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ロボ子さんといっしょ!  作者: 長曽禰ロボ子
如月さんといっしょ。編。
133/161

如月さん、働き始める。

挿絵(By みてみん)

『こんばんまして』

 その人影は無機質な声で言った。

『受けがいいそうで、私たちの最初の挨拶はこれに統一されました。はじめまして、如月(きさらぎ)です。この家の方ですか?』

「どうして、アンドロイドがうちに……?」

 森山祥子(もりやま さちこ)さんは戸惑った。

 家族からなにも聞いていないというものある。

 そして、ここが、アンドロイドという機械的な存在からは最も遠いところのひとつでもあったから。


 アンドロイドの向こう、初夏の夕闇の中に鳥居がそそり立っている。


 森山さんの家は、この町で唯一、神主さんが住んでいる神社だ。

 かつてこのあたりを治めていた藩の陣屋がこの町にあり、この神社もこの地方の中心となる神社だった。難しく言えば式内社(しきないしゃ)と呼ばれる由緒正しい神社でもある。ただ、歴史に詳しい人ならわかるだろうが、「陣屋」。つまり城を構えることが許されない弱小藩であり、そもそも江戸定府(じょうふ)と呼ばれる江戸定住の大名さまで、この町に住んだことがない。

 そんな町のいちばんの神社を誇っても虚しい。

 もちろん内情も厳しく、この神社の収入で生活できるのはせいぜい一家族。

 例大祭や年末年始に助っ人として駆り出される叔父も、普段は銀行マンとして別に住んでいる。

 神社と敷地内に建てられたこの家に住むのは、宮司さんのお父さん、権禰宜(ごんねぎ)のお母さん、そして一人娘で巫女の森山さんの三人だけだ。

 それがこの神社の従業員のすべてだ。


「あれ、もう届いたのか、如月」


 玄関の中から声をかけてきたのは、白衣に紫の袴。

 宮司である森山さんのお父さんだ。

「入ってもらえ、サチ」

 そういうと、ドスドスと奥へと歩いて行った。

「ちょ、お父さん!」

 森山さんは慌てて自転車を玄関に入れ、後ろ向きで靴を脱いで(中学生の頃から高校生アルバイトの巫女さんを教育してきた森山さんが、このような無作法をするのは普段ならないのだ。正面を向いたまま靴を脱ぎ、そのあとでしゃがんで靴の向きを直すのが正しい作法)お父さんのあとを追った。

 残された如月さんは、小首をかしげ加減にしばらくじっとしていたが、やがて玄関の中に入って戸を閉めた。


 お父さんはダイニングキッチンの椅子に座り、もうビールの缶を開けている。

「朝晩の境内の掃除も行き届かんくなった」

 ここでお父さんは、ちらりと森山さんの顔を見上げてきた。

「オマエはこの頃、なんもやってくれなくなったしな。雨の日にヘドロのようになる境内では、さすがに申し訳がたたん。人を雇う余裕はないし、掃除のボランティアをこれ以上頼むのも気が引ける。勧められて如月を買った。よく働くそうだ」

 これもどこかで聞いた話だなと森山さん思った。

 大きな家を維持できないと、西織(にしおり)先生が言っていた。あの家は旧家で、昔は使用人が何人もいたそうだ。

 そんな時代ではなくなって、如月を買う。

 この神社も、よその神社に比べたら貧乏だとはいえ、昔は何人か雇って、境内をきれいに維持していたらしい。その後も近所の方々が何人も自主的に掃除にきてくれていたそうだ。森山さんにも、ぎりぎりきれいだった頃の境内の記憶がある。

 それが、確かに今では、清廉な境内とはとても言えない。

 森山さんがこの町に嫌悪感のようなものをもつようになったのも、この風景の移り変わりが影響しているのを自覚している。

 なにもかもが、悪循環。

「巫女をやらせようってわけじゃないよ」

 お父さんがそうつけたしたのは、森山さんがそこを心配していると思ってのことだろうか。

「それに、如月って、料理がプロ級なんだって!」

 お父さんにおつまみを出しながら、お母さんが言った。

直会(なおらい)(平たく言えば、氏子さんとの宴会)はこのところ仕出しになってたけど、今度からは如月さんに手伝ってもらって、自分たちで賄えるかもね。私、お父さん、そして如月さんの三人がいれば、最近は閉めてた社務所も開けるしね」

「そうだな。御朱印(ごしゅいん)も提供できない、もうすぐ夏越(なごし)だというのに茅の輪(ちのわ)も用意できないのじゃ、申し訳ない。がっかりされたら、もう来てくれん」

 あれあれ。と、森山さんは思った。

 なんか後ろ向きかと思ったら、どうも、お父さんもお母さんも、前向きのニュアンスだ。疲れ切ってしまって、あとは如月に任せちゃおうってわけじゃないらしい。

「あら、如月さん。こんばんは!」

 お母さんが笑顔で言った。

 いつの間にか、森山さんの後に如月さんが来ていたのだ。

『こんばんまして』

 如月さんは、森山さんにしたのと同じ挨拶をした。

『受けがいいそうで、私たちの最初の挨拶はこれに統一されました。はじめまして、如月です』

「おお、頼むよ、如月さん」

「まあ、かわいい」

『雇っていただけるのですね。ありがとうございます』

「もちろんだよ、如月さん」

 両親は目尻を下げているが、森山さんはおやと思った。

 両親が「後ろ向きな理由でアンドロイドを購入したわけじゃない」ニュアンスに気づいた森山さんだが、今度は如月さんの言動が「正式に納入された」ニュアンスじゃないのにも気づいてしまった。そもそも、この如月さんが着ているトレーナーにジーンズはなに?

 ご両親は、如月さんを挟んで屈託がない。



 賑やかだったけれど、流れる空気は静謐だった。

 特別な建物があるわけじゃなかったけど、掃除が行き届き、清廉だった。

 今では参道はドロドロだ。

 末社の中には、鬱蒼と茂った雑草で怪奇映画のロケができそうなものまである。

 そうしてまた、人は寄りつかなくなる。


 悪循環。


 だけど、自分も卑怯だ。

 そうなるのを見てきたのも自分だ。父親に言われたように、高校生になってからは部屋に閉じこもって小説を書き、朝だって遅刻ギリギリに起きるようになった。

 なにもしなかったのに、批判だけするのは卑怯だ。

 この町から逃げることばかり考えている自分は、無責任だ。


 やめてよ。


 別の声もする。

 私ひとりでなにができたというの。ただの女の子だった私になにができるというの。私のせいじゃない。



 なんだか、ぐだぐだな夢を見たなーと思った。

 高二。

 そろそろ本気で進路を決めないと。著者経歴に書かれても恥ずかしくない程度の大学には入りたいし。

 バカか、私。

 まずは文学賞最終選考に残れるようになれ。


 あれれ?

 森山さんに朝ごはんをよそってくれた如月さん、巫女装束をしている。

「いや、巫女をやらせるわけじゃないが、この装束でないと違和感あるだろう」

 お父さんが言い訳をした。

 似合っている。

 バイトの巫女さんは何人も見てきたが、こんなにかわいい巫女さんはそういない。前髪を下げているのと(巫女は額を出すのが基本)、耳が明らかに人類じゃないことくらい。一度だけ年末年始にバイトに来た井原優子(いはら ゆうこ)先輩の巫女姿を見たときなみのインパクトがあるなと思った。

 そういえば、食卓に並ぶ両親の顔がすっきりしている。

 なんだか、一仕事したぞー!と主張している。いや、神主さんなのだから朝が早いのは当たり前なのだが。毎日のルーティンをこなしていた頃とは違う明るさがある。

 一人増えるだけで、こんなに変わるものなのか。

 アンドロイドなのに。

 玄関から自転車を出したとき、目の前の駐車場がきれいになっているのにも驚いた。たった一日、いや、朝の数時間で!?

 如月さんは今は参道の掃除をしている。


 働き者だ。


 くやしいけれど、こちらも身が引き締まる。くやしいけれど。

 森山さんは自転車にまたがった。



『あの、旦那さま。奥さま』

 と、こちらは西織家の如月さん。

『私はどちらでも良いのですが。明け方まで散々コスプレさせられましたし』

 先ほどから西織先生のご両親が揉めているのは、この如月さんになにを着せようかということだ。お父さんは「大正ロマンのカフェー女給さんスタイルがいい!」と主張し、お母さんは「なんといってもビクトリアンメイドスタイルです!」と主張して譲らない。

『この両親にして、あのお嬢さまです』

 めんどくさいから、如月さんは西織先生に最後に着せられたなぜかミニスカートの新選組コスプレ姿のまま、さっさと掃除を始めるのだった。


■登場人物紹介。

如月。(きさらぎ)

ウエスギ製作所の大ヒット家事補助アンドロイド。

このモデルの大ヒットで調子に乗って、無駄に超高性能なアンドロイド雪月改が生まれたとも言える。


■人物編

森山祥子。(もりやま さちこ)

地球人。二年四組。文芸部部長。

プロの作家になり、この街を出て行くのが夢。この町唯一の神主が常駐する神社の娘。自身は巫女であり、高校生アルバイトのリーダーを中学生時代からやっていた。


西織 高子。(にしおり たかこ)

地球人。英語教師。板額先生。

あの板額さんに似ているから板額先生。凄い美人だが、独身で変人。三〇歳。


長澤 露穂子。(ながさわ ろほこ)

地球人。一年三組。天文部。通称ロボ子。

ちょっと目つきがきついメガネっ娘。クラス委員なのだが、案外アホの子でもある。どうやら腐った方であるらしい。


■アンドロイド編。

ロボ子さん。

ウエスギ製作所モデル雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。

本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。

時代劇が大好き。通称アホの子。


板額さん。(はんがく)

タイラ精工板額型戦闘アンドロイド一番機。

高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。


神無さん。(かむな)

雪月改のさらに上位モデルとして開発されたウエスギ製作所モデル神無試作一号機。

雪月改三姉妹の、特に性格面の欠点を徹底的に潰した理想のアンドロイド。のはずだった。しかし現実は厳しく、三姉妹に輪をかけた問題児になりつつある。



※参考文献

『神社若奥日記』岡田桃子(祥伝社)

『「ジンジャの娘」頑張る!』松岡 里枝(原書房)

『「神主さん」と「お坊さん」の秘密を楽しむ本』グループSKIT 編著(PHP研究所)

『知識ゼロからの神社と祭り入門』瓜生中(幻冬舎)

(随時更新。お勧めは『神社若奥日記』)


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雪月改三姉妹。
左から一号機さん、二号機さん(ロボ子さん)、三号機さん。
雪月改三姉妹。
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