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ロボ子さんといっしょ!  作者: 長曽禰ロボ子
如月さんといっしょ。編。
140/161

西織先生、泣く。

挿絵(By みてみん)

「酔ってるのか?」

 電話の向こうの声は不機嫌極まりなかった。

「酔ってるよう! やっほー、元気かいっ!」

「おい、西織(にしおり)。オレたちは毎日顔を合わせているよな。いちいち、そんなこと聞くまでもないよな?」

「相変わらず朴念仁だねえ、長澤はっ!」

 今日も美味しい如月(きさらぎ)さんの夕食を楽しみ、晩酌を楽しみ、ぐだぐだタイムに突入している西織先生だ。

 ワイングラス片手に自然と電話してしまったのは、大学時代からの腐れ縁で、今も同じ高校で地学教員|(物理兼任)をしている同僚の長澤先生だ。一時期、周囲からは恋人同士だと思われていたときもあったらしい。ちなみに、文芸部で下読みのボランティアをしている長澤露穂子(ろほこ)さんの実のお兄さんでもある。

「長澤ってさ、やっぱ、三〇の独身女が犬とか猫とか飼うと、かわいそうだとか思う?」

「思わんね。オレがそもそも三〇の独身男だ。しかも一人暮らしだ」

「さみしくて、犬とか猫とか飼いたい?」

「猫は恋しいね。猫がいる生活しかしたことなかったからな。残念ながら、このアパートはペット禁止だ」

「私さあ、猫や犬どころか、アンドロイドと暮らしはじめてさ」

「うん? いや、まさか、二号機さんか?」

「違う、違う。如月だよ、如月。如月買ったんだよ、うち。あれ、露穂子ちゃんから聞いてないの?」

 しばらくの沈黙のあとで、長澤先生が言った。

「オレを怒らせたいのか?」

「へー、聞いてなかったんだー。へー、兄妹仲だいじょうぶー?」

 長澤先生は極度のシスコンなのだ。

 腐れ縁だ。知っている。

「まあ、いいんだよねえ、如月ちゃん。むちゃくちゃかわいいし、家事は完全無欠だし。雪月(ゆきづき)板額(はんがく)さんと違って感情がないって言われてるけど、あれ、嘘ね。ちゃんとあるの。それを必死にアピールしようとする姿が愛おしいの」

「ふーん」

「ねえ、私さ」

「ああ」

「このまま、如月ちゃんと二人で過ごしてもいいなって思った。両親死んだあとでもさ、このどでかい家で、如月ちゃんがいればひとりでもいいかなって思った」

「ふうん」

「やっぱ、かわいそうだと思った? 惨めなヤツだと思った? 犬や猫を飼う女のほうが、まだマシとか思った?」

「うるせえなあ。だから、思わないよ。惨めなヤツだと言ってほしいなら、山本に電話しろよ」

 山本、というのは、同じく大学時代からの友人で、西織先生と長澤先生。そして当時は山本さん武藤さんの四人でグループを作っていた仲間だ。そのうち、山本さんと武藤さんは結婚し、両方山本さんになった。長澤先生が言った「山本」は、たぶん女性の方を指している。男性の方の山本さんはのほほんとした人の良い人で、人に「惨めなヤツ」と言うことは生涯ないだろう。女性の方で、旧姓武藤さんの方が西織先生の親友で美術教員の山本先生。彼女なら思う存分「惨めなヤツ」と言ってくれるだろう。そういう人だ。

 それにしても、女性の山本先生を呼ぶ場合、長澤先生は「武藤」と言っていたはずだ。

 学校や人前では「山本先生」と呼ぶが、自分たちの中だけなら「武藤」と呼んで使い分けていた。自分たちの間だけの会話ならその方が混乱しないし、呼び慣れた名前だったから(ちなみに西織先生は、名前の方の「瑞希(みずき)」で呼ぶので変化はない)。


 こうやって、「友達」より「社会」が優先されて、それに慣れていく。

 こんな夜は、そんなことまでにも胸が痛くなる。


「山本くんだったら、そんなことないよ~って言われるだけだし、瑞希ならもっと酷いこと言われるかも知れないから、彼らには言ってない。こういう話題は、長澤くらいがちょうどいいと思った」

「めんどくせえヤツだな、おい」


 それにね、長澤。


 それに、あなたは、夜中に酔っ払ってこんな電話しても、こいつはオレに未練があるんじゃないかとか考えないでくれる。きっと。


 こいつ、さみしいのかとか。

 やっぱりオレたち結婚するかと言ってほしいのかとか。


 そんなこと思って欲しくて電話したんじゃない。

 ただ、如月さんがかわいいから、うれしいから、それを誰かに言いたかったから。


 それがわかってくれるのは、今の私にはあなたしかいないから。


「でもな」

 と、電話の向こうで彼が言った。

「おまえさ、オレたちの年で世捨て人を気取らなくてもいいんじゃないか」

 ほら、やっぱりわかってくれている。嫌になるくらい。

 腐れ縁だ。

 充分知っている。

「横の繋がりが殆どなかった大学でですら、教育の西織高子と言えばほとんどの男が知っていたぞ。今だって、黙っていればふつうに美人だしな。でも、そういうのが嫌いなんだものな、おまえって」

 居心地が良くて。

 そのまま過ごせればいいやと思って。

 だって、西織と苗字を変えて、このだだっ広い家の私の隣に座っているあなたを、私は想像できなかった。

「今は、如月ちゃんでいいや」

「そうか」

 でもそのうち、きっとあなたもだれかと結婚して、こんな電話できなくなるね。

 さみしいのは、そういうこと。

 泣きたくなるのは、そういうこと。

「その前は、露穂子ちゃんだったんだけどね」

「なに?」

「露穂子ちゃんをこの家に連れ込んで、で、ふたりでBLでも書いて暮らせたらいいなと思ってたんだよなー」

「おまえな、うちの妹をなんだと――あ、まて」

 少しの沈黙のあと、真面目な口調で長澤先生が言った。

「おまえ、たしかレズではなかったよな。そうなると、おまえの所に行かせれば、露穂子はずっと処女のままということか……?」

「アホか、あんたは!」

 西織先生は電話を切った。

 スマホを不機嫌そうに睨んだあとで、グラスをくいっとあおり、ゲラゲラと笑った。


 おかしくてならなかった。

 そのあとで、少し泣いた。


 その男たちがやってきたのは、午後のことだったらしい。

 なにも知らずに、今夜のごはんはなにかなと帰ってきた西織先生は、迎えてくれた如月さんに違和感を覚えた。

「如月さん?」

『はい、お嬢さま。お帰りなさいませ、お嬢さま』


「あなたは……だれ?」


 如月さんは大正ロマンの女給さんスタイルで小首をかしげている。どうやら、今日はお父さんの趣味が通ったらしい。

「如月さん」

『はい、お嬢さま』

「ネジはどうしたかな。やっぱり捨てちゃった?」

『わかりません、お嬢さま。私は、今日来たばかりの如月ですから』


「金のエンゼル」

 血相を変えてリビングに飛び込んできた西織先生に、ご両親はその言葉を伝えた。

「ウエスギ製作所の人たちはそんなこと言わなかったがね、詳しい友人に電話で話を聞いてみたら、如月にはそういう不良機種があるらしいんだ。うちに来たのは『アルファ症候群系』と呼ばれるものだそうだ。こちらはウエスギ製作所の人たちが口にしていた。その傾向が疑われる如月を、手違いで出荷してしまったそうだ」

「アルファ症候群系――権勢症候群……」

「そう。オーナーの言うことを聞かなくなる可能性があったそうだ」

「そういえば、あの子、はじめからその傾向ありましたね」

 とは、お母さん。

「うん、いい子だったけどねえ。まあ、早いうちに見つけてもらって良かった」

「あの子はもういないの……?」

 西織先生が言った。

 ご両親は難しい顔をした。

「おまえは、あの子のことを気に入っていたみたいだからな。まあ、ウエスギ製作所さんを責めてやるな。土下座せんばかりに平謝りだったよ」

「私たち、あの子のままでいいとも言ったんですよ。お掃除もきちんとしてくれたし、お料理もすばらしかったからって。だけど、ダメなんですって」

「うん、何かが起きてからでは遅いんだ。彼らだって必死だろう。もし事故を起こされたらな。わかるだろう」


 わかるだろう。


 西織先生はリビングの高い天井を見上げた。

 高いなあ……。

 子供の頃はよくわからなくて、思春期の頃は少し自慢で、そして今は押しつぶされてしまいそう。


「ごめん、ごはんいらない。お風呂に入って寝る」

 視線をドアへと向けると、そこに立っていた新しい如月さんと目があった。

 同じ顔。

 でも知らない子。

「沸いてる?」

 西織先生は目を伏せた。

『はい、お嬢さま』

 新しい如月さんはにっこりと微笑んだ。


 ごめん、新しい如月さん。

 私、しばらく、あなたの顔をまともに見られそうにない。


 風呂から上がると迷わずにパジャマに着替え、西織先生は自分の部屋に引きこもった。


 ちょっとでも、幸せだと思うと奪われちゃうんだな。

 これからもそうなんだろうな。


 ここじゃないどこか、私じゃない誰かなんて、もう探す歳じゃない。

 もう、ここでいいから。

 もう、私でいいから。


 膝を抱える西織先生の目から、涙が一筋流れた。


 さみしい。


■登場人物紹介。

如月。(きさらぎ)

ウエスギ製作所の大ヒット家事補助アンドロイド。

このモデルの大ヒットで調子に乗って、無駄に超高性能なアンドロイド雪月改が生まれたとも言える。


■人物編

森山 祥子。(もりやま さちこ)

地球人。二年四組。文芸部部長。

プロの作家になり、この町を出て行くのが夢。この町唯一の神主が常駐する神社の娘。自身は巫女であり、高校生アルバイトのリーダーを中学生時代からやっていた。


西織 高子。(にしおり たかこ)

地球人。英語教師。板額先生。

あの板額さんに似ているから板額先生。凄い美人だが、独身で変人。三〇歳。


長澤 露穂子。(ながさわ ろほこ)

地球人。一年三組。天文部。通称ロボ子。

ちょっと目つきがきついメガネっ娘。クラス委員なのだが、案外アホの子でもある。どうやら腐った方であるらしい。


長曽禰 虎徹。(ながそね こてつ)

えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(艦長なので中佐相当)。

ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。


源 清麿。(みなもと きよまろ)

えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)

三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病オヤジ。美形。


同田貫 正国。(どうたぬき まさくに)

えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。

一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。


三池 典太 光世。(みいけ でんた みつよ)

えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。

方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。


三条 小鍛治 宗近。(さんじょう こかじ むねちか)

えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)

長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカフェチ。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。


■アンドロイド編。

ロボ子さん。

ウエスギ製作所モデル雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。

本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。

時代劇が大好き。通称アホの子。


板額さん。(はんがく)

タイラ精工板額型戦闘アンドロイド一番機。

高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。


神無さん。(かむな)

雪月改のさらに上位モデルとして開発されたウエスギ製作所モデル神無試作一号機。

雪月改三姉妹の、特に性格面の欠点を徹底的に潰した理想のアンドロイド。のはずだった。しかし現実は厳しく、三姉妹に輪をかけた問題児になりつつある。


一号機さん。

雪月改一号機。弥生。あねさん。マスターは同田貫正国。

目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。

和服が似合う。通称因業ババア。


三号機さん。

雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。

小悪魔風アンドロイド。マスターが中二病小説家で、それにそったキャラにされている。

基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。


■その他。

補陀落渡海。(ふだらくとかい)

えっち星、えっち国宙軍宇宙艦。亜光速航行ユニットをつけた外宇宙航行艦。駆逐艦とされているが、現実には巡洋艦である。

現在はモスボール処理がなされ、パークに展示されている。


不撓不屈。(ふとうふくつ)

えっち星、えっち国宙軍宇宙艦。補陀落渡海は亜光速ユニットによるタイムジャンプ航法で恒星間航行をしていたが、この艦はワープ航法が可能になっている。ワープポイント間を一瞬で結ぶことができる。

宇宙巡洋戦艦。補陀落渡海より一回り以上大きい。

現在は地球衛星軌道を回っている。


タイムジャンプ。

亜光速による恒星間航行技術。

亜光速にまで加速するので、その宇宙船と乗員にとっての時間の流れは遅くなる。補陀落渡海は三五光年を四五年かけて移動したが、船内時間では二年と少しだった。

それをタイムマシン、時間旅行になぞらえて、タイムジャンプ航法と俗称する。

ちなみに、その用語を使っているSFは『闇の左手』しか知らないのですが、他にもありますかね。



※参考文献

『神社若奥日記』岡田桃子(祥伝社)

『「ジンジャの娘」頑張る!』松岡 里枝(原書房)

『「神主さん」と「お坊さん」の秘密を楽しむ本』グループSKIT 編著(PHP研究所)

『知識ゼロからの神社と祭り入門』瓜生中(幻冬舎)

『巫女さん入門 初級編』監修 神田明神 (朝日新聞出版)

『巫女さん 作法入門』監修 神田明神 (朝日新聞出版)

(随時更新。お勧めは『神社若奥日記』)

※『神社若奥日記』には、『嫁いでみてわかった! 神社のひみつ』という増補改訂版がでているようです。


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雪月改三姉妹。
左から一号機さん、二号機さん(ロボ子さん)、三号機さん。
雪月改三姉妹。
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