんにはそう思えた。

『子供の頃のノスタルジーを感じる食べ物には、どんなものがあるかなと聞いたのです』

「うむ、残念ながら私には子供の頃がない」

 清麿さんが言った。

 そうだったのですかーー!

 あんた、生まれたときからその図体ですかーー!

 清麿さんが言ったのは、もちろん、「地球、そして日本での子供の頃がわからない。住んでいなかったのだから」ということなのだが、パニックに陥っている箱崎さんにはいろいろと伝わらない。

『マスター。地球には、お子様ランチというものがあります』

 その言葉を聞いて、清麿さんは顔を輝かせた。

「魅惑的な響きだ。もっと聞かせてくれ。私はノスタルジーを体感したいのだ」

『あした、作ってあげます。典型的なお子様ランチを』

「今夜ではだめなのか。ランチだからか」

『そうではありません。いろいろ用意する必要があるのです。子供が好きなおかずを少量ずつたくさん並べてあるのがお子様ランチなのです。そして、一番重要なのは――』


「あの」

 箱崎さんが言った。


 いたたまれなかった。

 作家の話を聞いていなかった。作家の質問に答えられなかった。まだ生まれたばかりのアンドロイドに、この手の答を持っていかれた。

「源先生、それでは私はこれで。東京に戻らなければなりません」

「ああ、もうそんな時間でしたか。お疲れさまでした、箱崎さん」


「ほんっと、情けない……」

 箱崎さんはタバコの煙を吐いた。

 予定より、いつもより、二時間も早く出てきてしまった。源先生は気づいたろうか。あの雪月改は、私の普段のスケジュールパターンを記憶しているだろうから、きっと気づいている。私が逃げ出したのを。

 失敗くらい、誰でもする。

 それなのに、私は挽回しようともせず逃げてしまった。

 恥ずかしい。

 くやしい。

 箱崎さんはスマホで新幹線とバスの時刻表を確認しようと思った。しかし開いてしまったのは、母が送ってきた見合い写真だ。じっとその人畜無害そうな顔を眺め、箱崎さんは少し涙ぐんでしまった。

「母ちゃん、おら、もうだめだべか。田舎ぁ、帰ったほうがええべか……」

 ちなみに箱崎さんの田舎にそんな訛りはない。

 このほうが雰囲気でるだろうと訛ってみただけだ。余裕だな。

「ほんと、帰ろうっかなあ……」

「あんた、バス待っているのか?」

 そんな箱崎さんの背に、声をかけてきた男がいる。


 長めの黒髪を後ろで縛った、ちょっといい男だった。


■登場人物紹介

源清麿。(みなもと きよまろ)

えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)

三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病オヤジ。美形。


三号機さん。

雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。

小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。

基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。



補陀落渡海。(ふだらくとかい)

えっち星、えっち国宙軍宇宙艦。亜光速航行ユニットをつけた外宇宙航行艦。駆逐艦とされているが、現実には巡洋艦である。

現在はモスボール処理がなされ、パークに展示されている。


不撓不屈。(ふとうふくつ)

えっち星、えっち国宙軍宇宙艦。補陀落渡海は亜光速ユニットによるタイムジャンプ航法で恒星間航行をしていたが、この艦はワープ航法が可能になっている。ワープポイント間を一瞬で結ぶことができる。

宇宙巡洋戦艦。

現在は地球衛星軌道を回っている。


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雪月改三姉妹。
左から一号機さん、二号機さん(ロボ子さん)、三号機さん。
雪月改三姉妹。
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