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ロボ子さんといっしょ!  作者: 長曽禰ロボ子
如月さんといっしょ。編。
137/161

森山さん、追跡する。

挿絵(By みてみん)

『お嬢さま』

 少し幸せなディナーの翌朝。

 出勤しようと玄関で靴を履いている西織(にしおり)先生に、如月(きさらぎ)さんが微妙な顔で話しかけてきた。如月さんの微妙な顔というのはどんな顔なのか、見てみたいものではあるが。

 如月さんはメモを渡した。

『どこかで、このネジを買ってきてください』

 如月さんらしい几帳面な字で、きっちりかっちり規格と絵が書かれている。

「ネジ?」

『体の調子がおかしいと思って自己診断してみましたら、ネジが一本足りませんでした』

「それは比喩でも自虐でもなく?」

『それは比喩でも自虐でもありません。ケンカ売ってございますか、お嬢さま』

 恐るべし、雪月改(ゆきづき・かい)二号機、ロボ子さん。

 彼女はほんとうに、こっそり如月さんのネジを一本抜いていたのであった。


『いい匂い』

 ネジを抱いて寝たロボ子さんの寝言を、神無(かむな)さんは聞いたのだという。


『お帰りなさいませ、お嬢さま』

 鳥居の向こうから、竹箒を手に如月さんが頭を下げてきた。

 一日中、掃除していたのだろうか。

 たしかに、参道がきれいになっているようだ。

 それにしても「お嬢さま」は心臓に悪い。慣れなければいけないのだろうか。それとも相談可なのだろうか。あとで話してみようと森山さんは思った。

 自転車を停めて家の玄関を開け、自転車を入れようと振り返ったら、すぐそこに如月さんが立っていた。

「うわっ!」

 このスピードは心臓に悪い。

『お嬢さまがお帰りになったので、夕ご飯を作ります。下ごしらえはしてありますからすぐです。着替えてらしてください。社務所を掃除なさっていた宮司さま、権禰宜(ごんねぎ)さまにも声をかけましたので、もうすぐいらっしゃいます』

 誰のことですか?と思わず言ってしまいそうになるが、森山さんのお父さんとお母さんのことだ。それより。

「如月さん、あのね」

『はい、お嬢さま』

「そのお嬢さまというのは変更可能?」

 如月さんは小首を少しかしげ、

『娘さん』

「あんたは、どこかの村の人の良いおじさんか」

『お嬢ちゃま』

「そういう方向性ではなく」

『森山祥子(さちこ)さま』

「名前だけで、あとは『さま』を『さん』に」

『祥子さん』

「おけ。今度からそう呼んでください。大丈夫です?」

『大丈夫です』

 森山さんはくすっと笑った。

 はじめて如月さんと長く話したな。

「良かった。私、お嬢さまなんて呼ばれ慣れてないもの。ドキッとしちゃう」

 如月さんは、じっと森山さんの顔を見ている。

「なに?」

『お嬢さまは』

「祥子さん」

『申し訳ありません。祥子さんはお小遣いを貰ってますか?』

「うん?」

『おいくらほど?』

「月に五〇〇〇円だけど?」

『……』

 如月さんはなかなか表情を変化させないので、この沈黙をどうとっていいのか。森山さんが戸惑っていると、如月さんが言葉を継いだ。

『そのお小遣いを……私も……』

 その時、玄関先にお父さんとお母さんがやってきた。

 如月さんは言葉を止めた。

「おう、サチ、お帰り。どうだ、参道が見違えるようにきれいになっただろう。如月さんが一日中掃除してくれたんだ。働き者だ。働き者だ」

 晴れ晴れとした笑顔で、お父さんが言った。

 ふたりに会釈して如月さんは家の中に入っていった。


『そのお小遣いを……私も……』


 夕ご飯は美味しかった。

 お母さんがはしゃいでいた。いろいろと料理の質問をしていたが、如月さんの返事は『内臓されているレシピ通りに作っただけです』だけという、木で鼻を括ったようなものだったのだけれど。

 自分が反抗期だというのを自覚している森山さんにとっても、普段と違う誰かがいる食卓というのは新鮮だった。まるでお料理屋さんのように、きれいに盛り付けられ並べられた料理にも心が華やいだ。


 ただ、食事を終え、お風呂に入り、ノルマの読書を終えてキーボードに向かった森山さんは考え込んでしまった。

 というか、深く考えるまでもない。


 あの如月さんは、お小遣いを欲している。


 なぜだろう。

 買いたいものでもあるのだろうか。

 アンドロイドが? それも、まだ生まれたばかりのアンドロイドが?

 遊ぶお金?

 こんな小さな町、若い子が遊べるところなんてない。駅前にハンバーガーショップもない。人通りのまったくない通りに、ただ飲み屋ばかりが並んでいる。如月が呑んでカラオケで演歌でも歌うの?

 そりゃ、見てみたい気もするけど。


 外の竹林が、風でさやさやと音を立てている。

 その中に足音のようなものが聞こえたような気がした。

 夜11時。朝が早い両親はもう眠っている。森山さんは障子を少し開けて外をのぞいてみた。

 外はほのかに明るい。

 防犯を兼ねて、境内の一部の灯りは一晩中つけられている。

 灯籠とかの趣のある灯りではなく、ただのLED電灯だ。もうすぐ夏だというのに寒さを感じてしまうような光だ。せめて電球色にしてくれればいいのに。そんなことを思った。


 その寒い光の中に、如月さんが立っている。


 それを見たとき、なぜ総毛立ってしまったのだろう。


 如月さんの両目が光っている。

 緑色に光っている。

 気配に気づいたのか、如月さんが二階のこちらの窓を見あげた。

 「あっ!」と、森山さんは障子を閉めた。

 胸が高鳴った。

 外に如月さんがいる。それだけのことだ。掃除をしているのかも知れない。アンドロイドは眠らないのだから、まだ仕事をしているのかもしれない。

 でも、怖かった。

 なにかが、怖かった。

 玄関の戸が開く音がした。

 如月さんが戻ってきたのだ。

 身構えて待っていたが、如月さんは二階に上がってこなかった。


 森山さんの部屋の襖が開いたのは、森山さんが部屋の明かりを消し、布団に潜り込んで一時間も経ったあとの深夜一時近くのことだった。

 如月さんだ。

 あの緑色に光る目で部屋の中をうかがっている。

 真っ暗な部屋に、ただ森山さんの寝息だけが聞こえている。実際にはどれくらいそうしていたのかわからない。もしかしたら一時間はそうしていたのかもしれない。ほんの二三分だったのかもしれない。如月さんは襖を閉めて階段を降りていった。


 森山さんが、ふとんの中で目を開けた。


 如月さんが歩いて行く。

 巫女装束ではなく、最初に着ていたトレーナーにジーンズだ。そういえば、あれも不思議だったのだ。どこで手に入れたのか。

 如月さんはアンドロイドだ。たぶん、耳は人よりいいだろう。

 なるべく離れ、足音がしない道を選んだ。

 こちとら、生まれたときからここの住人だ。

 ここ数年ご無沙汰とはいえ、境内はくまなく知っている。少しの灯りがあれば大丈夫歩けるのだ。


 なにをしているのだろう。

 アンドロイドが真夜中に、人目を避けて、自分が眠っているのを確認すらして、なにをしようとしているのだろう。


 胸の高鳴りが止まらない。

 大人になって――いや、まだ大人じゃない。

 子供の頃をすぎて、こんなにドキドキしたのは初めてだ。こんなドキドキしない町で。


 如月さんはどうやら倉庫を目指している。

 例大祭(れいたいさい)で使う神輿(みこし)などを収めている倉庫だ。

 そうとわかって、森山さんはわざと遠回りをして、地面がコンクリートで固められた方から近寄った。足は音のしないスニーカー。服も動きやすいスエットの上下。ガラガラと派手な音がする玄関ではなく、窓から外に出た。ミステリが好きで、こんなシーンをなんどか読んだ覚えがあって助かった。


 如月さんが開けた倉庫の重い戸は、音が鳴るのを嫌ってだろう完全には閉められておらず、その隙間から中をうかがうことができた。

 気をつけないと。

 如月さんの目が緑色だったのは暗視装置の関係だろう。彼女は暗闇でも行動できるのだ。今度はサスペンスの知識からそんな事を思った。

 灯りがつけられていない倉庫の中は暗いけれど、充分に目が暗闇に慣れているし、境内のLED電球の明かりが窓を通して差し込んでいる。


 如月さんの姿がある。

 倉庫の床に横たわっている。


 ごくり。

 森山さんはツバを飲み込んだ。

 胸の高鳴りは、さらに激しく森山さんを叩く。


 横たわっている?

 いいえ。

 あれは――倒れている!


 森山さんは戸を少しだけ広げて倉庫の中に入った。

「如月さん……?」

 あっと気づいた。

 横たわっている如月さんは服を着ていない。

 しまった、やばい。もう少し観察してからにすべきだった。


『夜眠らない人類がいるというのは、意外でした』


 背後から声がした。

 振り返ったそこに、トレーナーにジーンズ。そして緑色に光る目をした如月さんが立っていた。


■登場人物紹介。

如月。(きさらぎ)

ウエスギ製作所の大ヒット家事補助アンドロイド。

このモデルの大ヒットで調子に乗って、無駄に超高性能なアンドロイド雪月改が生まれたとも言える。


■人物編

森山祥子。(もりやま さちこ)

地球人。二年四組。文芸部部長。

プロの作家になり、この町を出て行くのが夢。この町唯一の神主が常駐する神社の娘。自身は巫女であり、高校生アルバイトのリーダーを中学生時代からやっていた。


西織 高子。(にしおり たかこ)

地球人。英語教師。板額先生。

あの板額さんに似ているから板額先生。凄い美人だが、独身で変人。三〇歳。


長澤 露穂子。(ながさわ ろほこ)

地球人。一年三組。天文部。通称ロボ子。

ちょっと目つきがきついメガネっ娘。クラス委員なのだが、案外アホの子でもある。どうやら腐った方であるらしい。


長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)

えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(艦長なので中佐相当)。

ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。


源清麿。(みなもと きよまろ)

えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)

三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病オヤジ。美形。


同田貫正国。(どうたぬき まさくに)

えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。

一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。


三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)

えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。

方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。


三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)

えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)

長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカフェチ。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。


■アンドロイド編。

ロボ子さん。

ウエスギ製作所モデル雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。

本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。

時代劇が大好き。通称アホの子。


板額さん。(はんがく)

タイラ精工板額型戦闘アンドロイド一番機。

高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。


神無さん。(かむな)

雪月改のさらに上位モデルとして開発されたウエスギ製作所モデル神無試作一号機。

雪月改三姉妹の、特に性格面の欠点を徹底的に潰した理想のアンドロイド。のはずだった。しかし現実は厳しく、三姉妹に輪をかけた問題児になりつつある。


一号機さん。

雪月改一号機。弥生。あねさん。マスターは同田貫正国。

目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。

和服が似合う。通称因業ババア。


三号機さん。

雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。

小悪魔風アンドロイド。マスターが中二病小説家で、それにそったキャラにされている。

基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。


■その他。

補陀落渡海。(ふだらくとかい)

えっち星、えっち国宙軍宇宙艦。亜光速航行ユニットをつけた外宇宙航行艦。駆逐艦とされているが、現実には巡洋艦である。

現在はモスボール処理がなされ、パークに展示されている。


不撓不屈。(ふとうふくつ)

えっち星、えっち国宙軍宇宙艦。補陀落渡海は亜光速ユニットによるタイムジャンプ航法で恒星間航行をしていたが、この艦はワープ航法が可能になっている。ワープポイント間を一瞬で結ぶことができる。

宇宙巡洋戦艦。補陀落渡海より一回り以上大きい。

現在は地球衛星軌道を回っている。


タイムジャンプ。

亜光速による恒星間航行技術。

亜光速にまで加速するので、その宇宙船と乗員にとっての時間の流れは遅くなる。補陀落渡海は三五光年を四五年かけて移動したが、船内時間では二年と少しだった。

それをタイムマシン、時間旅行になぞらえて、タイムジャンプ航法と俗称する。

ちなみに、その用語を使っているSFは『闇の左手』しか知らないのですが、他にもありますかね。



※参考文献

『神社若奥日記』岡田桃子(祥伝社)

『「ジンジャの娘」頑張る!』松岡 里枝(原書房)

『「神主さん」と「お坊さん」の秘密を楽しむ本』グループSKIT 編著(PHP研究所)

『知識ゼロからの神社と祭り入門』瓜生中(幻冬舎)

『巫女さん入門 初級編』監修 神田明神 (朝日新聞出版)

『巫女さん 作法入門』監修 神田明神 (朝日新聞出版)

(随時更新。お勧めは『神社若奥日記』)


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雪月改三姉妹。
左から一号機さん、二号機さん(ロボ子さん)、三号機さん。
雪月改三姉妹。
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