ロボ子さん、招待する。
『おはようございます、典太さま』
「にゃー、にゃー」
今日も護衛アンドロイド板額さんの声と子猫の鳴き声で一日が始まる。
「おはよう」
今朝の気分はすこぶるいい。
公園の水飲み場で歯ブラシを使いながら頭にざあっと水を被るでもない。板額さんに嫌がられながら上半身裸になってタオルで体を拭くわけでもない。それどころか車中泊ですらない。
典太さんに自覚はなかったが、板額さんによる健康チェックで疲労の色が濃かったらしい。昨夜は深夜営業のスパで湯につかり、ベッドで眠り、ちゃんとした味噌汁付きの朝食をとり、確かに疲れがとれたようだ。
しかしだ。
(おれはまだ三二歳の、元軍人だぞ)
そんな自嘲の思いも浮かばないではない。
『それでは今日もはりきって参りましょう!』
旅に子猫が加わってから、板額さんの機嫌もいい。
『今日はついに山越えです。まずはふたつのポイントをチェックしたいですね。そしてできればもうひとつ』
「元気ですね、板額さん」
運転まで板額さんだ。
県境の長いトンネルをぐんぐん走る。
『実は、この三つ目のポイントが奇妙なのです』
「ふうん?」
『実は、例の単独行動の警視庁公安のチェックは済んでいます。だけど、駐在さんに言い含めてあるらしいのです。何かあったら知らせろと。他でそのような指示をした気配はありません。そもそも単独行動をしている公安が自分の身分を名乗るものでしょうか』
「さあ」
『数年前、山鳴り事件。その頃より三〇代の若者の転入者が多数。多数どころではなく、村の人口が倍になっている。三〇代を若者と表現するのもおかしいです。あ、ごめんなさい。失言でした、典太さま』
「おれはなにも言ってないし、板額さんのナチュラルな毒舌にはもう慣れています」
『ひと組はぐーたらおっさんコンビ』
「はあ」
『ひと組は妙にバタ臭いヤクザ一家』
「ふうん?」
『まともそうなのは売れっ子作家だけど、この人も会話してみると普通じゃない。その他にも、人が住んでいなかった一軒家に次々と住人が住み着いているようなのです。そして決定的におかしいのは』
「うん」
『この村にはアンドロイドが多い!』
「それがなにか」
『如月、フローラⅡにRH202系。そしてとんでもないことに、雪月改!』
「とんでもないのですか」
『雪月改は四・五世代を標榜していますが、そんなわけがないのです。私が世界初であり現在唯一の四・五世代アンドロイドなのです。しかも、しかも!』
「おちついて」
「にゃー、にゃー」
『ぜんっぜん売れなかったくせに、この村に三機そろっているのです。これは怪しいです、おもに頭おかしい系で怪しいです! 絶対調べましょう!』
長いトンネルが終わり、出口が見えてきた。
まばゆい夏の陽射しが差し込んでくる。そして、緑深い山だ。
『気分がよろしいようです、典太さま』
板額さんが言った。
「ああ、昨夜はおかげさまで楽させてもらったからな。いや――」
典太さんは少し考え込んだ。
「そういや、そうだな……。ああ、どうやらおれはウキウキしているようだ。それこそ、この風景が懐かしいからかな……」
歌まで飛び出した。
家を出てはじめて――元気ですと書いた手紙……
板額さんのデータベースによると浜田省吾の『路地裏の少年』。典太さんは気持ちよさそうに歌っている。ホントにこの人は宇宙人なのだろうかと板額さんは思った。
「気をーつけィッ!」
廃校のグラウンドに大音声が響き渡った。
「隊長訓辞ィ! かしらア、なかッ!」
のっそりと姿を現したのは、二メートルは軽くあるだろうという大男だ。
高さだけじゃない。横にも広い。肥満ではない。夏だというのに黒い背広姿なのだが、その上からも発達した筋肉の逆三角形の盛り上がりがわかるのだ。
「諸君。本日我々は、八海山組壊滅作戦を実行する。確認する。目標は敵組織の粉砕。敵組長、敵代貸の確保。生死は問わない。ただし対象の体だけは必ず確保せよ。諸君らの奮闘を期待する。以上だ。先任軍曹、あとは任せる」
「貴様らはなにものだ!」
軍曹さんが怒鳴った。
「サー、宙兵隊であります、サー!」
子分さんたちも負けずに怒鳴り返した。
「一度宙兵隊になったものは、死ぬまで宙兵隊である!」
「一度宙兵隊になったものは、死ぬまで宙兵隊である!!」
「ガンホー!」
「ガンホー!」
「ガンホー!」
「ムーヴ! ムーヴ! ムーヴ! ムーヴ!」
『いってらっしゃいませーー! 今日も商売繁盛で笹もってこーーい!』
校庭を出て行く車列を見送るのは雪月改一号機さんだ。
『迷彩服着たガタイのいい男たちが軍用トラックに乗せられて行きます。ドナドナです。よく今まで捕まらなかったものだと思います。おかしいです日本。あら、二号機さん。ごきげんよう。
うちのマスターですか?
いま商売に出ておりますが、なにか?』
静謐である。
まだ生真面目さが美徳であった時代に作られた愚直な分厚い壁は外の喧噪を通さない。聞こえるのは三号機さんの(ほんとうの体重を感じさせない)静かな足音とゴスロリの衣擦れの音だけだ。
『マスター』
三号機さんのマスターは長身痩躯。
長い黒髪にメガネ。
はっと息を呑むほどの美男子である。彼はモニターから目を離し、三号機さんへとまぶしそうに微笑んだ。
「私の天使」
『お申し付けの『自分の体で実験したい』『人間はどこまで耐えられるか』『世にも奇妙な人体実験の歴史』、要点まとめできました。これでよろしいでしょうか』
「完璧だ。私が知りたかった情報が網羅されている。君のおかげで読み返す時間が短く済む。君という有能な秘書を得て、私は幸せだ。ありがとう、私の天使」
『雪月改はもともと秘書型アンドロイドです。そんな言葉で私が喜ぶと思ったら大間違いです。でも、お昼はオムライスにしましょう』
「それは嬉しいな、私の大好物だ」
『あら、そうだったのですか。私、そんなことぜんぜん知りませんでした。はい、ちょっと甘めに作りましょう。はい、量も多めですね。ほんと面倒くさいです。あら、誰か来たみたいです。あら、二号機さん。ごきげんよう。
マスターですか?
いま仕事中ですが、なにか?』
『一号機さんのマスターさんも、三号機さんのマスターさんも、花火大会に来てくれるそうです。一号機さんのマスターさんは「出入り」の最中なので遅れるかもしれません。どこか骨折しているかもしれません。もしかしたら体の一部がなくなっていることもあるかもしれませんが、気にしないでくださいとのことです』
「……それ、本人がそう言ったの?」
ロボ子さんの報告に、虎徹さんと宗近さんは目を丸めている。
『一号機さんが電話してくれたのですが、そういう返事が返ってきたそうです。一号機さんの家に遊びに行くとときどき見掛けますけど、すごく大きくてとても頑丈そうで、巨大ロボみたいな人です』
「そんなのも補陀落渡海にいたねえ、虎徹さん」
と、宗近さん。
「いたなあ。補陀落渡海の狭い通路じゃ邪魔で邪魔で、もしかしておまえ隔壁やりに来たのってくらいのデカブツ」
と、虎徹さん。
ロボ子さんは笑いかけたが、やはりさみしい。
今夜は夏の終わりの花火大会。
そして補陀落渡海さんとのお別れパーティだ。ついに準備が整った宇宙駆逐艦補陀落渡海が宇宙へと飛び立つ。
『本当にいいのですか』
ロボ子さんが言った。
『本当に、みなさんを招待してもいいんですか、マスター』
「ロボ子さんがそうしたかったんだろう。それにもう、秘密でもなんでもなくなる。まあ、ちょっと混乱して都市伝説になって終わりだろうさ」
虎徹さんが言った。
「にぎやかになるって、補陀落渡海も喜んでたよ、ロボ子ちゃん」
宗近さんが言った。
ロボ子さんはこんどこそ笑った。
めそめそしていちゃいけない。
『さて、私、料理頑張らなくっちゃ。また涙ぐましい努力で貧相な食材から豪華な料理を作りますよ、いっぱいです』
「ごめんね、貧乏で、ほんとごめんね」
『あれ、誰か来ました? うわあ、大きな声。そんな怒鳴らなくても』
「おひけえなすって!」
長曽禰家の玄関に広がっているのは、一号機さんのマスターの図体と、その怒鳴り声だ。
「おひけえなすって、おひけえなすって! 思いがけず仕事が簡単に済みやして、ソウルネーム同田貫正国、秘書の雪月改一号機とまかり越してござんす!』
確かに一号機さんもどこかにいるようだが、マスターさんの巨体の陰で姿が見えない。
『この度はそちらさまの花火大会、このようなヤクザものをお招きにあずかりやして、まことにまことにありがとうござんす! さて……あれ?」
マスターさんの雷鳴のような声が止んだ。
「あれ?」
「あれ?」
玄関をのぞきに来た虎徹さんと宗近さんも目をパチパチさせている。
そこにやってきたのが、三号機さんとマスターさんだ。
「やあ、はじめまして、二号機さんのご家族。私、ソウルネーム源清麿と申します。この度は秘書の雪月改三号機ともどもお招き頂きましてありがとうございます。花火大会と聞いて年甲斐もなくワクワクしてしまいまして、私も少々花火を用意しまして早めに来てしまいました。ところでなんです、この大きな銅像。邪魔だな……あれ?」
「あれ?」
「あれ?」
「あれ?」
『あれ?』
車は高速を降りて山の中を走っている。
「特に士官学校があったところがこんな感じでね。夏は暑いのに冬には雪が深い。ここもそんな感じだ」
典太さんは冷房が逃げるのも構わずウィンドウを下げた。
「いいね、匂いもそんな匂いだ」
楽しそうに典太さんが言った。
■登場人物紹介・アンドロイド編。
ロボ子さん。
雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。
本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。
時代劇が大好き。通称アホの子。
一号機さん。
雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。
目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。
和服が似合う。通称因業ババア。
三号機さん。
雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。
小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。
基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。
板額さん。
板額型戦闘アンドロイド一番機。
高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。
■人物編
長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)
えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。
ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。
三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)
えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)
長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。
三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)
えっち星人。航海長。宙尉(大尉相当)
方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。
城家長茂。(じょうけ ながしげ)
地球人。タイラ精密工業技術開発担当専務執行役員。せんむ。
板額さんを開発した。クールキャラを気取っているが、クールになりきれない。
宇宙船氏。
地球人。警視庁公安の警察官。
ゼロ出身のエリートだが、宇宙船にこだわったために「宇宙船」とあだ名をつけられてしまった。本名も設定されていたが、作者にも忘れられてしまう。
ちなみに、ロボ子さんの呼称は
虎徹さんが「ロボ子さん」
宗近さんが「ロボ子ちゃん」
それ以外は「二号機さん」で統一されています。もしそうじゃないなら、それは作者のミスですので教えてください。




