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ロボ子さんといっしょ!  作者: 長曽禰ロボ子
如月さんといっしょ。編。
135/161

西織先生、少し幸せ。

挿絵(By みてみん)

「美味しい……」

 スプーンで一口飲んで、西織(にしおり)先生はつぶやいた。


『お帰りなさいませ、お嬢さま』

 普段なら外で食べてくる、ついでに呑んでくる西織先生。昨夜の徹夜の疲れもあって就業時間が終わるとおとなしく家に帰ってきたのだが、ダイニングのテーブルに美しく並べられたディナーに目を見張った。

 親子三人。

 誰かを招待するわけじゃない。誰かに見せるわけじゃない。かためて作って冷蔵庫に放り込んで、食べるときにレンジで暖めてラップを半分かけたまま食卓に並べる、ずっとそんな夕食だったのだ。


『無駄に広い家を掃除するのに時間がかかりすぎ、ありあわせで適当に作りました。明日はこの町のスーパー巡りをします。こんな寂れた小都市でどんな食材が揃えられるのか、とりあえず確認したいと思います。今夜はこれで我慢してください』


 今日もさりげなく小生意気な言葉をぶっこんでくる如月(きさらぎ)さんだが、西織先生はそれよりも別のところで驚いた。

「ありあわせ!? 適当!? これで!?」

『冷蔵庫の野菜室のタマネギにジャガイモに人参。大根。レンコン。冷凍室にウィンナー。迷いましたが、和風ポトフにしてみました。それよりお嬢さま』

「は、はい、如月さん」

『旦那さま、奥さまがお待ちです。着替えてらしてください』

 ご両親は、もうテーブルについて、湯気の向こうでほっこりと笑顔を浮かべている。

「そ、そうね」

 西織先生は慌ててダイニングを出た。

 自分の部屋でパジャマに着替えかけて、「あの夕食に、パジャマはないだろう」と普段着にした。もう何年も、家にいるときにはだいたいパジャマだった。カーゴパンツにトレーナーという思いっきり砕けた姿ではあったけれど、それでもパジャマよりはずっと気分が引き締まった。ダイニングに戻ったとき、ご両親は西織先生がパジャマ姿でないのに気づいたようだった。


 三人揃って手を合わせ、「いただきます」。


 そして、冒頭の台詞だ。

 両親の顔を覗っても、二人とも嬉しそうだ。

 そりゃ、この二人は私より育ちがいいんだからなー。こんな夕食、懐かしくて嬉しくてたまらないだろうな。

『お嬢さま、ワインをお召し上がりますか』

「うん。これだと白がいい?」

『赤がよいかと思いますが、和風の味つけですので、おっしゃるとおり白にいたしましょう』

「父さんと母さんは、なにを?」

 すでに呑んでいるご両親だ。

『リクエストで、吟醸を』

 ああ、そりゃ、私の秘蔵のお酒だ。

 西織先生、にやっと笑った。

 ご両親、その笑顔にびくっとすくみ上がった。

「ねえ、父さん。母さん」

 西織先生が言った。

「は、はい、なんでしょう、高子(たかこ)さん」

「美味しいね」

 ワイングラスを持ち上げ、西織先生はふわっと笑った。

 自分たちのいいとこどりをした、とびぬけた美人の自慢の娘。たしか高校の頃までは可憐でもあったような気がするのだが、どこでどう間違ったか、今では紛う事なきおっさん女になっている。その娘が、本来の美しさを輝かせて笑った。

「うん、美味しいな」

「美味しいわね」

 ご両親もグラスを持ち上げた。


 残念ながら、パンもあり合わせの食パンだったが、それでも見た目はともかく絶品のガーリックトーストに仕上げられていた。添えられたディップを載せて食べると、これはお酒が欲しくなる。すすむ。

「ねえ、如月さんも食べない?」

『いいえ、私には給仕の仕事がありますから』

「じゃあ、ワインだけでも」

『そちらの言葉を待っておりました』

 にっこりと笑い(無表情な如月さんだが、笑顔だけは作れるのだ)、如月さんは魔法のようにどこからかワイングラスを取り出した。

 ふうん。

 このガーリックトースト。

「狙ったな?」

『すこしは』

 グラスにワインを注いであげると、如月さんは一口呑んだ。

 ロボ子ちゃんや板額(はんがく)さんのようにトラにならないだろうな、吐かないだろうな。

 チラッとそう思ったが、まあいいやと思った。


 とりあえず、今は楽しい。

 ちょっと幸せ。


 楽しいディナーだったが、さすがに昨夜は徹夜で大騒ぎをしてそのまま出勤したわけで、お酒が入ってすぐに西織先生は眠りに落ちてしまった。

 一七〇はギリギリないらしい(自己申告)とはいえ女性としては長身だし、そういえば中学生までは小柄でそれもふくめて可憐だったのに、高校大学と体育会系の部活もしなかったのにぐんぐん伸びちゃったのよね、この子。それもまたおっさん化に拍車をかけたのよね。と、無駄な思索をあれこれ広げながら、普段ならこんな大きな図体の娘、眠っているのを動かすなんて考えもしなかったご両親なのだけど。

 今は如月さんがいてくれる。

 実際、如月さんは、その小柄な体で軽々と西織先生を抱き上げた。

 軽々というのは如月さんが無表情なためそう見えるというだけで、実際にどう感じているかはわからない。

『お嬢さまを寝室に運んできます。旦那さま、奥さまはどうぞお続けください』

「はい。あのね、如月さん」

『はい、なんでしょう、旦那さま』

「ありがとうね」

『……』

 予想外の言葉だったのか、如月さんはしばらく沈黙し、やがてニコッと笑った。

(ああ、作り笑いってのはこういうもんなんだ)

(絵に描いたような作り笑いだわ)

 一瞬で元の無表情に戻った如月さんは西織先生をお姫様だっこしてダイニングを出て行った。ドアノブを掴むのにしばらく考え込んでいたようだが、すっと腰を落としてクリアしたようだ。

 ご両親は苦笑いを合わせ、だけどそれはすぐに柔らかい表情になった。

 ふたりはもういちどグラスを持ち上げ、幸せそうに微笑んだ。


 ベッドに運んでパジャマに着替えさせ、布団を被せて電気を切り部屋を出ようとしたら、携帯に着信があった。

 こんな時、どうすればよいのだっただろうか。

 如月さんがデータベースを複雑な条件指定検索している間に、布団から腕がにゅっと伸びて携帯を掴んだ。

「ふあい」

 さすが人類。

 さっきまでは確かに熟睡していたのに、自分に必要な特定の音には反応できるのだ。

「ああ、ロボ子ちゃん? うん、寝てた」

 徐々にしゃべり方がしっかりしてきた。

「うん、そうしてくれると助かる。今日は寝る。明日?」

 しばらく沈黙。

「だめ」

 西織先生が言った。

「もうだめ。あの日で終わり。ギャアギャア言っても、もう終わり」

 なにか揉めているようだ。

「だめなの。欲しいなら自分で買って。あの如月さんは私のものなの。私だけのものなの。じゃあね」

 またふとんの中から腕が伸びて、携帯をサイドテーブルに置いた。

 常夜灯だけの部屋の中で、如月さんの表情はよくわからない。

 そもそも笑顔以外は作れない。

 自律的な感情だって持っていない。

 如月さんは首を傾き加減にしばらく立っていた。やがて西織先生の寝息がふたたび聞こえてきて、如月さんはそっと部屋を出てドアを閉めた。


「如月さん、出てー。いま手が離せないのー」

 家の奥から聞こえてきた権禰宜(ごんねぎ)の奥さまの声に、森山(もりやま)さんちの如月さんは玄関の引き戸を開けた。

「あれっ!」

 と声を上げたのは、数人がかりで大きな荷物を運んできた宅配のお兄さんだ。

「もう如月がいるのに、もう一台買ったんすか。まあ、便利っすよね、如月。じゃあ、あれだ、注意事項とかの確認もいいっすよね。あれ、長いんすよねー。如月のベテランっすもんね、大丈夫っすよね。あ、その巫女姿、萌え萌えっすよ。じゃあハンコだけお願いしますー!」

 「したー!」と全員で威勢良く頭を下げ、お兄さんたちは駐車場に停めたトラックに戻っていった。

 残されたのは大きな段ボールの箱。

 長方形で縦に長い。

 まるで棺桶のよう。

「ごめんね、如月さん。なんだったのかしら?」

 しばらくしてやってきた奥さまが、にこにこと笑いながら言った。

 如月さんは無表情で答えた。

『配達先間違いだったようです』

「あら、そうだったの」


 玄関先にでんと置かれていたあの棺桶は、既にない。


■登場人物紹介。

如月。(きさらぎ)

ウエスギ製作所の大ヒット家事補助アンドロイド。

このモデルの大ヒットで調子に乗って、無駄に超高性能なアンドロイド雪月改が生まれたとも言える。


■人物編

森山祥子。(もりやま さちこ)

地球人。二年四組。文芸部部長。

プロの作家になり、この街を出て行くのが夢。この町唯一の神主が常駐する神社の娘。自身は巫女であり、高校生アルバイトのリーダーを中学生時代からやっていた。


西織 高子。(にしおり たかこ)

地球人。英語教師。板額先生。

あの板額さんに似ているから板額先生。凄い美人だが、独身で変人。三〇歳。


長澤 露穂子。(ながさわ ろほこ)

地球人。一年三組。天文部。通称ロボ子。

ちょっと目つきがきついメガネっ娘。クラス委員なのだが、案外アホの子でもある。どうやら腐った方であるらしい。


鳴神 陸。(なるかみ りく)

えっち星人高校生三人組。宙兵隊二等兵。艦長付。一年三組。

三人組の一応のリーダー。ケンカ自慢。突っ走るアホ。


歌仙 海。(かせん うみ)

えっち星人高校生三人組。宙兵隊二等兵。副長付。一年三組。

美形で長身で芸術肌な、ミニ清麿さん。美術部。


千両 空。(せんりょう そら)

えっち星人高校生三人組。宙兵隊二等兵。機関長付。一年三組。

小柄で空気を読まない毒舌の天然少年。



長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)

えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(艦長なので中佐相当)。

ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。


郷義弘。(ごうのよしひろ)

宇宙巡行戦艦・不撓不屈の宙尉補(中尉相当)。

歴とした女性。事務仕事にかけては有能だが、とんでもない方向音痴。



源清麿。(みなもと きよまろ)

えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)

三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病オヤジ。美形。


同田貫正国。(どうたぬき まさくに)

えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。

一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。


三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)

えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。

方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。


■アンドロイド編。

ロボ子さん。

ウエスギ製作所モデル雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。

本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。

時代劇が大好き。通称アホの子。


板額さん。(はんがく)

タイラ精工板額型戦闘アンドロイド一番機。

高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。


神無さん。(かむな)

雪月改のさらに上位モデルとして開発されたウエスギ製作所モデル神無試作一号機。

雪月改三姉妹の、特に性格面の欠点を徹底的に潰した理想のアンドロイド。のはずだった。しかし現実は厳しく、三姉妹に輪をかけた問題児になりつつある。


一号機さん。

雪月改一号機。弥生。あねさん。マスターは同田貫正国。

目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。

和服が似合う。通称因業ババア。


三号機さん。

雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。

小悪魔風アンドロイド。マスターが中二病小説家で、それにそったキャラにされている。

基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。


■その他。

補陀落渡海。(ふだらくとかい)

えっち星、えっち国宙軍宇宙艦。亜光速航行ユニットをつけた外宇宙航行艦。駆逐艦とされているが、現実には巡洋艦である。

現在はモスボール処理がなされ、パークに展示されている。


不撓不屈。(ふとうふくつ)

えっち星、えっち国宙軍宇宙艦。補陀落渡海は亜光速ユニットによるタイムジャンプ航法で恒星間航行をしていたが、この艦はワープ航法が可能になっている。ワープポイント間を一瞬で結ぶことができる。

宇宙巡洋戦艦。

現在は地球衛星軌道を回っている。


タイムジャンプ。

亜光速による恒星間航行技術。

亜光速にまで加速するので、その宇宙船と乗員にとっての時間の流れは遅くなる。補陀落渡海は三五光年を四五年かけて移動したが、船内時間では二年と少しだった。

それをタイムマシン、時間旅行になぞらえて、タイムジャンプ航法と俗称する。

ちなみに、その用語を使っているSFは『闇の左手』しか知らないのですが、他にもありますかね。



※参考文献

『神社若奥日記』岡田桃子(祥伝社)

『「ジンジャの娘」頑張る!』松岡 里枝(原書房)

『「神主さん」と「お坊さん」の秘密を楽しむ本』グループSKIT 編著(PHP研究所)

『知識ゼロからの神社と祭り入門』瓜生中(幻冬舎)

(随時更新。お勧めは『神社若奥日記』)


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雪月改三姉妹。
左から一号機さん、二号機さん(ロボ子さん)、三号機さん。
雪月改三姉妹。
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