雪月改、悲嘆する。
「さて」
と、軍服から部屋着に着替え、食卓についた虎徹さんは腕を組んだ。
「今日の夕飯は、久々にどん兵衛なのだな」
「どん兵衛たぬき蕎麦のようだ。ぼくはきつねうどんのほうがいいんだが」
同じく腕を組んで、テーブルの上に置かれたどん兵衛を見つめている宗近さんだ。
「なあ、虎徹さん。あんた、今度はなにをやらかしたんだ?」
「なんでおれがやらかした前提なの。なあ、おれは君の艦長さんだぞ?」
『図体だけはでかいお二人には、お正月の残りのお餅シングルパックをチンして入れてあげます』
ヤカンでお湯を注いで回っているのは神無さんだ。
「なあ、神無さん」
『はい、マスター』
「ロボ子さんになんらかの差し障りがあるとして、でも、なんで君がいるのにぼくらはカップ麺なのだろう」
『私もどん兵衛です』
だがしかし、虎徹さんと宗近さんには蕎麦なのに、自分だけうどんだ。宗近さんは半眼で、うらやましそうにどん兵衛うどんを見つめている。
「神無さん、君も家事補助アンドロイド雪月の一員なのだろう? 数千のレシピを内蔵しているのだろう?」
『マスターは、私が料理をしているところを見たことがありますか』
「ありません」
『私もです。あ、マスター、宗近さん、時間ですよ、伸びますよ』
「うお」
「うお」
「ああ、餅がまだ硬いじゃないか。だからうどんが良かったんだ」
宗近さんは、まだうどんに未練がある。
『うどんは神無さんのものです。あ、お客さまのようです』
さすがに雪月改を上回る高性能を無駄に誇る神無さん、知らせの前に来客を察知して玄関へと向かった。そして連れてきたのは清麿さんと同田貫さんの大男ふたりだ。
「お邪魔する」
「お邪魔する。なんだ、カップ麺か。余っているならおれにもくれ」
「私にもいただきたい。私の天使がご飯を作ってくれない」
『どん兵衛蕎麦でいいなら』
「うどんがいい」
「うどんがいい」
『どん兵衛蕎麦でいいなら』
「わかりました」
「わかりました」
「というか、そこにどん兵衛うどんがないか?」
『それは私のうどんです。餅もいれてます。待っていてください、今お湯を沸かしてきます。私のうどんに手をつけたら戦います』
「わかりました」
「わかりました」
大男ふたりは席に着いた。
長曽禰家の食事室のテーブルは大きい。
余裕を持って一〇人は座ることができるほどのものだ。
それでも、一方は一九〇の長身、もう一方はさらに大きな二メートル越えで体重も軽く一〇〇キロを越える巨漢とくると、この二人が席に着いているだけでとりあえず遠近感が狂う。
しかも二人ともさきほどから不機嫌極まりない顔をしているのだ。
すでにどん兵衛蕎麦を食べ始めている虎徹さんと宗近さん、圧迫感を感じずにはいられない。これではあまり美味しくない。
どん兵衛蕎麦を両手に持って、神無さんが戻ってきた。
『お喜びください。優しい神無さんが、あなたがたのどん兵衛にもお餅を入れてあげました』
「スープの袋が中で浮かんでいるのだが」
と清麿さん。
「あ、ほんとうだ」
と同田貫さん。
『あ、忘れてました。てへ』
「神無さん。モデル雪月最新機種であるはずの君のミスは、ドジと言うよりただの嫌がらせだと判断せざるを得ない」
「まあ、よせ、清麿先生。おれたちはそもそもどん兵衛を食べに来たわけじゃない」
「じゃあ食うなよ!」
と、虎徹さん。
「艦長。思い当たることはないか。先ほども言ったが、私の天使|(三号機さん)がご飯を作ってくれない」
清麿さんは、箸でスープの袋を取り出している。
「昼中、妙にテカテカした顔ではしゃいでいた弥生さん|(一号機さん)が、急にカサカサの肌になって無反応になってしまった」
こちらは、豪快に指を突っ込んで拾い上げている同田貫さんだ。
「ああ、待て。電話だ」
虎徹さんはスマホを取り上げた。
「典太からだ。板額さんが目の前で執拗に蹴りの素振りを繰り返しているんだが、思い当たることはないかと言っている」
「つまり、板額さんもおかしいのか」
清麿さんが言った。
「明日、生きている彼と会えるのかな」
宗近さんが言った。
「ああ、そういえば二号機さんはどうしたんだ。見かけないようだが」
同田貫さんが言った。
「気づくの遅えだろ。そもそも、ロボ子さんがいないから、この食事なんだ」
「そういやそうだな」
「神無さんがいつも通りなので、スルーしてしまった」
ぱきん。
きれいな音を立てて、割り箸が割れた。
『私は私のうどんをいただきます。みなさまのおかげで五分を数分オーバーしたようですが、どん兵衛うどんですから問題ないのです。むしろ歓迎です。いただきます』
「……」
「……」
「……」
「……」
『なんでしょう?』
お餅を、ぶよよ~~~んと伸ばしながら、つぶらな瞳で神無さんが言った。
「ねえ、神無さん」
代表して虎徹さんが聞いた。
「ロボ子さんはどこにいったの?」
『家にいますよ。自分の部屋でさっきから泣いてます』
「なにを怒っているんだ?」
『ですから、怒っているのではありません。先輩は悲しいのです。悲しくてなにも手に着かないのです』
「何が起きたんだ?」
『もう如月さんと遊べなくなったのです』
「はあ」
「はあ」
「はあ」
「はあ」
「如月って、あれか。この村でもときどき見かける、あの素朴な女子高生みたいなビジュアルの無表情ロボか」
「あれ、たまに困るんだよな」
と、宗近さん。
「如月とすれ違ったのに、また別の如月が歩いてくるのに出くわすことがあって、すごいデジャブというか混乱することがある。同じ顔で無表情だからなあ」
「おまえ、如月には欲情しねえの?」
と、虎徹さん。
「いやあ、ロボはやっぱり金属でないとな。如月ってのは外殻が強化プラスチックなんだ。あれじゃあ、いまいち触手が伸びないな、はは」
「はは、そりゃひどい。はは」
「はは、このヘンタイめ」
「はは」
『おい、オヤジども。ロボである私の前でロボを対象にした猥談やめろ。西織先生のおうちで、その如月さんを買ったのです。それでお披露目ということで、私たちも呼ばれて、朝までどんちゃん騒ぎをしたのです。主に如月さんを着せ替え人形にして。楽しかったのです』
「朝言ってた、女遊びがどうのって、それか」
「顔がテカテカになるまでって、どんだけ如月を弄り倒したんだよ」
『心ゆくまで』
「はあ」
「はあ」
『それなのに、西織先生のけちやろうが、もう会わせてやらないと宣言しやがったのです。あの如月さんは自分だけのものだと』
「はあ」
「はあ」
「よくわからないのだが」
と、同田貫さん。
「その如月さんと会えなくなったので、弥生さんの機嫌が悪いのか? 他のアンドロイド娘たちも?」
『そうです』
「たった、それだけで?」
『同田貫の親分さん』
「はい、神無さん」
『たったいま、親分さんは一号機さんの特技を忘れていらっしゃいますね?』
同田貫さんは衝撃を受けた。
腕を組み神無さんへと顔を向けた姿のまま、同田貫さんは固まってしまった。
そう。一号機さんは、この村で行われたことはすべて把握できる地獄耳と千里眼の持ち主なのだ。
「や、弥生さん……」
同田貫さんは声を絞り出した。
「如月さんを買おう。弥生さん専用の如月さんを買いましょう。あなたが望むだけ……」
『いりません』
そして、いつ来たんだというタイミングで返事をする一号機さんなのだ。
同田貫さんの背後から、ゆらっと一号機さんが姿を現した。
『なんというデリカシーの無さ。私はあの如月さんに心を奪われたのです。マスターは、愛犬を喪ったばかりの子供に「次の犬だ」と犬を買ってくるような人なのですね』
「わああああ、ごめんなさいいいい!」
同田貫さんは飛び上がり、その巨体を丸めて土下座した。
『私は少し、欲しいかも知れません。私のための如月』
そう言ったのは、いつの間にか席に着いていて、なにも置かれていない自分の前のテーブルの上をじっと見つめている三号機さんだ。
『でも三号機さん。あの如月さんはあの如月さんだけ。代わりなんていません』
そして、ロボ子さん。
ロボ子さんの言葉に、ロボ子さん自身も含めた三姉妹は涙腺を決壊させてしまうのだった。
『これ、ネジ! 如月さんのネジ! こっそり抜いてきたの! 私の宝物!』
『ああっ、いつの間にそんなことを! 二号機さん、恥を知りなさい!』
『これを見て思い出すんだ、あの子のこと!』
『ああっ、私にも貸して、ネジ! そのネジ!』
虎徹さんは、大騒ぎをしている三姉妹にため息をついた。
「オーナーのおれが言うのもなんだが、地球のアンドロイドって、ほんと変だよな」
『雪月改だからじゃないですか』
「板額型一番機もなんだが」
『ああ、そうでした』
「で、雪月最新機種であるところの神無さん、君はいいのか。この如月さん騒動に加わらなくても。今朝は、君も顔をツヤツヤにしてたと思うが」
神無さん、どん兵衛うどんを汁まで飲み干し、笑顔で答えたのだった。
『私、まだまだ色気より食い気ですから!』
「充分変なアンドロイドだよ、君も……」
虎徹さんが言った。
■登場人物紹介。
如月。(きさらぎ)
ウエスギ製作所の大ヒット家事補助アンドロイド。
このモデルの大ヒットで調子に乗って、無駄に超高性能なアンドロイド雪月改が生まれたとも言える。
■人物編
森山祥子。(もりやま さちこ)
地球人。二年四組。文芸部部長。
プロの作家になり、この町を出て行くのが夢。この町唯一の神主が常駐する神社の娘。自身は巫女であり、高校生アルバイトのリーダーを中学生時代からやっていた。
西織 高子。(にしおり たかこ)
地球人。英語教師。板額先生。
あの板額さんに似ているから板額先生。凄い美人だが、独身で変人。三〇歳。
長澤 露穂子。(ながさわ ろほこ)
地球人。一年三組。天文部。通称ロボ子。
ちょっと目つきがきついメガネっ娘。クラス委員なのだが、案外アホの子でもある。どうやら腐った方であるらしい。
長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)
えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(艦長なので中佐相当)。
ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。
源清麿。(みなもと きよまろ)
えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)
三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病オヤジ。美形。
同田貫正国。(どうたぬき まさくに)
えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。
一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。
三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)
えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。
方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。
三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)
えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)
長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカフェチ。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。
■アンドロイド編。
ロボ子さん。
ウエスギ製作所モデル雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。
本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。
時代劇が大好き。通称アホの子。
板額さん。(はんがく)
タイラ精工板額型戦闘アンドロイド一番機。
高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。
神無さん。(かむな)
雪月改のさらに上位モデルとして開発されたウエスギ製作所モデル神無試作一号機。
雪月改三姉妹の、特に性格面の欠点を徹底的に潰した理想のアンドロイド。のはずだった。しかし現実は厳しく、三姉妹に輪をかけた問題児になりつつある。
一号機さん。
雪月改一号機。弥生。姐さん。マスターは同田貫正国。
目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。
和服が似合う。通称因業ババア。
三号機さん。
雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。
小悪魔風アンドロイド。マスターが中二病小説家で、それにそったキャラにされている。
基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。
■その他。
補陀落渡海。(ふだらくとかい)
えっち星、えっち国宙軍宇宙艦。亜光速航行ユニットをつけた外宇宙航行艦。駆逐艦とされているが、現実には巡洋艦である。
現在はモスボール処理がなされ、パークに展示されている。
不撓不屈。(ふとうふくつ)
えっち星、えっち国宙軍宇宙艦。補陀落渡海は亜光速ユニットによるタイムジャンプ航法で恒星間航行をしていたが、この艦はワープ航法が可能になっている。ワープポイント間を一瞬で結ぶことができる。
宇宙巡洋戦艦。補陀落渡海より一回り以上大きい。
現在は地球衛星軌道を回っている。
タイムジャンプ。
亜光速による恒星間航行技術。
亜光速にまで加速するので、その宇宙船と乗員にとっての時間の流れは遅くなる。補陀落渡海は三五光年を四五年かけて移動したが、船内時間では二年と少しだった。
それをタイムマシン、時間旅行になぞらえて、タイムジャンプ航法と俗称する。
ちなみに、その用語を使っているSFは『闇の左手』しか知らないのですが、他にもありますかね。
※参考文献
『神社若奥日記』岡田桃子(祥伝社)
『「ジンジャの娘」頑張る!』松岡 里枝(原書房)
『「神主さん」と「お坊さん」の秘密を楽しむ本』グループSKIT 編著(PHP研究所)
『知識ゼロからの神社と祭り入門』瓜生中(幻冬舎)
(随時更新。お勧めは『神社若奥日記』)




