如月さん、旅を語る。
『お嬢さま』
如月さんは激怒した。
かの邪知暴虐のお嬢さまを除かねばならぬと決意した。
『渡したメモはどうなさったのでございますか。あのメモをどう読めば、こんな巨大なネジを買ってくることができるのですか。ああ、馬鹿ですか。お嬢さまは馬鹿ものですか』
ここはまだ玄関で、西織先生は靴を履いたままあがり框に足もかけてない。出迎えた如月さんにつきだされたのは、巨大なネジだ。ネジとして機能させるものではなく、なにかの面白グッズらしい。
『よろしいです。明日、自分でホームセンターにいって買ってきます。今日一日、自転車で町巡りをしてだいたい把握できました。こんな小さな町ですから。そうでした、はじめからそうすれば良かったのでした。朝の私を叱り飛ばしてやりたいです』
しかし如月さんに表向き感情はない。表情も笑顔しか作れない。
もどかしい。
この邪知暴虐に、この怒りを伝えられないのがもどかしい。なにもかもがもどかしい。しかもあろうことに、この邪知暴虐はあっけらかんと笑っているのだ。
「いやー、癒やしだわー」
ぱかっと口を開け、西織先生は嬉しそうだ。
「一日の疲れ、ふっ飛んでいくわー」
『……』
如月さん、雪月ほどではない頭脳で、それでも微妙に理解した。
『邪知暴虐さま、私をからかって楽しんでいらっしゃいますね?』
今、なんか言った?
明らかに「お嬢さま」じゃない単語使った?
西織先生はバッグの中から小分け袋を取りだした。ネジだ。ネジが四五本はいった小袋だ。
カシャ、カシャと如月さんの瞳が小さな音を立てた。
計測してるんだなと西織先生は思った。
ロボ子ちゃんたちも瞳の色とか変化させることあるけど、こんなメカニカルな音なんてさせないなあ。これぞアンドロイドだよなあ。そんなことまでが、今の西織先生には楽しくてしょうがない。
カシャ、カシャ。カシャ。
如月さんの瞳が通常に戻った。
『それです。それが欲しかったネジです。やはり私をからかったのですね』
「ごめんね、如月さんがかわいくて、かわいくて」
『お嬢さまの性癖など知ったことではありません。とりあえず、ありがとうございました』
差し出された如月さんの手に、西織先生は、ネジの小袋と、そしてあの大きなネジを握らせた。
『こちらのネジはいりません』
「あげる」
『なぜですか』
「ホームセンターでネジ探していたらね、そのネジ見つけて。かわいいなーって。だから、如月さんにあげる」
『ネジなどに感情移入できるお嬢さまは、想像力と博愛に満ちたすばらしい方だと思います。ですが私には理解できません。いりません』
「プレゼント」
と、西織先生が言った。
『……』
「昨日、素敵なディナーを用意してくれたお礼。すごく楽しかったの。だから、そのお礼。ねえ、今日の夕ご飯はなあに? 楽しみに帰って来たのよ」
如月さんは大きなネジをじっと見たまま、フリーズしている。
「如月さん?」
如月さんが無表情のままの顔をあげた。
『旦那さまのリクエストで、たけのこご飯を中心に考えました』
「わあ、いいわね。着替えてくる」
西織先生は靴を脱いで上に上がり、階段を昇りはじめた。
「ああ、如月さん」
階段の途中で、西織先生が振り返った。
「あなた、さっき、この町をだいたい把握したと言ったわね?」
『こんな小さな地方都市ですから』
「今度の土曜、ドライブに連れて行ってあげる。こんな小さな町でもね、そうそう簡単に把握できないってことを教えてあげる」
如月さんは小首をかしげた。
西織先生は鼻歌交じりに階段を昇っていった。
神社というのは、おそらくよそから想像されているだろうよりも忙しく、しかも両親とも留守にするわけにはいかないので、森山さんは家族旅行というものをしたことがない。主に母との一日泊がせいぜいで、そしてまだ一人旅ができる年じゃない。森山さんちの如月さんの旅の話は、そんな森山さんをわくわくさせた。
昨日は如月さんがなぜ旅をしているのかを聞いた。
今日は如月さんの旅の物語だ。
観光地なんか出てこない。聞いたこともない小さな町で、如月さんがアルバイトをして、次の町を目指すだけ。
登場人物も、森山さんが生ている世界とは違う人たち。
だって、家出している如月さんを通報しないでくれそうな人、から探すのだから。
ただ、如月さんから声をかけるより、如月さんに声をかけてくれる人のほうが多かったそう。
「どうしたの、あなた、迷子の如月さんなの?」
「あんた、姿勢が良くないな。そんなんじゃ近く壊れちまうぞ、見せてみな。金がない? そりゃ、アンドロイドなんだからないだろうよ。オーナーもいない? なんだそりゃ、あんた、どこの如月さんってことになるんだね。まあいい、しちめんどくさいこというな。こっちこい。とにかく見せてみろ」
話し相手が欲しいというおばあさんの家で一週間を過ごし、そろそろ旅に戻ると言ったら、「いやだ、いやだ」と泣かれてしまった。
「あなたにはたいせつな約束があるのよね。だから行かなくちゃいけないのよね」
そう言いながら、手を離してくれなかった。
それなのに、お礼は五千円の筈だったのに一万円も包んでくれた。怪しまれないようにと使い勝手がいいようにと、千円札と硬貨にして巾着袋に入れてくれた。応援しているからと、涙でぐちゃぐちゃになった顔で笑ってくれた。その巾着袋は、今でも財布として使っている。
『私、この町ですることを終えても、すぐには家に帰らないんです。お世話になった皆さんのところに、おかげさまで約束を果たせましたと報告しながら帰るんです。だから、この町にたどり着けたからといっても、私にはまだ旅をするお金が必要なんです』
こんなん、泣いてしまうわ。
森山さん、話を聞きながらテイッシュボックスを脇に抱えている。
ちなみに、如月さんが「家」と言っているのは、ウエスギ製作所の研究所のことらしい。
そして如月さんは、この町にやって来た。
友達との約束を果たすために。
「この町が、そんな素敵なドラマの舞台になるだなんてね」
『ドラマですか?』
「それで、どうして私に声をかけたの?」
『この神社の娘さんだろうと予想できたからです』
「神社だと何かあるの?」
『お寺か神社なら、通報せずに私の話を聞いてくれるかなと思いました。そして、この神社なら働かせてくれるだろうと思いました。目的の家を探すための基地が必要だと思いました』
「なんで? うち貧乏だよ?」
『境内が汚かったから』
ああ。
そっちの意味……。
森山さんは苦笑い混じりで鼻をかんだ。
確かに、バッテリーの充電と少しばかりのバイト代を貰えれば境内を清掃しますと言われれば、飛びついたろうな、うちなら。すでに如月さんを購入していたためにややこしくなっただけで。
「それで、如月さん」
『はい、祥子さん』
「目指していたこの田舎町にたどり着いた。それで、その家は見つけられたの?」
『それはこれからです。神社かお寺がいいと思ったのは、顔が広いはずだと思ったのもあります』
うん、それは正しい。
貧乏ではあるが、森山さんのお父さんはこの町の名士のひとりであるのは違いない。ふつうじゃありえない情報も集まってくる。
「とはいえ、小さいとはいえ五万都市だからねー。その家、簡単に見つけられるかなあ。まずは『如月さんを所有していたことがある』が一番目のチェック項目だね? それだって、何軒あるか」
『はい、そして……』
「ああ、待って」
森山さんは机の引き出しからメモ用紙とシャープペンシルを取り出した。
「メモする。もしかしたら絞れるかも知れない。その家」
『はい。まず、その家はとても大きくて……』
そして、そう話しはじめた如月さんが挙げた「その家」の特徴は、森山さんを愕然とさせたのだった。
メモを取るまでもなかった。
森山さんの手の動きが止まっているのを気にもせず、最後に如月さんはその家の苗字を言った。ついでにオーナーの娘の名前まで言った。
「如月さん」
『はい、祥子さん』
「明日、土曜。あの箱を処分するでしょう?」
『はい、堂々とですね』
「はい、堂々とです。そのあと、連れていってあげる。自転車に乗れる?」
『はい、乗れます。どこにですか?』
「あなたが探している家に。如月さんはお母さんの自転車を使ってください」
如月さんは小首をかしげた。
『ご存じなのですか、西織高子さまの家』
はい、ご存じです。
「美味しー!」
つけあわせは、野菜のおひたしに茶碗蒸し。ぱりぱり食べられるきゅうり中心のサラダ。小鉢がふたつ。そしてしじみのお味噌汁。
今日も絶品の夕ご飯に、西織先生は幸せそうな声を上げた。
■登場人物紹介。
如月。(きさらぎ)
ウエスギ製作所の大ヒット家事補助アンドロイド。
このモデルの大ヒットで調子に乗って、無駄に超高性能なアンドロイド雪月改が生まれたとも言える。
■人物編
森山 祥子。(もりやま さちこ)
地球人。二年四組。文芸部部長。
プロの作家になり、この町を出て行くのが夢。この町唯一の神主が常駐する神社の娘。自身は巫女であり、高校生アルバイトのリーダーを中学生時代からやっていた。
西織 高子。(にしおり たかこ)
地球人。英語教師。板額先生。
あの板額さんに似ているから板額先生。凄い美人だが、独身で変人。三〇歳。
長澤 露穂子。(ながさわ ろほこ)
地球人。一年三組。天文部。通称ロボ子。
ちょっと目つきがきついメガネっ娘。クラス委員なのだが、案外アホの子でもある。どうやら腐った方であるらしい。
長曽禰 虎徹。(ながそね こてつ)
えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(艦長なので中佐相当)。
ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。
源 清麿。(みなもと きよまろ)
えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)
三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病オヤジ。美形。
同田貫 正国。(どうたぬき まさくに)
えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。
一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。
三池 典太 光世。(みいけ でんた みつよ)
えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。
方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。
三条 小鍛治 宗近。(さんじょう こかじ むねちか)
えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)
長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカフェチ。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。
■アンドロイド編。
ロボ子さん。
ウエスギ製作所モデル雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。
本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。
時代劇が大好き。通称アホの子。
板額さん。(はんがく)
タイラ精工板額型戦闘アンドロイド一番機。
高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。
神無さん。(かむな)
雪月改のさらに上位モデルとして開発されたウエスギ製作所モデル神無試作一号機。
雪月改三姉妹の、特に性格面の欠点を徹底的に潰した理想のアンドロイド。のはずだった。しかし現実は厳しく、三姉妹に輪をかけた問題児になりつつある。
一号機さん。
雪月改一号機。弥生。姐さん。マスターは同田貫正国。
目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。
和服が似合う。通称因業ババア。
三号機さん。
雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。
小悪魔風アンドロイド。マスターが中二病小説家で、それにそったキャラにされている。
基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。
■その他。
補陀落渡海。(ふだらくとかい)
えっち星、えっち国宙軍宇宙艦。亜光速航行ユニットをつけた外宇宙航行艦。駆逐艦とされているが、現実には巡洋艦である。
現在はモスボール処理がなされ、パークに展示されている。
不撓不屈。(ふとうふくつ)
えっち星、えっち国宙軍宇宙艦。補陀落渡海は亜光速ユニットによるタイムジャンプ航法で恒星間航行をしていたが、この艦はワープ航法が可能になっている。ワープポイント間を一瞬で結ぶことができる。
宇宙巡洋戦艦。補陀落渡海より一回り以上大きい。
現在は地球衛星軌道を回っている。
タイムジャンプ。
亜光速による恒星間航行技術。
亜光速にまで加速するので、その宇宙船と乗員にとっての時間の流れは遅くなる。補陀落渡海は三五光年を四五年かけて移動したが、船内時間では二年と少しだった。
それをタイムマシン、時間旅行になぞらえて、タイムジャンプ航法と俗称する。
ちなみに、その用語を使っているSFは『闇の左手』しか知らないのですが、他にもありますかね。
※参考文献
『神社若奥日記』岡田桃子(祥伝社)
『「ジンジャの娘」頑張る!』松岡 里枝(原書房)
『「神主さん」と「お坊さん」の秘密を楽しむ本』グループSKIT 編著(PHP研究所)
『知識ゼロからの神社と祭り入門』瓜生中(幻冬舎)
『巫女さん入門 初級編』監修 神田明神 (朝日新聞出版)
『巫女さん 作法入門』監修 神田明神 (朝日新聞出版)
(随時更新。お勧めは『神社若奥日記』)
※『神社若奥日記』には、『嫁いでみてわかった! 神社のひみつ』という増補改訂版がでているようです。




